藤本健のDigital Audio Laboratory

第677回:超省電力の新たな真空管「Nutube」の音はどう違う? 個人販売も計画中

第677回:超省電力の新たな真空管「Nutube」の音はどう違う? 個人販売も計画中

 既にご存じの方も多いと思うが、蛍光表示管技術を応用した全く新しいタイプの真空管「Nutube」(ニューチューブ)を、コルグとノリタケカンパニーリミテドが'15年1月に共同開発し、法人向けにサンプル出荷を行なっている。

Nutube

 真空管というと前世代的なデバイスでありつつも、ギターアンプやオーディオアンプにおいては今でも需要があり、わずかながらも現在も生産/流通されている。その真空管が小型で低消費電力、長寿命というこれまでとは大きく違った形で開発され、いま注目されている。

 先日の東京・中野で開催された「春のヘッドフォン祭2016」において、そのNutubeを使ったオーディオアンプ(NutubeとICのハイブリッドアンプ)が展示されるとともに、オーディオ評論家の角田郁雄氏のブースにて、「うわさの新世代真空管、Nutubeの音と技術に迫る」と題したイベントも行なわれた。

ヘッドフォン祭で出展されたオーディオアンプの試作機
ヘッドフォン祭のブース
角田郁雄氏によるイベントでNutubeが紹介された

 このイベントでは、Nutubeの開発者であるコルグの森川悠佑氏が、このデバイスに関するプレゼンテーションを行なうとともに、角田氏がレコードプレーヤーを再生した音をNutube搭載のアンプを通して音を出したり、コルグの永木道子氏が、DSDオーディオインターフェイスであるDS-DAC10Rと組み合わせたデモを行ない、多くのオーディオファンが詰めかけていた。

 このイベントの終了後、森川氏に詳細な話をうかがうことができたので、Nutubeについて、いろいろと聞いてみた。

森川悠佑氏
永木道子氏

新たな真空管が開発されるまで

――まずはNutubeを開発したキッカケ、そしてなぜ楽器メーカーであるコルグが真空管というデバイスまで開発することになったのか、といった辺りをお聞かせください。

森川:コルグは楽器メーカーではありますが、これまで非常に数多くの真空管を使った製品を出してきました。真空管が非常に好きなメーカーでもあり、真空管を使った製品の数という意味では世界でも有数の企業だと思います。ただ、ご存じの通り、真空管は現在非常に入手しづらいデバイスとなっています。我々が今、真空管を使った製品を出すとしたら、それなりの数を入手する必要があり、どこかで100個、200個の在庫を見つけてくるだけではダメなんです。さらに切実な問題としてあるのが歩留まりです。現在、流通している真空管は海外品が中心で、粗悪品も多く、製品化していった際に不良品となってしまうリスクが高いのです。日本国内のどこかに、真空管生産のための設備が残っているのではないかと探し回ったこともあるのですが、もうすべて潰されてしまって、残っていなんです。だったら我々が、というのが背景にあるのです。

――Nutubeは蛍光表示管技術を応用しているとのことですが、そもそも蛍光表示管とはどういうものなのですか?

森川:蛍光表示管は50年前、伊勢電子工業(現在のノリタケ伊勢電子)の中村正博士らによって発明された日本独自の表示装置で、VFD、FDディスプレイなどと呼ばれることもあります。当時、特許使用料料が非常に高かった液晶ディスプレイの特許を避ける目的で発明されたデバイスであり、当時の電卓などに使用されていました。文字を表示するのが得意であるため、現在でも電光掲示板や、電車内でのニュース表示などのデジタルサイネージ、またクルマのメーターであったり、一部のオーディオ機器の表示部など、さまざまな分野で幅広く活用されています。水色に光る視認性の高いデバイスであるのが特徴となっています。

Nutube開発の会計

――その蛍光表示管と真空管がどのような関係になるのですか?

三枝文夫氏(2014年の1bit研究会にて)

森川:そもそも蛍光表示管は、フィラメントとアノードグリッドを真空状態におかれたガラスケース内に封入したものであるため、広義においては真空管なんです。これをアンプ用のデバイスとして使えるのではないか、というアイディアは当社の監査役である三枝文夫によるものなんです。三枝が、かなり昔に蛍光表示管を使ったラジオを作ったことがあるという記憶を元に、何年か前に、現在の蛍光表示管を使って実験を繰り返した結果、音がある程度出るところまでは持ってくることができたのです。その段階で、ノリタケ伊勢電子さんにお声がけをし、開発を持ちかけました。

――ノリタケとしては、ずいぶん妙な話が飛び込んできたと思ったでしょうね?

森川:その後、私もこのプロジェクトに関わるようになったのですが、ノリタケさん側はかなり半信半疑でいたようです。彼らは蛍光表示管のプロではありますが、音に関してはまったく分からないし、これが楽器やオーディオに使えるとは考えてもいなかったですからね。ノリタケの担当の方には何度か音を聴いてもらったことはありましたが、プロジェクトがスタートしてからも、上部の方々は不可解に思っていたようなので、2年ほど前にギターのエフェクトを試作したものを工場へ持っていって、みなさんのいる前で演奏してみたこともあるんですよ。それで、初めて「全然音が違いますね!」って分かってもらえました(笑)。

――そうやって試作を重ねていったわけですね。

森川:そうですね、実際に試作のデバイスを作ってもらっては、こちらで音を出して試すという繰り返しでした。電極の部分は印刷技術でできているため、形状的には真四角でもなんでもできてしまいます。そのため、こちらで形状についての要望を伝えては、それに合わせて作ってもらったわけです。ノリタケさん側は音についてはノウハウがありませんから、そこは完全な分業ですね。手探りな面もありましたが、ようやく納得のいくデバイスに仕上げることができました。

従来の真空管と音はどう違う?

――森川さんご自身は元々、真空管には馴染みがあったのですか?

森川:学生時代からギターを弾いていたので、真空管アンプは使っていました。真空管アンプは音がいい、という実感は持ってはいましたが、ただ、真空管というデバイスについてはわかりませんでしたし、自分で真空管を交換したこともなかったですよ。ただ大学時代、材料工学を専攻していて、材料で物性が変わることを学んでいたということもあって、担当に抜擢されたようです。ですから真空管については、実際に担当になってから、いろいろと勉強していきました。

――私、個人的には真空管ってあんまり好きではないんですよ。時代というのもありますが、中学生や高校生のころ、アマチュア無線の勉強をするのに教科書や試験では真空管を使っており、「なんでトランジスタの時代に、こんな前時代的なものを…」と思っていたからなんですけどね。大きいし、熱くなるし、邪魔くさい……って。

森川:そうですね。三枝もよく同様のことを言っています。「真空管なんてトランジスタと比較して何もいいことはない。電気は食うし、故障はするし……。唯一、真空管が選ばれている理由は音である」、と。もちろん音は好みの問題ではありますが、世の中の著名なギターアンプはみんな真空管を使っているという点からも真空管の良さが幅広く認知されているんだと思います。

――確かにギターアンプにおいては真空管の良さは出ますよね。トランジスタやオペアンプだと、過大増幅させてサチらせた際、いきなり天井にぶつかって音割れしてしまいますが、真空管でサチらせると、緩やかにぶつかるから、いい感じの歪みサウンドになります。一方でオーディオのアンプだと、音が変化してしまうので、これがいいことなのか、という疑問もありますが……。

森川:オーディオの場合、「真空管アンプを通すと倍音が出る」なんていう表現の仕方をしていますね。オーディオアンプの世界では、歪みのないデジタルアンプが市民権を得ているから、真空管アンプはある意味、嗜好品という面はあると思いますが、やはり真空管アンプの人気は根強いですね。そういう意味で、もともとはエフェクターとして使う目的であったNutubeはオーディオでも使えると見ています。実際、これまでヘッドフォンアンプの試作品などを展示したことがありましたが、「いい音だ」と多くの方から評価いただきました。

――では、改めてNutubeというデバイスについてうかがっていきたいのですが、これは従来の真空管と比較して、どのような特徴を持っているのでしょうか? 昔の記憶では、3極真空管というと、アノード、カソード、グリッドがあり、電子を放出するように温めるためのヒーターがあって……という構造だったと思いますが。

森川:はい、Nutubeは12AX7などと同様の3極管であり、基本的に同じ構造となっています。ただし、カソードという言い方には語弊があります。真空管にはカソード=陰極とヒーターが別々にある傍熱管のほか、ヒーターのフィラメントがカソードも兼ねる直熱管の2種類があります。Nutubeは直熱管に相当するものであるため、フィラメントと呼んでいます。またフィラメントが一番上でグリッド、アノードが平面で平行に置かれた構造になっています。従来の丸い真空管だと、それぞれが丸く囲む形になっていますが、これは平面なんです。そのため、Nutubeが動作しているのを上から見るとフィラメント部分が水色に発光しているのが見えます。また、Nutubeは1つのデバイスの中に2つの3極管が存在する双3極管となっているのも特徴であり、2回路分使うことができるのです。

動作中は水色に発光
Nutubeの構造

――だから、2つ光っているのが見えるわけですね。色も蛍光表示管そのものなんですね。

森川:その通りです。見ると分かる通り、Nutubeは非常に小型な構造になっています。実際、従来の真空管と比較して30%以下の容積となっており、熱の発生もわずかで動作します。その結果、従来の真空管の2%以下の電力で動作し、アノード電圧は5~80Vまで幅広い電圧での動作が可能です。5Vでも安定して動作させることができるので、電池で真空管が使えるというのも大きなメリットとなります。

薄い板状のデバイス

個人でも夏ごろには購入可能に

――生産自体はノリタケで行なっているんですか?

森川:はい、Nutubeはノリタケ伊勢電子で管理する工場で高品質な生産を行なう国内生産品です。従来の真空管は手作業が入ることも多く、結果的に品質にバラツキが生じやすかったのです。それに対し、Nutubeの製造設備は完全オートメーションで、人の手が入る余地もなく、結果的に高品質を実現できているのです。

――デバイスの特性としてはどうなのですか?

森川:ここに示すグラフが0Vから200Vまでの特性を調べたものです。横軸がアノードの電圧、縦軸が電流であり、グリッド電圧を変えていったときデータを示しています。これを見てもわかる通り、非常に線形性のいい特性を示しています。F特もよく、歪み率は電圧を上げていくとじんわりと上がっていく、まさに真空管ならではの特性を持っているほか、温度特性が非常によく、-10~+80度の範囲で特性がほとんど変わらないのです。実際に回路を組んでみると、アノード負荷抵抗が330kΩ、電源電圧が12Vでもっとも効率よく動き14dB程度、つまり5倍程度になります。

0V~200Vの特性

電圧を上げていくとじんわりと上がっていく、まさに真空管ならではの特性
基本回路

――これだけ消費電力が小さいということは、このNutubeだけでアンプが駆動できるわけではないですよね?

森川:そうですね。これは1.7mWといったレベルの小さな出力しかないので、今回の試作のアンプではNutubeによるものをプリアンプとし、その後段にはD級アンプを置いて20W+20Wに引き上げています。

――以前、ギターアンプの試作機を展示したり、ヘッドフォンアンプの試作機なども出されていたと思いますが、今回のパワーアンプも含め、これを製品化する、というわけではないんですよね?

ヘッドフォンアンプの試作機

森川:はい、これはあくまでもNutubeの良さをみなさんにお伝えするために作った試作品であり、製品化を前提としたものではありません。もちろんコルグとしてはNutubeを使った製品を開発する計画をしておりますので、エフェクト系、オーディオ系含め、いろいろと製品化を考えており、開発中という段階です。

――すでに法人向けにはサンプル出荷を行なっているとうかがいましたが、やはりNutubeに興味を示すメーカーもあるわけですね。

森川:現段階においては、どこのメーカーに出荷しているかなどについてはお話しできませんが、すでに複数社へのサンプル出荷は行なっています。

――個人でも欲しいという人も多いように思いますが、今後個人がNutubeを1つ購入する、といったことはできるのでしょうか?

森川:詳細についてはNutubeのサイトからお問い合わせいただければと思います。まだ個人の方に直接出荷はしておりませんが、夏ごろまでには秋葉原などで購入できるようにするよう準備を進めています。

――実際、個人がNutubeを1つ購入するのにいくらくらいで手に入りそうですか?

森川:小売価格が5,000円程度で流通できるように準備を進めているところです。きっといろいろな使い方ができると思いますので、期待していてください。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto