藤本健のDigital Audio Laboratory

第707回

独自ドライバでTASCAMが変わったこと。USBオーディオをネットカラオケや生配信にも

 これまで数多くのオーディオインターフェイスをTASCAMブランド製品として開発・発売しているティアック。プロのレコーディング現場からアマチュアのDTMユーザーまで幅広く普及する中、最近ドライバやファームウェアにおいて独自性を発揮してきており、バージョンアップでループバック機能を追加してネット放送に最適化させたり、BGMを流しながらSkypeで会話をしたり、ネットカラオケを楽しめるようにするなど、ユニークな使い方を提示している。

TASCAMの「US-2x2」(右)や、「MiNiSTUDIO」(下の2機種)

 こうしたことができるようになった背景には、従来、ドライバ開発を外部委託していたものを全て社内開発へ切り替えるとともに、ユーザーの声を吸い上げて迅速に開発へ反映させる体制を整えたことがあるのだそうだ。でも、実際にどんな仕組みになっているのか、どのように使えばいいのかなど、分からないこともあったので、ティアックに訪問していろいろとうかがった。今回、話を聞いたのは同社の音響機器事業部 ミュージックインダストリービジネスユニット 開発部 部長の福島弘基氏と、同開発部ファームウェア開発課の早坂要氏、そして事業企画部 企画販売促進課 課長の小泉貴裕氏の3人。

左から福島弘基氏、小泉貴裕氏、早坂要氏

ドライバ社内開発でできるようになったこと

――TASCAMのオーディオインターフェイスのドライバ、以前は明らかに海外製だな……と思うものでしたが、最近だいぶ変わってきましたよね?

従来製品のドライバ画面の例

福島(以下敬称略):そうですね。ハードウェア自体は、以前からずっと社内で開発していましたが、ドライバにおいては一部外注していたことがありました。ただ、ドライバの重要性は近年ますます高くになってきており、そうした重要な要素はわれわれ自身で開発する必要がある、という判断をし、現在はすべて社内開発となっています。

福島弘基氏

――具体的には、いつごろから切り替えたのでしょうか?

福島:US-2x2以降は、基本的にハードウェア以外の部分も社内で開発するような体制にしています。

小泉:やはり外部に開発を出していると、お客様からの要望があったときや、OSの仕様が変わったときに迅速に対応できないという問題があり、それが製品にとっては命取りになりかねません。そこへ対応させたということですね。

小泉貴裕氏

――でも外注に出すからには、そうしたリスクがあることは当然のようにも思いますが?

小泉:確かにその通りなのですが、ちょうどUSB 2.0対応のオーディオインターフェイスがいろいろと出てきた時代、ドライバは外部に頼むというのが業界全体的にも一般化しており、そうすることで製品コストを下げ、競争力を向上させるという面があったし、実際それでうまく回っていました。しかし、最近はお客様の要望に細かく応えられるかどうかが重要になってきています。それは特に国内において顕著ですね。やはり海外とは文化の違いもあり、大事にするポイントも違っています。

――とはいえ、TASCAMは世界展開しているので、特に日本ユーザーだけを相手にするわけではありませんよね?

小泉:そうですね、TASCAMは世界展開をしていますが、やはり日本のメーカーであり、日本のお客様の声は非常に重要だと考えています。海外においても日本で開発したものをベースに直していきます。やはりスピード感を考えると社内での開発が重要になってきたということですね。特にOSに関しては、定期的にアップデートがありますが、ここへの迅速な対応も可能になるのが大きいですね。

――社内開発に置き換えた結果、ほかのメーカーには見られないユニークな機能がいろいろと搭載されてきているようですね。

福島:もともとは、現行機種であるUS-2x2およびUS-4x4のお客様にもっと喜んでいただくにはどうしたらいいか、というテーマでミーティングをした中、一部の市場で台頭してきたインターネットカラオケに使えるようになると、これまでのDTM系ユーザーだけでなく、新しいお客様に喜んでいただけるのではないか、という話になったことからスタートしています。

早坂:ASIOを利用してSONARなどのDAWを使えば、ある程度知識のある方ならカラオケ用途で使うことが可能です。つまりカラオケ用のトラックと、ボーカル用のトラックを作り、ボーカルにリバーブなどを設定して歌えばいいわけですが、これを一般のユーザーが行なうのは無理があります。一方で、WDM/MMEドライバを使って歌えるカラオケ用のソフトというのは存在しているので、これを利用しつつ、ここにエフェクトを追加できるようにならないかと考えたのです。

早坂要氏

――DSPを搭載したオーディオインターフェイスであればともかく、そうでないオーディオインターフェイスでリバーブを使うというのはなかなか難しそうですよね。

福島:そこで、いろいろ調査した上で出てきたアイディアが、WDM/MMEドライバを使う形で一般のカラオケアプリを鳴らしつつ、マイクはASIOドライバを経由してWDMに送り、その途中にASIOプラグインエフェクトを挟めるにようするというものです。

早坂:具体的に言うと、もともとあったWDMドライバ、ASIOドライバの上のレイヤーに追加する形で、Mixing Driverというプログラムを新たに開発しました。

最初にリリースされたV1.02でのMixing Driver。この当時はドライバとは別アプリケーションになっていた

――これまで、あまり見たことないシステムだったので、ちょっと驚きましたが、一般ユーザーにとって難しくないのでしょうか?

小泉:この手法は、確かにちょっと複雑なルーティングをしますが、ネット上のフリープラグインなどを使えば、すべて無料でさまざまなエフェクトを駆使できるようになります。無料でできる限りのことをしたい、というニーズは世界的に大きくなりつつあります。また、その方法を確立しておけば、あとはGoogle検索などによってユーザーの皆さんが自分たちで使い方を編み出してくれるという傾向も近年は顕著です。特に若い世代はそうなってきているので、極端に難しい方法でなければ、どんどん広まっていくんです。だから下手に全部を自分たちで解決することに固執するのではなく、フリーウェアなど一般的なツールも活用しながら、ドライバ周りなど我々でないとできない開発に専念することで、より価値のある提案ができるのではないかと考えています。

早坂:当初は、まさに新しいドライバを追加という形で別ソフトをインストールする形式で提供していましたが、V1.3からは1つのインストーラですべてインストールできるように改善し、V2.0からはUIも改善し、初心者ユーザーでも分かりやすい形を目指しているので、それほど戸惑うこともないと思います。

UIを改善したV2.0以降の画面例

――ちなみに、DAWを使わないでプラグインを利用するためのソフトで、かつフリーで使えて分かりやすいものなんてあるんですか?

福島:たとえば、LiveProfessorというソフトがあります。アプリ内課金によって、より高機能にして使うことができますが、とりあえずはフリーウェアとして使えるのでカラオケ用途などにはこれで良さそうですね。

LiveProfessor

ループバック機能の他社との違い

――このドライバ画面を見ても、やはり大きなポイントの一つはループバック機能だと思いますが、ループバック自体は他社製品などでも搭載されているものが増えてきています。これらと何か違いがあるのでしょうか?

早坂:他社製品でのループバックの場合、通常はハードウェア的に強制的にループバックさせているのに対し、US-2x2やUS-4x4のものは、マルチドライバで対応させているというのが大きなポイントです。つまりMixing Driver 1、Mixing Driver 2のようにWDMが複数見える構造になっているんです。ここでは1番のほうだけループバックに対応し、2番は対応させないということを実現させています。

マルチドライバ対応により、WDMが複数表示
1番だけループバックさせる
シグナルフロー図

――それは何か意味があるんですか?

早坂:ユーザー事例をいろいろ調べている中、Skypeで話をする際に、自分のPCでBGMを鳴らして、相手に聴かせたいというニーズがあることが分かったのですが、一般的なドライバ構造ではこれがうまくいかないという話をつかんでいました。具体的には、相手に自分の鳴らした音が届かないというのです。なぜそうなるのか我々もすぐに分からなかったのですが、実験してみると確かに届かないのです。

 おそらくSkypeのエコーキャンセラーが働いてWDMの出力を相手に送らないようにしているのだと推測しました。そこで、Skypeのエコーキャンセルなど、サービス側の自動化機能を経由させないためにループバックする経路と、しない経路を設けることで、相手にこちらの再生音を聴かせることが可能になるというわけなのです。

Mixing Driverの設定を変更することで、さまざまなルーティングにすることが可能

――なるほど、そんな仕組みになっていたのですね。一方で、ASIOドライバとして見ても2つ見えますよね?

ASIOでも2つのドライバとして認識

早坂:もともとあった、US-2x2のドライバと、エフェクトに利用するために新たに作った仮想ドライバであるMixing Driverとなっています。このMixing DriverはASIO側とWDM側でやりとりできるようにしているのです。実はV1.2のころはこの2つのドライバでレイテンシーの差が結構ありました。現在は仮想ドライバ側もレイテンシーを縮めることができていて、ほぼ差がなくなっています。

小泉:このように頻繁にアップデートすることで、よりよい機能をお客様に届けることが可能になりましたが、そのたびにインストールしていただかなくてはならないという問題がありました。そこで、2016年11月にリリースしたV2.00からは自動アップデートという機能を搭載し、いちいち最新版のドライバがあるかをホームページでチェックしたり、環境に合わせたドライバを探した上でダウンロードしてインストールしたりするようなことはなく、自動で最新の状態を保つことができるよう改善しました。

早坂:この自動アップデート機能は、ソフトウェアだけでなく本体のファームウェアの更新にも対応しているところがポイントです。ソフトウェアの更新は市場でもよくありますが、ハードウェアの更新にも対応できるプログラムを開発しました。ハードとソフトの双方を自社開発していることで、可能になりました。

ネット配信向けMiNiSTUDIOや、今後の計画は?

――ところで、US-2x2、US-4x4でドライバを工夫する形でネット放送やSkype通話に対応させた一方で、昨年MiNiSTUDIOシリーズを出していますよね。

小泉:はい、インターネット生放送に特化した製品群としてMiNiSTUDIO CREATOR、MiNiSTUDIO PERSONALの2製品を出しています。こちらはDAWでの使用というより、ネット放送に特化させるとともに、それを多くの人に楽しんでもらえるよう、難しいところを見えなくしています。

福島:これまでに開発した構造をそのまま生かしつつ、ハード的なループバック機能も持たせるようにしたのがMiNiSTUDIOです。ちなみにCREATORにはループバックを切るスイッチを搭載していますが、PERSONALのほうは、常にループバックがオンの形になっています。

――ユーザー的にはエフェクトをプラグインに頼るのではなく、本体のパネル上だけで操作できてしまうのは大きいですよね。

福島:リバーブ、EQ、コンプ、また男声ボイスを女声ボイスに変換するような機能も内蔵DSPとファームウェアによる信号処理で実現させています。基本的には他のTASCAM製品の設計資産を引き継いでいます。

小泉:もともとは国内ニーズに対応させることを念頭に開発したのですが、実際に製品化してみると、想定していた以上に海外での評判がよく、数多く販売できています。

――ドライバの自動アップデートはMiNiSTUDIOでも対応しているのでしょうか?

小泉:現在はUS-2x2、US-4x4、US-16x08、US-20x20の4機種のみですが、MiNiSTUDIOも近いうちに対応させる予定です。こうすることで従来にないスピードで、お客様に最新機能をお届けできるようになります。

――ちなみに、これはWindowsもMacも同じように対応しているのですか?

福島:これら製品はいずれもUSBクラスコンプライアントであるため、Macはドライバ不要で標準のCoreAudioだけで動作します。そのため、Macではドライバは提供しておらず、専用ソフトのみとなっています。一方、Windowsも最新のWindows 10 Anniversary Updateでは、Audio Class 2のドライバに対応はしたものの、再生のみで録音には対応していないので、Windowsでは専用ドライバが必要な状況です。

早坂:MacではSoundflowerという仮想ドライバのツールが普及しているので、これと、LadioCastというMixアプリを使えば、Macをお使いのユーザーでもWindowsユーザーと同じように簡単にエフェクトを組み込むことができるため、あえて当社で何か特別な仕組みをつくるということはしていません。

――最後に、TASCAM製品として今後の展開などあれば教えてください。

小泉:今、ハードからファームウェア、ドライバまで一貫して社内で作る体制が出来上がったので、この状態を継続してやっていきたいと思っています。とくにこのオーディオインターフェイスに関してはドライバの更新が非常に大きな価値を生み、ユーザービリティを向上させる柱になると考えています。レイテンシーをどこまで詰められるのかというのも重要なテーマでして、これについても新たな可能性が見えてきたところです。お客様のフィードバックも含め、今後の自動アップデートの内容に盛り込んでいきたいと思っておりますので、ぜひご期待ください。

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藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto