大河原克行のデジタル家電 -最前線-
シャープとサムスンが資本提携に至った経緯
経営再建への険しい道のり
(2013/3/11 11:52)
シャープは、3月6日、韓国サムスン電子の日本法人であるサムスン電子ジャパンから、約104億円の出資を受け入れると発表した。
シャープは、サムスン電子ジャパンを割当先とした第三者割当による新株式を3,580万4,000株発行。1株につき290円で、サムスン電子ジャパンが引き受ける。調達資金は、103億8316万円となる。
サムスン電子ジャパンは、出資後の議決権ベースで3.08%、総発行株式数ベースで3.04%の株式を取得することになる。これは、日本生命保険、明治安田生命保険、みずほコーポレート銀行、三菱東京UFJ銀行に続いて、第5位の株主という位置づけだ。
調達した資金の用途は、液晶ディスプレイの高精細化のための新規技術導入として69億円、タブレット端末や高精細ノートパソコンといったモバイル機器関連の液晶製造設備の合理化などに関わる投資などで32億3,400万円となっている。
シャープでは、今回の資本提携について、「液晶事業分野におけるシャープとサムスン電子の企業価値の向上に向け、両社の信頼関係を構築するとともに、シャープの自己資本を増強することにある。シャープは、従来からサムスン電子に液晶パネルを供給しており、今回の資本提携により、協業関係をさらに強化し、大型テレビ向け液晶パネルおよびノートパソコンなどのモバイル機器向け中小型液晶パネルを、長期的、安定的かつタイムリーに供給していく」とした。
また、「今回の資本提携により、経営の中核をなす液晶事業の収益基盤を確固たるものにしていく。今後とも、事業構造改革への取り組みを加速させることで成長軌道を確かなものとし、業績と信頼の回復を実現する」としている。
一方、サムスン電子ジャパンでは、「今後の資本比率の引き上げや、役員を派遣するといったことは考えていない」とし、液晶パネルの安定調達を目的としたものであることを強調している。
韓国本社からの出資ではなく、日本法人からの出資になる点が気にはなるが、サムスン電子ジャパンでは、「出資額が為替の影響を受けにくくするなどのスキーム上の問題」としている。
具体的な話し合いがスタートしたのは、昨年秋。片山会長と奥田社長がサムスン幹部
と面談。さらに今年1月に米ラスベガスで開催された2013 International CESのタイ
ミングに、米国で詳細が詰められたといわれる。
この時期、シャープの奥田隆司社長は、日本で、業界団体の新年賀詞交歓会に相次いで出席。渡米した事実はない。
代わりに、片山幹雄会長がCESの会場を訪問しており、シャープ側で交渉のテーブルについたのは片山会長だったようだ。
シャープは、経営再建の柱のひとつとして、台湾鴻海グループからの出資を目論んでいたが、提携合意から1年後となる2013年3月26日の払い込み期限を目前とし、その話し合いが暗礁に乗り上げたままだった。
背景には、鴻海グループによる買い取り価格が550円に設定されたものの、シャープの株価は一時150円を切るところにまで下落。調達額にこだわったシャープとの意見がかみ合わず、買い取り価格条件の見直しで両者の合意が得られなかった点があげられる。
依然として、シャープ側では550円の買い取り価格の維持にこだわっているのが現状だ。
その結果、鴻海グループとの提携は、大型液晶パネルを生産する堺工場を運営するSDP(堺ディスプレイプロダクト)への出資に留まることになりそうだ。
シャープでは、「最後まで話し合いの場を持つことに努力し、実務レベルでの対話を続けている」とするが、昨年後半の時点で、すでに、鴻海グループからの出資が得られなかった際の経営再建策について、検討を開始していることを明らかにし、「可能な限りの経費削減や、不要な資産の処分および現金化を検討するなかで、鴻海グループからの出資の時期についても、リスク要因として考慮することが必要だと考えている」(同社幹部)と、鴻海グループからの出資までの成り行きを厳しく判断していた。
実際、3月5日には、鴻海グループの郭台銘董事長との会談が予定されていたが、これが直前になってキャンセルされるなど、この時点でトップ会談が進められていない事態も表面化。3月26日の期限までに話がまとまる公算は低くなった。
その一方で、シャープは、昨年、米クアルコムから49億円の出資を得ており、この資本提携においては、最大100億円の出資が予定されることになる。
今回のサムスン電子ジャパンの出資で、さらに約104億円が上積されることになるわけだが、実はシャープが2012年8月2日に公表した経営改善対策では、第三者割当増資により、669億円の調達を計画。これに照らし合わせれば、依然として450億円規模の資金が足らないままとなっている。
この699億円という計画値は、鴻海グループとの資本提携によって得られる想定をもとに算出したものであり、鴻海グループとの話し合いが暗礁に乗り上げた現時点では、必ずしも絶対的な計画値というわけではないが、依然として目論見からは450億円規模のマイナスが発生しているのは事実だ。
その点では、もう一歩踏み込んだ第三者割当増資による資金調達や、新たな方策としての公募増資などに動かなくてはならない可能性もある。
ただ、出資先の可能性として名前があがってきたのは、これまでは外資系企業ばかり。日本企業の名前はあがってこないのは、今後のシャープが成長戦略を描く上でも気になるところだ。
また、100億円単位の「切り売り」になるのも、やはり気になる。
そして、公募増資の際の株式の希薄化による株価下落の懸念を考えると規模も限定的となる可能性もある。
さらに、シャープは、主力取引銀行からの融資による支援を要請。そのためには、下期の黒字転換が必達条件となっており、第3四半期には26億円の営業黒字を計上。さらに、第4四半期も112億円の営業黒字の計上を計画しており、下期で138億円の営業黒字確保を目指しているところである。円安基調は、営業黒字化にも追い風にはなるだろうが、まだ予断を許さない状況であるのは間違いない。シャープの財務体質の改善においては、この金融支援の行方も注視しておかなくてはならない。
今回のサムスン電子ジャパンによる出資は、サムスン側にとっては、これまでシャープから調達していた液晶パネルを、安定的に調達するというメリットがある。
サムスンは、これまでにも32型液晶パネルをシャープから調達。最も価格競争力が激しい領域において、シャープの亀山第2工場の第8世代の生産力を生かしている。今後は、堺工場の第10世代の生産ラインを生かすことで、需要が拡大しつつある大画面テレビへの展開に弾みがつくことになるほか、32型でも堺工場の強みを生かすこともできよう。さらに、スマートフォン向けなどの中小型液晶の調達でもメリットが見込まれる。
一方、シャープにとっては、稼働率が安定しない液晶パネル生産設備の安定稼働が課題であり、これを解決する手立てになる。
2012年度前半には、堺工場の操業率が3割にまで下がっており、それが夏場には操業率が8割程度にまで回復したものの、その後再び操業率が低下するなど、厳しい状況が続いている。
サムスンによる調達量の拡大は、大型工場の安定操業にプラス要素となるだろう。亀山第2工場の第8世代という効率性の高い生産ラインの稼働率をあげるには、10型程度のタブレット向けパネルの量産よりも、32型液晶テレビのパネルを量産した方が、ラインを埋めやすいのは事実である。
さらに、亀山第1工場では、アップルのiPhone 5向けの液晶パネルを生産しており、この受注が大きく減少したことで、シャープでは、モバイル端末向け中小型液晶の1月~3月の受注量が、従来の想定を下回る受注量との見通しを発表。これにより、液晶事業は10月公表値に比べて500億円の減収、120億円の減益見込みへと下方修正した。
今後、亀山第1工場の操業率低下をいかにして埋めるかも、シャープにとっては課題のひとつとなっている。これは、裏を返せば、アップル依存型体質からの脱却も、今回の資本提携の狙いのひとつといえよう。
今年2月、シャープの奥田隆司社長は、「経営再建に向けては、まだ1合目まで到達していない」と語っていたが、今回のサムスン電子ジャパンの出資により、険しい山登りを一歩進めることができたともいえる。
だが、構造改革のためのカードが出揃ったわけではない。
2013年9月には2,000億円のCB償還の期限を迎えるだけに、その点でも待ったなしの状態が続く。
一息着けるというところまでの道のりさえも、まだ長そうである。