大河原克行のデジタル家電 -最前線-

「Technicsは鳥のように羽ばたく」、復活3年目の自信とこれから。テレビやクルマも

 パナソニックは、CES 2017において、Technicsの新製品として、グランドクラスの新たなターンテーブル「SL-1200GR」、スピーカーシステム「SB-G90」、ステレオインテグレーテッドアンプ「SU-G700」を発表した。2014年秋に復活したTechnicsは、今回の3製品を含めて、これまでに17製品を投入。ハイエンドオーディオ製品としてのラインナップを強化した。

CES 2017で発表したTechnicsの新製品

 Technics事業を統括する小川理子役員に、Technicsのこれまでの取り組みと、今後について聞いた。インタビューには、パナソニック アプライアンス社ホームエンターテインメント事業部テクニクスCTOの井谷哲也氏と、パナソニック アプライアンス社技術本部メディアアライアンス担当部長の小塚雅之氏も同席した。

テクニクスCTOの井谷哲也氏(左)、パナソニックの小川理子役員(中央)、小塚雅之氏(右)

Technics復活から2年。「モノづくりの土台が出来上がった」

――2014年に、Technicsブランドの製品を復活させてから、3年目に入りました。この間を振り返って、どう自己評価しますか。

小川:Technicsは、これまでに14機種を展開してきましたが、今回のCES 2017では、グランドクラスの新製品として3機種を追加投入し、17製品にまでラインアップを拡大しました。ここまでこれたことは、チーム全員のがんばりが大きかったといえます。多くのユーザーから、Technicsブランドの復活を喜んでいただきました。ディーラーからは、「今度はやめないよね」と言われることもありますが(笑)、この2年間の取り組みを見ていただいて、本気でTechnicsの復活に取り組んでいることが伝わったという手応えがあります。パートナーやユーザーとの信頼関係を構築してきたという意味でも、大きな成果があった2年間だったといえます。

――モノづくりの観点では、どんな2年間でしたか。

小川:Technicsを復活させる時点で、Hi-Fiの製品をやめてから十数年の歳月が経過していました。ですから、技術の継承という面においての不安がありましたし、それを掘り起こすことにも多くの労力を費やしました。最初は、どこが勘所なのかがわからない手探り状態でしたし、OBの協力を得たり、評論家の先生方の意見をいただいたりしながら、ひとつひとつ課題を解決していきました。電気、外装、機構など、これまでにないほど細かいところにまでこだわり、一歩進んで三歩下がるといったことの繰り返しだったように思います(笑)。「本当にこれで大丈夫なの」と思うことは、いくつもありましたよ。しかし、そうした試行錯誤の繰り返しのなかで、実際に商品を出してみて、ようやく納得できるものが完成できた。その点では、モノづくりにおいても着実に進化を遂げることができた2年間だったといえます。

CESで発表されたプリメインアンプ「SU-G700」

 一方で、同時に、若いエンジニアを育てることにも力を注いできました。私がこの2年間で最も大きな成果だと感じているのが、若いエンジニアが「超速」ともいえるスピードで成長してきている点なんです。

 また、工場でTechnics製品を作っていただいている方々が、その仕事に誇りを持って取り組んでいる点も大きな強みです。現在、栃木県宇都宮の生産拠点において、MADE IN JAPANのモノづくりを行ない、さらにマレーシアの工場でも生産を開始していますが、そこで働く方々が、自信と誇りを持ってくださっている。これもTechnicsの強みになっています。その点では、モノづくりの「土台の土台」といえる部分が、この2年間で出来上がったと考えています。

――2年という期間で振り返ったときに、やり残したことはありますか。

小川:それはないですね。もちろん、未来に向けてやりたいことはたくさんありますし、そのために技術進化をさせなくてはいけないのは確かです。いまは、Hi-Fiオーディオの流儀に従って製品づくりをしていますが、音楽愛好家といった明確なターゲットに対して、どう技術を展開していくか、商品展開をしていくのかということをもっと考えていきたいです。あえて、やり残したことをあげるとすれば人材育成ですね。これは永遠に取り組むべき課題でもあります。

有機EL TVに“Tuned By Technics”。クルマや家もTechnics

――音づくりについてはどうですか。

小川:熟成度は確実に高まっています。17製品というラインアップのなかでは、製品クラスがいくつかに分かれます。しかし、Technicsとして、最初に投入した製品が、リファレンスクラスであり、そこにTechnicsが目指す音のターゲットがあることを、エンジニア全員が共有しています。この高いターゲットがあるからこそ、それぞれのクラスにおけるコンセプトや、プライスゾーンにあわせた音づくりができるわけです。音の方向性で疑問が出てきたときにも、「こうしたらいいのではないか」という改善や進歩の方向がはっきりと打ち出せます。それは、音の特性だけでなく、音の感性の部分でも共有できるものがあるということにつながります。この2年間で、リファレンスクラスが、Technicsが目指す音であるということを明確にし、その上で音づくりを進める体制が整ったといえます。

 ただ、ここでもやはり音を追求するために人材を育成することは大切な要素です。

 いまは、音楽の聴き方が多様化し、ライフスタイルも多様化しています。私自身も、音楽はTechnicsだけでしか聴かないということはありません。移動中に、スマホを使って便利に聴きたいという時もありますし、しっかりと聴くとき、家のなかでゆったりして聴くとき、そして、コンサートホールの臨場感で音楽を聴きたいという時もあるわけです。また、オーディオマニアの方々の音へのこだわりも理解する必要があります。そうした感性を持っているのか、持っていないのかで、音づくりそのものも変わってきます。音の楽しみ方の多様性に対応できるようなエンジニアをもっと育てていかなくてはいけません。

――Technicsのブランドづくりという観点ではどうでしょうか。

小川:これは、重要なテーマだと理解しています。2014年にTechnicsブランドを復活して話題を集め、2015年はTechnicsブランドがスタートしてから50周年を迎えました。ここでは、「50周年ありがとう」ではなく、「これからの50年も輝き続ける」というメッセージを出し、そのなかで、重くて、大きいというこれまでのHi-Fiオーディオに対する価値観だけでなく、若い人たちが求めているような軽くて、速くて、小さくてといった切り口からも価値のある商品や技術はどんなものなのかということも考えました。オールインワンというスタイルのなかに技術を凝縮し、より小型化しながら、音質を維持したのが「OTTAVA」であり、これもTechnicsとしてのひとつの挑戦でした。

 そして、2016年は、ターンテーブルイヤーとして、アナログの展開を開始し、ベルリン・フィルとのパートナーシップも発表しました。2017年は、デジタルとアナログの両方で世界最高クラスいえる妥協をしない製品を出すことにこだわります。現在、リファレンス、グランド、プレミアという3つのクラスで、Technicsの音をしっかりと示すことができています。しかし、ブランドは、一朝一夕に出来上がるものではありませんし、私がもっと積極的にアピールしていく必要もあります。ターゲットとする伝えたい人たちに、Technicsの価値を、メッセージとして届けるという点では、これまで同様に、力を注ぎたいですね。

 ブランド戦略という点では、もうひとつ別の角度からの取り組みがあります。それは、CES 2017では、有機ELテレビの新製品として、TX-65EZ1000を発表し、初めて「Tuned By Technics」のメッセージを打ち出しました。最高画質のテレビは、最高の音で楽しみたいと思うのは当然のことです。これについては、品田さん(品田正弘事業部長)と会議で会うたびに話をして、それをきっかけにして、双方のエンジニアがコラボレーションを開始しました。Technicsの技術や音づくりのポリシー、音づくりの考え方、ノウハウ、スキルというものをパナソニック全体に広げていくというのも、我々のミッションであり、ブランド戦略のひとつなのです。今回のテレビもそうですが、今後は、車載や住宅など、パナソニック全体に広げていきます。

有機ELテレビ「TX-65EZ1000」のスピーカーはTuned by Technics

――すでに、パナホームとのコラボレーションも開始していますね。

小川:パナホームとは、実験レベルでやっているところですが、これも住宅の価値をあげていく観点から取り組んでいきたいと考えています。Technicsの技術を横展開するのは、自然な方向だと思います。ひとつの技術をHi-Fiオーディオ製品にだけ留めておくのはもったいないですし、オープンイノベーションの時代にもあわないですよね(笑)。

Technicsの価値を広げる。販売店は400店舗以上に

――Technicsは、売り上げは追求するビジネスではないというのが前提ですが、ひとつの目標として、2018年度に売上高100億円という目標を掲げています。そのあたりのスタンスには変わりはありませんか。

小川:Hi-Fiオーディオは、間口の数×回転率という公式で売り上げが決まります。回転率とは、特定の期間内にどれだけ売るかということを算出したもので、ある機種を月に1台売れば回転率は1ということになります。高級Hi-Fiオーディオの場合は、3カ月に1台売れればいいですから、0.3というのがHi-Fiオーディオの一般的な回転率になります。Technicsも、丁寧にコミュニケーションをしながら、回転率をあげるためにはどうするかといったことをずっと行なってきました。ディーラーに「この商品はいいよね」といってもらえなければ、お客様に勧めてもらえません。展示しても、「野ざらし」にされないための努力が必要なわけです。

 一方で、間口という点では、Technicsの価値を理解していただける店舗をどれだけ増やすかという取り組みが大切で、ここでもやはり同様に、ディーラーにTechnicsファンになってもらう必要があります。ディーラーに足繁く通うことができるスペシャリストを配置して、ファンづくりを進めています。いまは、そうした取り組みを重視しているところです。

 販売店は順調に増加しています。2014年度末には全世界で約150店舗、2015年度末には300店舗以上だったものが、2016年度末には400店舗以上になる見通しです。ターンテーブルを出してから、Technicsの製品を扱いたいという店舗も増えてきましたね。2018年度に向けて、もう少し取り扱い店舗数は増やしていく考えですが、現在、24カ国で展開しており、それらの国に絞り込んで展開していく姿勢は変わりません。値崩れを嫌う市場ですから、慎重に、じっくりとやっていくつもりです。

――一方で、大阪・梅田のパナソニックセンター大阪に設置しているTechnicsのリスニングルームは、昨年のリニューアルの際に、壁に大量のレコード盤を配置するなど、一般家庭を意識した形に変更しました。音を聴くという環境としては悪くなったといえるのではないでしょうか。

小川:リスニングルームという点ではそうかもしれません。しかし、昨年のパナソニックセンター大阪のリニューアルは、エコソリューションズ社を中心に、リフォームに向けた提案であり、Technicsのコーナーは、リタイアした老夫婦が、お気に入りのオーディオルームを作り上げるというシナリオに基づいたものです。レコードを壁一面に展示した憧れのオーディオルームの姿であり、むしろ多くの方々の心に響きやすい提案になったと考えています。

 もちろん、しっかりとしたリスニングルームでの音を徹底的に聴いてもらうという提案もありますが、そうではなく、憧れの環境を提案し、心地よさを感じてもらったり、楽しんでもらうというのも、Technicsにとっては、新たな提案への挑戦だといえます。奥様と一緒に、音楽を楽しんでもらう際に、味毛のないリスニングルームでは、ちょっと気持ちが盛り上がらないという場合もあるでしょう(笑)。音楽を楽しむ人のなかには、レコードを見ただけでわくわくする人も多いはずです。そうした方々への具体的な提案と考えてください。

パナソニックセンター大阪のTechnicsコーナー

――Technicsが復活して、1年目が終わった際のインタビューで、小川役員に、Technics事業の自己採点をしてもらったことがあったのですが、そのときには、70点といっていました。2年目が終わってどれぐらいの自己採点になりますか(笑)。

小川:私は結構自分には厳しいのですが、最初に70点をつけていましたか(笑)。これから先の50年を考えると、まだ75点というところでしょうか。足りないのは、オーディオの素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらわないといけないのですが、まだそれができていないという反省点からです。そこがマイナスの部分です。オーディオと音楽愛好家の間にある距離ももっと縮めたいという気持ちが強いですね。大阪フィルハーモニーのフェスティバルにおいて、ロビーにTechnicsを持ち込んで聴いてもらったり、企業のロビーに配置して、音楽好きに聴いてもらったりといったことをしています。まだまだやらなくてはならないことは多いですね。

「100万円のシステム」が新製品の狙い。「DJ製品を出したい気持ちは変わらない」

――今回のパナソニックは、CES 2017において、Technicsの新たな製品として、Gクラスのターンテーブル「SL-1200GR」、スピーカーシステム「SB-G90」、ステレオインテグレーテッドアンプ「SU-G700」を発表しました。これはどんな狙いを持った製品ですか。

小川:2年目に、グランドクラスとして、ミュージックサーバーと、ネットワークプレーヤーおよびアンプが一体になった製品を出しました。これは、Technicsの挑戦として、1.5歩先ともいえるデジタルオーディオのコンセプトを採用したものです。しかし、お客様のなかには、昔ながらのHi-Fiコンポーネントが欲しいという人もたくさんいます。リファレンスクラスの音はすばらしいが、ちょっと500万円は出せない。なんとか、プレーヤーとアンプ、スピーカーで100万円ぐらいで、こんな音が聴けないかなぁという声を、ショールームではずいぶんいただきました(笑)。そうした要望にお応えして、リファレンスクラスのコンセプトを継承した形で、音づくりにもこだわり、100万円規模のプライスゾーンで満足していただけるようなものを開発したのが、今回の製品です。そして、テクニクスブランドの商品ですから、いままでにない新たな技術も活用しています。

ターンテーブル「SL-1200GR」

――どんな技術を活用しているのですか。

井谷:ターンテーブル「SL-1200GR」では、昨年発売したリファレンスクラスの「SL-1200GAE」のポリシーを崩さずに、妥協を最小限に抑えながら、いかに価格を抑えて提供できるかというところに力を注ぎました。具体的には、モーターを新たに設計し、材料も大幅に見直しました。リファレンスクラスの「SL-1200GAE」に比べると、モーターのトルクは落ちますが、従来製品と同様に、コアレス(鉄心)モーターを採用し、コギング発生を抑えたほか、プラッターでは、4層だったものを2層にして、軽くしながらも、不要な振動が起こらないような工夫を施しました。ここでは、何度もシミュレーションを繰り返して、最適な補強を入れることで、プラッターの振動を抑えています。また、アームの材質もマグネシウムからアルミに変えましたし、インシュレーターもシリコンを使っているのは同じですが、一部に使っていた亜鉛を、樹脂にしたりといった変更を行なっています。

 結果として価格は半分程度にまで抑えることができました。CES 2017では、多くの方に音を聴いていただきましたが、非常にポジティブな評価を得ています。ディーラーからも、「この価格で、この音であれば、非常に競争力がある」との声をもらっています。

――ステレオインテグレーテッドアンプの「SU-G700」には、どんなこだわりがありますか。

井谷:これは、Technicsの復活以来、継承しているデジタルアンプの新たな製品です。GENO EngineやLAPCといったTechnicsの特徴的な技術を踏襲する一方で、昨年のG30から採用しているデジタル電源へと変更し、高い電源供給を実現するメリットを追求する一方、アナログに比べて発生しやすいノイズの問題などを解決するための改善を図りました。ここでは、若いエンジニアが、評論家の意見などを聞いて、ボコボコにされながら(笑)、改善を図ってきました。納得ができるアンプが完成しましたし、それにも増して、若手エンジニアが著しく成長したな、ということを感じることができました。

ステレオインテグレーテッドアンプ「SU-G700」

 また、スピーカーシステム「SB-G90」は、リファレンスクラスの「R1」でやり残した部分に取り組みました。R1では、同軸を使い、点音源に近づけて、超広帯域低歪再生を実現することを目指してきたわけですが、唯一、メスを入れられなかったのが、スピーカーユニットそのものの振動への対策でした。これが次の課題でもあったわけです。もともとスピーカーは、バッフル側にビスで据え付けるのですが、後ろの方に重たいマグネットを持っているため、振動がマグネットを揺すってしまって、様々なところに振動が波及し、不要な音が発生してしまうといったことがありました。

 今回のG90は、振動を抑えるために、バッフル板の奥にもう1枚板が入っていて、各ユニットの重心の位置でスピーカーを固定する仕組みを採用しています。これにより、ビスで締めずに、パッキングで固定することができます。余計な振動が発生しにくくなり、我々が目指しているクリアな音を発生できるというわけです。

SB-G90

 振り返ってみれば、昨年、SL-1200GAEというターンテーブルを出して、アナログの世界にも踏み出し、これによって、テクニクスが目指す音の方向性が、より象徴的に示せるようになったともいえます。こうした取り組みが、今回の製品や次の製品に継承されていくことになります。

――ターンテーブルはかなり安くなりましたが、まだDJ向けという訴求にはなりませんか。

小川:今回のSL-1200GRは、やはり、Hi-Fiユーザー向けということになります。Technicsは、現在、Hi-Fiユーザー向けにブランドを構築しているところであり、当面、この姿勢は堅持します。もちろん、DJの方々から、熱狂的ともいえるエールをいただいていることは十分理解しています。どうしたらそうした方々の期待に応えられるかということは、Technicsを復活させたときから、ずっと考えていることです。

 ただ、Technicsは、一時的に技術の継承が途絶えましたし、まだまだ経験が足りません。Hi-Fiユーザー向けにどんな製品づくりをすればいいのか、アナログのターンテーブルとはどういうものかということが、ようやくわかってきたところです。そして、コストダウンという手法についても、今回の新たな製品群でようやく着手できました。どんな材料を使うのか、どこのサプライヤーと組むのがいいのか、どこの工場で作るべきか、ということを探るために、エンジニアが世界中を飛び回った結果、ここまでのものができたわけです。

 まだまだ手探りの状況であり、ようやくいくつかのステップをクリアできたという段階です。こうしたステップを積み重ねて、その先に、なんとかして、DJの方々の期待に応えられる製品を投入したいと考えています。モノづくりや技術はステップが必要です。時期はわかりませんが、DJの方々に向けた製品を出したいという気持ちは変わっていない、ということだけはお伝えしたいですね。

ベルリン・フィル協業は音、映像だけでなくクルマでも協力

――Technicsは、昨年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との協業を発表しました。これは、Technicsにとって、どんな影響を及ぼすものになりますか。

小川:もともこの提携は、4KおよびHDRに対応した最先端の放送用カメラなどを導入するといったところから始まっています。HD画質から4K/HDR画質へと進化させることで、より高品位なコンサート体験を提供するデジタルコンサートホールの実現を目指した協業を中心に話を進めてきました。しかし、検討を進めていくうちに、いい映像には、当然いい音も必要であり、Technicsとの協業ができないか、と話が広がっていったわけです。さらに、EVの進展とともに、自動運転の世界に入ってきますと、静粛性が増し、車内がコンサートホールぐらいの音づくりが求められる可能性も出てきます。そこで、この協業の成果を、車載機器にまで展開する形へと発展させ、結果として、様々な部門を巻き込んだ話へと広がってきたのです。

IFA 2016でベルリン・フィルとの協業を発表

小塚:今回のベルリン・フィルとの協業では、2017年夏から、業務用4Kカメラなどの最先端映像関連機材をベルリン・フィルのコンサートホールやスタジオへと導入し、コンサートホールでのHDR撮影とテレビでの再現に関する共同研究を実施するほか、パナソニックおよびTechnicsの映像、音響関連機器の技術開発において、録音エンジニアが意図する音を、高品位な音として再現することを目指し、ベルリン・フィルメディアが運営するベルリン・フィル自主レーベルの録音エンジニアとともに、ハイレゾなどのデジタル技術およびアナログ技術を含めた共同開発を実施します。録音エンジニアの知見を取り入れることで、伝統の音響テクノロジーと、先進のデジタル技術との融合の深化を図ることになります。

 さらに、車載機器関連では、ベルリン・フィルメディアにおけるコンテンツ制作および配信におけるノウハウと、パナソニックが車載機器開発で培った技術力を生かし、車内でもコンサートホールにいるような臨場感のある視聴体験をできる空間創造を目指した共同研究を行ないます。

 車載関連では、すでにパナソニックのなかに、車内での音質を評価するための特別なクルマが、研究開発用に用意されています。今回の取り組みを通じて、車内空間にも、音の技術をフィードバックしていくことになります。車内での音場は、ドライバーにあわせるのか、リアシートにあわせるのかということも必要ですし、周りがガラスなので、どうしても音が反射してしまうという、音楽を聴くには不利な環境でもあります。しかも、エンジン音がありますし、走行音もあります。そうした環境において、どんな音づくりをするのかを研究していくことになります。

 このように、ベルリン・フィルとは、映像や音に関する幅広い技術開発について、共同で広く取り組んでいくことになります。もともとパナソニックは、約20年間に渡って、ハリウッドと協業を行ない、米ロサンゼルスにはハリウッドラボを開設し、ハリウッド画質を追求してきた経緯がありました。これと同様のことを、新たな観点から開始したともいえるでしょう。その一方で、人材育成にも、今回の協業の幅を広げていきたいと考えています。

小川:人材育成という観点では、2017年5月からの2カ月間、Technicsのエンジニアをベルリン・フィルに派遣し、ベルリン・フィルのサウンドマイスターと一緒になって、音づくりのところから携わり、制作プロセスまでを学ぶという取り組みを開始します。その成果を、Technicsの製品開発にフィードバックすることになります。超一流の音の根源を担う人たちと、Technicsが持つ技術が混じり合うことで、どんな化学反応が起こるのかをとても楽しみにしているんです。とくに、若い人たちは、一流の人たちと交流するきっかけがあると、一気に成長しますから、それに期待しています。

小塚:今回の協業は、ベルリン・フィルの名前を使って、マーケティング的な観点から訴求することが中心ではなく、長期的な視点に立った技術開発や人材育成につなげることが主軸になります。パナソニックやTechnicsが正しいところに向かっている、ということを、第三者であるベルリン・フィルに評価してもらうという狙いもあります。

――2017年は、Technicsにとって、どんな1年になりますか。

小川:Technicsにとっては、より技術を磨き上げるフェーズに入ってきたと考えています。そのために、ベルリン・フィルのような超一流のところと手を組んで、エンジニアの底上げと、製品の底上げを実現することが、2017年は重要な取り組みになります。これからは、Technicsのオリジナリティをどう出すのかということも、さらに重視されるでしょう。グローバルブランドとして展開すればするほど、そこが評価されることになります。

 Technicsのいいところはわかった。だが、強みはなにか、売りはなにかというときに、「これがTechnicsだ!」ということを、全員が自信を持って言えるようにしたい。それは、音の出口だけを知っているのでなく、スタジオマスタリングの仕組みを知っていること、さらに遡って、楽器とはなにか、指揮者とはなにか、演奏者はなにを意図しているのか、コンサートホールはどうやってできているのかということも理解して、音づくりをする必要がある。そこから、Technicsの音を作り上げていきたいですね。そうしたことに挑戦する1年にしたいと思います。

 技術者の一人一人が、自信を持てたのが、2016年ではないでしょうか。それまで、悩みながら、壁にぶつかりながらやってきた結果、「Technicsはこうだ」という手触り感が、一人一人の中に生まれてきたことを感じます。これを結集すれば、いいものができると考えています。そして、2017年も新たなことに挑みたいと考えています。2017年のTechnicsは、ぜひ鳥のように、羽ばたく1年を目指したいですね。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など