藤本健のDigital Audio Laboratory

第681回 ミュージシャンと技術者が港町に集結、2日間で新たな楽器や曲作りに挑む

ミュージシャンと技術者が港町に集結、2日間で新たな楽器や曲作りに挑む

 5月28日~29日の2日間、神奈川県南西部にある真鶴町で「Creators Camp in 真鶴」というイベントが開催された。これは「START ME UP AWARDS」というエンターテインメント業界横断型の起業支援コンペティションの関連イベントとして行なわれたもので、昨年に続き2回目となる。

 ここでは、楽器を作るハッカソンの「楽器ソン」、プロ作曲家が3人1組でチームを組んで白紙から1曲を完成させる「Co-Writing Session」、プロの作曲家を目指す人が集まって共同での音楽制作を行なうワークショップ「Co-Writing Workshop」の3つのプログラムが同時並行で進むという、かなりユニークなものだった。筆者も1泊2日で参加するとともに、その状況を取材してきた。

港町にミュージシャンとエンジニアが集結してモノづくり

 筆者が「Creators Camp in 真鶴」に参加することになったきっかけは、2014年11月に行なわれた第1回目の「Musician’s Hackathon」というイベントを取材して、第618回の記事にしたこと。この取材で知り合った主催者である「START ME UP AWARDS」の実行委員長で音楽プロデューサーの山口哲一氏から「楽器ソンの審査委員をやってくれないか? 」と頼まれたので、Creators Campがどんなものかもよく分からないが面白半分で参加してみた、というのが実態である。

 土曜日の朝10時半に集合ということで、新幹線・東海道線を乗り継いでJR真鶴駅についてみると、まさに田舎の港町。昭和の匂いが漂う商店街を、ギターやキーボードを担いだ20代、30代の人たちが歩いて、会場となる真鶴町地域情報センターへと、続々と集まっていく風景はなかなか不思議な感じであった。会場には、ほかにもマスメディアが取材に入っていたり、2日目にはテレビ局も入るなど、予想外の盛り上がりようでもあった。

会場の真鶴町地域情報センター
真鶴駅と、町内の風景

 そのCreators Campは前述の通り、楽器ソン、Co-Writing Session、Co-Writing Workshopという3つの異なるイベントを真鶴町内のいくつかの会場に分かれて同時に行なうというもの。楽器ソンについて、改めて山口氏に聞いてみた。

山口哲一氏

 「START ME UP AWARDSの1つとして、(音楽プロデューサーの)浅田祐介とMusician's Hackathonをスタートさせたのが2年前。ミュージシャンとエンジニアが一緒にモノを作るというのは、海外では珍しくないけれど、日本では例がない。確かに音モノのハッカソンというのは国内でもありましたが、ミュージシャンが参加する例はないし、ミュージシャンが参加することに大きな意義があるはずだ、と考えました。今回の楽器ソンは、Musician's Hackathonの枠はそのままに、作るものを楽器に絞ってみました」とのこと。

 将来像については「理想は、ここから本当に新しい製品が生まれ、ビジネスが始まってくれることですが、まずはここで人と人が出会って、交流の場ができてくれたら、と思っています。ミュージシャンとエンジニア、さらにはデザイナーなどジャンルを超えたクリエイターが出会うことで、何か面白いことができるのではと期待しています。このことは、今回同時開催するCo-Writing SessionやCo-Writing Workshopも同様で、いろいろな出会いがあって、そこから新しいものが生まれてくれたら」としている。

様々なバックグラウンドの人々が1つのチームとなってアイディアを形に

 では、筆者がメインで関わった楽器ソンから紹介しよう。山口氏も話していた通り、これはMusician's Hackathonの亜種ともいうべきもの。一般にハッカソンとは、プログラマやデザイナーが集まり、あるテーマを元に、その場でシステムを作っていくというイベントであることは、みなさんご存じのとおり。それに対し、Musician's Hackathonはミュージシャンとプログラマが一緒になって作品を作っていくというもので、過去に2回行なわれていた。今年も7月に第3回を行なう予定だが、その前のやや小規模な特別版という位置づけで行なわれたのが楽器ソン。それでも主催者側が参加を促したミュージシャン4人に加え、プログラマやデザイナーなど20人弱が集まり、計5つのチームができ、ここで作品作りが行なわれた。

 でも、「まだ見たこともない楽器」なんてものを2日で簡単に作れるものなのだろうか……、その成り行きを見守っていった。まず楽器ソン全体の司会・進行を務めたのは、Mashup AwardsというWeb開発のコンテストの事務局を担当し、数々のハッカソンを仕切ってきた経験のあるリクルートの伴野智樹氏。最初に当日参加する4人のミュージシャンとして、キャプテンを務める音楽プロデューサーの浅田祐介氏、作曲家・レコーディングエンジニア・DJなどとしても活躍する江夏正晃氏、音楽プロデューサー・作曲家・編曲家・キーボーディストの鈴木秋則氏、“DAW女”として活躍するシンガーソングライターの小南千明氏の4人を紹介。

リクルートの伴野智樹氏
キャプテンを務める浅田祐介氏
左から江夏正晃氏、小南千明氏、鈴木秋則氏

 続いてみんなに「自分の演奏できる楽器を画用紙に描いてください」と指示すると、それぞれがいろいろな絵を描き出す。「絵が下手な人も、それが面白い発展になりますよ」と伴野氏が会場を回りながらアドバイスした後、その画用紙を使って自己紹介した。

参加者それぞれが、演奏できる楽器を画用紙に描いて自己紹介

 さらに、どんな楽器を作りたいのか、それぞれ付箋紙にアイディアをキーワードで書き出し、それを元にみんなでの議論になっていく。そうしたアイディアの交換がきっかけに徐々にグループがまとまっていく。その後は、グループごとにどんなことをしたいのか、誰が何を担当するのか? などの話し合いながら、お昼のお弁当を食べ終わったころには、もう各グループともに開発作業へと進んでいった。

アイディアをキーワードとして書き出して議論
開発作業中の様子

 ただ、中には、最初からグループで参加していて、そのグループで開発に取り組むチームがあったり、もともとある程度の開発まで終えていてグループを組まずに最後まで一人で戦う人など、参加する人によって多少の温度差があったのも面白いところ。もちろん、全員がプログラムを組むエンジニアというわけではなく、デザイン担当や企画担当として参加する人などさまざま。黙々とプログラミングしている人がいたり、工作用具を買い出しに出かける人がいたりと、みんな自由に取り組んでいくのだ。

 もちろん、2日で仕上げることを前提としているだけに、その期間で完成できるアイディアを元に各グループともに取り組んでいたわけだが、感心したのは初日の夕方には、それぞれプロトタイプとしてコアとなる部分は動き出していたこと。まあ、デザインなど見た目は完成には程遠いながらも、キーとなる部分はみんなできているので、なんとかなりそう。20時でいったん終了となると、自宅に帰る人、飲みに出かける人など、それぞれだったが、部屋に残ってほぼ徹夜でプログラミングを続ける人もチラホラ。夜中になっていくと、隣のチームとも打ち解けあい、いい感じに盛り上がっていく。

各チームが打ち解け合い、盛り上がった

 話を聞いてみると「大手コンピュータメーカーの社員として、普段はストレージのファームウェアを書いています。以前からハッカソンに参加してみたいと思っていたのですが、たまたま楽器ソンの存在を知り、DTMが趣味であることもあって、参加してみました」、「SIer(システムインテグレーター)のSEとして仕事をしています。ハッカソンは今回が初参戦。一回参加してみたいとずっと思っていましたが、レベルが高いんだろうなと敬遠していました。でも楽器を作るというテーマであり、普段バンド活動などもしている自分としては、これは参加しなくてはと飛び込んでみました」とのこと。コンピュータ系の会社で働いている人が半数程度だった。

 一方で「フリーのエンジニアとしてWebシステムやアプリ開発などをしていますが、1年ほど前から、道場破りのように、さまざまなハッカソンを回っています。楽器の経験はないけれど、ハッカソンに参加すると友達が増えて楽しいんですよね」という人や「もともとはエンジニアとしてAndoroidやiPhoneアプリ、Webアプリなどの開発をしていたんですが、今は失業中で、仕事探し中です。DTMが好きで、藤本さんのTweetを見ていて楽器ソンの存在を知って参加しました」なんていう人も。

 見た感じ20代後半から30代中盤の人が多いようだったが、最年少は19歳の大学生。「情報系の大学にいることもあって、1年生のころから、さまざまなハッカソンに参加しています。ピアノが好きで、キーボードやシンセはいろいろ買っているんですが、なかなか上達しなくて……。ほかにもいろいろな楽器にチャレンジしているものの何度も挫折していているので、自分の弾ける楽器を作ろうと参加してみました」といった声も聞かれた。

 ミュージシャン側はというと、今回4人参加したものの、小南千明氏はCo-Writing Sessionのほうが忙しく、途中からそちらに専念してしまって実質不参加。キャプテンの浅田祐介氏はプロジェクトにガッツリ入り込むというよりも、全体を見ながらときどきアドバイス、という感じ。その一方で、完全にグループに入り込んで楽器ソンに大きく貢献していたのは江夏正晃氏と鈴木秋則氏。江夏氏の場合、自前のユーロラックのシンセサイザを持ち込み、これを操作するためのデバイスを作ろうと提案しながら、システム開発をしていったのだ。また鈴木氏は、ミュージシャンとしてのアドバイスをしつつ本人は工作職人として、神輿を作る役を買って出るという想定外のコラボレーション。そんなこんなで2日間はあっという間に過ぎて、発表の時間になったのだ。各グループの発表内容をビデオ撮影したので、簡単に紹介しよう。

江夏氏が持ち込んだ、ユーロラックのシンセサイザ

【Undine】

「水で演奏する」をテーマにした楽器。Arduinoを使用して静電タッチセンサー、赤外線近傍センサー、照度センサーのデータを収集して、電圧信号に変換。これをユーロラックのシンセサイザへ接続して演奏する

【A.U.N.】

A=エアー神輿、U=ユニゾン、N=ネットワークをテーマにした楽器。普通の楽器は1人で演奏した音を複数人で合奏するのに対し、これはみんなで1つの楽器を演奏するというコンセプト。神輿を担ぐ際の揺れをスマホで検知するとともに、その揺れが同期していれば、音がだんだんと厚くなる仕組みを実現。MTRシステムで同期数が増えるごとに再生されるトラック数が増えていく

【人間シンセサイザーbyシンセサイザー人間】

スマホの加速度センサーなどを利用し、人間の動きでシンセサイザーをコントロールするシステム。音源はlittlebitsを組み込んだギター風な機材を使用し、PANやボリューム、フィルターなどをコントロール。フィルターなどももちろんプログラミングで実現

【DeepTone】

適当にキーボードを弾くと、その雰囲気を汲み取るとともに、感情を脳波センサーで検出、その感情にあったメロディを自動作曲して演奏。事前にバッハ、モーツァルト、ベートーベン、リストのピアノ曲データを作曲者ごとにコンピュータに学習させたMIDI情報を元に、それっぽい曲を自動生成。感情はnervous、happy、sad、calm、nomalの5つを推定

【ライブ専用車輌byどこでも臨場感】

列車の中で楽器演奏を行なうことをコンセプトに、電車の運転席からの映像をバックにペダルを踏むと発射音や警笛などが鳴るシステムや、電車の壁にプロジェクターで表示させた鍵盤を触ると演奏できるシステムなど。このビデオで見せたのは、立体サウンドを鳴らすシステム

【ISHINOTE】(イシノート)

審査対象ではないが、事務局チームが作ったプログラムレスのシステム。真鶴町名産の「本小松石」を叩くと、そのタイミングでまったく違うパーカッション音が鳴るというもの。筆者が持ち込んだMOGEESという製品を利用している。

 筆者としては「DeepTone」押しであったが、最終的な審査結果では「A.U.N.」が優勝。といっても特に賞品があるわけではなく、あくまでも形式的なもの。とはいえ、こうした作品が2日間で完成し、みんなで盛り上がれたというのは、なかなか面白い体験ではあった。

プロの作曲家らがチームに分かれて真剣勝負

 このCreators Camp in 真鶴でのほかの2つの内容についても簡単に紹介しておこう。メインイベントともいえるCo-Writing Sessionは、プロの作曲家42人を招待して行なわれた3人一組14チームによる真剣勝負。いま数多くのヒット曲を飛ばしているカルロスK氏、海外への楽曲提供などが注目されているRyosuke “Dr.R”Sakai氏、シンガーで作詞家のS-KEY-A氏を始め多くに人が集まっていたのだ。

左からカルロス氏、S-KEY-A氏、Ryosuke氏

 Co-Writingとは共同で作曲するという意味で、日本では1人で作業するのがほとんどだが、海外では多く行なわれている手法。山口氏は「日本でももっとCo-Writingを行なっていくべき」と主張しており、自らCo-Writing Farmという100人程度のプロの作曲家集団を率いているほか、Co-Writingに関する書籍を執筆するなど多角的に活動しているが、このCo-Writing Sessionもその一つという位置づけ。

 Co-Writing Sessionの全体を見るのは、音楽プロデューサーで、元ジャニーズ・エンターテインメントの伊藤涼氏。伊藤氏の指示の元、チームA~チームNまでが編成され、共同での作曲作業をゼロからスタートさせていった。会場は、本部である真鶴町地域情報センターのほか真鶴町の協力の元、「木の家」という合宿施設や、町民の地域活動の交流の場であるコミュニティー真鶴という施設の3か所に分かれて合宿開始。ここに各自DAWや楽器を持ち寄って作詞・作曲作業へと入っていった。

音楽プロデューサーの伊藤涼氏
木の家
コミュニティー真鶴

 このCo-Writing Sessionでは14チーム同士が戦うのではなく、ターゲットを決めて実際に採用されるべくデモ曲を制作していき、2日間の作業終了後に、各チームごと、みんなの前で曲を披露するという流れ。その発表会では、チームごとに、欅坂46、嵐、AKB48、KinKi Kids……とターゲットを言った上で、曲が披露されていく。さすがプロ、かなり本気のデモ曲が流れて驚いた。これに伊藤氏がコメントしていくのだが、会場にはレコード会社や音楽出版事務所なども見学に来ているなど、まさに真剣勝負の場となっていたわけだ。今後、ここで聴いた楽曲が、リリースされていく可能性も高いことを考えると、なかなか体験することができない、ワクワクする場であった。

プロを目指すミュージシャンらがCo-Writingにチャレンジ

 そしてもう一つのCo-Writing Workshopは、プロの作曲家を目指すミュージシャンやDTMユーザーが集まって、初のCo-Writingを体験するというもので、こちらは初日の日中に行なわれる日帰り作曲キャンプ。DTMコンテストなどを行なうクレオフーガとSTART ME UP AWARDS事務局が運営する形で、約50人が参加した。

 こちらも、伊藤涼氏がコーチとして全体を見るとともに、10チームを編成。各チームには前述のプロ作曲家集団であるCo-Writing Farmのメンバーがチューターとしてついた上で、みんな初めてのCo-Writingを行なっていった。考え方はCo-Writing Sessionと同じく、ターゲットを決めた上で、作品を作るのだが、時間が短いのでファーストデモ(メロディとコードがわかる楽曲の原型)を作成するというのが目標。それでも、各チームとも初めて知り合った人同士でしっかりとした作品を作るとともに、ターゲットとともに披露。もちろん、プロが本気で行なったCo-Writing Sessionとはレベルは違うものの、よくこれだけのことができるものだと感心する内容だった。ただ、伊藤氏からは、プロ作曲家へ向けるのと同じ尺度でかなり手厳しいコメントが。真剣に作り上げたメンバーからは「悔しい」という表情が見て取れたが、図星なコメントだけに反論できないのも辛いところ。ただ、Co-Writing中はみんなすごく楽しそうで、各チームとも、解散後にも連絡を取り合って曲を仕上げる約束をしていたようだ。

伊藤涼氏がコーチを務めた
10チームに分かれてCo-Writingを行なった
真鶴町 企画調整課 渉外係長の卜部直也氏

 以上が、2日間で行なわれたCreators Camp in真鶴の概要だが、「なぜ真鶴?」、「どうして真鶴町が協力を?」と不思議に思う方も多いはず。これについて筆者も興味を持ったので、2日間ずっとサポートしてくれた真鶴町の企画調整課 渉外係長の卜部直也氏に話を聞いた。

 「真鶴町は美味しい魚があり、自然を楽しむという観光資源がありますが、それに加えて、この豊かな自然環境でモノ作りに人が集まる。そんな流れを創出したいと考えており、このCreators Campはそれにピッタリです。2013年に真鶴町では『町活性化プロジェクト』を立ち上げて活動してきました。このCreators Campもその1つ。世界各国で広がっているStartup Weekendという起業体験イベントを2014年6月に真鶴で開催したのを皮切りに、これまで3回行ない、世界へと発信をし続けています。その流れで山口さんとも繋がり、ここでCreators Campを定期的に行なっていこうという話になったのです。“真鶴産”の楽曲がヒットしたら、また真鶴の自慢が増えます。集まってくれたみなさんが真鶴町を気に入ってくれて、移住してきてくれれば一番いいですが、こうした活動を町民のみなさんにも知ってもらい、みんなで協力できればと。この先、Creators Campの動きを町民へどのように還元できるかがテーマですが、大きな手ごたえは感じているところです」とのこと。

 東京から東海道線で1時間半ほどで行ける小さな町、真鶴。音楽をきっかけに、まだまだ面白くなっていきそうだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto