買っとけ! Blu-ray/DVD
[BD]「もののけ姫」
タタリ神のウネウネもクッキリ見える高画質。実はサン&カヤよりヤックルが可愛い
(2013/12/10 10:00)
このコーナーでは注目のDVDや、Blu-rayタイトルを紹介します。コーナータイトルは、取り上げるフォーマットにより、「買っとけ! DVD」、「買っとけ! Blu-ray」と変化します。
「Blu-ray発売日一覧」と「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。
ゾワゾワする映画
- 価格:
- 7,140円
- 発売日:
- 2013年12月4日
- 品番:
- VWBS-1490
- 収録時間:
- 本編約133分+特典
- 映像フォーマット:
- MPEG-4 AVC/MGVC
- 画面サイズ:
- 16:9
- 音声:
- (1)日本語(リニアPCMステレオ)
(2)日本語(DTS-HD MasterAudio 5.1ch)
(3~)英語/フランス語/イタリア語/ドイツ語ほか - 発売・販売元:
- ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
何年か前から、人里離れた山奥にある廃線跡や、炭鉱跡などを写真に収めるのが趣味だ。軍艦島などのおかげで広く知られるようになった“廃墟趣味”の一種だろう。他にも、参拝する人がいなくなり、蔦に覆われ、傾き、森の一部に還ろうとしている鳥居などを見ると、ゾワゾワしたものが背中を這い上がってきてシャッターを切らずにはいられなくなる。
単なる廃神社と言えばそれまでだが、山に神が宿ると考え、人の世界と神域(山)の境目に建てられた鳥居が、人がいなくなった事で、再び山に飲み込まれたようにも見える。鉄道趣味の1つに、乗降客が皆無な山奥の駅を愛でる“秘境駅”というのがあるが、実際に東北山中の秘境駅に降り立ってみると、日が暮れるにつれ、周囲の薄暗い森が押し寄せてくるような恐怖にかられる。バス停に毛の生えたような無人の駅舎の明かりを精神的な支えとして、数時間後の電車を待つ。野犬(?)の遠吠えにビクつき、「注意! 熊の目撃情報あり」の張り紙を見て半泣きになる。駅のプラットホームが、さながら電車という人の世界と、暗い森の境界線のように見えてくる。
「もののけ姫」というアニメは、人が容易に足を踏み入れられないような深い森からスタートする。人間を遥かに超える力を持ち、山の主とも言える巨大な動物がタタリ神となり、森と村の境界線である石垣を粉砕して村を襲う。そのタタリ神を討った事で“呪い”を受けた少年・アシタカが、呪いを解くため旅立ち、やがて人と動物・森の争いに身を投じていく物語だ。
冒頭のタタリ神襲来から、アシタカが旅立つまで約12分。無駄のない、洗練された展開で、宮崎監督ならではの躍動感と緊迫感のあるレイアウトが続き、ヤックルに乗って連なる山をバックに旅立つシーンで一気に開放される。
それほど長くない一連のシーンだが、広がる山々や森の圧倒的なスケールと、それを人々が畏怖している事、人間の世界(村)の小ささと無力さが、荘厳な久石譲の音楽と共に強烈に伝わってくる。12月4日に発売されたBlu-ray版「もののけ姫」を暗いホームシアターで観ていると、背中を這い上がって来るゾワゾワは、森の中で廃墟と対峙した時のものとよく似ている。
生々しい“痛さ”を感じる映像
中世・室町期の日本。いまだ人を寄せ付けぬ太古の深い森の中には、人語を解する巨大な山犬や猪などの神獣たちが潜み、聖域を侵す人間たちを襲い、人々から恐れられていた。エミシの末裔・アシタカは、人間への怒りと憎しみによってタタリ神と化した猪神に呪いをかけられ、それを解くために訪れた西の国で、数奇な運命に巻き込まれていく。
森や神獣を恐れず、森を切り開いていくタタラ製鉄集団と、その長・エボシ御前。彼女は神さえ恐れず、豊かな人間の国を作ろうと考える野心家。そんなエボシの首を狙うのは、森を守る山犬モロとその一族、そして山犬に育てられた人間の少女・サン。アシタカはその狭間で、自分が呪われた理由を知るのだが……。
構図として強引に単純化すると、“森や山、動物などの自然 VS 強欲な人間”の全面戦争だ。そこに首を突っ込み、自然陣営のヒロイン・サンに一目惚れ(?)したアシタカが、双方の姿勢に疑問を抱き、共存する道は無いかと奔走する話だ。
踏み入れると命を奪われる森“腐海”を恐れ、オームなどの巨大な虫に怯えて暮らす人間が巨神兵を手に入れ、腐海を焼き払おうと宣戦布告。腐海や虫の偉大さを知る仲介者・ナウシカが、なんとか共存の道は無いかと飛び回る作品が昔あったが、あの和風バージョンのようなものだ。最後まで観ても「あれ? 根本的な解決になってなくね? 解決とか言う単純な話じゃないけれど」とモヤッとするところまで同じだ。宮崎駿監督が“最後の作品”という意気込みで作り上げた作品なので、監督の原点的な“ナウシカ”(映画版)と似ているのも偶然ではないはずだ。
所有しているDVD版を再生してからBD版を比較したが、どこが違うと言うレベルではなく、もはやまったく違う映画に見える。前述の冒頭で言えば、DVD版ではモワモワとした塊になっていた森の木の葉や村の石垣が、BD版では1つ1つ解像され、森の密度感がまるで違う。アシタカ+ヤックルが木の葉の後ろ進む横スクロールシーン、DVDでは木の葉にブロックノイズや擬似輪郭が大量発生し、裏にいるアシタカの絵もゴチャっと潰れてしまう。BDでは顔の輪郭や背中の弓矢までキッチリと解像。手前の葉っぱも、スローで再生してもディテールがしっかり描写されている。このシーンのビットレートは43Mbbps程度だ。
タタリ神の全身を覆う、ウネウネした蛇のような呪いも、DVD版では赤黒い塊が動いているように見えるが、BDでは1つ1つが意思を持つように躍動しているのがハッキリと伝わり、恐ろしさに磨きがかかる。
なお、この作品はジブリ最後のセル画+絵の具を使った大作として知られ、一方で透明モコモコなデイダラボッチなど、CGも積極的に活用されている。BDでは背景画やセル画のアナログライクな質感がしっかりと表現されており、フルデジタルで作られた昨今のアニメと比べると、良い意味で“綺麗過ぎない”。特にもののけ姫のような太古の歴史を感じさせる作品には、この“手描きの風合い”がマッチしており、BDではその旨味が良くわかる。
音も別次元だ。冒頭のトトロマークから、地鳴りのような低音が厳かに響くが、DVDは「ボーン」と芯の無い、ボンワリした低音。BDのDTS-HD MasterAudio 5.1chは、「ズーン」と音圧や沈み込みの深さが圧倒的で本能的な怖さを感じる。タタリ神が姿を見せる前に、かすかに低音が響き、“得体の知れない何かが近づいて来る”事を音で予感させているが、BD版ではその低音が演出臭くなく、本当に家の外のどこかで重い何かが動いたように感じる。何度も観たシーンだが、初めて鑑賞したように心拍数が上昇した。
戦闘シーンの多い作品だが、BD版では特に“弓矢”が怖い。自分に向かって飛来する矢が“ピィン!!”と言うような鋭い音を立てるのだが、その高音が非常に鋭く収録されていて強烈だ。弓で射られた経験は無いので、これがリアルなのかどうかはわからないが、アニメならではの演出されたスピード感のある映像と音が組み合わさると、本当に弓矢が突き刺さりそうで思わずビクッとしてしまう。SF映画のビーム兵器やハリウッド映画の銃器は、日本人にとって身近でないので現実感があまり感じられないが、日本刀や弓での斬り合い、突き刺し合いには、リアリティと言うか、生々しい“痛さ”がある。
また、何度も鑑賞していると、画面の隅っこまで意識が向いて「こんな部分まで描き込んでいたのか」と驚く。市場での買い物をする群衆1人1人の動き、タタラ場の巨大な扉を開閉する時に、綱を引く人々の力の入れ方。暴れる右腕をシシ神の森の水に浸して、痛みに耐えるアシタカが、思わず左手で苔を鷲掴み、それが指の隙間からムニュッと出ている……などなど、DVDでは気付かなかった部分に目が行く、この情報量の多さがBD最大の魅力だろう。
もっとも、私のようにあまりに何回も観ると、「森と人との関係」とか、「合理主義とアニミズム」みたいな小難しい感想を一回りして、「もしTVアニメだったら“アシタカは憎い人間なのに、私の事を美しいって……”と初恋に戸惑うサンの萌えシーン(CV:日笠陽子)とか入っただろう」、「アシタカを追って村を出たカヤが、押しかけ妹妻的に襲来して、アシタカを取り合ってラブコメ展開になったろうに」、「アシタカに懐いて、健気で可愛いヤックルが実は(?)メスで、シシ神の森の不思議パワーで獣人美少女化するOVA版が」とか、ロクでもない事をつぶやくようになるので、何事もほどほどが良いようだ。
シンプルな疑問に答える宮崎監督
特典映像は、ジブリのソフトではお馴染み絵コンテを本編映像とのPinP(子画面表示)で比較視聴できるコンテンツを収録。アフレコ台本も収めている。
メインとなるコンテンツは、上映当時、海外の映画祭に出品される事になり、宮崎監督らの舞台挨拶や、現地メディアの取材に答えている様子に密着した「もののけ姫 in USA」(約20分)だ。海外メディアからは「アシタカとサンはその後どうなるの? 単純なハッピーエンドにしなかったのはどうして?」など、ストレートな質問が多く、今見ると逆に新鮮だ。
また、インタビューや映画祭の合間に、ディズニーのスタジオなども見学。アニメーター達が描いている現場を楽しそうに視察する監督の姿が印象的。なんでも、作業台を見れば、そのアニメーターの腕前だけでなく、悩んでいるか、好調なのかなども一目でわかるそうだ。
なお、「もののけ姫」と、同日発売の「猫の恩返し」のBDはどちらも、最大36bitの高階調映像を実現するパナソニックの「マスターグレードビデオコーディング(MGVC)」に対応している。ジブリのBDではもうお馴染みだが、来年1月に発売される大友克洋監督らによる「ショート・ピース」や、2月発売の今敏監督「千年女優」など、ジブリアニメ以外のBDにも対応が拡大しつつある。対応するパナソニックのBDレコーダも、最上位モデル(DMR-BZT9600)だけでなく、DMR-BZT860、DMR-BZT760、DMR-BWT660と、中~上位モデルまで拡大している。
森を身近に感じる作品
特典のインタビューの中で、宮崎監督は「メッセージを伝えるために、エンターテイメント作品ではNGと言われる事をあえてやった」という趣旨の話をしている。確かに、勧善懲悪、白黒がハッキリつく話ではなく、アシタカが旅の中で成長して、女の子を化け物から助け出す物語でもない。観終わっても「この先どうするんだろう?」、「苦労するだろうなぁ」と心配になり、それでも「この2人ならなんとか生きていくだろう」と信じたくなる結びになっている。
だから監督の言うように、「エンターテイメントとしてNGか?」と言うと、そうではないと感じる。緊張感溢れる冒頭から、謎めいた中盤、個性的で一筋縄ではいかない登場人物達、彼等の思惑が一点に集中し、爆発する終盤のカタルシスも備えており、鑑賞後の満腹感は他のジブリアニメと比べても引けをとらない。よくこれだけの要素を綺麗にまとめられるものだと改めて感心してしまう。
アシタカを主人公としたストーリーだけを追うと、セオリー通りにいかない展開が多く、スーパーマンのように強すぎるアシタカに感情移入もしづらい。おそらくそれも意図的なのだろう。誰か1人に入れ込まず、一歩引いた視点から見渡す事で、様々な要素が複雑にからみ合って、人の社会、そして人と自然の関係性に気付かされる。主役はアシタカでもサンでもなく、世界観そのものと言えるかもしれない。カオスを内包する懐の深さは「ナウシカ」と似ており、他の宮崎アニメと少し雰囲気が異なる理由だろう。この「もののけ姫」らしい重厚さに、BDの画質・音質は見事にマッチしている……というか、BDでの視聴が“必須”と言っても良いだろう。