第260回:[BD]けいおん! 第1巻
オリコン1位の人気バンド!?
胸を張った萌えアニメ。BDは初回限定
■ “動くアニメ”が“良いアニメ”
アニメオタクを長年患っていると、他のライトなアニメファンから「(全部見るのは面倒なので)今期のオススメは何?」と聞かれる事がある。原作が面白い作品、話題のスタジオ/監督が手掛けている作品など、返答は様々だろうが、実際のところ放送されるまで面白いかどうかは誰にもわからない。なので、手掛けるスタジオの実績や、アニメ化プロジェクトの規模の大きさなどから勝手に推測し、「○○って作品がよく動くと思う」と答えるようにしている。
かなり極論で「画ニメ」には悪いが、個人的には「面白いアニメ=よく動くアニメ」だと思っている。宮崎アニメのように、よく動くアニメは見ているだけで楽しいというのもあるが、何より沢山動かすにはコストがかかるし、格好良く動かせる人材(原画マン)、沢山の絵を描くための時間も必要になる。言い換えれば「よく動くアニメ=お金と人材が豊富に投入され、しっかりとしたスケジュールで作られた作品」の証明とも言える。
もちろんTVの場合「第1話でグリグリ動き、第2話で顔が歪み、第3話で崩壊。最終話で思い出したようにグリグリ動き、後はDVDで修正するんでヨロシク!!」という作品も多い。なので、慣れたアニメファンになると「どんな作品でも3話まで見て判断する」人が多い。経験則のようなものだろう。
勘違いしてほしくないのは「よく動く=アクションアニメ」ではないという事。巨大ロボが格闘したり、幼女やメイドがマシンガンを掃射するアニメだけが面白いわけではない。空から降ったり、曲がり角でぶつかったり、魔法陣から召還されたりして、ダース単位で美少女が登場し、とりあえず主人公に惚れるような「ハーレムアニメ」でも、実は重要になってくる要素なのだ。
今回紹介する「けいおん!」という作品も、恋愛要素は無いものの、いろんなタイプの女の子が登場して、キャラクターの魅力で引っ張るという意味では「萌えアニメ」的な作品だ。しかし、似た作品は沢山あるのに、関連CDがオリコン上位を席巻したり、キャラが使う楽器やヘッドフォンが店頭で品切れになるようなパワーを「けいおん!」だけが持っている。
それは何故か? ぼんやりと考えながら、ヨドバシカメラ マルチメディアAkibaのDVD/BDコーナーでBlu-ray版を手にとった。発売日(29日)の夕方、在庫はまだあるようだ。ハリウッド映画を押しのけ、店の入口にコーナーが設けられ、バンドスコアなどと一緒に強くアピールされていた。
■ 細かい動きの積み重ね
メインのメンバー4人。中央がギターの唯(ゆい)、右がベースの澪(みお)、左がキーボードの紬(むぎ)、奥のドラムが律(りつ) |
(C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部 |
一方、気がつくとボーっとしている、ドジな天然少女・平沢唯(ひらさわ・ゆい)は、何かに打ち込みたいと思うものの、自分に自信が無い事もあり、なかなかクラブが決まらない。そんな折、軽音部のポスターを発見。口笛などの“軽い(簡単な)音楽”と勘違いし、幼少の頃にカスタネットで褒められた事を思い出しながら部室のドアを叩く……。
1行で説明すると「軽音部でバンド活動に打ち込む少女達の日常を描いた物語」だ。普通ならば武道館を目指して、ライバルのバンドと火花を散らすような展開を連想するが、この作品は真逆。部室にティーセットとケーキを持ち込み、「食べてばかりいないで、練習しないと」と言いながらケーキを食べたり、練習合宿に行って海の誘惑に負けたりと、わりとヘタレな、ゆるい部活ライフが展開する。“誰よりも上手く”ではなく、“どれだけ皆で音楽を楽しめるか”を大切にしており、その動機が“上達”への欲求に変化する前段階の物語とも言えるだろう。
BD/DVDの第1巻は2話収録。第1話は唯が入部を決意するまで、第2話は唯のギターを買いに、皆で楽器店に行く話。そんな作品なので、演奏よりも、楽器店でどのギターにするか迷ったり、お金が足りない唯を助けるために皆でバイトしたりと、周辺描写がメインとなる。作品を手掛けるスタジオは、「ハルヒ」でお馴染み、泣く子も黙る京都アニメーション。歌に完全にシンクロしたライヴシーンをハルヒで描き、視聴者の度肝を抜いたスタジオだけに、本格的なライヴ描写に放送前から期待が集中。1巻でも見事なオープニングを堪能できるが、本編でのライヴは今後のお楽しみだ。
作品の最大の特徴は、登場人物が“ジッとしていない”事だ。第1話の冒頭、寝坊した唯が携帯電話で時間を確認しようとして、慌てて携帯電話でお手玉、黒のストッキングがフローリングで滑って床に尻餅、パンを咥えて家を出るまで、ほぼ全ての動作が異常とも言えるほど細やかに描かれている。ただ、映像全体としてはキャラが自然に動いているだけなので、意識していないと特別な事だとは思わない。これが1枚1枚、絵で描かれた事を思い出すと、感心すると同時に、「なんでこんな大変な事をしているんだ」と不思議に思えてくる。
例えば律、澪、紬の3人がファーストフードに行くシーン。“トレーに食べ物を乗せた紬が、先に着席していた律の隣に座る”というだけの場面。紬はテーブルにトレーを置き、一旦椅子に腰掛けた後、律に向かって話かけるため、わずかに腰を浮かせて座り直し、トレーを彼女の方に数センチ寄せる。そして律と自分の間にあり、邪魔になる肩の鞄を床に置く。数秒のシーンだが、細やかな動作は劇場アニメレベルだ。
普通のテレビアニメのように、止め絵で口だけパクパク動く事がほとんど無い。アップで喋っているシーンでも、顔の向きやまぶたの開き方、視線の位置が常に動く。“そういう見方”をすると驚きの連続だ。例え意識していなくても、膨大な“動きの積み重ね”は、絵でしかないキャラクターに、強烈な実在感を与えていく。
“ライヴシーン以外、そんなに動く必要あるのか?”と言う意見もあるが、これは“女子高生のまったり部活ライフ”を描く作品。ならば“まったり”こそが最も重要であり、何気ない日々の描写をひたすら微細に描くことが、作品を高める唯一の方法なのだろう。ストーリーのインパクトが薄いなら、キャラクターの魅力で引きつけるしかない事を、このアニメを作った人は良く理解しているし、それがネガティブな事だとも思っていない。これは“胸を張ったキャラ萌えアニメ”なのだ。
例えば、先ほど例に挙げたファーストフードのシーン。実は超お嬢様な紬は、初めて入ったファストフードに感動。見る物全てが新鮮で、部の今後についての律と澪の会話も半分くらいしか耳に入っていない。律が自分のトレーの上に、ポテトをケースからぶちまけて食べているのを発見し、“わぁーそうやって食べるんだ”という顔をした後、嬉しそうにその上に自分のポテトもぶちまける。メイン会話の裏でこっそり描かれる紬の可愛い動きに、果てしなくニヤケる。この胸に沸き上がる衝動を“萌え”と言うのだ。
部員が4人揃った記念に写真を撮るシーンでも、反対側にいた紬がさりげなく動き、新入部員の唯を写真の中央に入れてあげるなど、この作品は本当に1人1人の動作が細かく、かつ意味がある。“マイペースな唯”、“勢いで突っ走る律”、“軌道修正役の澪”、そして彼女達の関係を維持する“潤滑材の紬”と、それぞれの役割を物語や言葉ではなく、仕草や目線で表現する。それが想像力を喚起させ、キャラに深みと実在感、そして愛着を感じさせてくれる。
■ 音も絵も放送とは大違い
BDの映像は1080p収録。16:9で放送されたので、多くの人が録画したであろうBS-TBS版と画質比較したが、細かいポイントを見なくても、最初からBD版のクオリティが桁違いだ。発色が鮮やかで、青空や木々の緑がクリア。放送ではボケていた背景の輪郭線も、BDではソフトなタッチながらしっかりと描きこまれていることがわかる。画面が明る過ぎて映像が“軽かった”放送に対し、暗部がしっかり締まるBDはコントラストが高く、映像に立体感が出ている。
MPEG-4 AVCでビットレートは30Mbps台後半を中心に推移。動きの激しいオープニングは20~40Mbpsで活発にレートが変わる。第1話冒頭、唯の部屋に飾られた写真のアップからスタートするが、写真の質感を出すため、その部分にだけ粒子のエフェクトがかけられていた事にBD版で初めて気付いた。また、後述するオーディオコメンタリで指摘されて気付いたのだが、遅刻してダッシュする唯の背景に、後に出会うことになるメンバー3人が登場している。こうした細かいポイントが確認できるのも、BDを購入して良かったと思わせてくれる瞬間だ。
髪の毛や輪郭線、ギターの弦などに盛大に出ていたクロスカラーは綺麗に無くなり、輪郭線にツブツブの編み目のように出ていたドット妨害も無い。テロップまわりの疑似輪郭やザワつきも消え、OP/EDも安心して見られる。総じて不満の無い画質だが、EDのライト周辺に出るバンディングがちょっと気になった。
音はリニアPCMステレオの48kHz(2.3Mbps)で、放送より随分良くなった。放送は低域の量感が薄く、高域も荒れて、悪く言うと音楽が“うるさく”聞こえていたが、BDでは低域が締まり、レンジが拡大。バランスが良くなり、音量を上げてもうるさくない。澪の渋いベースラインもゴリゴリ描写されて心地良い。
■ 心おきなくBDが買える
BD/DVDで同時発売されるのだが、特典映像やグッズを収録しているのはBlu-rayのみで、メディア過渡期においてインパクトがある。従来はBD購入後に、特典目当てでDVDを泣く泣く購入する事もあったが、その真逆だ。なお、BD版は初回限定なので「いずれBD再生環境が整ったら買おう……」と構えている人も、とりあえず押さえておいた方が安心だろう。“BDに移行して”というメーカー側の強いメッセージを感じさせる。2話で7,980円はまだまだ高いが、人気作でこうした思い切った仕様を採用するのは、BDソフトの充実を望むアニメファンにとっては嬉しい事だろう。
PS3よりも低価格なプレーヤーも増えており、各社のBDレコーダも新モデルが登場する時期に突入する。これを機に持っていない人はBD環境構築をオススメしたい。やはりこれだけ密度の濃い映像は、BDの情報量で楽しまないともったいない。ちなみに既報の通り、第7巻には新作の番外編も収録される。テレビ放送は終了しているが、まだまだ人気は続きそうだ。
BD版の特典映像は、アニメ情報番組「アニちゃんねる!」で放送された「けいおん!」特集から、唯役の声優・豊崎愛生さんのインタビュー映像を収めたものと、新作「オリジナルB面劇場『うらおん!』~唯の気になるシリーズ~」。「うらおん!」は静止画で構成される小話で、唯が部員の皆に対して、気になっている事をゆるいトーンで語るもの。「紬ちゃんの眉毛はたくわんみたいだけど、どうやって動かしているんだろう」など、凄くどうでもよくて素晴らしい。原作コミックのカバー裏漫画のようなノリだ。
コメンタリはメインキャスト4人が登場するトラックと、スタッフによるものの2トラックを収録。アニメソフトの特典でコメンタリは非常に重要なので、この充実は嬉しい限りだ。キャストトラックにはメインの4人全員が登場。「すっごい動き細かいよね」、「このシーン可愛い!!」などなど、キャラと同じような声で、部室のノリでキャッキャッと盛り上がるので、シーンによってコメンタリなのか本編音声なのかわからなくなるのが面白い。コメント付でアニメを見るのも面白いが、誰かのトークを聞きながら見るアニメにも違った魅力がある。
オリジナル・ピック(唯) |
(C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部 |
スタッフコメンタリには、監督の山田尚子さん、キャラクターデザイン/総作画監督の堀口悠紀子さん、原画の伊東優一さんが参加。「OPなどに出てくる可愛い装飾文字は、プリクラにペンで落書きする“女子高生らしさ”を出すため」、「アイキャッチのカセットテープはしっかり左右で回転速度が違う」、「楽器をしっかり描きたいので楽器専門の作画監督を置いた」など、興味深い話が続く。専門用語も多いが、「このシーンは○○さん」など、作画担当者の名前も出てくるので、作画マニアにも嬉しいコメンタリだ。
「私は紬が好き」、「このシーン、ホントに可愛い」、「現場の女性スタッフには律が人気」など、聞いていてヒシヒシと感じるのは、監督だけでなく、参加しているスタッフ全員がキャラに対しての愛情を持っているという事。クオリティの高い作品が生まれた最大の理由がここにあるのは間違いないだろう。
BDには封入特典として「軽音楽部部員募集ポスターカードA」、「さわ子のきせかえ軽音部(唯)」、「特製ステッカー」、「オリジナル・ピック(唯)」、「キャラクター・プロフィールカード(唯)」も付属。どれもツボをついたグッズだが、やはりオリジナル・ピックがこの作品らしくて良いだろう。ケースはド派手なピンク色で、かつてのHD DVDを想起させる。クリアブルーが多いBlu-rayの棚に置くと異様に目立つが、数が揃えば違和感も無くなるだろう。
■ 本当に“萌え”させるのは難しい
各メディアでやたら取り上げられたせいで、“萌え○○”が氾濫。ニーソの絶対領域からツンデレまで、「オタクっぽい趣向やフェチズムはとりあえず萌えと言えばいいんだろ」的な混同状態で、メイドに「おかえりなさいませ、ご主人様」と言わせれば“萌え完成”という、ムチャクチャな状況になっている。
もともとは、アニメや小説、ゲームのキャラなどに対し、それが空想のものだとわかっていながら、強い愛情を抱いたり、心奪われたりする事を意味しており、特別奇異な感情ではない。ただ、そこには当然、引き込まれる感動的なストーリーや、応援したくなる健気な姿、大泣きする悲しい試練、胸を鷲づかみされる可愛い仕種などが付随していた。キャラがしっかりと“生きている”と感じられる作品……とどのつまり、“面白い作品からしか萌えキャラは生まれない”。「けいおん!」は細かい描写の積み重ねでその高みに迫った希有な作品だ。
澪が装着している姿が一瞬写っただけで8万円近いAKGの「K701」が各所で品切れになったのは記憶に新しい。ポータブルCDでドライブしているのもアンバランスだが妙にリアルだ |
京都アニメーションにファンが多いのは、アニメ化する際、原作の“何が魅力か”を把握する力と、それをひたすら膨らませる手段を持ち合わせているからだが(迷走する時もあるが)、「けいおん!」は、それを再確認させてくれる作品だ。
小難しい事は抜きにしても、学生時代特有の気だるいトーン、皆で集まる楽しさ、何かに打ち込む高揚感を思い出させてくれる、心地良い作品に仕上がっている。楽器に限らず、なんでもいいからもう一度部活に入りたくなる。そして、「どこが面白いのか?」と聞かれたら、胸を張って「キャラクターが可愛いところ」と答えたい。それはきっとアニメファン以外の人にも感じてもらえるだろう。
●このBD DVDビデオについて |
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[AV Watch編集部山崎健太郎 ]