藤本健のDigital Audio Laboratory

第673回:古いCDやレコードのリマスタリングにも。「WaveLab 9」の強化点をチェック

第673回:古いCDやレコードのリマスタリングにも。「WaveLab 9」の強化点をチェック

 先月、Steibenrgの波形編集/マスタリングソフトであるWaveLabがバージョンアップし、「WaveLab Pro 9」(オープンプライス/実売55,000円前後)、および「WaveLab Elemnts 9」(同9,500円前後)となった。

WaveLab Pro 9

 これまでDigital Audio Laboratoryにおいても何度も取り上げてきたソフトではあるが、今回のバージョンアップではUIも大きく変わって使いやすくなるとともに、さまざまな機能が強化された。初心者向けのソフトではないが、古いCDやアナログレコード、アナログテープなどを取り込んでリマスタリングしたいという人にとってもかなり使えるソフトとなっている。また、「MS処理」にフル対応したというのも今回の大きなポイント。MS処理とは何なのかも含めて紹介してみよう。

WaveLab Pro 9(左)とWaveLab Elemnts 9(右)のパッケージ

MSマイク対応で得られるメリットとは?

 WaveLabの初期バージョンは1995年に誕生したという歴史あるソフト。当初はWindows専用のソフトで波形編集を目的としたものだったが、その後CDマスタリング機能などを強化するとともに、Macでも使えるハイブリッドソフトへと進化してきた。

WaveLabの初期バージョンのパッケージ

 ただ、1つのソフト内に機能を詰め込みすぎた感じがあって、これまで個人的には苦手意識を持っていた。というのもWindows専用の時の古臭いUIを引きずりながら、波形編集機能と「オーディオモンタージュ」と呼ばれるマスタリング機能の異なる2機能が無理やり統合されて1つソフトになったような雰囲気だったからだ。しかし、今回、そのUIが完全に一新され、分かりやすくなったので、音楽制作系のユーザーだけでなく、オーディオリスニングを中心としている人にとっても積極的に使ってみる価値があるソフトへと進化している。

 まずWaveLabの最も基本的な機能は、オーディオファイルを読み込み、そのまま再生するとともに、波形表示させて編集ができるというもの。何年か前に、「オーディオファイルをCubaseで再生させるといい音になる」なんて情報が、多くの雑誌などで書かれていたことがあった。その真偽はともかくとして、そのCubaseと同じエンジンを持ったソフトであり、読み込んだオーディオデータを波形表示して再生できるとともに編集可能な機能を装備している。

 一方、WaveLabにはマスタリング機能もある。このマスタリングには大きく2つの意味合いがあるのだが、1つは「CDをパッケージ製品として納めるための各種情報を埋め込む」というマスタリングが持つ元来の機能。もう一つは「最終的なサウンドとして聴き心地よく、またアルバムとしてのバランスがいい音にするためのサウンドトリートメント」という今いうところのマスタリング機能が装備されている。

 WaveLab 9は、波形編集とマスタリングの両方の機能を併せ持っているので、それぞれについてポイントを押さえていこう。

 まずは波形編集のほうから。WaveLabではWAVやAIFF、FLAC、AAC、MP3といったファイルを読み込み、波形編集することができるわけだが、そのほかにも新規でファイルを作成し、ここにアナログレコードやアナログテープの音を取り込んで編集していくといったことも可能。

 WaveLabで扱えるのはPCMのみでDSDには対応していないが、この際のサンプリングレートは384kHzまで対応しているほか、ビット分解能は64bit floatまで対応しているので、オーディオインターフェイスさえ対応していれば最高の音質で録って編集することも可能。もちろん、44.1kHz/16bitで取り込んだデータをアップサンプリングして編集するといったことも可能だ。

波形編集の画面
384kHz/64bit floatまで対応

 通常は、このように読み込んだり、録音したデータはLRのステレオデータとして波形表示されるほか、スペクトラム表示、ラウドネス表示などができるのが面白いところだが、WaveLab 9になって最大のポイントともいえるのがMS表示にも切り替えることができるようになったこと(WaveLab Pro 9のみでElementsは非対応)。MSというのはMid/Sideの略であり、これまでもDigital Audio LaboratoryにおいてZOOMのリニアPCMレコーダーであるH2nや同じくZOOMのiPhone用マイクのiQ7などで取り上げたことのあったテーマ。このMS自体は古くからあるアナログのシステムで、とっても単純なもの。

LRの波形表示
スペクトラム表示
ラウドネス表示
MS表示にも対応

 式で表すと下記のようになる。

 Mid = L + R
 Side = L - R

MとSの出力から加減算してステレオLR信号に変換
ミックス済みのL/R音源からM/S成分を取り出す処理

 そして、この連立方程式で解を求めれば、下のようにも表せる。

 L = (Mid + Side)÷2
 R = (Mid - Side)÷2

 ご覧の通り、すごくアナログな考え方のものだ。こうした表示に一瞬で切り替えられるのがWaveLab 9の特徴なのだが、当然のことながら、Midの波形のほうが大きく、Sideの波形が小さく表示される。そしてMidだけの音を聴いてみると、大きいモノラルの音となり、Sideはあまり聴き慣れないカサカサした感じの変な音で聴こえてくる。でも、なんでMSでの処理などが必要になるのかというと、古くはノイマンのSM69といったMSマイク、今なら前述のZOOMのMSマイクを使った際、MとSのバランスを調整することで、録音した後にマイクの指向性を調整できるというユニークな特性があるからだ。となるとMSマイクがなければまったく不要な機能のようにも思われるが、このMSが最近マスタリングの世界で活用されるようになり、それがWaveLabで簡単に実現できるというのが今回の新バージョンの大きな売りとなっているのだ。

 具体的にいうと「ボーカルが埋もれているので、Midの中域だけをEQで持ち上げる」、「左右にパンニングされているギター、シンバルにのみディエッサを掛けて耳馴染みのいいサウンドにする」、「Side成分を多めにブレンドしてステレオ感を強調する」……なんてことがMS処理なら簡単にできてしまうのだ。通常、ボーカルが埋もれていたから、ミックスの段階に戻ってボーカルトラックを大きくするなどの処理が必要になるが、MS処理をすれば、ミックスダウンされた音でもいじれてしまう。通常のステレオデータでのEQ処理では、ボーカル以外の各楽器の音も変化してしまうのに対し、これならセンター定位のボーカルにフォーカスを当てられるというわけだ。

 WaveLab 9ではMid、Sideそれぞれの音量を調整できるだけでなく、Midのみ、Sideのみに独立したエフェクトがかけられるから、さまざまな応用が効くのだ。これまでもMid/Sideに変換したり、デコードするプラグインはあったし、MS処理に特化したプラグインは存在していたが、WaveLab 9を使えば、一般的なプラグインもMS処理で利用できるのが多いな特徴となっている。

Midのみ、Sideのみに独立したエフェクトがかけられる

 なお、今回の新バージョンでは、同じSteinbergのDAWであるCubaseとの連携機能も強化されており、Cubaseが書き出したWAVファイルであれば、WaveLabでの編集作業中であっても、Cubase側に戻って編集ができるなど、お互いシームレスに使えるようになっているのも大きな進化点である。

新機能「オーディオモンタージュ」や、マスタリングエフェクト「MasterRig」

 さて、WaveLab 9のもう一つの機能は、「オーディオモンタージュ」というマスタリング機能。以前のバージョンでは、ここにたどり着くまでが分かりにくかったが、WaveLab 9では、とても分かりやすくなった。ここではCDやDVD-Audio(いまや死語のような存在だが、DVD-Audioライティング機能も搭載されている)などのアルバムを作る目的で、複数のオーディオデータを並べていくとともに、曲間の自動調整をしたり、トラックマーカーを打ったり、各曲ごとにオーディオトリートメント作業が行なえるようになっている。一般的にマスタリングにおいてのオーディオトリートメントは、あまり派手なエフェクトを掛けない、というのが原則ではあるが、最近は古いマスターテープなどからオーディオを吸い上げた上で音をいじったリマスター版が何かと話題になっている。

 もちろん、普通は著名なマスタリングエンジニアが調整した音を聴いて楽しむわけだが、このWaveLabがあれば、そうしたリマスターを自らの手で可能だ。そのリマスターは何もアナログ素材に限る必要はない。たとえばCDからリッピングしたデータであれば、より手軽で簡単に行なえる。前述のとおり、44.1kHz/16bitのデータを、いったん176.4kHzにアップサンプリングするとともに、分解能を32bit Floatなどにしてから作業すると、音質劣化を最小限に抑えながらマスタリングの効果を発揮できるのでお勧めだ。

 また、このオーディオトリートメント用のマスタリングエフェクトとして「MasterRig」というものが入っているのが大きなポイント。ちなみにElementsにもMasterRigは備わってはいるが、こちらは簡易版となっている。このMasterRigはマスタリングで用いられる各種エフェクトがすべて揃ったエフェクト・スイート。

MasterRig

 具体的にはダイナミクス系としてリミッタ、4バンドのコンプレッサ×2、イコライザ系として8バンド・パラメトリックEQ×2、4バンドのダイナミックEQ×2、さらにサチュレータ×2、ステレオイメージャーが備わっている。このコンプやEQで音圧や音質を調整していくのが基本ではあるが、このサチュレータ1台にはテープを通した音にするモードと真空管アンプを通した音にするモードを選べるものが4系統用意されており、多段でかけて使うこともできる。これを使うことでちょっとレトロなサウンドに仕立てるといったことも可能なわけだ。

リミッター
コンプレッサ
パラメトリックEQ
ダイナミックEQ
サチュレータ
ステレオイメージャー

 もちろん、素人がゼロから設定するのはなかなか難しいが、あらかじめプリセットとしていくつかのものが用意されているので、まずはこれを選んだ上で自分で少しいじってみるというのがよさそうだ。

 このようにして作ったマスタリングの結果は、WaveLabから直接CDに焼いてオリジナルCDを作ることができるほか、DDP書き出しという機能を持っているのも大きなポイント。DDPとは、CDのプレス工場に出す際に渡すマスターデータの形式のことで、これを渡せば曲のデータや並び順はもちろんのこと、商品として店頭に並ぶ際のJANコードの設定まですべて包含されるデータであり、まさに業務用のソフトなのだ。

 もちろんDDPに書き出したり、CDに焼くまでもなく、ハイレゾのFLACでファイル書き出しをして、自分で楽しむという使い方もできるので、人とは明らかに違う、自分だけの音楽の楽しみ方ができるツールなのだ。

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藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto