藤本健のDigital Audio Laboratory
第664回:GarageBandが他アプリと連携強化。新機能「Audio Units Extention」で何が変わる?
第664回:GarageBandが他アプリと連携強化。新機能「Audio Units Extention」で何が変わる?
(2016/1/25 11:49)
1月21日、AppleよりiPad/iPhone用のDAW、GarageBandの新バージョン、「GarageBand 2.1」がリリースされた。今回のバージョンアップでは、様々な機能が新たに追加されているが、今回で注目したいのは「Audio Units Extention」に対応したこと。これはiOS 9で搭載された新たな仕組みであり、iOSの音楽制作環境を大きく変える可能性を持ったものなのだ。これまでもAudioBus、Inter-App Audioといった仕組みが存在していたが、これらと何が違うのか、どんなメリットがあるのかなどを整理して考えてみよう。
「Audio Units Extention」への対応で変わること
ご存じのとおりGarageBandはAppleが開発するDAW。現時点では単体では600円となってはいるが、最近iPadやiPhoneを購入した人であれば、あらかじめバンドルされているので、実質的には無料のアプリ。ただ、この価格からは信じられないほど高機能を持ったアプリであるため、他のDAWメーカーからすれば疎ましい存在といってもいいほどのものだ。Appleが持つ技術をすべて投入して作ったようなアプリであるため、これを見れば現在のiPad、iPhoneでどんな音楽制作手段があるのかをすべて知ることができる、まさに集大成的なもの。その新バージョンGarageBand 2.1では自動的にドラムパートを作成できるバーチャルDrummer、ループ素材を重ねながらリアルタイムに音楽演奏していくLive Loopsという機能が追加されたのが大きなポイントとなっている。
先日、その2つの機能を紹介する簡単なビデオを作ったので、これを見ると、なんとなくその概要を把握いただけると思う。
その一方で、もう一つの進化ポイントがiOS 9で搭載された新機能、Audio Units Extentionへの対応だ。GarageBand 2.1の音源追加画面を見ると、これまでなかったAudio Unitsというメニューが追加されている。この名称からも分かるとおり、これはMac OS Xに搭載されているプラグイン機構をiOSへ移植したもの。Appleの情報によれば、「Mac OS XのプログラムをそのままiOSへ移行できる」とのことなので、これまで膨大にあるMac OS X上のAudio Unitsの資産をiOSに移植できる可能性があるという夢のような話なのだ。
Inter-App AudioやAudioBusとどう違う?
では具体的な利用の仕方はどうなっているのだろうか? 既に存在している似たシステムであるInter-App Audioと比較しながら見てみよう。いずれもGarageBand単体では持っていない機能を外部プログラムを利用して拡張するという意味では同様。ただし、Inter-App Audioの場合、GarageBandと別の音源アプリをそれぞれ起動させて、Inter-App Audioという仕組みで接続しているに過ぎない。マルチタスクで双方同時に動いているが、音源アプリを操作するためには基本的に画面を切り替える必要があり、面倒さが生じる。また同じアプリを同時に複数起動することはできないので、同じ音源で別の音色を同時に複数出すということもできない。
それに対し、Audio Units Extentionの場合、PC上のプラグインと同様で、ホストアプリ=GarageBand上で動く形になっており、GarageBandのアプリ内で音色をいじるなどの操作が可能だ。また独立したアプリとして起動するわけではないこともあり、同時に複数起動できるというのも大きなメリットとなっている。ここではArturiaのiSEMシンセサイザーというアプリを使ってみたが、触った感じではInter-App Audioとして組み込むよりも、Audio Units Extentionとして組み込んで使ったほうが、軽く動作するようにも感じられた。
ところで、このGarageBand 2.1にアップデートしたけれど、Audio Unitsなんてメニューが出てこない、という人もいるだろう。とくにiPhoneユーザーの場合、おそらく1月24日現在出てこないはずだ。なぜなら、このメニューが出てくる条件は「Audio Units Extention対応のアプリがインストールされていること」となっていて、現時点存在しているAudio Units Extention対応アプリは前述のiSEMシンセサイザーのみ。そしてこのiSEMシンセサイザー自体はiPad専用アプリとなっているから、これがインストールされているiPadでないとメニューの表示すらされないのである。今後、数多くのソフトウェア音源アプリがAudio Units Extention対応してくることが予想されるが、それまではiSEMシンセサイザーで試してみるほかはないのだ。
さて、ここで「MacのAudio Unitと同じならエフェクトは使えないの? 」と思う方も多いはずだ。実際、Appleが昨年6月に開催したWWDC 2015での発表においても、iOS 9に搭載されるAudio Units Extentionは、音源としても、エフェクトとしても使える仕様になっていることを説明していた。そう考えると、GarageBandでもAudio Units Extentionのエフェクトが使えてもよさそうなものだが、2.1というバージョンでは対応していないようだ。ご存知の通り、Inter-App Audio対応のエフェクトは、ギターアンプや、Audio Recorderなどに組み込むことで使える。本来であれば、この画面の中にAudio Units Extentionのエフェクトも出てきて良さそうなものだが、2.1においてはまだ実装されていないようだ。「そんなのAudio Units Extention対応のエフェクトをインストールしていないから、出てこないのでは? 」と思う方もいるだろうが、実はすでに3つほど対応アプリを見つけてインストールしているけれど、出てこない。
その3つのエフェクトアプリを具体的に上げるとリバーブである「Zero Reverb」、EQ/コンプレッサの「Remaster」、そしてマイク用エミュレータアプリである「MicSwap Pro」のそれぞれ。探せばまだ他にも存在する可能性もあるが、現状見つけられたのがこの3つだったのだ。でも、GarageBandで使えないのに、どうやって使うのか? 実は他にAudio Units Extentionのエフェクトのホストとなるアプリが存在していた。
具体的にはMultitrackStudio for iPadというシンプルなDAWがある。これはAudio Units Extentionのソフトウェア音源には対応していないけれど、エフェクトのほうには対応している。これも、やはりこのDAW内で動くため、画面遷移することなく、DAW内でエフェクトを操作することができるし、トラックごとに同じエフェクトを複数起動させることができるのだ。エフェクトのほうも、まだこれからというところで、対応アプリの拡充とGarageBandほか、さまざまなDAWアプリでのサポートを期待したいところだ。
なお、エフェクトを使うという意味では、Inter-App Audio、Audio Unit Extentionのほかにも、以前からAudioBusというものもある。こちらはAudioBusというアプリを仲介させる形で入力元、エフェクト、出力先と設定するというもの。Apple純正のシステムではないけれど、GarageBand自体もこれに対応しているので、まさにAppleのお墨付きのシステム。とはいえ、これも同時に1つしか起動することができないし、AudioBusを含め複数のアプリを起動して同時に動かせる必要があるために、動作が重たいというのも欠点の一つ。Inter-App Audio、さらにはAudio Units Extentionが登場してきたため、今後は廃れ行く規格のようにも思えるが、構造が比較的単純なだけに、まだしばらくは使われていきそうだ。
ちなみに、Audio Units Extentionの音源に対応するホストアプリはGarageBandが初めてというわけではない。すでにmidiSTEPsというステップシーケンサが存在していたのだ。こちらも、やはりAudio Units Extention対応の音源は現時点ではiSEMシンセサイザーしか使うことができないが、これを組み込んだ画面をGarageBandのものと比較してみると、サイズ的にはピッタリ同じになっているようだ。ただでさえ、iPadとiPad Pro、iPad mini、さらには各種iPhoneと数多くの画面サイズが存在し、開発が面倒になった現在。さらにアプリケーションごとに違うUIを作るとなると、開発者のやる気を削いでしまいかねない。でも、これが基本的にAudio Units Extentionでの共通画面サイズであるとすれば、開発者のモチベーションも上がってきそうだ。
アプリ開発者はどう対応する? 3人のエンジニアに聞いた
ユーザーとしては、できるだけ多くのアプリがAudio Units Extentionに対応してくれることを期待したいところだが、開発者側はどのように考えているのだろうか? 国内でiOS用のソフトウェア音源アプリを開発してきた3人のエンジニアに話をうかがってみた。
一人目はSoundFont対応の音源bs-16iの開発者であり、AudioBus対応やInter-App Audio対応、またVirtualMIDIやMIDI over BLE対応などを世界的にもいち早く取り組んできた実績のあるbismark氏。
「Audio Units Extentionは、bs-16iでもぜひ対応したいと思います。ただ、ざっと見た印象は対応はそんなに簡単でもなさそうなので、すぐは無理そうだし、しばらくは様子見になりそうです。実はiOS 9 betaが出る前に一度チェックしていたのですが、Apple提示のサンプルがうまく動かないという話を別の開発者から伺い、これまで躊躇していた次第です。Apple Watchなどと同様、アプリ本体にExtensionの仕組みを加える枠組みはすでにApple側で用意があるのですが、既存のアプリの実装をその枠組みの中でどう配置するか、という点が自分のケースでは悩ましいですね。また、AudiobusがAudio Units Extentionに対応するのでは、という噂があるので、実はこれに期待しています。Inter-App Audioの場合と同様、AudioBus対応しているだけで、自動的にAudio Units Extention対応できるのではと期待しているところです」と話していた。
一方、iOSで動作するソフトウェア音源として、DX7風なユーザーインターフェイスを持つDXiをiPadが出る前のiPhone時代に開発し、その後もDXiを最新の音源に成長させると同時に多方面で活躍しているMizuhiki Takashi氏は「残念ながら現時点でDXiをAudio Units Extension に対応する予定はありません。Audio Units Extensionは、プラグイン側からUIも提供できるようなので、iPad Proのような広い画面で、本領発揮してくるものと思ってます。GarageBandもアップデートしましたし、これから、徐々に普及してくるものではないか、と思っているところです」と、すぐの対応には否定的だった。
さらに、ARGON Synthesizer、XENON Groove Synthesizer、LORENTZ Polyphonic Synthesizerと、世界的なヒット音源を数多くリリースしてきた種田聡氏にも話を聞いてみた。
「Audio Units Extensionsは情報量が少なかったということ、これまで決め手となるようなホストアプリもなく、他のアプリも対応する様子も見られなかったたため様子見をしておりました。GarageBandがAudioBus対応した時もそうですが、本家が対応することでの安心感がありますので、私もこれから対応したいと考えています。ただプラグインの画面がGarageBand内にはめ込まれる都合上、画面サイズが制限されます。そのためプラグイン用に新たな画面レイアウトを作る必要がありそうで、ツマミ類が入りきらない可能性がたかく、頭の痛いところです。このGarageBandの画面サイズが標準になると思われますが、ほかのホストアプリがこれに追従するのかというのもやや気になるところです」とのこと。まだ、みんな情報収集段階のようだが、きっと、数多くのアプリがAudio Units Extentionに対応になってくれることを期待したいところだ。
最後にもう1点懸念点を上げておくと、こうしてプラグインが標準になってきたときに気になるのがCPU速度だ。もともとAudio Units Extentionは64bit版のCPUでないと動作しないという制限はあるようだが、筆者の持っているiPad Air 2でも複数のプラグインを起動すると重く感じたくらい。画面サイズの点も含めると、やはりiPad Proがいいのかも……と思うようになったが、今後ますます高性能なデバイスが求められるようになってきそうだ。そうなったとき、果たしてタブレットである必要があるのか、そもそもWindowsやMacでいいのでは? なんて思うようにもなりそうだが、まずはAudio Units Extentionの世界がこれからどのように広がっていくのかを楽しみに見ていきたい。