【新製品レビュー】

非圧縮無線伝送、TDKのKleer対応ヘッドフォンを試す

-「TH-WR700」。安定通信と高音質でBluetooth差別化


3月1日発売

標準価格:オープンプライス

実売価格:17,800円前後

実売6,000円ながら、布巻ケーブルやフォームイヤーチップなどを採用したカナル型「TH-EB900」
 2009年末に、実売6,000円のカナル型イヤフォン「TH-EB900」をリリースし、AV機器のイヤフォン/ヘッドフォン展開もスタートさせた、イメーションの「TDK Life on Record」ブランド。

 イヤフォン/ヘッドフォンの第2弾として3月1日に発売されるのが、高音質なワイヤレス伝送が可能なKleer技術を使ったヘッドフォン「TH-WR700」(オープンプライス/実売17,800円)だ。

 ワイヤレス伝送と聞くとBluetoothがお馴染みだが、SBC(SubBand Codec)で圧縮して送信する事が多いBluetoothに対して、Kleerは非圧縮で無線伝送を行なうことで、より高音質な再生が行えるという技術だ。

 Kleerを採用した製品は、日本ではあまり多くなく、以前にレビューしたゼンハイザージャパンの「MX W1」(オープンプライス/実売5万円前後)や、韓国DigiFiのワイヤレスイヤフォン「Opera S1+」(直販12,600円)などが代表的だ。


ゼンハイザージャパンの「MX W1」韓国DigiFiのワイヤレスイヤフォン「Opera S1+」

 「MX W1」は特異な形状だが、耳穴に挿入する形状的にはインナーイヤフォン。「Opera S1+」は、受信機からカナル型(耳栓型)イヤフォンが伸びているような構成になっている。「TH-WR700」はオーバーヘッド型のKleer対応製品として珍しく、また、実売17,800円と、「MX W1」と比べて購入しやすい注目モデルとなっている。


■ Kleerとは

 Bluetoothと比べてまだまだ知名度が低いため、「MX W1」のレビュー時にも記載したが、簡単にKleer技術をおさらいしておこう。米Kleerが開発した技術で、2.4GHz帯を使い、16bit/44kHzの音声を非圧縮で伝送できるのが特徴だ。

 3MHz以下の占有周波数帯域で伝送を行なうため(Bluetoothは1MHz×20)、他の機器による電波障害を抑え、音飛びやノイズが発生しにくいのも特徴。消費電力もBluetoothの約1/5~1/10と少なく、長時間再生や必要バッテリ容量低減による機器の小型化などが図れるという。

 TH-WR700の場合は、受信機を内蔵したヘッドフォンと、送信ユニットに各2個の単4電池を使用。両方にアルカリ電池を使った場合、最大40時間の連続再生を可能にしている。乾電池なので、屋外で無くなった際にコンビニなどで調達できるのが便利だ。詳細は後述するが、未使用状態が約5分続くと電源がOFFになる機能も装備している。伝送範囲は約10m。木材やガラスなどの障壁間通信もできる。

 なお、既報の通り、同技術を開発した米Kleerは、情報家電や自動車などの半導体を手掛ける米Standard Microsystems(SMSC)に買収された。同社は自動車内のデジタルオーディオ/ビデオなどを制御情報とともに転送できるという「MOST」(Media Oriented Systems Transport)を欧州やアジアで展開しており、今後は車載機器でもKleerが活用されていくかもしれない。


■ 質感の高い本体

 製品に戻り、本体を見ていこう。グレーとブラックを基調とした落ち着きのあるデザインで、ハウジングの表面はつや消し。アーム部分はプラスチック感が強いが、ヘッドパッドの手触りや良く、全体的に高級感がある。蝶番の部分に埋められたヘアライン仕上げのパーツがデザインアクセントだ。

 送信機のサイズは36×53×20mm(縦×横×厚さ)で、若干厚みがあり、イメージとしては消しゴムぐらいのサイズだ。入力用のステレオミニプラグが本体から直接伸びている。筐体表面はゴムで覆われている。三角のパーツが電源ボタンで、ボタンはこの1つしかない。

もちろん接続ケーブルは無いハウジングは平らに折りたたみ可能送信ユニット。ステレオミニの接続端子が直接出ている

 送信機を直接プレーヤーのイヤフォン出力に接続できるほか、接続しにくい場合や、バランスが悪い場合には、付属の接続用の延長ケーブルが使用できる。延長ケーブルを介して接続する場合は送信機がブラブラしがちなので、ゴムバンドでプレーヤーに密着させておくと良いだろう。送信機がゴムで覆われていたのは、プレーヤーのボディを傷つけないためだ。

右ハウジングに電源とボリュームボタンを備えているボリュームボタン。プラスとマイナスが離れているため、手探りでも容易に操作できる左ハウジングのプレートを外すと単4電池2個が現れる
こちらは送信機のカバーを外したところ。こちらも単4電池2個で動作送信機をiPod nanoに装着したところケース形状によっては、ケース装着状態のiPhone 3GSに送信機を接続する事も可能
付属の接続ケーブルを介する事もできるゴムバンドでまとめたところ送信機の筐体がゴムに包まれているため、プレーヤーに傷をつけない

ヘッドフォンと送信機が同期しているところ。電源ボタンがどちらも5秒ごとに点滅する
 使い方は簡単。電源/リンクボタンが右ハウジングにあり、電源を投入すると赤く点滅する。その状態で送信側の電源もONにすると、出荷時に既にペアリングは済んでいるため、自動的に同期し、音が出る。同期中は、両方のランプが5秒ごとに点滅する。

 終了する場合は、ヘッドフォン本体、もしくは送信機の電源ボタンを長押しするとOFFになる。両方を手動でOFFにしても良いが、片方の電源が切れると、もう片方の電源は1分後に切れる。そのため、例えばプレーヤーと送信機をカバンの中に入れっぱなしにしたままで、ヘッドフォンを頭から外しがてら電源をOFFにすれば、送信機は勝手に電源OFFになるため、触らなくて良いという便利さがある。ただ、プレーヤーの再生は停止しないといけないのだが……。

 また、送信機も接続している機器から5~7分間信号が入らないと、自動的に電源がOFFになり、その後にヘッドフォンもOFFになる。そのため、最低でもプレーヤーの再生を止めておけば、「ヘッドフォン/送信機共に電源を切り忘れて、電池が無くなってしまった」という事態が防げる。

 ボリュームも右ハウジングに装備。電源ボタンを1度押すとミュートされるのも便利だ。面白い機能として、1台の送信機に対し、同時に最大4台までのヘッドフォンを同期する事ができる。送信機と、追加したいヘッドフォンの電源ボタンを、点滅が早くなるまで両方押し続け、同期モード(5秒ごとの点滅)になるまで待ち、その上でオリジナルで同期されたヘッドフォンの電源をONにすると、こちらの電源ランプも同じように点滅。2台のヘッドフォンから音が出るようになる。旅行先など、複数の人が同じ音楽を楽しむという使い方も可能だ。


■ 屋外利用でも快適な音質

ハウジング部。側圧は強めだが、肉厚なイヤーパッドがそれを緩和している
装着イメージ。耳にかぶさるのではなく、サイズ的に耳を押さえるような形になるため、メガネをかけている人は注意が必要
 音質の前に遮音性をチェック。ハウジングは耳を覆うほどの大きさはなく、耳のせ型に近い。しかし、側圧が強いため、意外なほど遮音性がある。屋外でも、あまり大きな音を出さずに楽曲の内容が聴き取れる。

 付随して音漏れも少ない。静かな編集部で、外の音が聞こえなくなるほどの音量でロックを再生しても、隣の席の人間に音漏れが届かない。この性能ならば、走行中の電車で隣に座っている人にも迷惑がかからないだろう。ホールド性も高く、小走りした程度ではズレもなく、安心感がある。

 ただ、1点気になったのは、側圧が強いため、私のようにメガネをかけていると、頭と耳の間にメガネの“つる”があるため、耳の裏で“つる”をプレスする形になり、30分くらい使用していると痛くなってくる。小ハウジングのポータブルヘッドフォンには総じてこの傾向があるが、TH-WR700はその中でも強めなので、メガネを掛けている人は事前に装着感をチエックする事をオススメする。

 ユニットはダイナミック型の34mm径。コンパクトなので低音にそれほど期待せずに試聴を開始したが、JAZZ「Kenny Barron Trio/Fragile」のアコースティックベースが、「ヴォーン」という低音のカタマリになって吹き出してきて驚かされた。流石に、低音の中の弦の動きは甘く、解像度は低いが、低音そのものの量感や沈み込みの迫力は、このサイズからは想像できないレベルである。

 もう1つ好印象なのが、低音のボリュームが豊かにも関わらず、つられて高域が歪んだり、付帯音がまとわりついたりせず、低音の海の中から気持ちよく突き抜けてくれる点だ。前述の「Fragile」でも、低音が膨らむシーンで、シンバルのハイハットが負けじと主張し、低域と高域の両方をしっかり味わう事ができる。


ヘッドパッドは肌触りも良く、長時間着けていても頭頂部が痛くなる事はなかった
 ロックが合いそうなのでパンクロックの「Sum 41/noReason」を再生すると、ドラムの乱打とソリッドなエレキギターによる疾走感のある音が、輪郭鮮やかに、メリハリのある音で描かれる。悪く言うと“ドンシャリ”系の音作りだが、低音がしっかり主張しつつ、高域も突き抜けるため、安定感がある。ロックやポップスなどに向く音作りだ。

 ただ、テンポや音数で誤魔化しがきかない、小編成の女性ヴォーカルなどでは気になる点も出てくる。「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生すると、ヴォーカルの艶っぽさが無く、お腹から出した低い音が出にくい。反面、サ行など高音が耳につく。伴奏のアコースティックギターも、弦の直接音は良く聴こえるが、ギターの筐体の芳醇な反響音は乏しい。アコースティックベースが入ると、低音が押し寄せてくるので気にならなくなるが、再生音のバランスとして中域が弱いと言えるだろう。また、音場の狭さも、ハウジングのサイズ的には致し方ないところだ。

 ただ、静かな室内で試聴していると上記のように感じるが、屋外の道路脇を歩いている時や電車内などでは、ドンシャリ気味のバランスの方が聴き取りやすい事が多い。ハウジングやユニットサイズを考慮すると、ポータブルヘッドフォンとしてうまくまとめた音作りと言えそうだ。

 気になるのは、“Kleerで伝送する事での、音質への影響”だが、「TH-WR700」が有線接続に対応しておらず、“非Kleerの音”を聴くことができないので、比較試聴はできない。ただ、質の悪いBluetoothのSBC圧縮にありがちな、高域がシャラシャラしたり、音薄く感じられるような事は無く、無線である事を忘れさせる再生音を実現している。

 通信の安定度も良好。上着のポケットに送信機とプレーヤーを入れたまま試用していたが、会社を出て、電車に乗り降りし、帰宅するまで一度も途切れない。混雑する電車内でも問題ないようだ。iPhone 3GSに接続ケーブルを介して接続した状態で、手のひらで送信機を覆い隠しながらiPhoneを操作しても、音が途切れる事は無かった。


■ さらなるこだわりモデルを

付属のキャリングポーチに収納しているところ。ケーブルが無い事でのとり回しの良さが最大の魅力とも言える

 今回の「TH-WR700」や、カナル型の「TH-EB900」は、米国(イメーションの本社は米国)が主体となって企画/開発したものとの事だが、Kleer採用製品が少ない日本市場において、「TH-WR700」はワイヤレスポータブルヘッドフォンとして注目度の高いモデルと言える。

 Bluetoothと比べるとKleerの知名度はまだ低いが、伝送の安定度や音質の面で、Bluetoothに不満を感じている場合、買い換えを検討する価値は大いにあるだろう。難点はBluetoothのAVRCPのようなリモコン機能が無く、ヘッドフォン側からプレーヤーを操作できないという利便性の低さだ。製品選びの際は、“利便性&対応製品の多さ”と“安定度&音質”のどちらに重きを置くか? が、重要になるだろう。

 「TH-WR700」自体は、ゼンハイザーの「MX W1」(実売5万円前後)と比べ、手頃な価格でKleerの良さを体験できる、完成度の高いヘッドフォンに仕上がっている。音質的にはコンパクトなポータブルヘッドフォンなので、いわゆるピュアオーディオライクな再生音とは傾向が違うが、メリハリの効いた音は多くの人に受け入れられやすいだろう。ケーブルレスのとり回しの良さ、音が途切れない事、圧縮によるアラの無い再生音など、使っていてとにかくストレスが無く、気持ちの良い製品だ。

 欲を言えば有線接続対応や、送信機の小型化などを望みたいところ。また、音質にこだわるユーザーに響くKleerだからこそ、例えば送信機をiPodのDock接続に対応させ、iPodのボリューム回路をスルーした、より高音質な音を伝送できるモデルや、ヘッドフォン部をより高音質にした高級/大型モデルなど、音質へのさらなるこだわりを期待したい。

 いずれもマニアックな要望ではあるが、Bluetoothの“操作性”に対抗する最大のアドバンテージは“音質”であり、その利点を伸ばしていく事が、Kleer普及拡大には欠かせないだろう。



(2010年 2月 25日)