藤本健のDigital Audio Laboratory
第574回:“レコーディングからミックスまでDSD”のアルバム制作の今
第574回:“レコーディングからミックスまでDSD”のアルバム制作の今
類家心平「4 AM」のSMCレコーディングエンジニアに聞く
(2013/12/9 14:27)
e-onkyo musicやOTOTOYなどで、最近少しずつDSDのコンテンツが増えてきている。ジャンルもクラシック、ジャズ、ポップス、ロックとかなり幅広くなってきているが、やはり多くはPCMでレコーディングしたものをDSD化したものとなっている。技術の問題、機材の問題、人の問題もあって、なかなかレコーディングからミックスまで含め、トータルでDSDという作品は少ない。
そんな中、11月20日に「T5Jazz Records」というレーベルからリリースされたアルバムが、すべてDSDで作られたものになっている。類家心平というトランペッターのライブアルバム「4 AM」で、e-onkyo musicにおいてDSD/FLACで配信されている。このアルバムのレコーディングからミックス、マスタリングまでを手がけたソニー・ミュージックコミュニケーションズ(SMC)のレコーディング&マスタリングエンジニア、鈴木浩二氏、またレーベルの代表である清水正氏に制作に関する話をうかがうことができた。(以下敬称略)
専用にカスタマイズされたSonomaを使用
――今回のDSDのアルバムはどのような経緯で企画されたのですか?
清水:私はもともとソニー・ミュージックのジャズの制作部門にいて、そこから独立しました。そのソニー・ミュージック時代から付き合いのあった類家がソロで活動を始めていたので、ぜひウチから出したいと考えていたのです。また類家のエネルギー感を出すなら、スタジオよりライブだろうと思い、どのように制作するかを検討している中、荻窪のベルベット・サンというとても小さなライブハウスが使えるということが分かり、鈴木さんに相談したのがスタートでした。
――最初からDSDでということだったんですか?
清水:普通ならPCMで録るところなんですが、やっぱり一番ベストな音で録りたいということもあり、DSDで行こうと決めました。また、完全なDSDで高音質にレコーディングするとなると、実質的にはソニー・ミュージックでしか作れないですしね。類家が以前いたバンド、URBの時代から鈴木さんがレコーディングを手がけていたし、鈴木さん自身がトランペッターでもあるので、こういう企画になっていったのです。
――鈴木さんは、DSDでレコーディングするというのは、どのくらいの頻度であるのですか?
鈴木:それほど頻繁にはないですね、年に3回くらいでしょうか。クラシックをホールでレコーディングすることもあれば、ここのスタジオでジャズを録ることもありますね。以前には渡辺香津美さんのアコースティックギターを5.1chのサラウンドで録ったりしましたね。
――DSDのレコーディングには何を使っているのですか?
鈴木:Sonomaです。Sonomaは、もともとソニーで開発していたもので、当初から私も使っていました。現在、Sonomaはアメリカの会社が販売するものとなっていますが、ウチにあるのは、アメリカに行く前のSonomaであり、ソニー・ミュージック専用にカスタマイズされたものとなっています。
――Sonomaって、DSDをレコーディングしてSACDを制作するための最初の機材ですよね!?
鈴木:そうですね。Sonomaができた本当に初期段階でレコーディングを行なっているので、DSDにおける最初のレコーディングエンジニアだったかもしれませんね(笑)。
――DSDがレコーディングできるシステムとしてはSonomaのほかにもPyramixがあったり、もっと手ごろなものとしてはKORGのMRシリーズやTASCAMの製品などがありますよね。また、最近あまり聞きませんがSADiEといったものもありますよね。ソニー時代のSonomaとなると、もう10年以上前の機材ということになりますが、やはりほかの機材とは違うのでしょうか?
鈴木:私の立場上、他社製品との比較については避けたいのですが、開発当時、徹底的に音質にこだわって開発されたSonomaは、現時点においてもA/DやD/Aの精度、クオリティー、解像度といった面で、非常に優れていると思います。
――それで、今でも当時のSonomaを使っているわけですね。これは、大きさ的にはどのくらいになるのでしょうか?
鈴木:ウチにあるのは24chのSonomaが1台と8chのものが4台です。それぞれでシステムサイズも違ってくるのですが、今回のレコーディングに使ったのは24chのものなので、DAWであるSonoma本体が入った19インチのでかいラックが1つと、8chのA/Dを3つと光I/Oをセットとしたラック、それに8chのD/Aが3つと光I/Oをセットにしたラックの計3つです。これをライブハウスに持ち込みました。もちろん、これらはあくまでもSonomaだけなので、そのほかにもミキサー卓にマイク類、また電源を安定させるためのでかいトランスなども持ち込んだので、2トントラックを使って搬入しました。
24chレコーディング、アナログ変換してEQ/コンプ、マスタリング
――Sonoma本体というのはPCで動いているんですよね?
鈴木:そのとおりです。デスクトップPCに光の入出力ができるカードが刺さったものを使っています。このラックに入っているのはPC本体のほか、上にはバックアップのための磁気テープ装置のULTRIUM、また下にはハードディスクが並んでいます。レコーディングしていると、容量的にもかなりになるため、8つのHDDを同時に動かしているんですよ。一方、OSは当時のものなので、間もなくサポート終了予定のWindows XPなんです(笑)。ただ、Windows 7でも動作することが確認できているので、近々すべてWindows 7へリプレースする予定なんですよ。
――24chのシステムを持ち込んだとのことですが、どのようなチャンネル構成になるんですか?
清水:今回のライブのメンバーはトランペットの類家のほかに、ドラム、ベース、ギター、ピアノの全部で5人いるので、それぞれを別々に録っていますよね。
鈴木:ピアノはキーボードといっしょに弾いていたので、楽器としては6個分ですね。ドラムで9~10ch、ベースはラインとアンプ用マイクで2ch、ギターはアンプ用マイクだけだから1chだったかな。またトランペットには選択にコンタクトマイクを付けていて2ch分です。ピアノにはマイクを2本建てていて、キーボードはライン、そのほかにアンビエンスマイクを2本たてて、ギリギリ24chに収めています。
――ミキサーコンソールを持ち込んでいるとのことでしたが、Sonomaは、このミキサーコンソールを通した音をレコーディングしているわけですか?
鈴木:いいえ、卓はモニター用、確認用であり、レコーディング自体は、マイクアンプからダイレクトでSonomaに入っています。やはりできる限り、いい音、ピュアな音で録ろうということなので、直接録っているのです。実際、レコーディングがスタートしたらあとは回しっぱなし。時間的には前半と後半に分かれていましたが、トータルで2時間程度になっています。
――このレコーディングした結果は、Sonoma専用のデータなんですよね?
鈴木:Sonoma専用というか、チャンネルごとにDSDIFFのファイルが生成されています。なので、これをスタジオに持ち帰って再生してミックスダウンの作業を行ないます。この際、再生はこの24chのものを用い、それをアナログで出し、NeveのEQを通して2chに落としています。その2chになったものを別の8chのSonomaを使ってレコーディングしていくという作業ですね。
――なるほど、ここで一旦アナログを経由するわけですね。使っているのはNeveのEQくらいですか?
鈴木:作業自体はミックス用の大きいスタジオで行なっており、シンプルにバランスを取っているだけです。NeveのEQのほかに、アウトボードとしてコンプレッサを入れている程度でしょうか。アンビエンスマイクの音もここに混ぜていき、できるだけエネルギー感を出すようにしています。
――これによって完成ですか?
鈴木:いえ、これはミックスダウンなので、その後マスタリング作業に入ります。マスタリングは、この部屋で行なっていますが、8chのSonomaから音を出して、1曲ずつコントロールしていく作業です。ボーナストラックを入れて6曲あるので、起承転結を作っていくと同時に、並び順によるエネルギー感を整えていくわけです。つまり音量感であったり、トランペットの存在感を出していったり、低音のボリューム感などを整えていく。
――ここでも、ミックスのときと同じようにアナログで出しての調整なのですか?
鈴木:そうですね。アナログで出して、EQとコンプを通し、また同じ8chのSonomaの別トラックへとレコーディングしていきます。
――DSDって、PCMのようにエフェクト処理をDAW上でできないと思いますが、それはSonomaでも同様ですよね? でも、切ったり、フェードをかけたりはできるんですよね?
鈴木:はい、ここでも切ったり、貼ったり、フェード処理をしたりはSonoma上で行なっています。サイズの変更、レベルの変更はPCで行ない、波形を見て操作していくこと自体はPCMと変わりないですよ。ミックスダウンをしたときは、曲の長さはいじっていません。2時間録った内容をそのまま2chに落としていったのです。そのため、マスタリングの段階で長さをいじり、音質の調整のみアナログで行なっているわけです。
清水:こうして作ったDSDのデータを、現在e-onkyo musicで販売しています。このスタジオで作った音そのものが入手できるというのもDSDの大きな魅力ですよね。
CD用にSBM DirectでPCM変換。FLAC/MP3収録のUSBメモリ版も
――このアルバム、e-onkyo musicでDSDで発売されているほか、CDもあるんですよね。これはどのようにして作っているのですか?
鈴木:DSD用に作ったマスターを元にしてPCM変換をしています。これにはSBM Directを用いています。
――あれ? SBM=Super Bit Mappingって24bitのオーディオデータを16bitに落とす際に使うディザーでしたよね?
鈴木:そうなんですが、ここで使っているのはDSDを44.1kHzのPCMに変換する装置です。SonomaからSDIFでSBM Directに送ると、PCMになって出てくるのです。スイッチがあって、これで16bitにするか24bitにするかの設定も可能になっています。
――とんでもなくデカい装置ですね! SBMってソフトウェアなのかと思っていました……。
鈴木:SBM DirectはSonomaよりも前にできているので1990年代後半だったと思います。かなりの大きさになっていますが、音質的には非常に優れていると思います。このSBM Directから出た信号をPCのワークステーションへ入れたらPCM版の完成です。
――単純にこの装置を通すだけで完成なんですか?
鈴木:基本的には、そのままなのですが、実際には補正を行なってはいます。というのも、DSDには3dB分のマージンがあるため、単純にPCMに変換すると3dB分音圧が下がってしまうため、そこを補正しないと弱く感じられてしまう。音質面では完成しているので、DSDの良さを残す形で調整しています。アルバムによっては、CD版はまったく違う雰囲気にするというというケースもあるので、その場合はマスタリングをやり直すわけですが、今回のアルバムではDSDにできるだけ近い雰囲気に仕上げています。
――CDのほかにも、確かUSBメモリのハイレゾ版というのありましたよね?
清水:はい、24bit/96kHzのFLACにしたものをe-onkyo musicから出しているのと同時に、同じFLACデータと320kbpsのMP3、それにデジタルブックレットをセットにしたUSB版も出しています。
――その24bit/96kHz版って、どうやって作っているのですか? いまのSBM Directだと16bit/44.1kHzか24bit/44.1kHzしか対応していないんですよね?
鈴木:時代的にSBM Directは対応できなかったので、24bit/96kHzについては、他社製品を使っています。これを使って24bit/96kHzに変換していますが、基本的には、SBM Directと同じ流れですね。3dB下がるというのも同じで、そのための補正も行なっています。これですべて完成ですね。
清水:CDとDSDを聴き比べていただくとよく分かると思いますが、ブレイクのときの空気感などが、大きく違いますね。やはりその場の空気感を伝えるという意味ではDSDが圧倒的です。音楽の良さを伝えるのには、メロディーの良さ、歌ものであれば歌詞の良さ、さらにリズムの良さや演奏の良さといったものがありますが、そのほかに音の良さというものも絶対にあると考えています。今回のアルバムを出して、みなさんに言われるのは、「音をデカくしたときにうるさくない」ということ。耳に痛くない爆音を楽しむことができるのです。いい音とはそういうものなんだろうと思っています。アーティストの表現したものを、きちっと伝えることが私たちレーベルの役割だろうと考えています。ぜひ、今回のアルバムでそのニュアンスを感じ取っていただければと思っております。DSDを作るのは、やはりコストがかかるのですが、今後もできる限りやっていきたいと思っています。
――ありがとうございました。
4 AM 類家心平(USBメモリ版) | 4 AM 類家心平(CD版) |