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本田雅一のAVTrends

96kHzアップサンプリングでDolby TrueHDを高音質化

明らかな音質向上。制作現場の課題を技術で改善




 ドルビー・ラボラトリーズは米サンフランシスコでプライベートフォーラム「FIDELITY FORUM 2.0」を開催。同社の最新技術と戦略を紹介した。映像ソフト製作に関わる話が主であるが、その中にはエンドユーザーにとっても重要な情報が含まれていた。今回は新技術として発表された中から「Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsampling」について言及したい。

 結論から述べておきたいが、この技術は映像ソフトにおいて、抜群の効果を発揮してくれる。しかし、一方でネーミングだけを聞いて「単なるアップコンバージョン? ロスレスコーデックなのに?」と訝しむ声が挙がることも予想される。名前の通り、新技術とブルーレイディスク向けの音声コーデック技術であるTrueHDに、サンプリング周波数のアップコンバート機能を付加したものだ。過去にもあまた存在した、アップサンプリングと何が違うのか? と疑問に思うのは当然だ(なお、再生時に使う機器はあらためて新技術に対応する必要はない)。

 ドルビーのホームシアター市場担当ディレクター、クレイグ・エガース氏も「24bit/96kHzで録音が行なわれる方が望ましい」と話す。しかし、一方で映像ソフトの製作現場では、主に24bit/48kHzで音声が扱われることがほとんど。映画やテレビドラマはもちろん、音楽が主題の映像作品でも96kHzのサンプリングが使われないケースが多くなっているという。

 そこで本稿では

  • なぜアップサンプリングが必要かつ効果的なのか
  • どのようなアップサンプリング技術なのか
  • 実際の比較試聴結果や分析

 という順番で、Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingについて言及していきたい。


■ ブルーレイの普及と映像製作現場、品質の乖離

 エガース氏はDolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingを紹介する際、映像作品を家庭に届ける上で、かつてないコンテンツ伝送上の問題が起きていると話した。

 かつて、映像作品を家庭に届ける際にボトルネックとなっていたのは、作品を搬送するメディア(VHS、LD、DVDなど)だった。映像製作の現場で作ったサウンドトラックを、そのままの形で家庭に届けるため、サラウンド技術やデジタルコーデックの技術ライセンスを家庭向け製品に与えてきた。

 ところが、今やブルーレイの時代である。BDの規格では24bit/96kHzならば7.1チャンネル、24bit/192kHzでも5.1チャンネルのロスレス音声を“標準で"扱うことが可能だ。低価格BDプレーヤーは、すでに1万円を切っており(米国では実売50ドル前後の製品も少なくない)、それらすべてがハイビット/ハイサンプリングのロスレス音声を扱える。

 すなわち、映像を搬送するメディア、再生装置のいずれもが高品位化しているのに、映像製作の現場の問題から、これらメディアや再生装置の性能を生かし切れていない。

 まず映画。ダイナミックレンジが広いこともあって、24bitでのサンプリングが当たり前だが、サンプリング周波数は48kHzとなっている。映画製作では多数の音声が同時に収録され、集められ、他の効果音や音楽などと合わせ、サラウンドデザインを行なっていく。このため音声トラックのリソースが膨大になり、製作コストと効果を考えた時に96kHzが選択されることはない。

映像作品のオーディオ制作フロー

 では音楽ソフト、たとえば一流アーティストのライブやクラシックコンサートなどでは、96kHz以上での録音が行なわれることも、もちろんある。筆者が所有している音楽モノのBDにも96kHz収録のものは少なくない。ところが、それが常識かというとそんなことはなく、意外にも48kHzで録音・編集されているものも少なくない、とエガース氏は話す。

 たとえばサンフランシスコ交響楽団の100周年記念コンサート。イツァーク・パールマンも参加した大規模なコンサートは、テレビ局が入って中継も行なわれた大規模イベントだったが録音は48kHzだった。テレビ放送をすることを基準に、音声収録の段取りをしていたからだが、それだけが原因ではない。96kHzでの製作を受けるポストプロダクションがコスト高だったり、そもそも96kHzでの製作を受けない場合もあるからだ。

 サンフランシスコ交響楽団の本拠地、デイビス・シンフォニー・ホールで、長年録音とミキシングを担当してきたエンジニアに話を伺ったが、ここぞという時にはSACDマルチチャンネルにすることを前提にDSDで録音するが、多くの場合はPCMの96kHz録音からCDを製作。映像の場合は48kHzになり、エンジニア側に選択肢はないと話した。

 同ホールの場合、フルオーケストラをサラウンドで録音する場合、50チャンネルを超えるマイクからミキシングを行なっている。それらすべてを96kHzで録音し、ハイビジョン映像とともにハンドリングするのは少々荷が重いのかもしれない。

 同じような話はギタリストのJoe SatrianiやPat Methenyのブルーレイを製作したプロデューサーからも聞かれた。これは推測でしかないが、映画を前提にしたエコシステムが出来上がっているから、なのかもしれない。

 これらポストプロダクションの制限による例に限らず、そもそも発注主が96kHzでのオーディオを求めていない場合もある。米国では昨今、VuduやNetflixがコンサートや音楽イベントの映像製作を依頼している場合もあり、デジタル放送およびネット配信の帯域制限もあって96kHzでの録音を、最初から考慮していないものが多くなっているとのことだ。


■ MERIDIANが開発した高品位アップサンプリングフィルタを活用

 もっとも、そんな高いサンプリングレートが必要なのか? そんなものは、そうとうなマニア以外には関係ないのでは? と思う読者もいるかもしれない。CDの音は44.1kHz。それよりも高いのだから十分ではないか、という見方もあるだろう。

48kHzと96kHzの間には大きな違いが

 しかし、48kHzと96kHzの差は決して小さくない。DVD-Audioの際にも言われたことだが、192kHz化の恩恵はほとんど感じる人がいないが、48kHzと96kHzの間には有意な差をほとんどの人が体感できる。

 聴き比べればその違いは一発だ。この二つのサンプリング周波数の間には、聴感上、越えられない壁がある。サンプリング周波数が低いため、プリリンギング・ノイズが可聴帯域に近い周波数に表れるからだ。48kHzでサンプリングする場合、記録できる上限の周波数(ナイキスト周波数)である24kHz以上の音が入っていると“折り返し”というノイズが入ってしまう。これを防ぐため、20kHzを越えたところから急峻に落とすフィルタ(ほぼ垂直に落とすため、ブリックウォール……煉瓦の壁と呼ばれる)フィルタをかけなければならない。

 急峻なフィルタをかけると、強いリンギング(信号が急変する際、その前後にノイズが加わること)が出てしまう。特にプリリンギング(実際の信号より前に出るリンギング)は、実際の音にマスクされないので音質に大きな影響を及ぼしてしまう。

 リンギングは再生時にも発生する。現在のDAC(デジタルからアナログに変換する装置)は、内部にアップサンプラーを用意している。周波数を高くすることでナイキスト周波数を高めれば、ブリックウォールフィルタで急峻に高域を減衰させなくともよくなり、リンギングを抑えることができるからだ(もちろん、DACによってその品位は様々だが)。

 ということで、単純にサンプリング周波数を変換するだけでは、DACを通して再生させる時に発生するリンギングは抑えることができても、録音時に発生しているリンギングは抑制できない。そこで、ドルビーは技術協力関係にあるハイエンドオーディオ機器ブランド「MERIDIAN」のアポダイジングフィルタと言われる、アップサンプリングフィルタを採用した。

Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingでは、MERIDIANのフィルタをアップサンプリングに利用

 アポダイジングフィルタは、「MERIDIAN 808.2」という1万8,000ドルのハイエンドCDプレーヤー向けに開発されたフィルタで、高速DSPのパワーをフルに活用し、録音時に含まれているプリリンギングノイズを完全にマスクするため、48kHz録音時で問題になる高域のリンギングノイズの問題を解決できる。

 しかし、リアルタイムで処理するには膨大な演算量が必要となるため、Dolby Media Producerの中に、まったく同じフィルタを組み込んだ。これがDolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingというわけだ。

 あらかじめ、MERDIAN 808.2と同等のフィルタで処理しておけば、AVアンプあるいはBDプレーヤーに内蔵されたDACのフィルタに依存せず、プリリンギングのないクリアでスムースな音を楽しめる。当然、音声データは2倍になるが、実際には圧縮効率が高くなるため、結果的にはアップサンプリングしてもビットレートや容量に大きなインパクトを与えることはない。


Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingの特徴 Dolby Media Producerにアップサンプリング機能を実装
アップサンプリング化のベネフィット ビデオソフト製作者のベネフィット ホームシアターファンのベネフィット

■ 電源周りを一新したかのようなクリアネスと低域の力強さ、Dレンジの広さ

立ち上げ時のタイトル

 比較試聴はすでにBDとして発売されている、Joe SatrianiのSaturated、サンフランシスコ交響楽団のSan Francisco Symphony at 100といったBDの一部や、いくつかのハリウッドタイトルによって行なわれた。

 正直に言えば「所詮はアップサンプリング」と、あまり期待していなかったのだが、実際に聴いてみると、あまりの違いに驚かされた。以前、筆者が試聴に使っているLINN Productsの電源システムを、S/Nの良い新しいバージョンにアップグレードしたことがあったのだが、そのときに近い、全帯域での明確な改善が感じられた。

 このアップグレードはスイッチング電源の動作周波数向上とS/N改善が主だったのだが、高域がクリアになるだけでなく、低域の力強さが増し、ダイナミックレンジも拡大した。Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingも、同様にリンギング(高域のノイズとなる)が減っただけなのだが、全域にわたってエネルギー感が増し、低域の据わりが良くなり、抜けの良いクリアな音質となる。

 Joe Satrianiのディスクでは、演奏開始のカウントアウトでスティックのぶつかる音が明瞭になり、音場に拡がる残響が滑らか。スネアが天井方向に抜けるようになり、リムショットがまるで違う音質になる。ベースのアタック音も“ポヨン”とした柔らかさがなくなり、シャープに“パツッ”と指が当たる様子が聞こえてくる。

 サンフランシスコ交響楽団のディスクでは、各楽器の音が分離し、発音数が増えて演奏者の数が増えたように感じられ、ダイナミックレンジが明らかに広くなる。コンサートホールの残響がほのかに感じられるほか、ホーンセクションの切れ味が鋭くなった。

 と、音楽ソフトが効果的なのは当たり前として、意外に大きな改善を感じたのが映画である。

 まず、セリフのキレがよくなって聞き取りやすくなる。暗騒音と背景の各種の効果音、それにセリフがそれぞれ明確に分離してくれるので、セリフが立って聞こえるのだ。さらに暗騒音を創り出している低域がしっかりと解像と力感を感じさせ、各種効果音の抜けがいい。圧縮音源とロスレス音源の違いか? というように、良い結果を感じることができた。

BDのパッケージ等に96KHzアップサンプリングを示すロゴを貼付 サポート企業

 もちろん、これらはハイエンドのAVシステムにおける試聴結果だが、ポイントは今後、新しいバージョンのTrueHDエンコーダで創られるソフトが、等しく同様のアップグレード効果を受けられるということ。映像製作の現場で、エンジニアがアップサンプリングのオプションを選べば、すべてのBDユーザーが、高品位化の恩恵を受けられる。

 実際に、このオプションを使うかどうか、あるいはそれ以前にDTS-HD Master Audioを選ぶのか、Dolby TrueHDを使うのか。その判断はパッケージを実際に作る会社の選択となる。エンドユーザーは選べないが、最新のDolby TrueHD作品で96kHz収録ならば使われている可能性が高い。今後、Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingが活用されるかどうかは、エンドユーザーの評価次第と言えるかもしれない。

 ただし、個人的には2ch限定版でも構わないので、Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingに対応したTrueHDのエンコーダ/デコーダを無料で配布してほしいとも思った。筆者は実際にそのパフォーマンスを体感し、優れた機能だと認識したが、通常はオリジナルの48kHzと比較できるわけではない。その上、ユーザーは自分の好きな作品にTrueHDが使われるか否かを選べるわけでもない。

 しかし、エンコーダ/デコーダを配布すれば、CD音源などを用いて自分自身で体感できるわけで、認知が拡がればDolby TrueHD Advanced 96kHz Upsamplingを使った作品が生まれる下地にもなるだろう。

 大変に優れた結果を引き出してくれる技術だけに、そのパフォーマンスをエンドユーザーにも体感するチャンスを得る方法を提供して欲しいものだ。

(2012年 5月 18日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

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[Reported by 本田雅一]