“イヤーピース無し”の新構造。約3千円の挑戦価格
-ファイナルオーディオ「PIANO FORTE II」を聴く
ヘッドフォンアンプと組み合わせた、ファイナルオーディオ「PIANO FORTE II」 |
カナル型(耳栓型)イヤフォンが高音質イヤフォンの代名詞になって久しく、今では1万円以上の高級モデルはほとんどカナル型という状況。低価格帯にもそのトレンドは浸透し、女性向けのカラフルモデルも含め、イヤフォン売り場をカナル型が大多数を占めている。
カナル型の最大の魅力は遮音性の高さと、それに伴う再生音の聞き取りやすさ、そして耳穴との密閉度が高いことで低音の再生が得意な点が挙げられるだろう。その反面、耳栓をしているのと同じであるため、閉塞感が強かったり、音場に広がりが出にくかったりなど、弱点も存在する。
そんなカナル型一辺倒の市場に、斬新な機種が登場した。20万円近い金属削り出しの超高級イヤフォン「FI-DC1601SC」から、最近では1万円台の購入しやすいモデルまで、幅広く手掛けるファイナルオーディオが、実売3,280円という思い切った低価格で投入した“イヤーピースの無いイヤフォン”こと「PIANO FORTE II」(FI-DC1550M1)だ。
新たな発想で市場に風穴を開ける一台になるのか? さっそく使ってみた。
■独特の形状のPIANO FORTE II
「PIANO FORTE II」の特徴はその形状にある。カナル型のようにハウジングからノズルが飛び出ているが、ノズル部分が通常のカナル型よりは短く、イヤーピースもついていない。
フォルムは全体的に丸みを帯びており、ノズル側も膨らんでいるのが特徴。指でつまむと豆のような印象を受ける。ハウジングの膨らみから、大口径ユニットを採用していることが想像できるが、実際に15.5mmの大型ユニットを採用している。
カナル型ばかり使っていると、「イヤーピースを耳奥に挿入しないと、イヤフォンを固定できないのでは?」という気がするが、冷静に考えればインナーイヤー型は、イヤーピースもノズルも無いのに固定できているわけで、装着してみると、拍子抜けするほどすんなりホールドできる。
Blue(ブラック×ブルー)モデル | Shureのカナル型「SE315」と並べたところ。ノズルが細く、短いことがわかる | Shureのカナル型「SE315」と並べたところ。ノズルが細く、短いことがわかる |
装着したところ |
秘密はやはり形状にありそうだ。丸みのあるハウジングが耳穴手前の空間にスポッとハマり、予想外の安定感が得られる。ちょっとケーブルを引っ張った程度では抜けそうにない。
また、ノズルが耳穴に向かって伸びているのはわかるが、カナル型のように耳穴をシリコンなどに占領されている感覚は当然ながら無く、外の音も適度に聴こえてくる。閉塞感の無さが最大の特徴と言える。
“大きな円盤”を耳にシッカリ入れるようなインナーイヤー型と比べても、ハウジングが丸っこいため、装着しやすく、異物感や痛みも少ない。イヤーパッドも無いため、耳の中に綿を入れたようなゴソゴソした感覚も無い。
さらに、ハウジングの重量バランスも良い。カナル型の場合、ハウジングが小さいとイヤーピース側が重く、逆にハウジングが大きかったり金属だったりすると、ハウジング側が重くなり、外側に引っ張られるような力が働き、抜けやすさにも繋がる。
このイヤフォンの場合はユニットが内蔵されている中心部分が重く、バランスが良いため、長時間装着しても抜けてくる感覚が少ない。耳穴深くまで挿入するカナル型は、ホールドの強固さでは優っているかもしれないが、装着時の負担の少なさは「PIANO FORTE II」が優れており、個人的にはインナーイヤー型よりも有利だと感じる。
PIANO FORTE II | 上から見たところ。中央部分が内蔵ユニットのおかげで膨らんできるのがわかる | ノズルには角度がつけられている |
重量は約13g。金属筐体ではないので手にすると軽く、高級感は少ない。だが、カラーリングがBrown(ベージュ×ブラウン)、Blue(ブラック×ブルー)というシックなバリエーションなので、見た目に安っぽいとは感じない。特にベージュとブラウンを組み合わせたBrownモデルはイヤフォンではあまり見かけないカラーで面白い。
感度は108dB。インピーダンスは16Ω。ケーブルの長さは約1.2m。
左がBlue(ブラック×ブルー)、右がBrown(ベージュ×ブラウン)モデル | Brownモデル。イヤフォンでは珍しいカラーリングだ |
■カナルともインナーイヤーとも異なるサウンド
試聴のポータブルヘッドフォンアンプをiBasso Audio「D12 Hj」に変更した |
試聴は、ポータブル環境として「第6世代iPod nano」+「ALO AudioのDockケーブル」+「ポータブルヘッドフォンアンプのiBasso Audio D12 Hj」を使用。据え置き環境としては、Windows 7(64bit)のPCと、ラトックのヘッドフォンアンプ内蔵USBデジタルオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」を使用。再生ソフトは「foobar2000 v1.0.3」で、プラグインを追加し、ロスレスの音楽を中心にOSのカーネルミキサーをバイパスするWASAPIモードで24bit出力している。
なお、ポータブルヘッドフォンアンプを従来の「D2+ Hj Boa」から新フラッグシップの「D12 Hj」にアップグレードしている。筐体は若干大型化しているが、デュアルモノ・オペアンプ、デュアルDACを搭載したモデルで、全域の解像度、SN感、駆動力らが大幅に向上。バランスも極めてニュートラルな、使いやすいアンプに進化した。ただし、大型化により可搬性は若干のマイナスだ。
再生音で最も印象に残るのは“開放感”だ。装着しても周囲の音が適度に聴こえる事も合わせて、カナル型のような閉塞感が少なく、スッキリとして気分で音楽が楽しめる。屋外で聴いていると、日常世界にBGMが流れているような感覚が味わえる。
構造的に気になるのは低音の量だが、やはり密閉度が少ないため、全体的な音のバランスは高域寄りだ。カナル型と比べると低音の厚み、量感は薄い。しかし、15.5mmという大口径ユニットを採用する事で、それなりにアタックの強い、低い音は出ており、決してスカスカした音ではない。全体の音のバランスも悪くない。
音を聴きながら、ハウジングを指で押してみて気付いたが、頬とイヤフォンが平行になるように装着すると、耳穴とより密着し、密閉度がアップし、低音が豊かになる。つい、カナル型のようなつもりでノズルを耳穴に挿入するような形で押しこむと、本体が若干斜めになり、密閉度が下がって低音が抜けてしまってよろしくない。意識的に平行に装着すると良いだろう。耳穴にイヤフォンで“蓋をする”ようなイメージだ。
「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My love」を再生すると、清涼感のある音場が心地良く、価格以上の高品位な再生音が楽しめる。閉塞感が少なく、音場は広い。低域が誇張されていないため、ヴォーカルやギターの輪郭描写が細かく、丁寧だ。低域は過度な膨らみを削ぎ落したソリッドさが持ち味と言えるだろう。誇張表現を排除して音楽の大事な部分をストレートに出そうという姿勢は、低価格でも「ファイナルらしい音だ」と感じさせてくれる。派手さは無いが、“マニア受け”しそうな音である。
JAZZの「Kenny Barron Trio/Fragile」を再生すると、開放感があるため、JAZZっぽい“陰鬱さ”が薄れてフュージョンっぽく聴こえるのが面白い。カナル型と比べると量感は少ないが、それでもルーファス・リードの「ゴーン」と沈み込むアコースティックベースの“太さ”はわかる。ただ、音量を上げるとケニー・バロンのピアノに、イヤフォンのプラスチック筐体の鳴きが加わり、ピアノの中高域がプラスチックっぽい音になり、楽器が安っぽくなる。
音場が広いため、クラシックのスケールの大きなオーケストラの楽曲はよく合う。「展覧会の絵」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)から「バーバ・ヤーガの小屋」のような迫力のある曲を聴くと、イヤフォンとは思えないスペクタクル感だ。
ただ、価格が価格なので気になる点もある。JAZZの部分でも書いたがハウジングの付帯音で、ボリュームを上げていくと、中高域にプラスチックの「カンカン」、「コンコン」という固い音がまとわりつく。独自の形状を採用した事で広い音場は実現しており、スッキリとした音が出てはいるのだが、この付帯音のおかげで高域の抜けが今ひとつで、プラスチックの天井に頭を抑えられているような感覚だ。オーケストラでもボリュームを上げ過ぎると明瞭度が落ちる。適度なボリュームで再生するのが“良さ”を引き出すコツだ。
おそらくハウジングにアルミニウム合金やチタンなどをおごっていけば、このあたりの不満点が解消されていくのだろうが、それをやっていくと当然価格は上昇していく。ファイナルには既に高級モデルは沢山あるので、「PIANO FORTE II」はそこをグッとこらえて価格を抑え、“ファイナルの音”を多くの人に聴いてもらおうという戦略的なモデルに仕上がっているようだ。
■価格も魅力の1つ
カナル型が苦手という人や、既にカナル型の高級イヤフォンを持っている人にも新しいタイプのイヤフォンとして体験して欲しいサウンドだ。何より嬉しいのが、実売3,280円という気軽に試せる価格設定だろう。
今のイヤフォン市場は“低価格帯がダイナミック型”で、高級になるとアーマチュアユニットの内蔵数が増加していくような“体系”が出来上がっているが、そうした市場に“低価格でも新しい試みができる”という新風を吹き込む存在になりそうだ。
[AV Watch編集部山崎健太郎 ]