大河原克行のデジタル家電 -最前線-

「Technicsを生かす最後のチャンス」。パナソニック津賀社長を直撃

 パナソニックが、Technics(テクニクス)ブランドを復活させ、高級オーディオ市場に再参入すると発表した。ドイツ・ベルリンで開催されているIFA 2014のプレスカンファレンスにおいて明らかにしたTechnicsブランドの新製品は、最高レベルの音質を実現するリファレンスシステムの「R1シリーズ」と、音楽愛好家のためのプレミアムシステムと位置づける「C700シリーズ」の2製品。2014年12月に欧州市場に投入するのを皮切りに、グローバルに展開する。なぜ、パナソニックは、Technicsブランドを復活させたのか。IFA 2014の会場を訪れたパナソニックの津賀一宏社長を直撃した。

パナソニック 津賀社長

Technics復活の理由とは?

復活したTechnicsブランドの商品を感慨深くみる津賀社長

--パナソニックは、なぜTechnicsブランドを復活させたのでしょうか。

津賀:過去10年間を振り返ると、デジタルの映像技術は、デジタルテレビやブルーレイディスクの広がりとともに進化をとげ、最近では4Kへと進化してきました。しかし、それに対して、オーディオの進化は、少し忘れ去られていた部分があったのではないだろうかとも思います。かつては、DVDオーディオでデジタルオーディオに挑戦したこともありましたが、必ずしも受け入れられたわけではなかった。その後、ネットワーク時代になり、ここにきてハイレゾオーディオ時代を迎えた。我々は、一時的にTechnicsブランドをやめていましたが、デジタルアンプ技術のノウハウを蓄積し、新たなオーディオの世界に向けた準備はしていました。ハイレゾオーディオ時代になったことで、パナソニックの高級オーディオ技術が生かせるタイミングがやってきた。それにあわせて、ハイエンドオーディオ分野において実績を持つTechnicsというブランドを生かせる最後のチャンスだと判断したのです。Technicsというブランドに愛着を持っている人に、新たなTechnicsとして、最高の音質を実現する製品を届けたいと思っています。

--最後のチャンスとは。

津賀:歩きながら聞く、あるいは、電車のなかで聞くといったイージーリスニングは、圧縮された音でも楽しめるといえますが、静かな環境で、ゆっくりと音楽を楽しむ場合には、本当に圧縮した音源でいいのか、と感じる人は少なくないでしょう。最高の音を楽しもうという人は世界中に数多い。そうした人たちに対して、ハイレゾオーディオは、最高の音質で、音楽を楽しむためのきっかけとなります。そして、最高の音を提供しようと考えると、今度は、それに引っ張られて、技術がさらに進化するという好循環を生むことになる。こうした循環を作るために、我々は、いまこそ、Technicsというブランドを使って、技術を進化させたい。そして、そのターゲットを、高いところに設定したわけです。

歴代のTechnics商品の展示を見る

--現時点での反応はどうですか。

津賀:Technicsというブランドに想いをもってくださる人々が、世界中にたくさんいることに、改めて気がつかされました。これまでのTechnicsが持つ最高の音質を提供するというイメージに、新たな技術を加えて、新たなTechnicsを作っていきたい。Technicsは、全世界に展開していけるブランドであると自信を持っています。

Technics C700シリーズ
Technics R1シリーズ

--津賀社長自身、Technicsに対する個人的な思い入れはありますか。

津賀:私が入社したときが、ちょうど、Technicsの全盛期でした。私の上司も、Techinicsブランドのターンテーブル向けに、世界初のダイレクトドライブ式を開発した人物でした。また、音響研究所を中心としたオーディオ技術は、パナソニック全体において、技術の花形でもありました。しかし、それがデジタル化への流れのなかで、事業の中心がボリュームゾーンにシフトしていったこと、さらには、RoHS(電子機器における特定有害物質の使用制限)対応への影響などもあります。つまり、鉛を含まないような形では商品が作れないという事態にも直面しました。

 2000年はじめの頃には、ターンテーブルなどの代表的な商品の継続は、断念せざるを得なかったわけです。こうした経験のなかで、新たな技術によって、Technicsが生まれ変わるということに対しては、強い思い入れがあります。時代が変わって、Technicsが再スタートを切れるようになったというわけです。

IFAの雑感。パナソニックのBtoC戦略は?

--今回のIFA 2014では、パナソニックブースを約2時間かけて、じっくりと視察していましたが、展示している商品の前では、かなり笑顔が見られました。なにか手応えを感じた部分があるのでしょうか。

パナソニックブースの視察を行なう津賀社長。約2時間をかけてじっくりまわった
実際に4Kタブレットを直接操作する津賀社長

津賀:パナソニックがIFAに出展を開始して今年で4年目ですが、毎年着実に進歩していることに手応えを感じます。パナソニックが目指す家電というのはこうした姿であるということを提示できるような形で進化しています。IFAにおける展示の中心は、BtoCからBtoBへのシフトではなく、ライフスタイルをどう提案するのかといった、BtoCとしての提案が中心です。なかには、キッチンメーカーと連携して、我々の食洗機を販売するといったBtoBtoCもありますが、基本はBtoCです。この領域において、着実に進化を遂げていることはうれしい限りです。これは日本の努力だけで実現できるものではなくて、欧州の努力と日本の努力が融合してきた成果。さらには欧州テイストのデザインや、欧州のライフスタイルにあわせた提案といったように、エモーショナルな部分も進化を遂げている。日本とは確実に違うテイストの商品を作っているのが伝わってきた。4年目の展示で、着実に進化している手応えを感じました。

--展示のなかでとくに気に入った商品はありましたか。

津賀:気に入った商品はいっぱいありましたよ(笑)。たとえば、新たなドラム式洗濯機は、ゴレーネとの連携によって、デザインがよくなり、我々の言葉でいう「エコナビ」を、「オートケア」という形で取り込んだ。エコナビを欧州向けに作り直した形になっている。これは、日本だけではできない欧州向けの商品だといえます。

ゴレーネと共同開発した洗濯機。津賀社長が評価する商品のひとつ

--IFAでは、BtoCの展示が中心ですが、家電事業の位置づけに変化はありますか。

98型ディスプレイによる4Kサイネージソリューションを視察

津賀:家電は、自らが稼いだお金を使って、生活を豊かにする、生活を楽しくといった目的の商品です。使って稼ぐというBtoBとは対極にある商品です。もちろん、BtoCとBtoBは、技術的にはオーバーラップしている部分も多いのですが、それを購入する背景はまったく違うわけです。人々の生活のなかで暮らしをどう豊かにするのか、どんなライフスタイルを構築するのか、といったことをキッチンやリビングなどの様々な住空間のなかで提案していくことになります。

 また、髪の毛をきれいにしたい、カメラで趣味の楽しみを4Kで取りたいといった、個人の暮らしにフォーカスした「個電」という考え方もあります。家庭での暮らし、個人での暮らしという2つの暮らしを豊かにし、新たなライフスタイルを作るのが家電商品の基本的な考え方です。

 一方で、新興国においては、まず利便性を求めるところから始まっています。電気がない暮らしから、電気がある暮らしへ、そして、電気によって、照明が入り、冷蔵庫、洗濯機が使えるようになる。これは新興国の人々にとっては、憧れの暮らしでもある。程度の差はあるにしろ、暮らしを豊かにするということは家電商品にとって共通の目的であり、この事業をDNAにおけることは、大変幸せなことです。

海外ではAVを切り口に白物拡大を

--2014年4月に、白物家電事業を行なうアプライアンス社のなかに、薄型テレビなどのAVC製品を組み込みましたが、その成果はどうですか。

津賀:これまでの事業部制では、テレビはテレビ、ビデオはビデオ、洗濯機は洗濯機といったように、イメージできる商品カテゴリーのなかで、いかに競合相手とシェア争いをするのか、ということをやってきた経緯があります。いい商品を、リーズナブルな価格で出して、シェアを高めることは、事業としては基本的な考え方ですが、それとは別に、ライフスタイル全体を面という視点から見る、あるいは、使っていただくお客様の立場で、パナソニック全体でなにができるのかということを考えないと、新たな価値は訴求しにくくなっているのも事実です。そこで、AVの象徴的商品であるテレビ、ビデオ、オーディオを、アプライアンス商品と一体になって訴求できるようにした。商品の先にあるのは、お客様であるという考え方をもとに、商品や技術、サービスがシナジー効果を出して、新たな価値を提供したいと考えています。

参考展示の曲面有機ELディスプレイを視察した津賀社長は時間をかけて様々な質問していたのが印象的だった

4Kビデオカメラ「HC-X1000」を操作

 一方で、AV商品は海外展開が進んでおり、白物家電は日本が強いという特徴もある。この両方の良いところ取りをしたいですね。海外はAVの強みを生かして白物家電事業を立ち上げ、国内には、白物流の手法をベースに、AV事業を推進していくといったことができます。

 その典型的な取り組みが欧州です。欧州では、Technicsブランドの認知度が日本よりも高いということからもわかるように、AVでは高い評価を得ていますが、白物家電では遅れています。AVとの相乗効果によって、欧州における白物家電事業を立ち上げていくことになります。

ホームエンターテイメントを体験

--欧州における家電事業の成長のポイントはどこにありますか。

津賀:もともとAVと白物家電とは異なる特徴があります。最近のスマートテレビをみると、国ごとに異なるサービスを入れないと商品としては成り立たないということもありますが、AVはもともとグローバル商品であり、グローバル展開が容易です。しかし、白物家電は、生活する人の好みやライフスタイル、住居の制約などあり、国ごと、地域ごとに違うニーズが違います。グローバル展開がしにくいという特徴もある。これらの事業を欧州で推進するためには、どんなテイストを出せばいいのか。我々はMADE IN JAPANのテイストと、欧州テイストを融合させ、このどちらか、あるいは両方で、新たなマーケットを攻めたいと考えています。日本テイストは確立しているが、欧州テイストといえるデザイン性や、独特な質感、長期間に使ってもらうことを前提とした商品づくりなどを加えることで、これまでにない商品を作り出したい。昨年、スロベニアのゴレーネと提携し、その成果が出始めてきた。我々だけでは進めていては、スピードがないが、ゴレーネとの連携でそれが実現できます。

--海外の競合他社が、GEの家電部門を買収するという動きも出ているようですが。

津賀:詳細はわかりませんが、その企業にとっては、米国テイストのものを手に入れたいという狙いがあるのかもしれません。ただ、パナソニックの場合、米国市場では、アビオニクス、自動車関連事業、タフブックといったように、約8割がBtoBです。BtoCについては、理美容などの小物で特徴のあるものを訴求していくことをメインにしています。仮に、あらゆる白物家電製品を扱っているのであれば、我々も買収を検討するのかもしれませんが、明らかに攻め方が違います。白物家電事業という意味では、米国よりも、欧州を重視していきたいと考えています。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など