第516回:Line 6が打ち出す「スマートスピーカー」とは?
~高度なオート設定と連携機能を持つデジタルPA ~
StageSource L3t |
OberheimのMatrix12やALESISのADATなどを生み出してきた天才エンジニアMarcus Ryle氏。そのRyle氏などが設立した会社がLine 6であり、同社では世界的大ヒットとなったアンプモデリングシステムのPOD、モデリングギターであるVariaxなどを生み出してきた。それぞれ、時代を大きく変えてきた革新的な製品であったが、そのLine 6がこれからの世の中を大きく変える革新的なシステムとして打ち出してきたのが、デジタルPAシステムだ。
具体的には1,400W出力の3ウェイスピーカー・システムのStageSource L3t、1,200Wのバスレフ・サブウーファ・システムのStageSource L3s、そしてライブサウンド向けに開発されたスマート・ミキシング・システムのStageScape M20dの大きく3種類。こう並べると地味な製品群のように見えるかもしれないが、これまでにないかなり斬新で画期的なPA製品のようだ。7月23日、米国本社から新規市場開拓担当の副社長であるSimon Jones氏が来日し、製品発表会が行なわれたので、その概要について紹介してみよう。
バスレフ・サブウーファ・システムのStageSource L3s | スマート・ミキシング・システムのStageScape M20d |
■ ミュージシャン自身による適正なスピーカー設定を可能に
Line 6のSimon Jones氏 |
「Line 6というとギターの会社と思われているかもしれませんが、これまでシンセサイザの設計からADATのようなデジタルレコーディングシステム、最近ではiPhone/iPad用のデバイスなど、さまざまな製品開発を行なってきました。そのLine 6が今回発表するのは、ミュージシャンのためのPAシステムであり、スマートスピーカー、スマートミキサーというまったく新しいジャンルの製品です」(Jones氏)。
確かにスマートスピーカー、スマートミキサーといった言葉は初めて聞く単語だが、話を聞いてみると、なかなか面白そうなアイディアの製品のようだ。
「たとえばストリートで、またレストランやカフェなどの中でミニライブを開くことを考えてみてください。ギターを弾きながらボーカルを歌うといった1人、2人のメンバー構成において専任のPAエンジニアを付けるというのは現実的ではありません。通常はミュージシャン自身がセッティングをすべて行なう必要があるのですが、本来ここにはさまざまな知識、そして経験が必要となります」とJones氏。同じ楽器、マイクを使うにしても、会場によってレベルやEQの設定は大きく変わってくるし、エフェクトをどう使うかにも違いが出てくるので、それをミュージシャン自身が適正に設定するというのは、なかなか困難なのだ。
「そこで、システムがミュージシャンを助け、100点ではないながらも、70~80点ならすべて自動で作り出せるというのがスマートスピーカー、スマートミキサーの考え方です。もちろん、より深い知識がある人であれば、さらに細かな設定を行ない100点、さらにはそれ以上を作り出すことができるシステムとなっています」とJones氏は話す。
中央がLine 6のStageSource L3t、左がQSC、右がJBLのPA用スピーカー |
その後のデモなどを交えて、まず具体的に見せてくれたのがミュージシャン向けのスピーカーシステムであるStageSource L3tという製品。パッと見た目は、ただの大きなパワードスピーカーにしか見えないのだが、ここにはDSPを利用した数々のデジタル技術が投入されているのだ。まずは「統合フィードバック・サプレッション&リミッティング機能」というもの。ライブで大きな問題になるのが、ハウリング。スピーカーにマイクを向けないのは当たり前としても、会場の環境によっては思わぬハウリングを起こすことはしばしばだ。しかし、このStageSource L3tにはインテリジェントな12バンド・フィードバック・サプレッション&リミティング機能によって、問題ある周波数帯を識別し、そのレベルをトータルサウンドに影響を与えることなく自動的に調整することで、そうしたトラブルを起こさないようになっているのだ。
また、スマートエフェクトが搭載されており、リバーブ、モジュレーションなど必要に応じたエフェクトが掛けられるようになっている(エフェクトを手動で設定することもできる)のだが、やはりLine 6製品だけにモデリング機能というのもしっかりしている。たとえば、エレアコを接続する場合を考えてみよう。通常はピエゾピックアップを使うことになるが、この場合、胴鳴りをあまり捉えてくれないため、どうしてもシャリシャリしたサウンドになってしまう。そこで、モデリング技術によって、胴鳴りを加えた落ち着いたサウンドに仕立てることも可能にしている。
エレアコ接続時に、モデリングによって胴鳴りを加えることも可能 |
■ デジタル接続「L6 LINK」で複数スピーカーを制御
さらに面白いのは、ここには加速度センサー、光学センサーも搭載しており、シチュエーションを的確に判断し、それに応じたモードに自動的に切り替えられるようになっていること。具体的にいうと、スピーカーを縦に設置しているのか、横に寝かしているのかが加速度センサーによって判別できる。また地面に設置しているのか、台の上に置いているのかもセンサーで分かるのだ。たとえばフロアモニターとして寝かせて置いた場合は、低音がこもってしまわないように調整したり、台の上にある場合には、それに応じた音作りになるというわけだ。確かに、そんなことを自動判別してくれるスピーカーというのは聞いたことがない。
もっとも、StageSource L3tには、予め6種類のモードが用意されており、センシング結果によって、それを切り替えて使うようになっている。具体的にはFOH、フロアモニター、パーソナルPA、キーボード用、アコースティックギター用、マルチエフェクトを使ったエレキギター用のそれぞれ。もちろん、手動で切り替えて使うことも可能だ。
さらに計4chの入力を装備し、マイクや楽器、外部ミキサー、MP3プレーヤーなどを接続して利用することが可能で、これが前述のスマートエフェクトと統合されているという構成になっている。
フロアモニターとして寝かせて置くことも | 背面端子の説明 |
このようにスピーカーひとつで、さまざまなことができてしまうのだが、1,400Wの出力があるとはいえ、ステレオで使いたい、重低音をもっとしっかり出したい……といったニーズもあるだろう。そんなときは、このStageSource L3tを2つ接続してステレオにしたり、さらにはサブウーファーシステムであるStageSource L3sを組み合わせるなど、複数を接続して、最適な環境に仕立てることも可能になっている。そのために用意されているのが「L6 LINK」というデジタル接続システム。接続端子自体は普通のXLRであり、キャノンケーブルで接続するのだが、それぞれのスピーカー間がデジタル接続され、設置状況に応じた役割分担が自動的にされるようになっているのだ。
複数台を接続可能 | ジタル接続システム「L6 LINK」 |
L6 LINKはオーディオを一方向に流す一方、コントロール信号を双方向に流すための仕組みで、機器をカスケード接続によって複数繋いでいくことができる。このL6 LINK自体は、今回新たに登場したものではなく、Line 6のPOD HD300/400/500、DT50アンプなどで使われていたものだが、それがこのスマートスピーカーでも採用されたわけだ。
まあ、StageSource L3t単体の実売価格が118,000円程度になるとのことなので、1人、2人の小さなバンドで複数のスピーカーを所有し、持ち歩くというのが現実的かどうかは別の話ではあるが、スピーカー数を増やせば入力チャンネル数も増やせるため、用途も広がりそうだ。
■ ミキシングもスマート化。PAの常識を変える?
ところで、今回の発表製品には、もうひとつの大きな目玉がある。それがスマート・ミキシング・システムのStageScape M20dというものだ。写真を見て、これがミキサーだ、といわれると、かなり違和感を覚える人も少なくはないだろう。なんといっても、ここには慣れ親しんだフェーダーがないのだ。その代わりに、中央には大きなタッチスクリーン式のカラー液晶モニターがあるのと、画面下にある光る12個のつまみ、そして右にある大きめのノブでさまざまなセッティングが行なえるようになっている。これが、Line 6が次世代を見据えて打ち出した新しいPA用ミキサーのスタイルなのだ。
このStageScape M20dの内部には強力なパワーを持つDSPが搭載されており、前述のマルチバンド・フィードバック・サプレッションや各種エフェクト機能が利用可能になっている。また、PCがなくてもこれ単体でマルチチャンネルでのデジタルレコーディングも可能になっているのだ。
StageScape M20d | 画面下には光る12個のつまみがある |
名称からも想像できるように入力チャンネル数は20chとなっている。またマイク入力は12系統あり、それぞれデジタル制御&オートセンス機能搭載のマイクプリがセットとなっている。またライン入力も16あり、こちらもすべてオートセンス機能搭載だ。そしてMP3プレーヤーなどに接続できるステレオ入力、さらにはデジタルストリーミング入力というのも2ch=ステレオ1系統用意されている。これはSDカードスロットまたはUSB端子に接続したUSBメモリ、またはPCからオーディオをストリーミング再生させるためのものだ。いずれの端子も操作パネルの奥に上向きに存在しており、どの端子に何が接続されているのかを確認しながら操作できるのがひとつの特徴になっている。
では、実際にどのように操作をするのだろうか? まず、これらの入力端子にマイクやラインを接続すると、自動的にそれを検知するとともにその入力が有効になり、ダイナミクスやEQ、エフェクトやルーティングを含めてカスタマイズされたチャンネル・ストリップが自動的に設定される。この辺の考え方は、基本的に前述のスマートスピーカーと同様だ。もちろん、これらの設定を必要に応じて自在に行なうことも可能。StageScape M20dはカスタム制作されたフルパラメトリックEQやダイナミックEQ、またフィルター、スタンダード&マルチバンド・コンプレッション、リミッター、ゲート、ディレイなどを各チャンネルで使用できる。
実際のPAの設定シーンでよくあるのが、度重なるマイクテスト。設定が完了するまで、何度もボーカリストなどに、マイクに向かって声を発してもらうが、StageScape M20dにはクイック・キャプチャという機能があり、ボタンを押すだけで最大20秒のレコーディングができる。こうして録った音を利用すれば、何度も声を出してもらう必要なく設定ができるというわけだ。
入力端子にマイク/ライン接続すると自動で検知され、入力が有効に | フルパラメトリックEQやダイナミックEQ、フィルターなどを各チャンネルで使用できる |
マイクやライン経由で入力されている音がステージのどこにあるのか、タッチスクリーン上で設定できるというのもStageScape M20dならではの機能だろう。雰囲気的にはMacのMagic GarageBandのような感じだが、どこにどのパートがいるのかを視覚的に捕らえるとともに、それにマッチしたサウンドを作り出してくれるというわけだ。そしてこの画面を用いて、すべてのPAコントロールができるようになっているわけだが、ユニークなのは、これとまったく同じ画面をiPad上でも表示し、コントロールできるということ。バンドの各メンバーがiPadを持って操作することにより、自分へのモニター設定をどうするのかなどを各自が設定できてしまうのだ。
入力されている音がステージのどこにあるのかを画面上で設定できる | iPad上でも表示/コントロール可能 |
L6 LINKを利用したシステム構築例 |
そして、ここでも登場してくるのがL6 LINK。L6 LINKを用いて、StageSource L3tやStageSource L3sを接続することで、各製品の特徴を最大限生かすことができる有機的なネットワークを構築することができるのだ。もっとも、StageScape M20dを利用するのに、StageSoruce L3tやSatgeSource L3sが必須というわけではない。ごく一般的なパワードモニターなどを接続して使うことも可能なので、必要に応じて自在に組み合わせることができるのだ。
ただ、このStageScape M20dのような機材が日本のライブシーンですぐに受け入れられるのかはまだ未知数。PAエンジニア、レコーディングエンジニアなど、音楽業界は結構保守的なので、ここまで斬新なシステムには拒否反応もありそう。もしかしたら、そうした経験をまったく持っていない人たちの間から普及していくのかもしれない。ADATやPODのような革新がPAの世界でも起こるのか、数年後にスマートスピーカー、スマートミキサーといった製品が一般化しているのか注目していきたい。