ファイナルの低価格アーマチュアイヤフォン2機種を聴く

-BAだけどBAっぽくないナチュラルさ。19,800円から


8月上旬より順次発売

標準価格:オープンプライス

 個性的なイヤフォンを多く展開しているファイナルオーディオデザイン事務所&エフ・アイ・ティ。クロム銅の削り出しを筐体に使った、実売20万円の「FI-DC1601SC」の印象が強いためか、高価な製品が中心のイメージがあるが、ABSを使った2万円程度のモデルなども展開する、幅広いランナップを揃えたメーカーだ。

 そんなファイナルのこだわりと言えば、ダイナミック型ユニット。市場では高価なイヤフォンと言えば、バランスドアーマチュアユニット(BA)が採用されたモデルが大半だが、同社はダイナミック型ならではの自然な再生音にこだわった製品開発を行なってきた。

4月に発売された、初のバランスドアーマチュアタイプ「FI-BA-SS」

 しかし、今年の4月に、同社初のBA採用のカナル型(耳栓型)「FI-BA-SS」が発売された。こだわりが強い同社だけあり、単純にBAユニットを採用するのではなく、様々な独自技術を投入。ステンレス製の筐体を採用した高級モデルとして登場し、ファイナルらしい自然な再生音を実現したモデルとして評価されている。しかし、実売が98,000円(標準価格はオープン)と、イヤフォンとしては高価なのが難点である。

 そんな中、8月から、「FI-BA-SS」の技術を取り入れた、より購入しやすい2モデルが登場する。価格はどちらもオープンプライスだが、真鍮削り出しの「heaven s」(FI-BA-SB)が8月中旬発売で、実売29,800円前後。アルミ削り出しの「heaven a」(FI-BA-A1)が8月上旬発売で、19,800円前後と、両機種とも大幅な低価格化を実現している。

 バランスドアーマチュアというトレンドを取り入れつつ、ファイナルらしい音も追求。なおかつ、購入しやすい価格と、三拍子揃った要注目の2機種。BA最上位の 「FI-BA-SS」も交えながら、その音質を体験してみたい。



■ あえてシングルユニットを選択

左からアルミ削り出しの「heaven a」(FI-BA-A1)、真鍮削り出しの「heaven s」(FI-BA-SB)

 1つのユニットで再生できる帯域が狭いため、BAタイプのイヤフォンは高価なモデルになると2ウェイ、3ウェイとマルチウェイ化していく。例えば先日登場したShure「SE535」は2ウェイで、ダブルウーファ仕様の3ユニット内蔵。耳型をとって作るハイエンドなカスタムインイヤーモニターには、6個もユニットを搭載したものもある。

 だが、ファイナルのイヤフォンは最上位のFI-BA-SSも含めて、シングル、つまり1基のBAを採用している。

 マルチウェイ化するためには、当然ネットワークが必要になるのだが、ファイナルではネットワークが入る事で発生する位相などの諸問題による音質低下を重視。あえてネットワークを使わなくて済む、1基の使用にこだわっている。

 だが、単純にシングルユニットを入れただけでは、当然帯域が狭く、特に低音が弱い、スカスカした音になってしまう。そこでファイナルではBAユニット自体に穴を開けるなど独自仕様のユニットにカスタム。さらに、BAM(Balancing Air Movement)と呼ばれる、筐体内部の空気の流れを最適化する独自の機構も採用。これらを組み合わせることで、BAの繊細な表現を維持したまま、量感のある低音を出す事も可能にしたという。

 この仕組みが同社BAイヤフォンの特徴であり、最上位のFI-BA-SSで採用され、今回の「heaven s」、「heaven a」にも投入されている。

 3機種の外観的な違いは、FI-BA-SSはステンレス製の筐体を採用。「heaven s」は真鍮削り出し、「heaven a」はアルミの削り出しとなっている。形状も異なり、流線型のFI-BA-SSに対し、「heaven s」と「heaven a」は若干太めのシンプルなデザインとなっている。ケーブル根元も異なり、FI-BA-SSではコレクトチャック機構を採用したパーツを根元に使ったオールステンレスとなっている。工程としては、ほぼ手作りというFI-BA-SSに対し、「heaven s」と「heaven a」は製造ラインで組み立てられる構造になっており、こうした工夫でコストダウンと低価格化を実現している。

アルミ削り出しの「heaven a」イヤーピースを外したところ
ハウジングの後ろに見える小さな穴がBAM開口部。空気の流れをコントロールするためのもので、スピーカーのバスレフポートのように、ここから音が漏れる事は無いケーブル。入力はステレオミニ

 「heaven s」と「heaven a」を比べると「heaven s」の方が光沢があり、高級感のある仕上げになっている。ハウジングは落ち着いたゴールドで、ケーブルやイヤーピースは濃い茶色というイヤフォンでは珍しいカラーリングだ。ケーブルの形状にも違いがあり、「heaven s」は幅がひろい、“きしめん”のようなフラットケーブルになっている。内部を通る線間を広くとる事で、各信号間の干渉を防ぐのが狙いだ。

真鍮削り出しの「heaven s」。写真は試作機であるため、ケーブルの仕上げなどは、製品版とは若干異なる背面。こちらにもBAM開口部があるイヤーピースを外したところ


■ さっそく試聴

 試聴には、屋外用としてiPhone 3GS/iPod nanoとDockケーブルで接続した、ポータブルヘッドフォンアンプiBasso Audio「D2+ Hj Boa」を使用。屋内での据え置きシステムとしては、Windows 7のPCと、ラトックのUSBデジタルオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」を組み合わせて使っている。

FI-BA-SS

 まずはハイエンド、実売98,000円前後の「FI-BA-SS」から聴いてみる。「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生すると、清涼感のある広大な音場が広がり、個々の音像がしっかり距離を離して定位する。

 驚かされるのはシングルユニットとは思えない、量感のあるアコースティックベースの描写だ。シングルのアーマチュアは、低音が薄く、高域寄りの音になりがちだが、その印象と覆されるバランスの良い再生音。なおかつ、低域の解像感が高く、中高域の張り出しの強さなど、アーマチュアの良さもしっかりと感じさせてくれる。

 ハウジングの付帯音が少なく、音に雑味が無く、非常に鮮度の高い音がする。同時に、音が消える際の描写に注目すると、音場の広さに驚かされる。「ここまで広がっている」と明確に意識できないほど広く、どこまでも音の波紋が広がる。なおかつ、定位も良いため、音楽を聴きながら、静かな店舗に入り、曲の再生が始まると、一瞬店内のBGMの音が聴こえてきたのかと錯覚する。

 頭内定位による閉塞感が少なく、それゆえ聞き疲れもしにくい。ステンレスハウジング固有の音も無いわけではないと思うが、その付帯音が個々の再生音にほとんど影響を与えていない。“色付けのない、ストレートな音”という印象に尽きる。



heaven a

 次に、一番低価格なアルミ削り出しの「heaven a」に交換。「FI-BA-SS」と比べると、低域の量感や張り出しは若干減り、「山下達郎/アトムの子」の冒頭、グイングインとうねっていた低域が大人しくなり、高域のシンバルに注意が集まるようになる。しかし、低音の絶対的な量としてはシングルBAとは思えないほど豊かで、全体のバランスは極めて良好。低域の解像感も高く、“ファイナルならではのBAサウンド”がこの価格で楽しめるのは嬉しい。

 「藤田恵美/Best of My Love」の音の広がりも広大だ。だが、厳密に聴いてみると、冒頭のアコースティックギターの音が消え去る際に、透明の枠がはめられたように、音が広がる範囲が狭い事がわかる。また、ギターやヴォーカルの音に、かすかではあるがアルミハウジングの硬質な音が乗っているのを感じる。ただし、清涼感のある響きなので、嫌味は無い。ただ、コンコンという硬質な音なので、アコースティックギターやベースの筐体から出る木のぬくもり、しなやかな中域と組み合わせると、楽器の音が固く聴こえる傾向にある。

 だが、音場の奥行きの広さや、個々の楽器の定位の良さ、音像の間の静けさなど、確かな描写力は最上位モデルの良さをキッチリ受け継いでいる事がわかる。非常に真面目に作られたイヤフォンという印象で、好感が持てる。エージングがさらに進み、しなやかさが増せば、さらに良いバランスになっていくだろう。「低域の張り出しや主張はほどほどでいいので、バランスよく音楽を楽しみたい」という人はオススメできる。個性を主張するタイプではないので、幅広い人に聴いて欲しいモデルだ。



heaven s

 次に真鍮削り出しの「heaven s」(FI-BA-SB)に変更。「上位モデルなのでFI-BA-SSの音に近づくのかな?」と予想していたが、意外にもアルミ製「heaven a」よりも低音の量感は少ない。「アトムの子」では、グイングインとうねる低音は見えなくなり、シャンシャンというタンバリンの音が虚空に浮かび、鋭い高音が広い音場に広がっていく。

 低音の量が減ったので、取り替えた瞬間は素っ気無く聴こえる。だが、音場の広さに注意してみると、「heaven a」にあった“透明な枠”が無くなり、音が果てしなく広がっていくのがわかる。この感覚は最上位の「FI-BA-SS」と同じだ。

 さらに興味深いのは、低域の量感が減ったにも関わらず、“音が安っぽく聴こえない”事だ。「Best of My Love」を聴くと、「heaven a」と比べてハウジングの付帯音が減り、ソースの音がダイレクトに伝わるようになるため、ヴォーカルやギターの音が本物に近づき、生々しくなる。

 さらに1分過ぎにアコースティッベースが入ると驚いた。前述のように、「heaven a」よりも量感は減るのだが、「グォーン」と沈み込む最低音はとても深く、芯の通った硬い低音が頭に響いてくる。

 低音のドライブが力強いiBassoの「D2+ Hj Boa」でドライブすると、より低音が太いラインで描写される。試しにプレーヤー側のイコライザでBASSを増強し、Kenny Barron Trio「The Moment」から「Fragile」を再生すると、ルーファスリードのアコースティックベースが地響きのように深い低音で描写される。低音が少ないイヤフォンと思いきや、“出ない”のではなく“あえて控えめに”したバランスなのだろう。

 中低域が張り出さないので“高域寄りか”と思い込むと騙される。本当に低い音を何気ないそぶりで出して音楽を支えるイメージ。マクロスF「娘(ニャン)たま」から「ライオン」を再生すると、抜けの良い高音や、広い音場に気を取られるが、エレキベースの低音ラインが明瞭に描写され、音楽に安定感を与えている。

 また、中低域の主張が控えめであるため、全域に渡って音の動きがよく見える。細かい音ものがさない、分析的な傾向もあるサウンドで、ある意味3機種の中で最も“バランスドアーマチュアっぽい音”とも言える。聴く曲によって、新しい発見や驚きのあるサウンドだ。エージングをさらにすすめると低音の主張も強くなっていきそうだ。



■ まとめ

 3機種に共通して言えるのは、鮮度が高く、情報量の多いサウンドを、BAらしい高解像度で再生しつつ、自然で繋がりの良い低音も楽しめるという特徴だ。解像感とワイドレンジの両立は、マルチウェイのBAイヤフォンでも体験できるが、各帯域が主張する事でバランスを成り立たせるマルチウェイと比べ、ファイナルのイヤフォンはシングルならではの、高域から低域までの繋がりの良い自然なサウンドが楽しめる。

 この“自然な音の繋がり”は、BAイヤフォンに対する、ダイナミック型イヤフォンの利点そのものであり、これまでダイナミック型にこだわってイヤフォンを展開してきたファイナルらしいこだわりとも言える。マルチウェイのBAイヤフォンが増えることで、“ユニットが増えたほうが高価で音が良いモデル”という印象を抱きがちになるが、そんな風潮に一石を投じる存在と言えるだろう。そうした意味でも、購入しやすい価格帯に展開する「heaven s」と「heaven a」は、多くの人に聴いてもらいたいモデルだ。


(2010年 7月 23日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]