[BD]「宮本武蔵 -双剣に馳せる夢-」

いつのまにか戦車の話になっていた
押井守が迫る“真実の宮本武蔵”


 このコーナーでは注目のDVDや、Blu-rayタイトルを紹介します。コーナータイトルは、取り上げるフォーマットにより、「買っとけ! DVD」、「買っとけ! Blu-ray」と変化します。
 「Blu-ray発売日一覧」と「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。

■ 一筋縄ではいかない押井版・宮本武蔵



宮本武蔵 -双剣に馳せる夢-
Blu-ray 初回限定版

(C)2009 Production I.G/
宮本武蔵製作委員会
価格:10,290円
発売日:2010年2月3日
品番:PCXG-50021
収録時間:本編72分+特典54分
映像フォーマット:MPEG-4 AVC
ディスク:片面2層×1枚
画面サイズ:16:9 1080p
音声:(1)日本語
     (ドルビーTrue HD 5.1ch)
発売元:ポニーキャニオン

 改めて思い返すと、押井守監督の作品は一筋縄ではいかないモノが多い。

 ラムとあたるのドタバタ痴話喧嘩だと思って映画を観たら難解で閉じた世界のループ物だったり(うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー)、パトレイバーの活躍を期待したら、中年のおっさんが延々と喋ってるだけだったり(機動警察パトレイバー 2 the Movie)。

 なにしろ、「ルパン三世」の監督を依頼されたら、「ルパンは最初から存在しなかった」的なストーリーを作って偉い人に怒られた事もあるらしい。誰もが考えそうな作品を作っていたら一角の人物にはなれない。演出・脚本・監督なんて、特にそんな職業なのだろう。

 もっとも、一筋縄でいかない作品をあらかた鑑賞し、出ているBlu-ray/DVDを片っ端から買っているようなファン(私含む)になると、心の準備と言うか、慣れもできてくるのだが……。

 そんなわけで、今回紹介する「宮本武蔵 -双剣に馳せる夢-」という作品も、巌流島にわざと遅刻して佐々木小次郎をイラつかせて、「小次郎敗れたり!」という、日本人なら誰でも知っている剣客・宮本武蔵像をひっくり返すような内容になっている。

 この作品の制作記者発表会は、2009年3月の「東京国際アニメフェア」会場で行なわれた。私はそこに取材に行っており、会見前に宮本武蔵が描かれたポスターを前に「押井監督が普通に宮本武蔵の剣劇アニメをやるわきゃないし、“アクション無し”とかもありえるな……大丈夫なんだろうか」と余計な心配をしていた。

 すると、司会として登壇した、アニメおたくで、言動があまり他人とは思えない(褒め言葉)ニッポン放送の吉田尚記アナが、「押井守の宮本武蔵となると、上映時間の大半、武蔵が海辺に座って喋ってるだけになる可能性もある」と予測。カメラを構えたまま爆笑したのを覚えている。押井ファンの考える事は似たようなものなのかもしれない。

 なお、注意しておきたいのはこの作品、押井監督作品ではなく、押井氏は原案・脚本を担当。監督は西久保瑞穂氏が務めている。西久保氏は先程の「劇場版パトレイバー 2」から「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」、「イノセンス」、「スカイ・クロラ」など、押井監督作の大半で演出を手がける人物。このスタッフ配置が、この作品の1つのキモになっている。


■ 歴史アニメドキュメンタリー

 時は1623年、4月13日の舟島(巌流島)。小舟でようやく現れた武蔵を前に、佐々木小次郎は鞘から刀を抜き放ち、「嗚呼、汝おくれたるか」。しかし、武蔵は小次郎が鞘を砂浜に捨てたのを目にすると、「小次郎負けたり」と不敵な笑みを浮かべる……。誰もが知っている、「巌流島の決闘」。だが、それについて武蔵本人は、終生語ろうとはしなかったという。

 吉川英治の小説を代表に、映画やテレビドラマ、最近では「バガボンド」のようなコミックまで、武蔵を主人公にした作品は数多い。そのイメージは「不敗の剣聖」、「精神の修養者」、「求道者」などなど。しかし、それらは後に作られた虚像に過ぎない。「野生の少年時代」、「禅への開眼」、「芸術愛好家」などの虚像。そして、武蔵と対決した虚構の剣豪達……。ざんばら頭の老人・宮本武蔵研究家である犬飼喜一(仮)は、そうした虚像の数々に惑わされず、武蔵が記した「五輪書」を軸に、“真実の宮本武蔵像”に迫っていく……。

 というのが作品の内容。「映画じゃないじゃん」と言われそうだが、実際映画ではない。巌流島の決闘や、若い頃に関ヶ原の戦いに参加し、騎馬武者に叩きのめされた事、吉岡一門との決闘など、武蔵にとって重要な場面はProduction I.Gならではの非常にクオリティの高い2Dアニメで描写。それらが終わると、前述の武蔵研究家・犬飼なる3DCGキャラが登場。その戦いがどこまで本当なのか?、武蔵に関してのどんな情報が読み取れるか? などを解説していくという構成だ。

 劇場公開時に“歴史アニメドキュメンタリー”と表現されていたが、確かに“ドキュメンタリー”という表現が一番シックリくる。NHKやディスカバリーチャンネルあたりで放送されていても違和感が無い仕上がりだ。また、単なる「武蔵豆知識」を詰め込んだだけでなく、最終的に“武蔵は何を求めていたのか?”、“どうして巌流島の決闘を最後まで話そうとしなかったのか?”という謎に迫る構成になっているため、グイグイと引き込まれる。

(C)2009 Production I.G/宮本武蔵製作委員会

 面白いのは、武蔵について書かれた小説などを意識的に資料として使わず、武蔵が書いた「五輪の書」という兵法書を軸に、実像に迫っている点だ。彼自身が書いたものなら、後から他人が加えた脚色を排除できるというわけだ。

 しかし、日記や自伝ではなく、刀の持ち方や構え方、大勢の敵との戦い方などが書かれた“兵法書”であるため、“実像に迫ると言っても無理があるのでは?”と疑問に思う。しかし、映画の着眼点は鋭い。

 例えば五輪の書が伝える刀の持ち方が、通常の両手持ち向けではなく、片手で刀を持つためのものである事に注目。「馬に乗って戦うための“乗馬剣法”からきている」と分析し、「左右どちらの片手でも自在に剣を扱える練習が、武蔵の代名詞とも言える“二刀流”を可能にした」と繋げる。

 同時に、「片手で扱うのでリーチが長く、敵に有利」、「馬に乗った状態で歩兵を倒すには、下からすくい上げるような刀の動きが理想。一方で、普通の兵士は両手で刀を持ち、攻撃時には振り上げる動作をする。武蔵は“馬に乗っているかのように”前に進みながら、下からすくい上げる戦い方をするので、その流れるような攻撃を普通の敵は防げず、一対多の戦闘も可能だった」といった具合に、細かいポイントから“武蔵の強さの秘密”を説明。同時に、あくまで“乗馬剣法”にこだわっていた事を浮き彫りにする。

 映画では、馬に乗って戦う騎馬武者や武士という存在に対する、武蔵の感情を“愛憎”や“フェティシズム”といった言葉で表現。そのキッカケとなった関ヶ原の戦いで起こった出来事や、武蔵の心境を類推すると共に、当時の“武士”とはどんな存在だったのか? へと話題が展開。「西洋の騎士(貴族)が打撃系の武器を使うのは、相手の騎士(貴族)を殺さないため」など、目からウロコの情報が連続し、知的欲求がかなり満たされる。怒涛のように情報が押し寄せる展開はまさに押井作品。押し寄せ過ぎて最終的に戦車まで登場するのも実に押井氏らしく、「宮本武蔵の話じゃなかったっけ?」と思わず苦笑してしまった。

 特筆すべきは、こうした押井氏による"膨大な情報量”を非常に観やすく映像化している点だ。ウンチク満載だと、とっつきにくい印象を抱くが、情報量が多くなって辛くなる前にアクションシーンが挿入されたり、説明していた3Dキャラ達がコミカルな動きを披露するなど、飽きさせない演出が随所に配置され、ダレずに観ていられる。

 さらに、西久保監督が押井氏の膨大な脚本をかなり取捨選択し、再構成したおかげで、“新解釈の武蔵情報”だけで終わらず、“武蔵の心情”が暗に観客に届くような、情緒的な演出も多く取り入れられている。これにより、武蔵という1人の男に感情移入でき、ドキュメンタリーながら、鑑賞後に武蔵の生涯を描いた1本の映画を観たような重厚な満足感が味わえた。


■ 浪曲と2Dアニメと3DCGの組み合わせ

 ドキュメンタリーと聞くと、画質よりも内容重視というイメージがあるが、アニメと3CCGで構成されているので非常にクオリティが高い。2Dアニメのアクションパートは剣術ならではの迫力や痛さが伝わって来る。モノクロ映画風の抑えたトーンだが、飛び散る血飛沫や返り血は鮮烈な赤で表現され、インパクトも十分だ。

 モノクロだと暗いイメージの映像になりそうだが、黒をあまり沈み込ませておらず、全体的にコントラストは低めになっている。また、3DCGや時折挿入される実写映像にも同様の傾向が見られ、2Dアニメ、3DCG、実写と、素材の違うシーンが切り替わっても、作品全体としての統一感は保たれている。個人的にはテレビやプロジェクタのコントラストを標準よりも若干高めにすると落ち着いて鑑賞できた。

 ビットレートは贅沢で、30Mbps後半から40Mbps前半を中心に推移。激しいアクションシーンでも圧縮を起因とする破綻は見られず、金屏風や絵巻物が大写しになるようなシーンでも、描かれた武士の甲冑や旗の模様まで克明に判別でき、BDの解像度の高さを改めて感じさせる。

 作品のもう1つの特徴が“音”だ。浪曲師・国本武春氏を起用し、浪曲をふんだんに取り入れた珍しいアニメになっている。アニメ映像のバックに三味線が流れ、国本氏の「天下分け目の関ヶ原あぁあ~♪、太閤秀吉亡き後のぉお~♪」という朗々たる声が、状況や武蔵の心境を描写。合間に入る「待ちかねたぞ!」、「いざ勝負!」などのセリフも国本氏が一人で何役も担当。モノクロの画面と合わさり、弁士付きの活動写真を観ているようだ。

 古臭いイメージはまったく無い。国本氏は浪曲に三味線だけでなく、ギターやエレキベースなどの新しい音も取り入れるアイデアマンで、現代的な音色とロックのようなリズム感が浪曲に疾走感をもたらし、武蔵のスピーディーな剣劇と組み合わさり、非常に刺激的な映像に昇華させている。彼のこの作品に対する貢献は非常に大きいと言えるだろう。

 そのため、参加声優は犬飼喜一(仮)役の菅生隆之氏のみとなる。菅生氏は低音を基調にしつつ、滑舌の良い渋い声で、情報量が多い場面でもとても聴きやすい。コミカルなシーンでの情けない声とのギャップも激しく、流石はベテラン声優だ。

 サウンドデザインも普通の映画と一味違う。犬飼の解説とBGMが基本なので音の数は少ないが、国本氏の音圧の高い浪曲節がビリビリと鼓膜に響き、独特の迫力がある。「べベンベンベン」という三味線の音が静かな音場に広がり、浪曲の緊張感が部屋に張り詰める感覚は、他の映画では味わえない心地良さだ。シンプルな構成ゆえ、定位も明瞭で、センタースピーカーの前に「ちょっくら失礼して」と弁士が腰掛けたような面白い音像が楽しめる。

 アクションの効果音は若干高音寄りで、日本刀が空を切る、冷たい風切り音と、三味線とギターの音離れの良い弦の音が、どちらも硬質で耳に心地良い。鎖鎌の使い手、宍戸某との決闘シーンでは音像移動が激しく、「ビュンビュン、ジャラジャラ」と鎖鎌が部屋の中を飛び回る。音質は総じて高いのだが、1つ不満なのは関が原の合戦シーン。大量の騎馬が押し寄せる際の「ズドドドド」という低音が弱いのだ。ドキュメントと言えど、映画でもあるわけなので、もう少し低音の迫力が欲しかったところだ。


  映像特典のメインはメイキングで、「アニメフェア」での記者会見や、国本氏の収録風景、スタッフへのインタビューなどで構成。スタッフは作画監督の黄瀬和哉氏、撮影の江面久氏など、押井アニメでお馴染みの面々。国本氏愛用の組み立て式三味線や、黄瀬氏が語る“キャラクターの微妙な表情”へのこだわり、江面氏ならではのBlu-ray/DVD化を見越した画作りなど、興味深い話が多い。対談やインタビューでは、意外にもアニメ好きで押井作品のファンでもある、主題歌を担当した泉谷しげる氏の感想などが聞ける。

 封入特典の1つは、武蔵の刀鍔(原寸大)。縦約84mm、横約82mm、重さ約125gのしっかりとした作りで、手にするとズシリと重い。どこかに飾ろうと思ったのだが、鍔なので自立せず、ちょっと飾りにくい。原寸大へのこだわりがあるのかもしれないが、個人的には小さな刀のフィギュアにしてもらったほうが嬉しかった。

 そして、一番の注目はBDの初回版にしか付属していない、押井守オリジナル脚本だ。24Pのブックレットを開くと、映画で語られたウンチクの2倍……いや2.5倍はあろうかという文字・文字・文字の嵐。コンポジット・ボウの詳細から、馬の去勢の歴史、アーサー王と円卓の騎士まで、スゴイ量のウンチクが詰め込まれていて思わず笑ってしまった。同時に、西久保監督が大ナタを振るって、かなり大胆に情報の取捨選択、要素の組み換えを行ない、どのように編集したかが克明にわかって面白い。

 押井ファンにとっては、この脚本自体が1つの読み物として楽しめるだろう。もしかしたら「この怒涛のウンチクの波が押井節であり、完成した映画ではそれが薄まった」と怒る人もいるかもしれない。ただ、この情報量を70分だか80分だか詰め込まれていたら、正直ツラかったと思うし、恐らくその作品は「多くの人にオススメしたいBlu-ray/DVD」と書きにくいモノになっていただろう。


■ アニメの1つの可能性

 発表会で西久保監督が「最初に渡された脚本に“決定稿”と書いてあって驚いた」と笑っていたが、結果的に西久保氏が監督を担当したのは、この作品にとって良い事だったと思う。日本人なら誰でも知っている剣豪の、新解釈は純粋に面白いものなので、アニメとか、押井守とかいう要素を抜きにしても、多くの人に一度は観てもらいたい作品だ。そういった意味で、ドキュメンタリー作品としてNHKあたりで一度放送してくれると嬉しいのだが……。

 価格はBD初回版が10,290円、通常版が6,340円(ムサシ)、DVD版が5,040円と、アニメならではの設定だが、amazonでは2月12日現在、それぞれ7,542円、4,646円、3,801円と、わりと購入しやすくなっている。

 押井氏は「スカイクロラ」あたりから、「これまで頭で考えてきた事を全部忘れて、自分の体と相談しつつ、今後は好きな映画を撮っていきたい。持ってきてもらった企画はなんでもやるよという姿勢で」というような趣旨の事を言っており、実写の「ASSAULT GIRLS」や舞台の「鉄人28号」の演出・脚本など、アニメ以外の仕事もフットワーク軽く手掛けている。押井ファンにとって、同氏が関わった新作が増える事は嬉しいが、今回のアニメドキュメンタリーという手法は、今後のアニメの1つの可能性としても興味深いものだろう。

 押井守や宮崎駿のような巨匠になると、新作が大作になりがちで、完成するまでに時間がかかる事が多かった。こじんまりとした作品になる予定だった「ポニョ」も、蓋をあければ101分の大作だ。だが、ジブリの新作「借りぐらしのアリエッティ 」(宮崎氏は企画担当)がそうであるように、巨匠達の企画やアイデアを若手が映像化する形式は、今後増えていくだろう。私のように、宮崎監督には環境問題うんぬんより「雑想ノート」のドイツ軍戦車の話を、押井監督には「ケルベロス 鋼鉄の猟犬」の映像化を期待しているようなファンは、巨匠達が自由に“個人的嗜好”を爆発させるような機会が増える事に期待している。 


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(2010年2月12日)

[AV Watch編集部山崎健太郎 ]