本田雅一のAVTrends

真のマスター品質を再現。パナソニック独自技術MGVCが魅せる映像作品の実力

 スタジオジブリの「火垂るの墓」を見比べたとき、あれ、これは違うぞ? なぜこんなに違うんだろうと混乱した。夜の街灯の下で話す風景。何気ないシーンにもかかわらず、その技術の実力をまざまざと見せつけられた。

 片やスッキリと見通しよい透明感ある空気の中で登場人物達が話をしている。ところが、もう一方は街灯の光が差し込んでいる空気の風合いを表現する。ライティングによる空気の風合い。こんな映像表現まで、細かく意識して撮影しているのかと思いながら見ていると、場面の切り替えやライティング環境の違いによる微妙な映像表現を、かなり細かく行なっていることが見通せるようになり、何を表現しようとしたのか、演出家の意図をはかりたくなってくる。

 ジブリ作品が、いかに丁寧に作られているかを思い知らされた。魔女の宅急便では、キキの顔の輪郭線が、ああ、なるほど丁寧な筆致で描かれているのだな、と再認識もさせられた。輪郭を描く黒い線ひとつとってみても、実は太さの微妙な違いが映像全体の表情を変えている。それが、とてもよく見通せるのである。しかし、もっとも唸ってしまったのは、となりのトトロにおける精細感の高さだ。

階調を12bit拡張する「MGVC」の秘密

 さて、何の話かというと、パナソニックが独自に開発した「マスターグレード・ビデオ・コーディング(MGVC)」という技術についての評価である。MGVCは独自技術でブルーレイディスクの色深度、すなわち階調表現を8bitから12bitまで拡張する技術だ。

通常のBDディスクは24bit収録
BDの階調表現を36bit(各色12bit)まで拡張するマスターグレード・ビデオ・コーディング(MGVC)

 映像作品の大半は10bit以上の色階調でフィルムのデジタル化、あるいは映像制作が行なわれている。ところがブルーレイディスクでは規格上、8bitまでの色深度しか扱うことができない。ブルーレイ規格が策定された当時は、民生用映像機器を完全な10bit(以上の深度)に対応させることがコスト面で不可能だったためである。

 “パナソニックの独自技術”と書いているように、この技術はブルーレイ規格の拡張版ではない。ではどのようにして規格値を越える色深度を実現しているのだろうか? 実はBlu-ray 3Dでも使われた、MPEG-4 MVCの技術が使われているのだ。

マスターグレード・ビデオ・コーディング(MGVC)の概要

 MPEG規格ではひとつの映像ストリームに、異なる複数の映像データを混在させることができる。この仕組みを活用し、ふたつの映像の相関を取りながら効率良く、左右チャンネルの映像を圧縮するのがMPEG-4 MVCで、すべての3D対応ブルーレイプレーヤ、レコーダはMPEG-4 MVCに対応している。

 では3D非対応のブルーレイプレーヤーは? というと、ディスク側で2D再生禁止フラグを使っていない限り、そのまま2Dで再生される。これはMPEG-4 MVCをデコードする際、非対応デコーダにはメイン映像のデータしか読み取れないようになっているためだ。

 MGVCの基本的な考え方は、このMPEG-4 MVCの特徴を活用して、左右チャンネルの同時エンコードではなく「一般的な2D映像と12bit/8bitの差分」に分離して映像エンコード。従来のブルーレイプレーヤーで再生する際には、今までと同じ8bit映像が出力され、対応プレーヤで再生する場合はふたつの映像をデコードし、画素ごとに加算処理を行なってから、HDMIのDeepColorで出力する。

 従来機でも再生可能な互換性があるため、MGVC対応ディスクを普通のブルーレイビデオだと見なして販売することもできる。冒頭で述べたスタジオジブリが最近、ブルーレイパッケージとして発売した作品は、実はすでにMGVC対応ディスクとして発売されている。

 現時点でとなりのトトロ、火垂るの墓、魔女の宅急便、おもひでぽろぽろの4作品だが、7月17日には紅の豚も発売される。さらに、近日中に別タイプのMGVC対応ソフトが追加される予定だ。最初の出荷時から対応していたため、上記ソフトを発売日に購入していた人も、MGVC対応プレーヤーを使えば、いつでもマスター品質の映像を楽しめる。

MGVC対応予定の「DMR-BZT9300」

 いずれもブルーレイ規格に添った映像ソフトだが、プラスアルファでMGVCの情報が含まれているため、マスターグレードへの復元が可能になるということだ。ただし、この技術を何らかの標準規格として定義する予定はないという。

 ソフトがあるなら、対応するハードウェアが必要になるが、現時点ではBDレコーダ「DIGA」最上位モデルの「DMR-BZT9300」をファームウェアアップデートすることでMGVCに対応する予定だ。MGVC対応ファームの配信は6月中旬を予定しているという。その後は、今秋以降の新製品で対応していくことになるようだ。なぜなら、ハードウェア側にもMGVCに対応する仕掛けが必要になるからだ。

 2枚別々の映像をデコードした上で、それを加算出力する必要があるため、システム上に多くのメモリが必要になるが、それだけでなくブルーレイの読み出し速度が高速になるからだという。

 一般にブルーレイビデオソフトは、映像ビットレートが40Mbps以下に制限されている。これに対し、充分に高い品質のMGVCソフトとするためには、差分映像のストリームに8〜10Mbpsぐらいを割り当てねばならないという。仮に10Mbpsとするなら、主映像のビットレートは30Mbps以下に制限されることになる。これは最大値なので、可変ビットレートで瞬間的にこの値を上回ることもできなくなる(実際には主副ともに可変ビットレートなので、さらに事情は複雑だ)。

 そこでMGVC対応ブルーレイプレーヤー/レコーダに採用されるドライブは、従来よりも高速なデータ読み出しに対応している。MGVC対応ディスクの最大ビットレートは60Mbps以下。これならば20Mbpsの余裕が生まれるため、ビット拡張用映像ストリームに一定の情報を割り当てたとしても、主映像の画質を落とさずにすむ。

最大ビットレートを約60Mbpsに向上

 なお、後続の対応製品だが、おそらく年末商戦向けにはより多くの製品が登場すると考えられる。ただしパナソニックは現時点で、この技術を他社に供与する予定はないそうだ。ディスプレイ側は10bit以上の表現力さえあれば、どんなものでも対応に問題はない。ただし、相応の階調表現能力がなければならない。

MGVCはアニメに向いている?

 さて、問題は今後対応ソフトが出てくるか否かだ。昨年7月発売分以降、すべてのジブリ作品がMGVC対応になっていることを考えれば、今後登場するジブリ作品は、すべてMGVC対応になっていくと考えるのが自然だ。それ以外にも対応したいとの声は、耳にしたことがある。

 一方、テレビアニメなどを含めアニメ制作環境における多bit化はすでにかなり進んでいる。日本動画協会が昨年3月に発表した調査結果によると、約8割のスタジオが10bit以上の多bitレンダリングで映像制作を行なっているという。フィルムのデジタイズは、当初より10bit以上で処理されていることを考えれば、あとはコンテンツオーナー側が、MGVCを使うかどうかの判断で決まってくることになる(もちろん収録容量の制限はある)。

 もっとも、今回見た印象からすると、作品性を重んじる製作者ならば、MGVCを使いたがるだろうという印象を持った。たとえば、冒頭にも取り上げた火垂るの墓にあるワンシーン。もやのかかった空気の中に差し込む街灯の光。その周囲にフワッとした空気感が拡がる。こうした表現や、フィルムグレインの再現性、アニメータの筆致などは、理屈抜きでより良くみえる。

 さらに特筆すべきは、映像全体の情報量が激増し、被写体の質感差を見事に描き出す。その差は本当に微細なものなのだろうが、表面のちょっとしたテクスチャの違いが、リアリティを決定付けているように感じる。特にアニメ作品の場合、ガタガタとした疑似輪郭(バンディング)が出にくいよう、ディザ処理をかけていることがほとんどだ。しかし、これは微小振幅を利用して階調があるよう見せかけているだけで、本当に階調が表現できているわけではない。

 バンディングをキャンセルする疑似階調処理は、視点を変えて言えばノイズを薄く載せることで階調が増えたように見せかけているだけだ。すなわち、載せたノイズの分だけ情報がマスキングされ感じにくくなる。これが、質感の描き分けのしにくさにつながっている。

24bit階調+ディザ加算方式の問題点
MGVCではスタジオマスターの階調をそのまま再生できる

 ある日本を代表する有名なアニメの12bitマスターと、バンディング除去を疑似階調処理で行なった8bit映像を比較したことがあるが、両者はまったくの別ものだった。バンディング除去を行なった、すなわちノイズをうっすらと載せた映像は、どこか粉っぽく、質感ごとの描き分けの意識が薄くしか感じられない。

MGVCのポテンシャル。対応ソフトの拡充に期待

 バンディング対策というイメージからか、現在はアニメ作品にしか採用されていないMGVCだが、おそらくライブアクション作品でも、見た目にもはっきり判る形の恩恵をもたらすと思う。高画質派のブルーレイ製作者で、この新技術に興味を持たないひとはいないのでは? と思うぐらいの違いがある。アニメならば、そのまま採用するだけで、作品の質を上げ、こだわった作画の魅力を伝えてくれるはずだ。

 最後にもう一度、MGVCの映像を見返した。7月発売の紅の豚は、見事なリマスター品質で、これまでブルーレイ化されたジブリ作品の中でも、トップクラスの高品位映像である。大好評の“魔女宅”を越える画質だと感じた。

 線画の緻密さ、背景の美しい描写を、たっぷりの情報量で自然に、そして緻密に魅せ、作り手の絵へのコダワリを心に刻ませる。絵の滑らかさが高まり(フィルムグレインが自然に表現される)、コントラストも高く見えてしまうため、明瞭で解像度が上がったように感じるのだ。現代的な高コントラストでメリハリのある高画質と、アナログ的な風合い、柔らかさを表現できる高画質。この両方がきちんとケアされているという印象だった。

 特に空挺団が空中戦を行うシーン。その飛行機の質感が圧倒的だ。空からの映像で雲が開いていくシーンがあるが、本物の写真を見ているような凄みを感じる。

 このMGVC。今のところ六本木のパナソニックオーサリングセンターでしか、対応ソフトの制作は受け付けていない。ニーズに応じて受注規模も増やせるよう努力は積み重ねていくとのこと。

 ならば将来、対応プレーヤーを用意したことを考え、MGVC対応にして欲しい。AV Watch読者ならそう思うだろう。ハードウェアはいずれ買い換える。しかし、お気に入りのソフトは手放さず、ずっと持っておきたいものだ。現行ブルーレイプレーヤとの互換性に問題がないならば、積極的に対応して欲しい。実際にそうしたディスクに投資をしているファンであればそう思うに違いない。

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本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「続・モバイル通信リターンズ」も配信中。