本田雅一のAVTrends

劇場を中心に3D映画環境の整備が進む

-米AMCはソニーと協力し、4K/3Dを全米展開



 日本ではまだ本格的にビジネスがスタートしているとは言い難い3D映像だが、北米市場における3D映画や3D放送の市場は、まさに離陸を果たそうとしているところだ。”日本では普及しないよ”という冷めた声もあるが、現在の状況からすると、コンテンツ製作のノウハウとコンテンツを搬送するフォーマットは早急に固まってくるだろう。

 現在、3D映像を取り巻く環境はまだ黎明期にある。HDTVに置き換えて言えば、ハイビジョンという言葉が使われ始めた1980年代前半の時期に相当する。当時、ビデオカメラ、ブラウン管、ビデオレコーダ、編集制作機器をHD化するための技術が揃い始めていた。

 その後、普及するまでに20年以上の時間が必要だったハイビジョンだが、しかし3Dに関しては事情がかなり異なっている。映像コンテンツを取り巻くビジネスの環境が大きく異なっていることに加え、SDからHDへの移行時よりも、3D化を実現する方が技術的なハードルがずっと低いからだ。

 先日、ハリウッドでの今年2回目の取材に赴いたが、1回目の取材時から2カ月ほどしか経過していないにも関わらず、映画を中心とした映像製作の現場では以前にも増して3Dの話題が盛り上がっていた。

 3Dといっても様々な切り口があるが、今回を含めて不定期に3D関連のトレンドを紹介していくことにしたい。”自分には関係ない”と思っている読者も多いかもしれないが、コラムを重ねるにつれて、決してそれほどAVファンから遠くないところにまで3D技術がやってきていると感じるはずだ。

 


■ 急速に進み始めた劇場の3D化

 3D映像に関しては各種の切り口がある。図に示したように、プロフェッショナルとコンシューマそれぞれに、カメラなどの撮影関連機材、映像製作ノウハウやサービス、それに再生するディスプレイ、3D映像を搬送するフォーマットなどを決めていく必要がある。

劇場映画を中心に、3Dが拡大へ

 北米で3D映画が盛り上がっているのは、3Dで製作された映画の多くが、同一地域において3D対応のスクリーンで見る人が多かったという市場での実証実験結果が相次いで発表されたからだ。3D上映のスクリーンは入場料が2Dシアターよりも数ドル高く設定されているにも関わらずだ。

 このため昨年、ドリームワークス・アニメーションズは2009年以降のCGアニメ映画を、すべて3D対応で制作すると発表し、話題をさらった。同社CEOのジェフリー・カッツェンバーグ氏は特に3D化に熱心な人物で、業界を挙げて全米の映画館の3D対応化を目指す旗振り役となっている。

 カッツェンバーグ氏の目標は2009年の“モンスターズ&エイリアンズ”公開までに5,000スクリーンの3D対応上映館を作る事だった。その目標の達成はどうやらできなかったようだが、それでも大幅に増加したとの報は聞いている。目標達成が遅れているのは上映館が乗り気ではないからではなく、スクリーン張り替えやプロジェクタ入れ替えといった作業を行なえる業者の数が限られていることに加え、大手映画館チェーンによるデジタルプロジェクタの導入が遅れたからだ。

 そこに先日、シネマコンプレックスのAMCが、系列映画館(全米で4,500スクリーン以上)のすべてを、順次3D化していくというニュースが流れた。最大手チェーンのひとつであるAMCがグループを挙げて3D化に邁進するというのだから、これをきっかけに北米での3D映画上映の環境が急速に整っていくことは間違いないだろう。

 


■ 最小限の経済負担で3D化を可能に

3Dシネマの普及予測

 映画館側が積極的に3D化を進めることになってきたのには理由がある。3D化はプロジェクタや上映システムをデジタル化すれば、容易に導入することができる。3D上映システムは既存のデジタルプロジェクタに追加することで実現できるため、まずはシアターをデジタル化することが重要になるのだが、デジタルプロジェクタ導入に際しての費用負担を減らすプログラムに参加する映画スタジオが増えてきたのだ。

 ハリウッドのメジャーな映画スタジオは共同で資金を出し合い、上映用プロジェクタのデジタル化を進めてきた。フィルム上映の場合、映画スタジオは上映用フィルムに本編をプリントし、各上映館に配給しなければならない。

 しかし、そのためにかかるフィルム代、現像代など関連経費はバカにできないほど高い。プロジェクタをデジタル化し、リムーバブルハードディスク、あるいはネットワークなどを通じて各映画館にコンテンツを配給すれば、配給コストは大きく下げることができる。

 さらに映画製作のデジタル化もここ数年で急速に進んだ。現在でも撮影そのものはフィルムが多いものの、オリジナルのネガを真っ先にコマスキャンし、スキャンしたデータで編集を行うデジタルインターミディエイト(通称DI。4Kあるいは6Kスキャナでデジタル化し、2Kあるいは4Kで編集される)という技術が使われている。インターミディエイトとは編集用の中間フィルムの事で、フィルム複製を繰り返すことで劣化する画質と増大するコストを抑えることができるからだ。

 元々デジタルで制作しているため、わざわざフィルムに焼き直さなくとも配給できれば、コスト面で利点がある上、画質の面でも有利。映画スタジオにとってはメリットが大きいため、映画スタジオがプロジェクタ購入資金を支援するのである。

 具体的には配給フィルムにかかる経費を「バーチャルプリント代」として、映画館に支払うというもの。本来、フィルム上映ならばかかっていた経費を上映スクリーン数に応じて映画スタジオが映画館に支払うプログラムを期間限定で行なう。映画スタジオとしては、遅々としてデジタル化が進まないなら、もともとかかる経費をデジタル化支援に使った方が将来のためになるとの判断だ。加えて多少なりともプラスαの入場料を払っても3Dで見たいという観客が増えており、3D化することで興行収入を増やせるという皮算用もある。

 また近年、NBAやNFLなどのビッグゲームを3D撮影する試みが何度も行なわれている。もちろん、そのまま放送しても受信する装置がないが、夜間のシアターに集まり3Dで中継を観戦するのだ。この手のビジネスは3D対応スクリーンが増えるごとに大きくなっていくと考えられている。

 北米の映画館チェーンにはRegal、Cinemark、AMCの三大ブランドがある。全面的なデジタル化、3D化を発表したのはAMCが初めてとなるが、AMCが動いたことでライバルもデジタル化へと重い腰を上げる事になるだろう。

 


■ 4Kプロジェクタを活かしたソニーの劇場用プロジェクタ

ソニーの4Kデジタルシネマシステム

 AMCが導入を決めたシステムはソニーの4KプロジェクタとリアルDの3D技術が使われる。実はこのシステムの質が大変に良く、3D映画にありがちな目への負担をほとんど感じさせないのだ。

 ソニーは4K対応の業務用プロジェクタをここ数年訴求してきたが、劇場への普及は遅々として進まなかった。デジタルプロジェクタを高解像度にしても、観客増加には繋がらなかったからだ。制作がDIプロセスになった現在も、中間の編集プロセスが2Kで行なわれている場合が多いというのも、4Kプロジェクタへの投資を鈍らせている原因だろう。

 たとえばソニーの戦略を後方支援するはずのソニーピクチャーズの大作映画でも、「スパイダーマン3」は4K制作だったが、「カジノロワイヤル」は2K制作。前者は4K上映による明らかな利点を感じたが、後者には無かった。将来、より高解像度な4Kへと移行していくことは既定路線ではあるものの、今はまだその時ではない。

 そこでソニーは4Kプロジェクタの画素を上下で2分割してステレオ映像を表示し、それを光学的に分離、縦横比を調整してから左右ごと異なる円偏光をかけ、重ねて投影するシステムをリアルDと開発した。

 この方式の利点は、何と言っても左右の映像が“常に同時に”表示されることだ。通常、2Kプロジェクタで3Dを実現する際には144Hz表示で、左右それぞれのコマを交互に表示する。偏光フィルタはロータリー式で、表示タイミングに合わせてフィルタを回転させる。

 フレームレートが速いためほとんど気に入らないとはいえ、僅かにフリッカーは入る。しかし同時に左右分の画が出画しているソニーとリアルDの方式は、数ある3Dシアターの中でも最も"見やすい"画を出してくれると感じた。3Dメガネが低価格で返却不要という点も画質面で有利。メガネを再利用するシステムでは、レンズを洗浄する際にキズが多数入り、それが画質を落とす原因になっているからだ。

 もちろん、4Kで配給される映画があれば、通常のレンズで投影することで4Kシアターとしても稼働させることができるので、映画館として選択する利点が多いのだろう。価格面でも3DLP方式の劇場用2Kプロジェクタにかなり近い価格で取引されているという。

 


■ 3D制作のノウハウも徐々に洗練

 こうした3D映画市場の盛り上がりに対して、様々な取り組みが行なわれている。

 3D映像を見せる際、どのように見せれば、快適に3D映像を楽しめるのか。3D映画は目が疲れる、見辛いといった意見もある中、実際に見た人はあまり悪い印象を語らないことが多い。なぜなら製作側も3D映像に関して様々なノウハウをこの数年で蓄積し、より見やすい3D映像製作が行なえるようになっているからだ。

 たとえば日本でも公開されたコンサートライブ映画の「U2 3D」は、ごく一部にヴォーカルのボノの手が飛び出てくるような演出が行なわれているものの、ほとんどのシーンで奥行きが出る方向で3D感を出しており、長時間見ていても違和感を感じさせない。

 これは撮影時に適切なジオメトリで撮影を行なっていることもあるが、撮影後に見やすい映像とするために3D像を修整するツールが生まれてきているからだ。

 また3Dアニメに関しては、実はソニーピクチャーズ傘下のCGアニメ制作会社ソニー・イメージ・ワークスが、既存作品の多くを制作している(ソニー・ピクチャーよりも、むしろワーナーやディズニーなど、他社系列の作品の方が多いほどだ)。

 U2 3D制作時のノウハウや3D像の修整に纏わる話は3アリティ(3ality)、それにソニー・イメージ・ワークスに、それぞれ詳しい話を聞いているので、次回以降にそれらの記事も書きたいと思う。

 このほか、家庭向け3Dテレビや3D対応BDフォーマットなどの話題もあるが、こちらもまた別途、まとめてレポートしよう。実際に家庭向けに3D対応製品が(本格的に)発売されるのは来年の半ばぐらいになるだろうが、夏までには少し大きな動きがありそうだ。コンシューマ向け製品や企画の話題は、そのタイミングで書くことになるだろう。

(2009年 4月 17日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]