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NHK技研公開2013。'16年試験放送に向けSHV加速

120Hz SHVを撮影/放送。小型カメラで機動性も

NHK放送技術研究所

 日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2013」を5月30日から6月2日まで実施する。入場は無料。公開に先立って28日、マスコミ向けの先行公開が行なわれた。

 2016年に実用化試験放送を予定している8Kのスーパーハイビジョン(SHV)は、現行ハイビジョンの16倍の高精細画像(7,680×4,320ドット)と22.2ch音声による次世代テレビのための超高臨場感システム。その撮影、処理、伝送、表示に関する各種研究の成果が披露されており、従来の60Hzを超える、フルスペック(120Hz)のSHVに対応した機器も登場するなど、より現実のSHV放送に近い姿が見え始めている。一方で、2016年まで残された時間はあまりない。

 公開に先立ち挨拶した藤沢秀一所長は、「あと3年で間に合うのか?」という質問に対し、「2015年春までには標準化などが済んでおかねばならず、運用規定なども決めなければならない。非常に厳しいが、私としては、なんとかなると確信している。今後は、様々な作業や研究を並行して進めていかなければならない」と語る。

 もう1つの目玉でもある、通信経由での映像/データ受信し、放送を融合させて高度なテレビサービスを実現する「Hybridcast(ハイブリッドキャスト)」については、「NHKだけでなく、民放ではどのようなサービスになるのか、そして将来、発展したHybridcastがどのようになるのか、SHVとHybridcastの“合わせ技”のイメージも展示している」と語り、こうした展示を通じて、「技術面だけでなく、ビジネス面からも発展するのではないか」と、展望を語った。

Cube型SHVカメラヘッドを手にする藤沢秀一所長
300インチのスクリーンを使った、ロンドンオリンピックのSHV映像も上映。水泳競技では、水の冷たさや、水しぶきの1粒まで判別できる高解像度/質感描写が体験できた

120HzのSHVを撮影/表示。単板式小型カメラも

 SHVでも、動きの速い被写体を鮮明にとらえるため、フルスペック(120Hz)の撮影に対応した、3,300万画素、階調12bitの撮像素子を静岡大学と共同で開発。3板式のカメラヘッドが開発されている。フレーム周波数を高くすると消費電力が増加してしまうが、新たなAD変換回路を開発する事で、消費電力を2.5W(現行比約60%)に低減したという。

 また、昨年までは120Hzで撮影したSHVを、120Hzのフル解像度で表示できるディスプレイが無かったが、今回の展示では46型の120Hz/4Kパネルを4枚組み合わせ、7,680×4,320ドットのディスプレイを構築。60Hzと120Hzのコンテンツを比較表示し、滑らかさをアピールしている。

120Hz撮影に対応したSHVカメラヘッド
同カメラヘッド用の信号処理装置(CCU)
120Hz表示に対応した46型ディスプレイを4枚組み合わせ、120HzのSHV表示を実現

 さらに、アストロデザインと共同で、超小型な「Cube型SHVカメラヘッド」を開発。外形寸法12.5×15×12.5cm(幅×奥行き×高さ)の筐体に、ベイヤー配列のカラーフィルタを用いた単板式の3,300万画素(7,680×4,320ドット)CMOSイメージセンサーと駆動回路を搭載したもので、ビューファインダを除く重量は2kgに抑えている。マウントは交換可能で、展示機にはPLマウントとシネマ用レンズが取り付けられていた。

 なお、このカメラヘッドに登載されているCMOSは120Hzの読み出しに対応しているが、撮影後の信号処理装置(CCU)が、このヘッド用の120Hz対応のものがまだ作られていないため、カメラヘッド自体は60Hzまでの対応となっていた。小型のCCUを開発し、このカメラヘッドと組み合わせれば、「ショルダータイプの120Hz対応SHVカメラが実現できる」という。

120Hz対応の単板式3,300万画素CMOSイメージセンサー
Cube型SHVカメラヘッド

 技研のエントランスには、前述の単板式小型カメラヘッドよりは大きいが、120Hzに対応した単板式の撮像素子を採用したSHVカメラヘッドと、それに組み合わせるCCUを設置。玄関前の様子を撮影し、技研内の展示ブースに中継するデモを実施。144GbpsのフルスペックSHVの信号を、機器間で容易に接続するための小型の映像伝送インターフェイスも開発しており、屋外で、カメラマンが徒歩でSHV撮影できるなど、機動的なSHV番組制作機材が整いつつある事をアピールしていた。

技研のエントランスに設置された単板式カメラヘッド
玄関の様子を中継
右にあるのが小型の信号処理装置(CCU)。カメラとの組み合わせにより、機動的な番組制作ができるという

 カメラに組み合わせる、もしくは搭載するSHV小型記録装置も開発が進んでいる。NANDフラッシュメモリを採用し、記録容量は1.5TB、12Gbps以上の記録速度を持ち、512MBのDRAMキャッシュを搭載。この装置で、SHVを約50分撮影できるという。「2時間あればベストだが、50分でも報道などには十分使える」とのこと。

 現在は入力インターフェイスや信号処理基板と固定メモリの基板が別の基板になっており、2つを組み合わせた1ユニットに収納。ケーブルでSHVカメラと接続しているが、将来的にはメモリ部分をカートリッジ化し、それ以外の部分をカメラに内蔵。カメラ単体で完結し、そこに個体メモリパックを着脱するSHVカメラになる予定。

右にあるのがSHV小型記録装置
左のNANDフラッシュメモリと、インターフェイス&信号処理部で構成されている
将来的にはこのモックアップのように、メモリ部分をカートリッジ化し、差し替え可能にする

SHVのエンコード

 データ容量が大きいSHVを効率的に圧縮・伝送するために、映像符号化の研究も進んでおり、MPEG-H HEVC/H.265による、世界初のSHVリアルタイムエンコーダが展示された。HEVCは2013年に国際標準化された符号化方式で、MPEG-4 AVC/H.264の約2倍の圧縮性能を実現。展示されたエンコーダは、最大340Mbpsにリアルタイムエンコードできる。

 展示機はHEVCでエンコードしやすいように映像を変更する機器と、17個のエンコーダで構成。SHVの7,680×4,320/60pの映像を、横長の256×7,680ドットの領域に、計17分割。それぞれの領域を、17個の符号化ボードでエンコードする事で、リアルタイムエンコードを実現した。

17分割し、17個のエンコーダでリアルタイム処理
上部にある緑のインジケーターが付いているのが17個のエンコーダ
エンコードしたSHV映像を表示

 縦が256ドットなのは、映像をフレーム単位でマクロブロックと呼ばれる細かいマス目に分割して処理する際に、AVCでは16×16ドットで固定されていたが、HEVCでは最大64×64ドットの可変サイズになっているため。このブロックを4列並べると、256ドットになる。なお、現在はSHVの60Hzまでの対応だが、将来的には120Hzにも対応予定。その場合エンコーダが何台構成になるかはわからないという。

 SHVのさらなる圧縮率向上を目指した超解像技術も展示。解像度を縮小してから圧縮符号化し、復号後に超解像処理をかけて高解像度に戻すというもので、試作機はSHVではなく、4K解像度のMPEG-4 AVC/H.264映像を、2Kに縮小してから圧縮符号化。超解像をかけて4Kに戻す処理をリアルタイムで実現している。このシステムボードを4枚組み合わせれば、SHVのリアルタイム処理に対応できるが、ボードに採用しているFPGAの強化などで1枚のボードでSHVの処理を可能にする事を目指しているという。

 会場では、従来のMPEG-4 AVC/H.264でエンコードしたものと、超解像復元方式を用いたAVC映像の比較デモを実施。稲穂が揺れる、桜の木が川岸に連なるなどの映像では、通常のAVCはレートを下げると破綻が多くなるが、超解像復元AVCでは破綻が起きにくく、復元ミスがあっても目立ちにくい。しかし、青空をバックに電柱が1本あるなど、シンプルな背景の前に構造物があるような映像では通常のMPEG-4 AVC/H.264の方が優れている面もあり、映像に応じて使い分けも検討されている。

 また、現在は1枚絵から超解像処理をかけている方式を、複数枚を参照して復元する方式に変更し、クオリティの向上も予定。SHV対応のテレビやSTBへの内蔵を想定しているほか、「放送だけでなく、ネットでの4K配信なども視野に入れ、PC向けにビットレートを抑えた4K配信を行ない、PCにボードを追加する事で、2Kに縮小した映像を高画質に4Kに戻せるような製品も実現できる」という。

4Kの映像を、2Kに縮小してから圧縮符号化するボード
上が従来のMPEG-4 AVC/H.264でエンコードしたもの、下が超解像復元方式を用いたもの。稲穂が揺れる、桜の木が川岸に連なるなどの映像では、MPEG-4 AVCはレートを下げると破綻が多くなる
上がMPEG-4 AVC/H.264のエンコード過程、下が超解像復元方式の過程

放送や伝送

12GHz帯衛星放送を用いた伝送技術

 伝送技術として、12GHz帯衛星放送を用いた技術も開発。現在の衛星放送で使われている12GHz帯を利用する事を想定したもので、衛星デジタル放送の伝送方式(ARIB STD-B44)に準拠した送受信装置を用いてSHVの伝送を実現。変調方式として16APSK(3/4)という方式を使う事で、衛星中継器1チャンネルでSHVを伝送できるという。今後は伝送データは少ないものの、環境変化に強い8PSKの変調方式でも伝送できるよう研究も進め、雨が降っている場合でも、SHVを安定して衛星から受信できるようにするという。

超多値OFDMと、偏波MIMOを組み合わせた大容量地上伝送技術

 地上波での伝送も想定。超多値OFDMと、偏波MIMOを組み合わせた大容量地上伝送技術を研究開発しており、昨年の5月には、地上波でのSHV野外伝送実験に世界で初めて成功している。

 今回は新たに、時空間符号化の手法を用いた単一周波数ネットワーク(SFN)による地上伝送実験に成功。現在の地上デジタル放送では、周波数を有効に利用するために、複数の送信局で同じチャンネルを使用するSFN技術が使われている。しかし、SFN技術では、2つの送信局から同一チャンネルで同じ波形の信号を送信するため、それらの電波を同時に受信すると、互いに弱め合う周波数が生じ、受信品質が劣化するという課題がある。

 そこで、新たに、時空間符号化を用いて送信所ごとに異なる波形の信号を生成し、各送信局から別々に送信。受信側では、異なる信号を受信するため、電波が互いに弱め合うことなく、より安定して受信できるようになったという。

左が送信装置、中央の赤い部分が光ファイバー300km、右が受信装置

 放送だけでなく、中継現場から非圧縮のSHVを、番組素材として放送局へ伝送する技術も開発。例えば、スポーツが行なわれているスタジアムから、中継車を使い、光ファイバーで放送局と接続。非圧縮では72GbpsのデータがあるSHVを伝送する。そのために、72Gbpsのデータを43Gbpsの2つの信号に変換。それぞれに誤り訂正符号を付加し、異なる波長の光信号に変換、波長分割多重し、1本の光ファイバーで伝送。これにより、300kmの伝送を可能にしたという。

 300kmの伝送では減衰が起きるが、中継現場と放送局の双方に、ラマン増幅用励起光源を使った光増幅器を配置する事で補っている。

120GHz帯の交差偏波を用いたSHVの無線伝送システム

 他にも、120GHz帯の交差偏波を用いたSHVの無線伝送システムも開発。Dual Green方式の非圧縮SHV(約24Gbps)を、垂直偏波と水平偏波の2系統の送受信システムで伝送。今後は屋外伝送実験などを用いて、性能の評価を行ない、SHV番組制作での活用を目指している。

Hybridcastとの連携や高機能化も

 Hybridcastについては別記事でレポートしているが、HybridcastブースにはSHVと組み合わせた展示も行なわれていた。

 SHVの高解像度を活かし、HTML5ベースで作られたベースフィールドに、SHVの放送と、Hybridcastで受信したネット配信の映像をウインドウで同時に表示。例えばマラソン中継で、メインカメラの映像をSHV放送のウインドウで見ながら、下部に表示されたHybridcastのネット映像で、別カメラの映像を同時に鑑賞。それらのウインドウの下には、マラソンコースを表示した地図が静止画で表示されるといったテレビ画面を実現できる。

 他にも、日本全国の里山の風景を放送するSHVの番組を見ながら、過去に放送された回のVODを、Hybridcast経由で日本地図に表示。地図上の動画を選択すると、SHVの放送から、ネット経由で受信したVODの番組表示に切り替わるといったデモも行なわれていた。なお、これらの操作・選択には、タブレット端末が使われていた。

HybridcastとSHVを組み合わせた展示
マラソン番組をイメージしたコンテンツ。左上がSHVの放送、下にある映像はHybridcast経由のネット配信
日本地図に、その場所を取り上げた過去放送のVODコンテンツを貼り付けている

 このような、放送と通信回線の組み合わせをスムーズに実現するための、メディアトランスポート技術「多重方式MMT」も、国際標準化が進められている。

 MMTには、SHVのHEVC映像だけでなく、AACの音声、IPデータやデータ放送、字幕、EPG、HTML5など、様々なデータを多重化でき、同期して表示できるのが特徴。同期がとれているため、例えばスーパーハイビジョンの映像・音声を放送で送りつつ、ネット経由で別の音声トラック(コメンタリなど)を伝送。テレビ側で自由に切り替えるといった使い方が可能になる。また、大きなサイズのテレビと、小さなサイズのテレビで、表示のレイアウトを変化させる事も可能。映像、データ放送、SNSの情報など、様々な情報がMMTで多重化されてテレビに届き、テレビ側で最適な配置で、それらのコンテンツを表示できる。「MMTの標準化はほぼ固まりつつあり、ARIBで細かな話し合いが行なわれているところ」だという。

SHVに向けて想定された多重方式
MMTによるサービス例

 SHVでの採用を想定したアクセス制御システム(CAS)も研究されている。フルセグ受信対応携帯電話などで採用されている、B-CASカードを用いない、ソフトウェアCAS(一般社団法人地上放送RMP管理センターがライセンス発行、管理)とは別のもので、有料放送や、通信サービスでもライセンスを安全に配信できるのが特徴。放送サービスと、動画配信事業者が提供する通信サービスへのアクセス制御を統合的に管理できるという。

 ライセンスがテレビに対してダウンローダブルになっており、放送経由だけでなく、通信経由でも受け取りが可能。同じライセンス管理サーバーから、ネットで映像配信を行なっている各社にライセンス情報を送り、それを元に、ユーザーの視聴の可否を判断した動画配信サービスは、それぞれのDRMを用いてユーザーに配信を行なう。

 これにより、ユーザーにとっては、1つのライセンスでテレビだけでなく、タブレット端末なども含む、様々なデバイスからコンテンツ再生が可能になる。現行のデジタル放送や、SHVへの具体的な適用方法を検討しているという。

放送通信統合型アクセス制御システム
ダウンローダブルCAS内蔵受信機の試作機
ビデオサーバー、認証サーバーなどとの連携もデモしていた

22.2ch音声を手軽に再生

 22.2ch音声もSHVの特徴だが、家庭にも導入できるシステムを実現するための研究も進められている。145型のSHVプラズマディスプレイと組み合わせているのが、116個の7cmユニットと、小型のウーファ×12個を、ディスプレイを取り囲むようにアレー状に配置したスピーカーシステム。

 フォスター電機と共同で開発されているもので、24個のスピーカーを背後や部屋の上部に取付なくても、アレー状のスピーカーだけで22.2chのバーチャル再生が可能。

145型のSHVプラズマディスプレイと組み合わせた、スピーカーアレイ
白いユニットが、バーチャル再生でリアや上部からの音を再生する

 今回の展示では、アレースピーカー用に22.2chの音声を、リアルタイムに変換する装置を開発。さらに、145型SHVプラズマディスプレイは、接続インターフェイスの簡素化を行ない、周辺機器サイズを現行の30%以下に小型化。これにより、周辺機器をディスプレイ側に組み込んだ平面型ディスプレイの実現に近づいたとする。

 ただし、計128個のユニットをドライブするアンプは必要で、その小型化も今後の課題だという。

 また、22.2chの音声を、バイノーラル形式にリアルタイムで変換するアプリも開発。スマートフォンの処理能力でリアルタイム変換ができるというもので、22.2chのソースを、2chのヘッドフォン向けのバーチャルサラウンドとしてリアルタイムで変換するデモも行なった。

 アプリは、体の向きに合わせて音像の位置をリアルタイムに変化させる機能も備えており、例えば歌手の音像が目の前にある状態で、ヘッドフォンをつけたまま、手にスマートフォンを持ち、横を向くと横から歌手の声が、後ろを向くと後ろから聴こえてくる。

 会場には、手にスマートフォンを持たなくてもこの体験ができるよう、ヘッドフォンにガイドを装着し、そこにスマートフォンをホールドする装置も用意していた。

スマホのアプリで22.2chを2ch用のバーチャルサラウンドへリアルタイム変換可能
これを頭にかぶれば、向いた方向に合わせて、音像の位置が変化する

(山崎健太郎)