西川善司の大画面☆マニア
第173回:CES特別編 パナソニック新プラズマの底力と、ソニー「TRILUMINOS」の正体
第173回:CES特別編 パナソニック新プラズマの底力と、ソニー「TRILUMINOS」の正体
(2013/1/15 14:22)
パナソニック・プラズマの進化(1)~黒がさらに“深化”した理由
「薄型テレビの主流製品は液晶テレビ」……このことに異議を唱える人はもはや少数派のはずだ。
その名前がSFのビーム兵器みたいな響きから、かつては未来のテレビともてはやされた「プラズマ」テレビも、今では一部のマニア向けに近いものとなりつつある。クルマで言えば直列6気筒エンジンのような存在だろうか。
International CESのブース展開を見る限り、今や韓国勢もプラズマテレビ開発に対しては目に見える形でトーンダウンしてきている。プラズマの雄、パナソニック自身も2012年には55型、47型の“液晶”VIERAを投入。それまで貫いてきた「大型はプラズマ、中小型は液晶」戦略は、事実上、2012年を持って終焉を迎えた。
しかし、パナソニックは、2013年もプラズマを進化させてきた。これは、もう「技術陣の意地」なのかもしれない。かつてのパイオニアの「KURO」もそうだったが、後がないときにこそ、いい製品は生まれるものだ。
2013年モデルのプラズマの画質の進化ポイントは3つある。
1つは暗所コントラストのさらなる向上だ。つまり、真っ暗な部屋でも黒がさらに漆黒に近づいたのだ。
ブース内には暗幕をかけた暗室ブースを用意。ここで昨年モデルのプラズマVIERAの日本型番で言うところのZT5と、2013年モデルのZT60(ZT60は北米型番。順当に行けば日本型番はZT6になるはず)で、背景が黒の映像を中心に見せるデモを行なっていたのだが、誰にでも分かるレベルで、2013年モデルの方が「黒が黒い」ことが実感できていた。
昨年の2012年モデルでは黒の沈み込みをさらに深化させるために、予備放電のさせ方をリファインしていた。具体的には、2012年モデルでは、隣接する画素同士が同時に予備放電期間にならないようにディレイを与えてインターレース的なアプローチで予備放電を行なっていた。これは、微量な光量でも集まれば視覚されるくらいの光量になるので、ならば分散してしまおう…という発想の元に取り組まれた工夫だった。
2013年モデルは、もっとシンプルな方策で黒をさらに深化させている。それはプラズマディスプレイパネル側のガラスと、テレビ表示面側のガラスの隙間を圧着技術によって「ほぼ1枚」といえるくらいに隙間を埋めてしまう製造上の工夫だ。
空気層があると光が散乱するし、散乱した光がガラス内壁で乱反射すればさらに迷光は増える。例えば、ある画素が明るい場合、そこからの光は周辺の黒に迷光となって届き、黒浮きをもたらす。
2013年モデルのこの2枚ガラス構造をほぼ1枚ガラス構造に出来た結果、この迷光を減らせたというわけだ。ソニーは液晶BRAVIAシリーズで、液晶パネルとテレビ表示面側のガラスの間の隙間を樹脂で埋めて迷光を減らす「オプティコントラストパネル」技術を持つが、アプローチは全く異なるが実現したかった結果は近いと言えるかも知れない。
パナソニック・プラズマの進化(2)~色再現性と階調性能がさらに向上した理由
パナソニックのプラズマ2013年モデルの進化ポイント第2は発色の向上。これはシンプルに新規開発の蛍光体に置き換えたことで実現されている。
スペック的にはBT.709色域(sRGB相当)カバー率122%、DCI(Digital Cinema Initiatives)色域カバー率98%となっており、「色のいいパナソニックのプラズマ」がさらに深化した格好だ。
そして、進化のポイント第3は階調性の向上。技術的視点においては、筆者個人としては、ここが最大のポイントだと感じている。
とはいえ、これも結果だけ見ればシンプルで、実はサブフィールド数を増加させたことで実現している。
プラズマディスプレイでは各画素のカラー表現をいわば明滅頻度で表現する時間積分型階調(色)生成を採用している。つまり、ユーザーは、その明滅パターンを始まりから終わりまで見続けないと正しい色が人間の目(というか脳)に知覚されない。ただし、動画を見ているときなど、人間の目は画面内を動くので、ある画素において正しい色が知覚される前に別の画素を見てしまう。これがプラズマの映像を見たときに知覚される色割れや擬似輪郭、あるいはボケの原因だ。プラズマはセールストーク上は「応答速度はいい」といわれるが、実はプラズマの色や階調表現の視覚感は個人差があり、場合によって液晶に対して"劣るとも優らない"のである。
プラズマにおけるそうしたアーティファクトを低減するための直接的解決策は単純。サブフィールドを増やしていくことだ。ただ、これは技術的には相当難しい。
しかし、今回、パナソニックは、これをやってのけたというのである。
1秒の3,000分の1のサブフィールドを実現したと言うことから、この技術には「3000Focus Field Drive」という名前が付けられている。
従来は「600Hz駆動」と呼ばれていたことからも分かるように、60Hz時の1フレームあたり10サブフィールドで駆動されていた。これに誤差拡散(≒ディザリング)を組み合わせ6,144階調を作り出していたが、2013年モデルのプラズマでは12サブフィールドで駆動し、これに誤差拡散を組み合わせて32,768階調に向上させている。
顔面の頬のような中間色陰影におけるノイズ感、はたまたそうした表現が動くときのボケ味が、2013年モデルでは激減しており、よりアナログ的な表現力が向上した感がある。
毎年のように言っている「最新のプラズマは最良のプラズマである」は、どうやら今年も当てはまりそうだ。
ちなみに、とあるパナソニック関係者に「プラズマはいつ終わりますか?」と、タブーな質問をぶつけてみたところ、「有機ELが本格始動したら終わるかもね」と笑いながらの返答が。逆に言えば「まだしばらく終わらない」ということか。
液晶VIERAについては、今年は、バックライトスキャニングが改善されたくらいで大きな進化はなし。
なお、2013年モデルの液晶VIERAは、自社液晶パネル生産率を下げて、LGディスプレイの液晶パネルの採用率が上がっていく見込みだ。3D立体視対応において偏光方式を採用している液晶VIERAは、LGディスプレイパネル製と見てよさそうだ。
ちなみに、あるパナソニック関係者は「色変移の少なさは確かにうちのパネルの方が良かったが、LGパネルの方が輝度が高くてコントラスト感が強い。自社パネルじゃなくなっても悪いことばかりではない」とも述べていた。
TRILUMINOSを復活させたソニーの思惑(1)~白色LEDでRGB-LED相当の広色域を実現
ソニーは、今回のCESで「TRILUMINOS」という技術ブランドをアナウンスした。
TRILUMINOS(トリルミナス)とは、かつて2004年にソニーが発売したウルトラハイエンドクラスの液晶テレビ「QUALIA 005」(KDX-46Q005/KDX-40Q005)に採用されたRGB-LEDバックライトシステムに命名された技術ブランドだった。その後、TRILUMINOSはBRAVIA XR1シリーズにも採用されたが、製造コストの高さと消費電力の大きさから後続製品には採用されなくなり、そのままフェードアウトとなってしまった経緯がある。
今回、突然のTRILUMINOSブランドの復活に業界関係者は目を丸くしたわけだが、復活だけでなく、その意味づけが変わってきていることにも驚かされた。
また、新TRILUMINOSには、2つのサブブランドがあることも発表されている。1つは「TRILUMINOS Display」、そしてもう一つは「TRILUMINOS Color」だ。
TRILUMINOS Displayは、テレビ製品やディスプレイ(モニター)に搭載される技術で、広色域表示を可能にするものになる。
TRILUMINOS Displayは、ソニー側が設けた「一定基準」を超える色再現性を有するディスプレイ機器に与えられるブランドだそうだが、その基準は明確にされていない。しかも、製品ごとにその色再現性能に一貫性はないのだそうだ。
今回のCESでは、TRILUMINOS Display対応製品として、液晶テレビBRAVIAの65型の「XBR-65X900A」、55型の「XBR-55X900A」、そして型番不明の新型VAIOシリーズが展示されていたが、ブラビアとVAIOは同じ「TRILUMINOS Display」ブランドの製品であっても色再現性能は違うというわけだ。
なお、ソニー側の説明ではノートPCなどの携帯機器の「TRILUMINOS Display」は「TRILUMINOS Displa for Mobile」という"サブサブ"ブランドになるという。
この復活版TRILUMINOS Displayとは一体、どんなものなのか…と言うことが気になってくるわけだが、ソニーからの詳細な説明はないものの、結論だけははっきりしている。それは「赤(R),緑(G),青(B)の独立色LEDをバックライトに採用したものではない」ということだ。つまり、オリジナルTRILUMINOSとは異なるということである。
では、実際にどのようなものか。これについてはソニーが開示した公式情報と、筆者が取材した上での推論を交えて解説することにしたい。
まず、TRILUMINOS Displayで用いるLEDバックライトは通常の白色LEDだ。
白色LEDは、ご存じのように青色LEDに青の補色の黄色の蛍光体を組み合わせて白色に調色して発光させている。このため、青のスペクトル成分が強く、赤と緑の成分が弱い。
そこで、TRILUMINOS Displayでは、白色LEDの出力光に対して量子ドット技術を用いた樹脂製の光学パーツを組み合わせることで緑、赤の純度を強調し、RGBの純色光量バランスを整えてから液晶パネルへと導くようにしている。
この光学パーツを開発したのが米QD Visionだ。
量子ドット(Quantum Dots)とは、ナノスケールの半導体結晶からなるマテリアルで、入射してきた光を別の波長(色)の光に変換する量子力学レベルの現象を引き起こさせることを実現する。光学特性はその半導体化合物結晶の分子構造や粒径に依存し、QD Vision社のような物性化学メーカーは日々、新しい特性を生み出すためのレシピを研究している。
今回ソニーがTRILUMINOS Displayに採用したのは米QD Vision社が開発した「Color IQ」と呼ばれる量子ドット技術で、主にカドミウム(Cd)とセレン(Se)の化合物でできた結晶を用いている。
機能だけに着目して簡単に言うと「白色LEDの出力白色光をRGBバランスの取れた純白色に変換する拡散・導光部材」のようなイメージだろうか。
現在は、白色LEDと量子ドット光学部材は別体パーツとして組み合わされているが、将来的には、そうした量子ドット技術をLEDの素子成形段階で組み入れていく研究も進められている。なお、英NANOCOなど、台頭しつつある量子ドット技術メーカーは他にもあり、韓国系や台湾系パネルメーカーなどとの協業も進められているという。近未来的には有機ELの画素セルに量子ドット技術を組み入れていく研究も進められているというから楽しみだ。
少々話が脱線したが、今後、白色LEDバックライトでも、RGB-LED並の広色域特性を有した液晶パネルが続々と出てくるだろうということだ。TRILUMINOS Displayはまさにその先駆者的な存在だといえよう。
なお、ソニーによれば今回のCESで発表されたTRILUMINOS Display対応の液晶テレビBRAVIAの「XBR-65X900A」、「XBR-55X900A」ではBT.709(sRGB)カバー率は100%以上だとのこと(詳細値は追って発表の予定らしい)。QD Vision側が公開している資料に当たると「NTSC色域カバー率約130%以上」となっているのでそれに近い値となるはずだ。
TRILUMINOSを復活させたソニーの思惑(2)~TRILUMINOS Colorに見るx.v.Color復権のシナリオ
復活版TRILUMINOS、もう一つのサブブランド「TRILUMINOS Color」は、映像コンテンツに記録される色情報や再生機器側が出力する色情報を広色域で行なうというブランディングに相当する。
簡単に言うと「TRILUMINOS Color」印で撮影した映像コンテンツを、「TRILUMINOS Color」印で再生し、これを「TRILUMINOS Display」印のテレビで表示すれば正しい広色域映像が楽しめる…というのが、ソニー側の思い描くトータルなTRILUMINOSブランドイメージになる。
これまでの「広色域」技術は、従来のsRGB色域範囲で撮影、あるいは制作された映像コンテンツを、テレビメーカー側の推測やノウハウに基づいて推測して広色域に拡大して表示するものだった。なので「彩度は高くて鮮烈だが、リアルではない」という評価が下されがちだったのだが、今回のTRILUMINOS Colorでは、現実世界の色域を出来るだけ過不足なく記録して、これを正確にディスプレイ(テレビ)でも表示しようというコンセプトによるものなのだ。
しかし、こうした壮大なプロジェクトをソニー1社でやって大丈夫なのか…という心配もある。
実は、心配は無用だ。
このTRILUMINOS Colorは、データフォーマット的にはなんのことはない業界標準の広色域規格「x.v.Color」(xvYCC)のことなのだ。なお、x.v.ColorおよびxvYCCについての詳細は本誌の別記事の方を参照して欲しい。噛み砕いて換言すれば、「TRILUMINOS Color」とは、x.v.Color生みの親であるソニーによる再ブランディングプロジェクトといえるかもしれない。
ところで、REGZAシリーズを提供する東芝など、既に一部のメーカーなどは、結構前からx.v.Colorへの対応を取りやめており、x.v.Color対応を重要視しなくなっている風潮が業界に漂い始めている。ここまでx.v.Colorが衰退してしまった理由の1つにはx.v.Colorのセルソフトがなかったということが挙げられるだろう。
これについてもソニーは、2013年から思い切ったソフト戦略を進めることで対策していく。それがTRILUMINOS Color(x.v.Color)対応のBlu-rayソフト製品の提供だ。
ソニーでは、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント制作の映画作品を中心に、2013年の春から「mastered in 4K with expanded color」印のBlu-rayソフトを提供していくが、これの「~with expanded color」の部分がTRILUMINOS Color対応を意味するのである。なお、前半の「mastered in 4K」は「映像制作を4Kで行なった」ことを意味しているが、Blu-ray Discに記録される映像の解像度はMAXフルHD(1080p)の映像であり、4Kリアル記録ではない。あくまで現行Blu-ray規格内のソフトであり、4K化はソニーの超解像技術「4K X-Reality PRO」で行なうというスタンスである。
さて、このTRILUMINOS ColorベースのBlu-rayソフトは、TRILUMINOS Color印のBlu-ray機器を使って再生し、TRILUMINOS Displayに映して試聴することで「彩度をただ上げただけではない」「リアルな広色域映像体験」が楽しめる…というのがソニーのTRILUMINOSブランドの囲い込み戦略なワケだが、ソニー機器だけで組み合わせなければこのソフトは楽しめないのだろうか。
ソニーの公式見解ではないが、基本的には、他社製品であってもx.v.Color対応機器で再生し、x.v.Color対応映像機器で表示すればTRILUMINOS Color印のBlu-rayソフトはちゃんと狙い通りの再生を行なってくれるはずだ。
そういえば、ソニー製品にはTRILUMINOS Colorブランド発足前の超有名なx.v.Color対応Blu-ray再生機器として「PlayStation3」(PS3)があるわけだが、PS3でもTRILUMINOS ColorベースのBlu-rayソフトは正しく再生出来るのだろうか。これについてもあるソニー関係者は「問題ないはず」と述べていた。期待して待っていたい。
「旧ブランドの復活」という戦略が、思わぬ混乱を呼んだ「TRILUMINOS」だが、まとめると「TRILUMINOS Displayは白色LEDバックライトベースの広色域映像機器ブランド」「TRILUMINOS Colorはx.v.Colorのソニー主導の再ブランディング」と捉えると分かりやすいのではないだろうか。