第489回:iPad装着型の“本格”ギター用エフェクタを試す

~DigiTech「iPB-10」。iPadをフル活用、CoreAudio対応 ~


 今年6月、海外のニュースで発表を知って気になっていたDigiTechのiPad用のエフェクターボード、iPB-10。当初、その写真だけを見て「何だこれは? 」と思っていたのだが、先日、楽器フェアの会場で神田商会が輸入代理店として発売することを知り、製品を借りてみた。

 見てのとおり、ギター用のエフェクターボードなわけだが、非常にコンパクトなLine 6のMobile Inと比較すると、とんでもないほど巨大なのが特徴。フットスイッチやフットペダル付きで、ステージでも利用可能なのが大きなポイントなのだが、実際どんな製品なのか試してみた。

iPB-10
Mobile In(左下)、iRig(右下)と比較


■ 約7万円の本格機材。低遅延で動作

 iPadを使ったギター用のエフェクトシステムはこれまでもいろいろなものが登場してきた。最初に登場したのはヘッドフォンジャックのマイク入力を変換してギター入力にしてしまうIK MultimediaのiRigだった。

 iRigは今でも人気製品のひとつだが、iRigがアナログ接続なデバイスであるのに対し、デジタル接続で勝負を挑んできたのがLine 6のMobile Inだった。こちらはDOCK端子に接続して使うタイプのオーディオインターフェイスであり、24bit/48kHzでの入力に対応。無料アプリであるMobile PODを起動させることで同社のPOD 2.0相当のものになるというのが大きな特徴で、10月末に国内で発売されたものの、未だに品薄が続いている。

 それに対し、今回紹介するDigiTechのiPB-10は、同じギター用のエフェクトシステムではあるものの前者の2製品とはかなり違う性格のものとなっている。まずは、その大きさ。これは「iPadに取り付ける」というよりは、「iPadを取り付ける」という機材。写真を見ても分かるとおり、iPB-10の中央部分にiPadを埋め込むように取り付けて使うのだ。

 サイズ的には515(W)×105(H)×318(D)mmで5.7kg。フットペダルやフットスイッチが並ぶ製品だけに、かなり頑丈な筐体となっている。ただし、ちょっと怖いのがiPad部分。スイッチ類は足で踏んづけて操作するわけだが、iPadの液晶の上にカバーなどがあるわけではないので、間違えてiPadを踏んづけてしまったらアウト。ステージ上などで乱暴に扱うことを考えると、ちょっと心配な感じではある。

iPad用トレイ部

 一方、価格も桁違い。定価で73,500円とiPad本体よりも高い価格であり、数多くあるiPad用の周辺機器の中でも高級な製品となっている。

 さて、梱包されている箱から取り出したばかりのiPB-10には当然iPadは含まれていないわけなので、まずは手持ちのiPadを取り付けなくてはならない。ドック・カバーを上に開くと、そこにはiPadを置くためのトレイがある。工場出荷時には初代iPad用のトレイとなっているので、iPad 2を使う場合には、ネジをドライバーで外して、iPad 2用のトレイに交換。続いて、ドックケーブルを接続して、トレイにピッタリとはめこむ。その後、ドックカバーを閉じれば完成だ。

iPad 2を置くためにトレイを交換

 なお、iPadにはあらかじめ、Digitechの無料アプリであるiPB-Nexusをインストールしておくのだが、この状態でACアダプタを接続して電源を入れると、iPadの電源が入っていた場合、自動的にNexusが起動するようになっている。UP、DOWNのスイッチを使うと20あるバンクの切り替えができ、下に並ぶ5つのボタンを踏むとプリセットが呼び出せるという構造。20バンク×5で、トータル100のプリセットが用意されているわけだ。

アプリのiPB-NexusUP、DOWNのスイッチを使うとバンクを切り替える5つのボタンを踏むとプリセットが呼び出せる
ギターは背面のINPUTに接続

 当然、音を出すためにはギターを接続しなくてはならない。これはリアにあるINPUTに接続。ステレオミニ端子のヘッドフォンジャックにヘッドフォンを接続すると、ここからエフェクトのかかったサウンドが聴こえてくる。いろいろあるプリセットを呼び出してみると、さまざまなサウンドが楽しめる。また、A~Eまで並ぶ5つのボタンを踏むことで、表示されているエフェクトのオン、オフの設定ができるのだ。

 私自身、ギタリストではないので、あまり細かなニュアンスまでは分からないものの、弾いた感じでの音のレイテンシーはまったく感じられず、レイテンシーの面ではかなり高いパフォーマンスであるように思えるし、そのサウンドもそれぞれいい感じである。


A~Eまで並ぶ5つのボタンを踏むことでエフェクトのオン/オフが設定できる


■ iPadで細かな調整が可能に

 ここまではiPadの画面そのものを触っていなかったし、実際、iPadを触らなくても、一通りの操作は可能だが、iPadを使うことで、さらにきめ細かな設定ができるようになっている。

 たとえばヘッドアンプ部にはGAINやBASS、MID、TREBLEなどいくつかのパラメータがあるので、これらの設定を変更できる。またこのヘッドアンプ部をタップすると、画面下側に数多くのヘッドアンプが現れる。全部で54種類もあるのだが、この中から好きなものを設定できるようになっている。同様にキャビネットをタップすると、これの交換も可能になっており、こちらは26種類用意されている。

ヘッドアンプは全部で54種類キャビネットの交換も可能

 一方、ストンプエフェクトのほうは画面上5つ並んでいる。画面上のスイッチとA~Eのフットスイッチも連動しているので、どちらを使ってもオン/オフの設定ができるわけだ。これも同様にエフェクトをタップすると、87種類もあるストンプエフェクトの中から1つを選びだせるようになっている。さらにダブルタップするとストンプの画面表示が大きくなるので、各パラメータを細かく調整することが可能になる。


ストンプエフェクト画面ダブルタップするとストンプの各パラメータを細かく調整できる

 


Editボタンをすると10種類のストンプを表示

 実は、画面上には5つしかストンプエフェクトは表示されていないが、Editボタンをタップすると、またちょっと違った画面が登場してくる。そうここにはペダルを含めて10種類のストンプが並んでいるわけだが、こちらが本来の画面。この中でオン・オフの変更を自在に行なえるようにしたいストンプにA~Eを割り当てることで、フットペダルで操作可能になるのだ。

 よくこれだけ多くのエフェクトを同時に使い、アンプシミュレータもキャビネットシミュレータも動かしながら、高いパフォーマンスが発揮できるものだ……と感心していたら、ひとつ大きな勘違いをしていたことに気づいた。実はギター演奏しながら、ふとiPadのホームボタンを押したところ、iPB-Nexusが終了した。この状態でもまったく問題なく演奏を続けることができたし、フットスイッチを操作すればプリセットを切り替えることもできる。

 まあ、iOSのミュージック機能と同様にバックグラウンドで動いているんだろう……と考えていたが、実はそうではなかった。なんと、iPadの電源を切っても、さらにはiPadをとりはずしてしまっても、そのまま同じように操作を続けることができたのだ。え??と思ってマニュアルを改めて読んでみると、どうやらiPB-NexusはIK MultimediaのAmpliTubeやLine 6のMobile PODなどとはまったく違い、デジタル信号処理によってエフェクトやアンプをシミュレーションするというものではなく、単にリモコンアプリだったのだ。実際に音の処理をしていたのはiPB-10本体。だから、iPadがなくても動くというわけだ。先ほど、ステージでiPadの液晶部分を踏むなどして壊す可能性について書いたが、ステージで使う場合はあらかじめiPadを外しておけばいいのだろう。

RP1000

 前述のとおり、使うストンプエフェクトやアンプ、キャビネットなどを変更したり、各パラメータをいじることができるわけだが、ここで設定した内容はiPadがなくても本体に保持されるので、自宅で細かく音作りをして、ステージではiPadなしで使うというのが正しい使い方なのかもしれない。

 このiPB-10とそっくりの機材としてDigiTechからはRP1000(49,875円)という製品が出ている。微妙に形状は異なるようだが、ほぼ同じ大きさで、iPadが入るところにはノブやLEDが並んでいる格好だ。リズムマシン機能が搭載されているなど、実は機能的には上のような感じもするが、エフェクト・アンプシミュレータとしてみるとほぼ同等なので、そのコントローラ部分をiPadに置き換えたのがiPB-10と考えればいいのだろう。



■ iTunes楽曲とミックスしてギター演奏可能。Garageband録音も

 さて、ここでリアパネルを見てみよう。結構いろいろなコネクタがあるが、入力端子となっているのは、ギターを接続したところ1つのみ。出力はヘッドフォンのほかに、フォンジャックでのステレオライン出力、XLRでのステレオ出力とある。双方同時に出力することができるのだが、どうも出力内容に違いがあるようなのだ。まずギターにエフェクトをかけた音は双方から出るが、ここで、iPadからの音を出してみたところ、ヘッドフォンとXLRからはギター音とミックスされて出る。そう、iTunesから転送した楽曲をBGMにしてギタープレイを楽しむことができるのだ。

 ところが、フォンジャックからはiPadの音が出てこない。そこでちょっと設定画面を見てみると、XLRと1/4(フォン)それぞれのバランス設定ができるようになっており、これを調整することでiPadの音とギター音の両方をバランスよく出すことができるようになった。このことからも分かるように、iPB-10とiPadの関係は単にリモコンアプリというわけではなく、しっかりオーディオインターフェイスとして機能するわけだ。

背面フォンジャックからはiPadの音が出なかった設定画面でXLRと1/4のバランス設定ができる

 試しにGaragebandを起動してみたところ、しっかりGaragebandの音をiPB-10から出力できるし、ギターの入力音をトラックへレコーディングすることができた。この際、iPB-10のエフェクトをバイパス状態にしておくと、ギターから素の音がGaragebandへ届くので普通に使うことができる。一方、エフェクトをオンにすると、Garagebandへはエフェクトのかかった音が届くのだ。そのためレコーディングするとエフェクトがかかった状態でトラックへ録音される。この辺は必要に応じて使い分けるとよさそうだ。

 リアパネルには、ほかにもいろいろな端子がある。気になるのがSTOMP LOOPと、AMP LOOP。これはマニュアルを見ると、外部のストンプエフェクトやアンプを間に挟むことができるというもの。この外部回路を使うかどうかの設定はiPB-10の左側にあるSTOMP、AMPのそれぞれのフットスイッチを利用して行なうようになっている。

Garagebandを起動したところiPB-10のエフェクトをバイパス状態にして、ギターから素の音がGaragebandへ届いたSTOMP LOOPとAMP LOOPの説明


■ USB搭載でCoreAudioにも対応。アプリの進化にも期待

 ところで、よく見ると、このリアパネルにはUSB端子もある。マニュアルを見ると「MacやWindowsコンピュータと接続することで、本格的なデジタル・レコーディングをダイレクトに行なうことが可能になります」と書かれている。が、それ以上のことは何も書かれていない。CD-ROMなどが付属しているわけでもないし、神田商会のサイトにいってもアメリカのDigiTechサイトにいっても何も書かれていないし、ドライバも用意されていない。どうなっているのだろうか?

 まずは試しにUSB端子をPCに接続すると、あっさりと新しいデバイスとして認識された。USBの標準オーディオデバイスとなっているようだ。これを見る限り44.1kHz/16bitおよび44.1kHz/24bit限定で使えるMMEのドライバとなっている。ギターを弾いてみると、エフェクトのかかった音がPCへと届くし、反対にPCの再生音はiPB-10のオーディオ出力へ届く。が、USB接続をするとiPadのオーディオ機能は切り離されてしまうようで、iPadのミュージック機能で音楽を再生させると、iPad本体のスピーカーから音が出てしまうし、録音も内蔵マイクからとなってしまう。

USB端子をPCに接続すると、新しいデバイスとして検出MMEのドライバとして認識された

 なお、このオーディオデバイスのほかにMIDIデバイスとしても見えるが、これはおそらくiPB-10のプリセット切り替えやパラメータの変更をするためのもの。残念ながらその仕様は公開されていないので、現状では利用できないようだ。

ASIO4ALLと連携した

 では、その「本格的なデジタル・レコーディング」ができるのかというと、Macの場合は、CoreAudioに対応しているので、そこそこのことができそうだが、Windowsの場合はASIO対応していないため難しいというのが実情。試しにASIO4ALLをインストールしてみると、それなりのことはできるようになったので、どうしてもという場合は、ASIO4ALLの併用をお勧めしたい。ただし、あくまでも44.1kHzに限定ということにはなるが……。

 以上、DigiTechのiPB-10について紹介してみたが、いかがだっただろうか? 価格的にみても、システム的にみてもiRigやMobile Inとはまったく違うデバイスであり、iPadをフル活用するというものとはちょっと異なる考え方の製品だ。とはいえ、PCに比べるとCPUパワーがそれほど高くないiPadだからこそ、こうした外部DSPと連携しながら音を作っていくというのはひとつの手段ともいえそうだ。

 実際、これだけのエフェクトを同時に使ってもレイテンシーがほとんどなく、また安定して使えるのはiPB-10の大きな魅力だ。ただ、せっかくiPadと連携させるのであれば、そのDSPパワーをより有効活用するためのもう一歩踏み込んだアプリの登場も期待したいところだ。


(2011年 12月 26日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]