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シャープが研究開発部門に取り入れた「鴻海流」の成果は?

 シャープが、2016年8月27日付けで、研究開発本部を改称し、研究開発事業本部としてから、約半年を経過した。コストセンターであった研究開発部門においても、プロフィットセンター化を目指す、いわば「鴻海」流ともいえる象徴的な組織改革のひとつ。社員の意識改革という点では、その成果は少しずつ形になっているといえそうだ。プロフィットセンター化した研究開発事業本部の狙いはどこにあるのだろうか。その動きを追ってみた。

シャープの戴正呉社長

最初の組織改革に盛り込んだ研究開発部門の事業化

 2016年8月12日に、鴻海による資本の払い込みを受け、鴻海傘下での再建が始まったシャープ。その再建策の一手として、シャープ社長に就任した鴻海グループの戴正呉副総裁が打ち出した最初の組織改革に盛り込まれていたのが、2016年8月27日付けで、研究開発本部を改称し、研究開発事業本部としたことだ。

 それまでの研究開発本部は、基礎研究や技術開発を行なうことに専念。その技術を活用したり、外販したりといった役割は、事業部門が担うことになっていた。いわば、研究開発部門は、開発した技術や研究成果の収益には責任を持たないという仕組みになっていたのだ。

 だが、組織名に「事業」という言葉が入ったことからもわかるように、2016年8月以降、シャープの研究開発部門は、収益を追求する組織体に生まれ変わったことになる。

コーポレート部門のゼロ・オーバーヘッド化も目指す

 戴社長は、研究開発事業本部へと改称する直前の2016年8月22日、社員に向けたメッセージのなかで、「ビジネスプロセスを抜本的に見直す」、「コスト意識を大幅に高める」、「信賞必罰の人事を徹底する」という3つの方針を掲げることに言及。そのなかで、「コーポレート部門のプロフィットセンター化を進め、最終的にはゼロ・オーバーヘッド化を目指すことにより、いままでのような形の本社を無くす」としたのに加えて、「経営管理、法務審査や権限規定などの業務の仕組み、研究開発やITの取り組み方針など、これまでのしがらみにとらわれない改革を推し進め、効率を最大化していく」とした。

 この時、研究開発部門においても、これまでの体制のままには留めないという姿勢を見せていたのだ。

 また、このメッセージのなかでは、「今後は各種資産の有効活用や過剰な設備の撤廃など、さまざまな観点からコスト意識を高め、費用対効果を追求する」とも語り、すべての社員にコスト意識をもたせる考えを示していた。

 こうした言葉に裏付けられた取り組みのひとつが、「研究開発事業本部」というわけだ。

鴻海傘下前から始まっていた「稼ぐ」取り組み

 実は、研究開発部門が「稼ぐ」という取り組みは、鴻海傘下に入る前から少しずつ始まっていた。

 たとえば、千葉県柏市にあるシャープの材料・エネルギー技術研究所では、液晶ディスプレイの開発で培った光学制御技術を応用した「採光フィルム」を開発。オフィスの窓に設置することで照明用電力を削減でき、オフィスの省エネ化に貢献するソリューションを生み出した。

 この技術は、表面に微細加工を施すことで、フィルムの片側に様々な角度から入る光を、反対側から一定の角度で出すことが可能であり、フィルムを、オフィスビルなどの窓上部に設置することで、季節や時間帯に応じて変化する入射角度に関わらず、太陽光を効率的に天井方向に取り込み、室内全体を明るくすることができる。年間で約4割の照明用電力の削減が可能であり、この採光フィルムをサッシに納めた「自然採光システム」は、ヒューリックの虎ノ門ビルに採用されるなどの実績が出ている。

シャープ材料・エネルギー技術研究所が開発した「採光フィルム」
採光フィルムを採用したヒューリック虎ノ門ビル

 実は、この営業活動においては技術者自らも出向いて提案を行なうという体制が構築されていた。技術者が「稼ぐ」という活動に積極的に乗り出していたのだ。

 この動きは、3月1日にシャープがリリース発表した案件も同じだといえる。リリースは、同じく材料・エネルギー技術研究所が開発した「蓄冷材料」が、コールドキューブのワインセラーに搭載され、今春から発売されるという内容だ。

この技術を採用したことにより、気温26.7度の環境下で停電が発生した際に、ワインセラー内の温度を20度以下に保持できる時間を約2時間に向上。これまでの技術に比べて約2倍の長時間化ができるという。停電時にワインセラー内の温度上昇を一定時間抑制できることで、ワインセラーをより安心して使用できるという。

 シャープとコールドキューブは、2015年10月から共同で、検討および実証実験を開始し、2016年11月には、蓄冷ワインセラーおよび蓄冷冷却器の開発に関連する特許を共同で出願。これらの取り組みにおいては、シャープの営業部門を通さず、同技術の開発に携わってきた若手の研究開発メンバーが、先方と直接やり取りをし、今回の発表につなげている。

 リリースに記載されたお客様からの「お問い合わせ先」が、「研究開発事業本部 材料・エネルギー研究所」となっており、ここからも研究開発事業本部が主体となって「ビジネス」を進めていることがわかる。

 このように、開発した技術を、自ら世の中に送り出すという動きが具現化している。

 一方で、シャープでは、2013年に、技術部門のなかに、開発中の技術をもとに創出される製品やサービスの事業化を目指す専任組織として、新規事業推進本部を設置し、技術をビジネスにつなげる取り組みを開始した時期もあった。これもいくつの成果につながっているが、大きなビジネスには発展しているものはいまのところはない。

姿が変わる産学連携の姿

 研究開発事業本部のオープンイノベーションセンターの動きを見ても、徐々にその役割が変化してきたことがわかる。

 オープンイノベーションセンターの前身は、2006年7月に設立した産学共同開発センターである。

 それまで、シャープの各部門と大学の研究室、外部の研究所などが、プロジェクトごとに個別に共同研究を行なっていたが、これらの大学、研究所との連携窓口を一本化。産学連携の推進を行なう体制を確立したのが産学共同開発センターだ。

 このときには、共同研究への投資をシャープが行ないながら、産学連携を進め、シャープが手に入れたい技術を共同で開発するという仕組みが取られていた。

 だが、この組織は、2012年10月にオープンイノベーションセンターに改称。これに伴って、産学連携の体制を維持しながら、シャープからの一方的な投資という姿勢を転換。その名の通りのオープンイノベーションのスタイルで、お互いの技術を連携させながら、新たな技術を創出するといった動きが増えていった。振り返ってみれば、この頃からシャープの業績が悪化しており、研究開発投資が削減されるといった動きが見られはじめていたタイミングでもあった。

 そして、今回の研究開発事業本部への移行に伴い、オープンイノベーションセンターも収益確保に向けた活動を開始することになった。ここに「稼ぐ」という要素が明確に加わったのだ。

 この10年を振り返ってみても、当初は、外部の技術に対して投資をし、技術開発を促進する組織であったものが、オープンイノベーションを軸にした共同開発へと移行。そして、新たな組織では、自ら稼ぐという形へと変化してきたというわけだ。

モノづくり研修サービスで「稼ぐ」研究開発部門

 研究開発事業本部は、プロフィットセンター化したが、開発者一人一人が明確な予算を意識する仕組みにはなっていないようだ。

 だが、研究開発部門自らが「稼ぐ」という活動はすでに始まっている。

 そのひとつが、先に触れた研究開発事業本部オープンイノベーションセンターが、2016年11月から本格的に開始したスタートアップ企業を対象にしたモノづくり研修サービス「SHARP IoT. make Bootcamp supported by さくらインターネット」だ。

 データセンター事業を展開するさくらインターネットとのパートナーシップにより実施している同サービスは、シャープの研究開発拠点の総本山である奈良県天理市のシャープ総合開発センターを活用し、IoTを活用して事業を開始するスタートアップ企業を対象に、10日間に渡る合宿形式のモノづくりブートキャンプを実施。シャープの現役技術者が講師となり、同社が培ってきた量産設計や品質、信頼性確保などモノづくりの技術やノウハウを教えることになる。用意されているカリキュラムの合計時間は約70時間にのぼり、「プロトタイプの作成段階から量産段階に至るまで、予見されるトラブルになるコストロスや、スピードの遅れを未然に防止することを目指している」という。

奈良県天理市のシャープ総合開発センター

 カリキュラムの内容は、「設計」、「品質」、「経営」に分かれており、「設計」では、アナログ/デジタル回路、熱設計、金型設計および組み込みソフトウェア開発などの基礎技術を学習し、「品質」では、安全設計手法、法規制、信頼性工学、調達、工場監査などを学習。工場に対して生産委託を行なう際の製品要求仕様書の書き方なども盛り込んでおり、実践的な内容となっている。また、「経営」では、原価管理、コストダウン手法、知的財産の取り扱い、資金調達など、スタートアップ企業に必要とされる経営手法について学習する。

 モノづくりブートキャンプの参加費用は、1社2人で85万円。1人追加ごとに35万円となっている。

 2016年7月に行なわれたプレ合宿ではスタートアップ企業4社が参加。2016年11月の1回目のモノづくりブートキャンプには5社が参加した。また、2月13日から行なわれた第2回目のモノづくりブートキャンプには4社が参加。「申し込みはこれ以外にもあったが、製品開発スケジュールなどを考慮して、次回の参加に調整した企業もあった」という。今後、3カ月に1回のペースで、モノづくりブートキャンプを開催する予定であり、随時募集を行なうことになる。

モノづくりブートキャンプの様子

「稼ぐ」ことを全社規模でバックアップ?

 さらに、2016年12月からは、モノづくりブートキャンプに参加した企業を対象に、量産アクセラレーションプログラムをスタート。実際に量産を行なう際に、シャープの技術者が支援するサービスとして提供する。

 これも有償で提供されるサービスであり、具体的には、量産に向けた設計、品質、信頼性、生産、検査のほか、量産後のアフターサービスや廃棄、リサイクルまでの製品ライフサイクル全般に渡って、長期的な協業関係を結びながら推進していくことになる。「商品仕様の決定から工場選定、量産試作、量産立ち上げ、品質/信頼性検査、出荷、アフターサービスまでを対象にサービスを提供。工場選定においては、シャープや鴻海以外の工場も視野に入れ、他社の工場で量産を開始する際に、シャープの技術者が一緒に出向いて、支援を行なうことになる」(シャープ 研究開発事業本部オープンイノベーションセンターの村上善照所長)という手厚い体制だ。

 しかも、量産アクセラレーションプログラムでは、担当するスタートアップ企業から寄せられる問い合わせにも対応するといった仕事が加わる。技術者は、本業の仕事を抱えながら、研究開発本部のビジネスである量産アクセラレーションプログラムの仕事にも取り組むという仕組みが全社のなかで認められているのだ。つまり、研究開発部門が「稼ぐ」ことに対して全社規模でのバックアップが行なわれているともいえるのだ。

 その一方で、量産アクセラレーションプログラムでは、同プログラムでの直接的費用だけでなく、シャープや鴻海グループの生産拠点を利用して、生産を受託すれば、新たなビジネスの創出につながる。スタートアップ企業に対して、生産受託事業を推進するきっかけにもなる。

 シャープ 研究開発事業本部オープンイノベーションセンターの村上善照所長は、「モノづくり研修サービスは、2016年春に、スタートアップ企業をモノづくりの観点から支援できないかと考えたのがきっかけであり、シャープがメーカーとして100年以上培ってきた歴史を生かすことができる」と語る。

 そして、シャープの戴社長は、2016年12月27日の社員向けメッセージのなかで、「SHARP IoT. make Bootcamp」について言及。「このオープンインキュベーション活動を通じて、ベンチャー企業とのコラボレーションを積み重ねることで、社内にイノベーションが生み出される組織風土の醸成も進めている」と語った。

 シャープが初めて挑んだスタートアップ企業支援制度は、まずは、順調な滑り出しを見せているようだが、収益という観点での貢献度はまだまだ微々たるものだ。これを起点にビジネスをどう成長させていくのかが注目される。

シャープは開発と販売の会社に?

 鴻海は、シャープの得意領域を、「開発」と「販売」だと判断しているようだ。

 その中間となる「調達」、「生産」、「物流」については、鴻海の得意領域とし、両社の補完的な組み合わせによって、グループとしての強みを発揮できると判断している。

 シャープの戴社長は、打ち出した経営基本方針のなかで、「シャープは開発と販売に注力する」との原則を掲げ、それをベースとした事業成長を加速する組織体制、販売拠点や生産拠点の最適化、人員の最適配置など、事業推進体制の見直しを進めていく考えを示している。

 シャープは商品企画、開発、販売に経営資源を集中する一方で、調達、生産は鴻海グループが全面的にサポート。これによって、サプライチェーンの改革を目指すほか、事業推進体制を刷新するとともに、ビジネスユニットを単位として収益責任を明確にする「分社化経営」を推進。2017年1月23日に社内に宛てたメッセージのなかでは、現在の20のビジネスユニット(BU)を、約50のサブビジネスユニット(Sub-BU)に細分化し、4月からSub-BU単位での管理を本格的に開始。個々の事業の自主性を高める姿勢を示す。また、同時に、「技術のシャープ」の復活を目指した技術開発への投資を拡大することにも言及。「シャープの競争力の源泉は独自の技術力にあり、これにさらに磨きをかけていくことが、長期的な成長を実現するうえで極めて重要」だとした。

 ここでは、IoT関連技術や有機ELに加えて、次世代ディスプレイや8K Eco System関連技術などを、将来のシャープの核となる技術と位置づけ、これらへの開発投資を積極化する姿勢を示した。

 また、同時に、蓄熱材料を活用した新たな事業に挑戦する「TEKION LAB」の創設や、新たな分野の技術を生み出した技術者の起業を支援するファンドの創設などを通じて、事業の立ち上げを加速。成果を上げた技術者へのインセンティブの拡充も進めていくとした。

 「重要な技術開発には社長ファンドを充当するなど、技術への積極的な投資を積み重ね、再び“技術のシャープ”を確固たるものにしていきたいと考えている」とする。

 3月31日には、分社化したヘルスケア/メディカル事業の会社に、鴻海グループの資本が入り、合弁会社として展開。シャープが育ててきた医療関連技術と、鴻海グループが持つ病院経営などの医療サービスと組み合わせることで、グローバルで展開していくことになるという。

技術の切り売りではなく、意識改革が重要

 シャープは、技術への投資を明確にする一方、その技術を軸にした製品およびサービスの創出を加速する考えを示す。そして、製品化までのリードタイムの短縮化にもこだわっていくつもりだ。

 そこに、研究開発部門の「事業化」の動きを組み合わせると、鴻海は、「技術の切り売り」のような動きにつなげようとしているようにも見えるが、どうも、そうしたことはまったく考えていないようだ。

 戴社長が、社内メッセージのなかで、オープンイノベーションセンターのモノづくり研修サービスに関して、「社内にイノベーションが生み出される組織風土の醸成」といった言葉を用いたが、これを見ても、収益重視よりも、意識改革の手法として、研究開発部門を事業化したという姿勢が見え隠れする。

 これまで以上に技術への投資を重視していく一方で、実際には、研究開発事業本部から大きな収益を得ることは考えていないだろう。

 だが、研究開発部門も「収益」への意識を高めることで、製品化へのスピードを速めることができる。研究開発部門のプロフィットセンター化の狙いは、まずは「収益」よりも「意識改革」にありそうだ。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など