第261回:[BD]東のエデン 第1巻

「100億あげるから日本を良くしてください」
可愛いキャラが目指す「ニートの楽園」とは


 このコーナーでは注目のDVDや、Blu-rayタイトルを紹介します。コーナータイトルは、取り上げるフォーマットにより、「買っとけ! DVD」、「買っとけ! Blu-ray」と変化します。
 「Blu-ray発売日一覧」と「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。

■ 神山監督初のオリジナル作品



東のエデン
初回限定生産版
第1巻
(C)東のエデン製作委員会

価格:6,300円
発売日:2009年7月29日
品番:ACXA-10711
収録時間:約45分(本編)
映像フォーマット:MPEG-4 AVC
ディスク:片面1層×1枚 + 特典CD
画面サイズ:16:9/1080p ビスタ(スクイーズ)
音声:(1)日本語
      (ドルビーTrue HD 5.1ch)
    (2)日本語
      (リニアPCMステレオ)
発売元:アスミック/フジテレビ
販売元:角川エンタテインメント

 アニメ界にも“名前が良く知られた監督”がいる。日本で一番知られているのは宮崎駿だろう。「ガンダム」の富野由悠季、「エ(ヱ)ヴァ」の庵野秀明、「攻殻」の押井守などは、アニメに詳しく無い人にも認知されているだろう。ちょっと詳しい人向けだと、最近では「サマーウォーズ」が大広告展開中の細田守。「マクロスF」で若いアニメファンにも知られるようになった河森正治、マニア好みだった谷口悟朗も、「コードギアス」で一気に知名度がアップしたようだ。

 自分で絵を描かない監督の場合、作品の“絵柄”が名刺代わりにならず、漫画と違って「誰の作品なのか?」がパッと見でわからない事が多い。キャリアが長く、声をかける原画マンやキャラクターデザイナーがある程度固定されていると絵柄でわかる事もあるが、ほとんどの事を1人でやれてしまう別格の“宮崎アニメ”のようにわかりやすくはない。「押井作品なら画面レイアウトを見ただけで……」とか言い始めたら立派なアニメオタクだ。

 そんなわけで、監督の名が知れ渡るには、やはり爆発的なヒット作や奇抜な映像表現、強いメッセージなどが求められる。宮崎駿や押井守の次の世代の若手監督にとっては必須事項だ。今回取り上げる「東のエデン」は、そんな“名の知れた”若手監督の1人である神山健治の作品だ。

 神山監督は主に、日本を代表するアニメスタジオ・Production I.Gを拠点に活躍している。押井守が主宰した企画者育成プロジェクト“押井塾”で頭角を現し、押井の代表作である映画「攻殻機動隊」のテレビシリーズ「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」(S.A.C.)で初監督。同作品のヒットにより一気に注目された経歴の持ち主。「押井監督の愛弟子」と言ってもいいだろう。

 「攻殻機動隊」は情報量が多く、設定が複雑な作品だが、「攻殻S.A.C.」ではそれらを上手く整理して描写。随所にキャッチーなアクションも取り入れ「引き込まれる楽しさと世界観の奥の深さ」を両立してみせた。続く「精霊の守り人」では、SFから一転ファンタジーに挑戦したが、精霊界と人間界が絡み合う、原作小説が持つ神秘的な世界観をキッチリとアニメ化。皇子チャグムと、彼を守る女用心棒バルサの関係を丁寧に描きつつ、短槍による生々しくも優雅なアクションで映像的な面白さも取り入れてみせた。

 映像/物語共にクオリティが高い神山監督作品だが、「作風の特徴は?」と問われると難しい。個人的な印象としては“丁寧さ”や“慎重さ”になるだろうか。状況や世界観をわかりやすく見せる手腕に長け、かといって人物描写も軽んじない。監督なのだから当然なのだが、作品の構成要素をバラバラにパーツ化し、それを“上手く組み合わせられる人”というイメージだ。原作の良さを活かせる一方、押井師匠と違って監督の個人的な意見や心情が強く前面に出ていないように感じる。

 「東のエデン」が注目作なのは、そんな神山監督が原作も手掛けた“オリジナル作品”だからだ。これまで以上に“神山色”が出る事は当然で、それが“どんな色の作品になるのか”が、監督の今後の作品の方向性を占う事にもなるだろう。


■ 100億あげるので日本を良くしてください

 舞台は2010年。大学の卒業旅行でアメリカに出かけた少女・森美咲(もりみ さき)は、ホワイトハウス前でトラブルに巻き込まれたところを、日本人青年に救われる。彼の名は滝沢朗(たきざわ あきら)。白馬の王子様的シチュエーションだが、彼は一糸まとわぬ全裸姿で、おまけに記憶喪失。手に持っているのは拳銃と、80億円もの電子マネーが蓄積された携帯電話のみ。

 咲はとりあえず自分の上着や帽子を彼に着せ、追う警察からの逃避行へ。なんとかピンチを切り抜け、共に日本へ帰国。記憶を無くした朗のために、彼のパスポートに書かれた住所に行ってみることにする。

 そんな彼らが降り立った日本の空港は、突然打ち込まれた1発のミサイルで大混雑していた。ミサイルが飛んできたのはこれが初めてではなく、3カ月前には日本各地に10発ものミサイルが落ちるテロ事件が発生していた。しかし、運良く1人の犠牲者も出なかったことから、人々はその事件を「迂闊な月曜日」と呼び、忘れ去ろうとしていた。しかし、今度のミサイルでは死傷者が出ており……。

 ピンチの少女を助ける青年という、ボーイ・ミーツ・ガールとしては使い古された出会いだが、相手の男が全裸に拳銃&携帯というのは斬新だ。爽やかに「大丈夫?」と手を差し伸べる朗に向かって、視聴者全員が「お前が大丈夫かよ」とツッコむ。物語の“掴み”として素晴らしい。

 作品のもう1つの特徴は、フジテレビ深夜の「ノイタミナ」枠で放送されたこと。「ノイタミナ」はアニメーション(Animation)を逆さ読みしたもので、「これまでのアニメとは違うもの」的な意味だ。看板作品は「ハチミツとクローバー」や「働きマン」、「のだめカンタービレ」など、漫画から派生し、実写テレビドラマや映画化もされ、アニメファン以外にも広く知られる作品が多い。若い女性など、アニメに興味が無いとされる層に向けた、“新規視聴者開拓枠”であり、私のような被害妄想オタクが“お洒落臭”に眉をひそめるラインナップだ。

 そんなわけで、オアシスの主題歌で始まる「東のエデン」も“一般受け”する姿(絵柄)をしている。「ハチミツとクローバー」原作、漫画家の羽海野(うみの)チカがキャラクター原案担当で、男女問わず登場人物は“可愛い系”。“媚び”や“油分”は薄く、清潔感があり、なるほど女性にも受け入れられやすそうな顔が並ぶ。だが、甘いスイーツだと思って食べていたら、クリームの下からハバネロが出てくる。なにせ、朗の正体がわかるにつれ、「運命的な出会い」が「テロ共謀」の可能性を帯びるという、凄まじい落差が隠されているのだ。

 物語の鍵を握るのは、80億円がチャージされた「ノブレス携帯」。電話すると「Juiz」(ジュイス)と呼ばれるコンシェルジュに繋がり、シャンパンの手配から殺人依頼、情報操作、首相を操ることすらできるという“ドラえもんレベル”の超携帯だ。だが、依頼に応じて相応の金額が引き去られるという仕組みが面白い。

 若干のネタバレになるが、朗は謎の人物から100億円がチャージされたノブレス携帯を与えられた、12人の「セレソン」と呼ばれる者の1人なのだ。目的は「日本を正しい方向へ導くこと」。つまり「100億やるから、今の日本を良くしてね」と頼まれた12人が、それぞれの思想に沿って悪戦苦闘。咲をはじめとする一般市民がそれに巻き込まれるという、実に壮大な物語になっている。

 「100億あったら何を買うか?」、「自分が総理大臣になったら何をするか?」などの空想に浸った事は誰しもあるだろうが、「100億でこの国を良くしろと言われたら、どんな風に使うか?」を考えた人はあまりいないだろう。だが、100億という金は世界の仕組みを変えるには少なすぎ、個人が使うには大きすぎる金額だ。劇中には金の誘惑に負けて私欲を満たす者、100億で作れる“小さな理想郷”を作ろうとする者、様々なタイプのセレソンが登場し、その思想や末路を見るだけでも面白い。

 そんなセレソンの1人である主人公・朗には、「2万人のニートを集めてミサイルで消滅させた?」という、とんでもない疑惑まで噴出してくる。だが、本人は記憶を無くしているので真偽はわからない。記憶を無くす前の自分は何をしていたのか? どんな方法で日本を良くしようとしていたのか? それを知った後の朗はどうするのか? そして、根幹とも言える“セレソン達が使う100億円で日本は良くなるのか?” 続きが非常に気になる物語だ。

 BD/DVD発売を前に、テレビ放送は終了しているが、実はこれらの謎の大半は明らかにされない。11話のテレビシリーズと、2つの劇場版で構成される予定であり、11月公開の劇場版第1弾を待ちつつ、BD/DVDでおさらいをしておく……というのが現在のステータスだ。

 少しマニアックな話になるが、“東京に打ち込んだミサイルをキッカケに、社会の意識/構造変革を促す思想的なテロを起こす”という物語は、師匠・押井守が「機動警察パトレイバー 2 the Movie」で'93年に実践している。師匠はベイブリッジに一発打ち込み、情報操作を駆使して自衛隊と警察庁の摩擦を拡大させ、都内主要カ所に自衛隊の戦車などを配備させ、東京に“戦場を再現”。平和ボケの日本に警鐘を鳴らすという「ロボットアニメでそれをやりますか、というかパトレイバー出てこないし」という問題作を作り上げた。現在の日本を覆う閉塞感や社会問題にミサイルを撃ち込む「東のエデン」は、明らかに“弟子からのリスペクト”だ。

 カリスマによる革命の成就か、“暖簾に腕押し”か、1人の強い意識ではなく、大勢のちょっとした思考で成し遂げられる“新しい形の革命”を描くのか。興味は尽きないところだが、師匠とは違う“これが神山監督らしさ”と言えるような結末を期待せずにはいられない。



■ 実は汚かったテレビ版

 映像はMPEG-4 AVCで1080p。短いカットが連続するオープニングは20~40Mbpsまでめまぐるしくレートが変化する。本編は30Mbps後半から40Mbps程度で推移するようだ。映像のデジタル臭さを無くすため、全体にソフトなフィルタがかけられており、ぬめっとした質感になっている。地上デジタルで放送されたTV版も画質は良かったのでBDでどこまで変化するか不安だったが、まず映像全体の発色がクリアになっている事に気がついた。

 動きの速いオープニングで細かく比較すると、ビルの窓や背景の斜線に出ていたブロックノイズが消え、テロップまわりのざわつきも無くなる。BD版は映像全体が“落ち着いた”雰囲気だ。タクシーのシートのテクスチャの質感も良く見え、キャラクターの単色部分に出た色ノイズが背景の動きに引っ張られてモゾモゾ動く事もない。BD版と比較したことで、綺麗だと思っていたTV版がこんなに汚かったのかと、ちょっとショックを受けた。背景が非常に美しい作品だが、BD版では改めてその精密さに圧倒されるだろう。

 音も大きく違う。テレビはステレオのAACだが、BD版はリニアPCMステレオに加え、ドルビーTrueHDで5.1ch音声も収録している。非圧縮になった事で中域の張り出しが強くなり、サスペンスシーンでのBGM盛り上がりが段違いにドラマチックになる。さらに5.1ch化されることで包囲感も高まり、映画のようなリッチなサラウンドが楽しめる。川井憲次が手掛ける楽曲クオリティの高さは今回も健在だ。

 BD版の特典は、咲とその仲間達が所属するコミュニティサークル「東のエデン」誕生秘話を収めたドラマCDとブックレットだ。どちらも密度が濃く、ブックレットは各話の解説、キーワード解説、声優陣へのインタビューを収録しており、読み応えがある。巻末には「迂闊な月曜日事件のおかげで家を失った人々を取材した」という体の架空のレポートが掲載。事件の経緯やその後の国民の反応など、アニメでは描ききれない“世間の空気”を感じることができる。ドラマCDも、登場人物達のキャラクターをより深く理解するのに有用だ。後述するが、このCDのストーリーはテレビシリーズを2クールにしてアニメで描くべきだったろう。

 本編ディスクでは神山監督が、作品の目指したテーマなどを語ってくれる。「(政府の特殊部隊の)攻殻機動隊とは違う、一般人を通して、社会をとりまく空気を捕まえてみたい」、「非常に重く、骨太なストーリーを内包しているけれど“重くならない事”がテーマ」と、短時間だが密度の濃い内容だ。


■ 劇場版1本、TV 2クールにして欲しかった…

 理想に燃える若者が、手にした巨大な力を駆使して理想の社会を築こうとする物語は、一昔前にヒットした「デスノート」に似ている。だが、テレビシリーズに限って言えば「デスノート」ほどの“物語で引きつける力”は無い。それは、主人公の“こんな世界を作りたい”という主張や信念が“記憶喪失”という設定で隠されているからだ。意図があっての事なのだと思うが、テレビ版では“動機の弱さ”が感情移入のしづらさに繋がっている。

 いちおう中盤になると「個性と平等の幻想を抱く“しらけ世代”に育てられた自分達が世に出ると、ゆとり世代、ニートだと言われ、オヤジ世代が作った“勝てないルール”で世間が回っている」、「まともに社会で戦わず、ニートの楽園を作る」というような意見を、朗や、彼と行動を共にする大学生仲間が口にするのだが、その思考に至る背景が実体験として描かれないので、想像で決めつけた社会を批判をしているような稚拙さを感じる。就職活動中の飲み屋の愚痴と大差はない。

 普通の大学生が、セレソン達の危険な革命活動に参加するにはそれなりの動機が必要だろう。もっとも、これらも狙った描写だとは思うのだが、やはり劇場版を1本に減らして、テレビシリーズを2クールにしてもう少し丁寧に描いて欲しかったというのが正直な感想だ。

 謎だらけの物語/登場人物の中で、1人だけ強烈な個性を持っているのが終盤に登場する“板津”という天才プログラマだ。安直な世間の動きそのものをプログラムで予測する「世間コンピューター」を作るほど“達観”した引きこもり大学生で、4畳半に数年引きこもった理由が「一張羅のズボンが風に飛ばされて外に出れなくなったから」というのが素晴らしい。ネットを駆使してセレソンを追い、“消えたニート達の仇を討つ”という彼の生活は賛否はともかく1本筋が通っている。ボサボサ頭のデブ男だが、登場した瞬間、それまでの全ての登場人物を吹き飛ばす強烈な個性を持っている。

 彼を主人公に、ヒロインはネットゲームで知り合った女の子(と主人公は信じているが、当然中身は男)にでもして、家を出ずに革命を成し遂げる“引きこもりアニメ”にした方が面白かったんじゃないかと思うのだが、同時に“それは押井守作品だな”という気もするので、東のエデンは今の形で良いのだろう。登場人物が全員小太り男のアニメ売れるわけないし。

 劇場版を含め、結論まで見ないと判断に困る作品ではあるが、先が気になるストーリー構成や、設定の面白さなどは、通常のテレビアニメを越えるレベルで一見の価値がある。キャラクターデザインも含め、多くの人が楽しめる作品だろう。情報量の多さから、劇場版観賞後にテレビ版を見返す事は必須と予想されるので、今からBlu-ray版を集める準備をしておきたい。

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(2009年8月11日)

[AV Watch編集部山崎健太郎 ]