本田雅一のAVTrends

“日本のテレビメーカーはダメ”論は本当?

CESにおける日本メーカーのテレビと米国市場




 “日本メーカーのテレビ”について、CESでの様子と米国市場の状況、製品動向について、ソニー、パナソニックの両者に話を聞いてみた。


■ CESにおける“日本のテレビメーカーはもうダメ”論

 14日に閉幕したInternational CESの報道では、テレビ分野における韓国メーカーの躍進と日本メーカーの凋落。そんな視点で描かれた記事を目にすることが少なくなかった。確かに為替面(ドル安ではなく、ユーロ安や対ウォンに対する円高が大きく響いている)での環境は厳しい。リーマンショック後の回復途上での苦難という面も重なり、日本の電機メーカーが厳しい状況にあるのは確かだ。

 これらは一時的な製品開発の投資やマーケティング投資には大きな影響を与えているため、表面的に日本メーカーが沈んでいるように見える。技術面でも韓国電機メーカーのR&D投資は大きい。特にサムスンに関しては、政府を挙げて資金面でも経営環境面でもバックアップしていることが競争力を高めていることは確かだ。

LGブースでは、CINEMA 3DとSMART TVを大プッシュ世界最大55型有機ELをアピール
Samsungブース55型有機ELを“Ultimate TV”として訴求

 しかし、実際に現場で取材をした感覚からすると、報道ほどに日本メーカーが沈んでいるという印象は持たなかった。日本のメーカーに米国のメディアや流通が興味を失っているという報道は、かなり偏ったものだと思う。たとえばウォルマートはサンヨーブランドの製品を大量に扱っていたが、パナソニックによるサンヨーブランド廃止にともなって日本ブランドを失うことになった。パナソニックはこの契約を引き継がなかったため、日本ブランドを必要とするウォルマートは船井電機を推していくことになっている。

 確かに55インチという北米における主流となるサイズの有機EL(OLED)テレビを韓国2社が揃って展示し、年内の発売を示唆したというニュースはあったし、為替問題を中心とした収益構造の問題が、日本の電機メーカーを圧迫しているのは確かだ。

SamsungのSMART TV

 新規開発パネルを用いたアグレッシブなデザインの追求、“スマート”をキーワードにした機能提案の数(ただし質はまた別)など、韓国メーカーの攻勢は苛烈である。しかし、多くの話題を提供したものの、質の面ではまだまだ洗練されていない。

 企業の経営評価という面はともかく、消費者の目線で製品を見ると、日本メーカーの力はまだ衰えていないとも感じる。韓国のテレビ開発エンジニアとは、これまでに何度かテレビの機能や画質について議論したことがあるが、画質に対する考え方や改善の方法論が確立されていない、という印象だった。もちろん、アグレッシブに毎年、エンジニアは改善をしようと努力しているが、“コストのかけどころ”はテレビとしての質を高める方向ではなくデザイン性に向いている。

 “日本のテレビメーカーはもうダメだ”という論は、これらの背景もあるのではないだろうか。最上位に高いデザイン性の商品を置き、中位モデルに低コスト(かつ収益性の高い)のデザインイメージを引き継ぐ製品を置くなどの手法で大量販売を狙い、為替などの優位性も活かして韓国メーカーは伸びてきた。しかし、展示会は単なる人気投票の場ではない。

 もちろん、いずれは追いつかれるのかもしれないが、一方で製造装置メーカーなどから話を聞く限り、OLEDテレビの大型化が本格的に始まると思われる2014年ぐらいまでに、中型以上のOLED生産は、幅広いメーカーに拡がっていくようだ。

 さらにソニーのCrystal LED Displayという、まったく新しい有望なディスプレイ方式が実用化に向けてアクセルを踏み始めた。

 確かにテレビの生産量という点で、日本メーカーの足下はしっかりとはしていない。テレビの世界生産第1位はサムスン、2位はLG電子だが、いずれもテレビ部門は黒字を計上していない。日本メーカーの浮沈という視点の前に、テレビの経営環境そのものが、ひじょうに厳しい。3位にソニー、4位がパナソニックと続くが、その後はハイセンス、TCLと中国メーカーが続き(中国国内向け生産が多いため)、その次にシャープとなる。

HisenseもスマートTVをアピールTCLブースでもスマートTV

 おそらく、今後、ハイセンス、TCLがパナソニック、ソニーを抜いていくことは間違いないだろう。日本の電機メーカーがビジネスのスタイルを変えなければならない時期に来ていることは確かだが、優れた製品を生み出す力の関係が大きく変化しているとは思わなかった。むしろ画質に関しては以前よりも差が開いている。

 では、テレビの大量販売で韓国メーカーに敵わない日本のメーカーは、何を考えているのだろうか。


■ 高付加価値路線への転換を模索するソニー

ソニー石田氏(右)、伊崎氏(左)

 まずはソニー エレクトロニクス チャネルマネジメントグループ バイスプレジデントの石田武氏、ソニー エレクトロニクス ホームオーディオ&ビデオグループ ディレクターの伊崎摂氏に話を聞いた。

 昨年、ソニーは意図してテレビの出荷数を絞り込み、量販チャネルの整備やブランドストア(ソニースタイル)の強化、専門店チャネルの強化などを行なった。

「ボリュームゾーンで価格競争する製品に力を入れるのではなく、付加価値の高い製品、具体的にはHX9(日本でのHX920)の導入に力を入れました。この製品は通常量販チャネルでは販売していません。X-Reality Proの良さを訴求できるリテーラーでのみ、お客様に説明して販売してもらっています。途中、HX9の在庫が足りなくなったという状況はあるなど販売面で若干のロスはありましたが、“画質の良さ”という量販店で販売するモデルでは伝えにくいメッセージがきちんと伝わりました」

「確かにサイズが大きく、値段が安ければ他には何もいらないという市場もあります。しかし、ボリュームゾーンは60インチが1,000ドルを切るような状況ですから、そこで勝負しても利益は上がりません。XBR(専門店向け専用の高付加価値製品のサブブランド。HX9もそのひとつ)は、55インチで2,000ドルの価格を付けています。60インチの2倍の価格であるにも関わらず、その価値を評価してくれる販売店や顧客がいます。昨年は、そこをきちんと開拓できました」

新BRAVIAも発表

 北米ではこの数年で相次いで量販店がなくなり、量販店は寡占が進行。一般家電量販はベストバイ、ウォルマート、コスコ(日本でのコストコ)など少数が支配する独特の市場だ。市場占有率を重視し、これらメガ流通対策を徹底してきた結果が、収益性の慢性的な悪化につながっている。

「ソニーインターネットテレビをはじめ、機能面での訴求はもちろんやっていきますが、やはり画質の価値を理解してもらえるかどうかが、ソニーのテレビ事業が収益性を回復する鍵だと思います。昨年は、その手応えがありました(伊崎氏)」

 彼らを勇気づけているのは、HX9だけではない。日本でもバックオーダーを抱えている有機ELヘッドマウントディスプレイのHMZ-T1が北米でも人気となり、いまだに供給が追いつかない状況が続いているという。また、CESにおけるCrystal LED Displayに対する流通の評価も想像以上に高い。

「これから、さらなる液晶テレビの高画質化、4K2K、有機ELテレビ、それに未来のCrystal LED Display。高画質という切り口でいくつもの話題がある。事業環境は厳しいですが、高画質化持ちネタが今は豊富にありますから、我々は恵まれている。もう一度、テレビの原点である高画質に立ち返り、ハイエンドにユニークな製品を置き、それを徐々に低価格化していくという流れを作っていきます(石田氏)」

Crystal LED Display

■ ネットコンテンツ、コミュニティとのつながりを意識するパナソニック

パナソニック・ノースアメリカの北島嗣郎社長

 一方のパナソニックは、パナソニック・ノースアメリカの北島嗣郎社長に話を聞いた。
 パナソニックはテレビのインターネット対応に対して、他社とは異なるアプローチを取っている。インストール可能なアプリケーションをダウンロードし、対応サービスを拡張するのではなく、サーバー側で主なアプリケーション処理を行なうAjax技術でテレビにネットワークサービスとの接点を作るVIERA CONNECTを展開している。

 北島氏は「“スマートテレビ”というキーワードで話をするとき、サーバーサイドにアプリケーションがあり、ダウンロードやセットアップを必要とせず、欲しいアプリケーションが使いたいとき、すぐに使えることを評価してもらっている。使い始めのハードルが低いことが強みだ」だと話した。少なかったアプリケーションも、今では60前後まで増え、各種の映像配信サービスや音楽配信サービス、ゲームなどを、パナソニックの課金システムを通して利用するユーザーが確実に増えているという。


CESのパナソニックブース

 CESでは新型パネルを使った薄型・狭額縁のプラズマテレビも発売したが、発表会ではあまり訴求しなかった。当然、パナソニックのテレビに対する力の入れ方が弱まっているのではという話になるが「重要性は変化していない。我々の事業の1/3はテレビ。今回のCESでは企業向けの環境技術を訴求したが、これも元々1/3ぐらいの事業比率だった。そこを強調したのが今年だが、テレビをきちんとやらなければ、他の事業もダメになる。だからテレビは今後もきちんとやっていきます」と、北島氏は北米でのテレビ事業が、今後も変わらないことを強調した。

 とはいえ、では再び浮上していくにはどうすればいいのか。そこにはまだ、明確な道筋は見えてないように思えるが、ひとつの方向としてインターネットを通じたコミュニケーションツールとして、もっとテレビを活用する流れに乗りたいという。

 たとえば、今年はオリンピックの年だが、パナソニックでは米国で人気が出ている女子サッカーにフォーカスを当て、選手村と選手の家族をVIERAの持つSkype機能で接続。コミュニケーションツールとしてのVIERAを訴求する予定という。

「北米には、もともと海外出身の一族が多く、海を越えたコミュニケーションが求められています。東西に広い国土などもあり、SkypeやPicasa(写真共有サイト)を使った機能が求められています。テレビを見る時間が減っていると言いますが、米国の家庭では、毎週34時間もテレビがオンになっているんですよ。一日当たり平均5時間近い。そのテレビを通じて、ファミリー向けにいかに通信サービスを提供するかがひとつのテーマでしょう(北島氏)」

新プラズマVIERAはデザインも一新液晶VIERAは55/47型まで大型化Picasaなどネットワークサービスを強化
アプリマーケットも拡充

 CESで発表したSNSサービスMySpaceとの提携、MySpace TVとの提携も、その一環であるという。しかし、なぜ今MySpaceなのか。かつてナンバーワンだったものの、今やFacebookに大きく水を空けられたMySpaceがテレビをつなげることに、どのような意味を持たせたいのだろうか?

「今回の話はMySpaceから持ち込まれたものです。彼ら自身、自分たちの置かれている状況を良く把握している。立ち上げ初期は、音楽文化を中心にSNS文化を創り上げる先導者になりましたが、音楽に特化したが故に裾野は狭かった。MySpaceは今後の事業領域を拡大について、FacebookやTwitterと正面から勝負するのではなく、自分たちの良さを活かしたいと言ってきました」

「そこで“テレビ”を出入り口として、音楽文化を中心にしたコミュニケーションツールを一緒に作ろうとなったんです。テレビ向けのサービスとしては、我々だけのエクスクルーシブなものです。音楽好きならば、好きな音楽を聴いている時にFacebookに“いいね”したり、ツイッターで情報をシェアするだけでは物足りないでしょう。趣味性が高いだけに、もっと密なコミュニケーションが欲しい」

「発表会にジャスティン・ティンバーレイクが来てくれましたが、彼はMySpace TVに投資をしたんですよ。音楽を単純にシェアし、消費するだけでなく、楽しんでいる側の立場からもっと密に音楽コミュニティにテレビを通じて参加する。さらに、この機能を通じてネットでつながれたユーザーが、コラボレーションで音楽を作っていく。そうしたことをサポートするテレビにしていく。それが今回のプロジェクトです(北島氏)」

 実はこのテーマ、すなわちテレビをコミュニケーションツールとして活用する方向性は、北島氏が北米支社の社長に就任した直後、2008年のCESにも打ち出されていたものだ。それがようやく結果を問う段階に入ってきたということだ。

 もうひとつ、パナソニックにはテレビ関連の話題があった。それはIPSα生産の20インチ4K2Kディスプレイパネルだ。パネルだけの展示だが、215ppiに達する高精細ディスプレイには、様々な可能性がある。ただし、単なるテレビとして使うだけでは価値は高まらない。地域ごとの特性に高精細かつユーザーに近い位置のディスプレイを使いこなすアプリケーション、コンテンツが用意されなければならない。

20インチ4K2Kディスプレイ

「それは今、もっとも重要な戦略のひとつですから、あのディスプレイをどう使っていくのかは言えません。しかし、準備は着々と進めています。超高精細のディスプレイに、どんなコンテンツを送り込むのか。また、通常のテレビとの関係をどう位置付けるのか。今後、テレビも4K2Kとなっていくでしょうし、何年か後には有機ELテレビもやってきます。ハードウェアだけを提供するだけでは、同じコンテンツを共有する他社との競争になり、利益を上げる前に安売りになる。それでは粗雑乱造にしかつながりません。かつてのテレビと同じ道を歩むのは、二度とやりたくない。だからこその準備をしています。期待してください(北島氏)」

(2012年 1月 26日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]