大河原克行のデジタル家電 -最前線-

パナソニックの4K対応テレビは“テレビ”ではない

スマート比率7割に挑むテレビ事業部長が語る方向性

パナソニック AVCネットワークス社テレビ事業部・楠見雄規事業部長

 パナソニックが、65型の4K対応スマートビエラ「TH-L65WT600」を発表した。すでに4K市場へ参入したメーカーが相次ぐなか、パナソニックは出遅れた感があるが、パナソニック AVCネットワークス社テレビ事業部・楠見雄規事業部長は、「新たな体験を提案できる次世代のテレビとして、満を持して投入した製品。当社が考える4K対応テレビとして、出すべきものを、出せたと考えている」と自信をみせる。

 4K対応テレビで同社が前面に打ち出したのは、テレビ放送視聴以外の用途。ネットやゲームで広がる4Kコンテンツの利用を提案する。そして、これはテレビ放送だけに依存する従来の「テレビ」としての利用提案を超えた「スマートテレビ」の提案にもつながる。「2015年度には、出荷するテレビの7割をスマートテレビにしたい」と、楠見事業部長は語る。今年度は、テレビ事業部の黒字化は必達目標。そのなかでテレビそのものの転換も図っていくことになる。パナソニックのテレビ事業の取り組みについて、パナソニック AVCネットワークス社テレビ事業部・楠見雄規事業部長に話を聞いた。

最適なタイミングで4Kテレビを出せた

――いよいよ4K対応テレビがパナソニックから発表されました。出遅れたという感じはありませんか。

65型の4K対応スマートビエラ「TH-L65WT600」

楠見雄規氏(以下敬称略):正直なことをいいますと、競合各社が4K対応テレビを相次いで発売し、量販店店頭でも4K対応テレビコーナーが設置されるなかで、パナソニックが4K対応テレビを出していないということに対する焦りはありました。実際、流通の方々から、「いつになったら、パナソニックは4K対応テレビを発売するのか」という声が出ていましたからね(笑)。しかし、その一方で、購入したお客様が、あとあと後悔するような形の商品は出したくはなかった。たとえば、これから7年、8年利用したときに、「あの時に、別の商品を購入しておけば良かった」とは言われたくない。その点でのこだわりはありましたね。

 もともとパナソニックは、4Kに関しては、2010年に発表した152型の4K2Kプラズマディスプレイに始まり、2012年には20型4K2K液晶パネル、そして、4Kストリーム再生を可能とするDTV向けLSIを世界で初めて開発するなど、4Kに関する技術的な準備はしっかりと進めてきています。

 しかし、商品として出す場合には、いくつかの課題がありました。

HDMIとDisplayPortを装備する

 そのひとつが、HDMI 2.0への対応です。将来、4K放送が開始された際に、セットトップボックスと4K対応テレビを接続した場合に、HDMI 2.0でないと最大限の画質が得られないという課題が出てきます。言い換えれば、パナソニックは将来に渡って4K画質を十分に楽しんでいただくために、HDMI 2.0が搭載できるタイミングを待っていたともいえます。

 もうひとつは、いま4K対応テレビを購入していただいても、なにができるのかという点です。例えば、4Kコンテンツのビデオを10本付属したとしても、それを見てしまったら終わりです。映画は、一度みれば、よっぽどのことがない限り、毎日見ようとは思いませんよね(笑)。10本コンテンツを用意すればいいという話ではありません。これは、3Dの普及の際に、我々が経験した反省でもあります。

 しかし、4K画質のゲームや、ネット上に広がる4K画質の動画が急速な勢いで増加しています。これを4Kの高画質のままでプレイしたり、動画を視聴するために、今回の4K対応テレビでは、DisplayPortを搭載したわけです。PCと接続して4K/60pのゲームもプレイできます。単に技術進化を捉えて商品化するのではなく、新たな技術を生かした利用シーンをしっかりと捉えた上で提案するのが、パナソニックのやり方です。焦りはありましたが、出遅れたという感じはありません。満を持して、出すべきものを出せたという気持ちです。

――ここまで待ったのではあれば、日本市場向けに関しては、来年7月の4K放送開始のタイミングを待つという手もあったのではないでしょうか。放送方式の決定を待つこともできますし。

楠見:確かにその選択肢もありました。しかし、各社が4K対応テレビをラインナップするなか、パナソニックの4K対応テレビに対する期待感が高まってきましたし、専門店であるスーパーパナソニックショップからも、4K対応テレビが欲しいという要望があがってきました。4K対応テレビは、このタイミングで出したのが最適であったと考えています。

――65型の1機種だけを投入した理由はなんですか。

楠見:先行他社は、55型が売れ筋となっていますが、これは価格で選択されている人が多いためではないでしょうか。4Kの良さを体感できる没入感を考えると、私は65型が最適だと考えています。また、量販店店頭やイベント、ショールームなどに展示した場合にも、65型が存在感を発揮できる。そうした要素も考えて、65型という選択をしました。

 そして、今回の新製品を1機種に限定したのは、現時点ではすべてのユーザーが欲しいという製品ではなく、まだ販売台数を追求する段階にないためです。まずは4Kに触れてもらいたい方々に、最適な環境を提供する1台として提案する狙いがあります。4K対応テレビはこれからますます進化していくでしょう。満に満を持して出す(笑)という段階においては、ラインナップを拡大していくことになります。

4Kの可能性を「テレビ」だけで終わらせない

4K対応VIERAでは、マイホーム機能も4K対応に

――パナソニックは、2013年4月に発売したスマートビエラで、マイホーム機能を初めて搭載しましたが、これが放送業界に波紋を投げかけました。パナソニックでは、今後、テレビ事業をどんな方向で推進していきますか。

楠見:マイホーム機能は、今回の4K対応テレビでも継承しています。この姿勢は変わりません。私たちが目指しているのは「テレビを超える新世代のテレビ」です。これまでのテレビは、大画面で、高画質でテレビ放送を視聴するという目的だけでしたが、これからのテレビは、ネットやゲームなどが利用できる。いわば、テレビ放送はテレビの使い方のひとつでしかありません。将来的には、家庭のなかにおけるディスプレイとして、様々な用途に利用されることになります。これは、今回発売した4K対応テレビでは、より明確なコンセプトとして打ち出したものともいえます。

 4K対応テレビでは、4Kのテレビ放送が始まっていないわけですから、テレビ放送を抜きにして、購入後に4Kならではの特徴を生かして、どんな利用ができるのかということを提案できなくてはならない。これはこれまでのテレビにはない提案です。その答えのひとつが、ネット上の4Kコンテンツや、4K対応のゲームを利用して、楽しんでもらうという提案なのです。今回の4K対応テレビでは、「4Kの可能性をテレビだけで終わらせるな」を、コミュニケーションメッセージとしていますが、テレビ放送だけではないテレビの提案が、4K対応テレビには求められており、それに応えたのが今回の製品ということになります。

――これがまさに「スマートテレビ」の世界だと。

楠見:パナソニックは、もはや「テレビ」という3文字で表現される製品を作っているわけではありません。しかし、テレビというカテゴリーで表現しないと、量販店店頭に並べる場所がありませんし、消費者も混乱してしまう。ですから、テレビと呼ばなくてはならない。とはいえ、個人的な意見なのですが、私は「スマートテレビ」という言い方もあまり好きではないんですよ。スマートという言葉そのものに新鮮味がなくなっていますからね。なにかいい呼び方がありませんかね。そうすれば「テレビ事業部」という、私の組織の名前も変えられるのですが(笑)。

――その「テレビ事業部」ですが、4月からは従来のビジネスユニットから、事業部へと変更しました。その成果はなにか出ていますか。

楠見:事業部になったことで、開発、生産だけでなく販売まで見るようになりましたから、工場出荷のところで話が止まるのではなく、外に売るところまでを含めた話し合いが進められています。プロモーションについても、事業部が担当しますから、お客様に対して、伝えたいことをしっかりと伝えられる体制が整った。もし伝わらないという場合にも、事業部がしっかりとフォローする責任も生まれた。商品をブラッシュアップするための仕組みが出来上がったといえます。

 また、今回の4K対応テレビの記者会見では、スクウェア・エニックスの吉田直樹氏にビデオメッセージを寄せていただき、「ファイナルファンタジーXIV 新生エオルゼア」の世界が4K対応のスマートビエラでどう変わるかといったことを語っていただきました。これも大きな変化です。これまでのテレビは、自分たちのルーチンワークのなかで開発ができた製品です。しかし、スマートテレビの世界に入っていくと、関係先が増えてくる。様々な企業とパートナーシップを取る必要が出てきた。すでにビジネスユニットの時から、こうしたスマートテレビ時代に向けた組織体制の構築に着手してきましたから、それが今回の4K対応テレビの開発にも生かされています。

――2013年度第1四半期のテレビ事業部の業績は赤字となりましたが、第2四半期から下期に向けてはどうですか。

楠見:通期においてテレビ事業部の黒字化は必達目標です。また販売部門も含めてブレイクイーブンとなることを目指していきます。ここで鍵となるのが大画面化、高付加価値化への取り組みです。国内テレビ市場においては、50型以上の領域で25%以上のシェア獲得を目指します。グローバル展開においても、大画面プラズマテレビによる価格訴求に加えて、大画面液晶テレビでのデザイン性を訴求していきたい。

 残念ながら第1四半期のテレビ事業は赤字という発表になりましたが、第1四半期のスマートテレビの販売実績は、計画に対して2桁増という結果が出ていますし、黒字化に向けて着実に進捗しています。テレビの2013年度の通期販売計画は900万台ですが、この半分はスマートビエラで占めることになります。それをベースに、2015年度にはスマートビエラの構成比を7割にまで高めたいと考えています。テレビを超えた、新世代のテレビは、パナソニックがリードしていく。そうした強い意志で、新たなテレビの事業に取り組んでいきたいと考えています。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など