西田宗千佳のRandomTracking

ソニー平井社長に聞く、成長へのギアシフト。ロボティクス、VR戦略の本質

 ソニー 代表執行役社長 兼 CEO、平井一夫氏への単独インタビューをお届けする。6月29日にソニーは経営方針説明会を開き、2015年から17年を「成長フェーズ」とすること、ロボティクス・AIへの注力やVR戦略などを説明した。今回のインタビューでは、経営方針説明会での内容を踏まえ、主にエレクトロニクス事業の今後について、より深い部分を聞いた。

ソニー平井一夫CEO

改革を完了し「ギアシフト」、好調の理由は「多様性」

--業績予測については非常に強気でした。15年度は好調でしたし、16年度もそれを維持する見通しです。現在の経営の状況、ここまで明るくなってきた背景を、改めてご説明ください。

平井社長(以下敬称略):就任4年目になりましたけれど、最初の3年間は会社をいろんな形で改革し、方向性を変えるんだ、ということでやってきました。

 次の中期計画の3年間のスタートは去年だったわけですが、ここからはいよいよギアシフト、ギアチェンジして実際に成長・利益を創出する方向です。

 ずっと苦しい中でやってきましたが、まずは、既存カテゴリーの、既存の商品を良くしていくこと。テレビは4Kになりましたし、デジタルイメージングもハイエンドにどんどんシフトさせています。ミラーレスやフルサイズセンサーの製品ですね。そして、「Lifespace UX」やSAP(筆者注:Seed Accelaration Program。ソニー内部での新規事業創出の試み。スマート腕時計であるwena wristやスマートリモコンのHUIS、スマートロックのQrioなどがここから事業化している)など、新しいものの種を蒔いて、それらがうまく咲き始めた、ということが、成長・利益のドライバーになっていると思います。

コンシューマエレクトロニクス復活

--ゲーム市場の行方に楽観的である人々でも、2014年の発表当時、PlayStation 4(PS4)がここまで大きな成功を収めるとは予想できなかったでしょう。ここまで伸びたことが、ソニーの好調を支えている部分がとても大きい。

平井:それはありますね。

--ゲームの貢献がソニーの事業にもたらした影響を教えてください。

平井:もちろんポジティブな影響をもたらしましたよ。逆に言うと、プレイステーションの好調がソニー全体の経営状況に対する貢献度が大きい、ということは、まさしく、ソニーがグループとしてビジネスのポートフォリオがいっぱいあり、それをうまくマネージできている、ということかと思います。キーワードでいえば「ダイバーシティ」、多様化しているので、ゲームが好調であれば助けてくれる。逆にPS3の頃は苦しんでいましたが、他のビジネスが支えてくれた。ポートフォリオマネジメント、多様化しているソニーグループの強みが出てきているひとつの象徴かと思います。

「ラスト・ワン・インチ」とはなにか

--エレクトロニクス事業についてうかがいます。このところの好調さ、これからの伸びについては、「製品の良さ」が重要です。そこでのキーワードが、昨日の説明会で出た「ラスト・ワン・インチ」かと思います。この言葉はどういう発想で生まれて、この言葉につながる商品群というのは、どういう領域と考えていらっしゃるでしょうか。

4年目の平井ソニーが掲げる「ラスト・ワン・インチ」とは?

平井:あらゆる生活の空間や場面で「ラスト・ワン・インチ」に照準を合わせていきましょう、ということです。

 ありとあらゆる情報をゲットしたり、あるいは発信したり、コンテンツを楽しむ際には、かならずネットワークのインフラが介在します。しかし最終的には(目の前の水のボトルを手にして)「手に持つ」、あるいは「操作する」「見る」とか、五感に関わるわけですよね。

あらゆる生活空間で五感に訴える製品づくり

 それをどう表現するか、実は悩んでいたんですが、この頃あまり使わないですが、昔流行った言葉に「ラストワンマイル」(注:通信業界において、インターネット接続の最後に顧客に関わる接点)がありますよね、そこで「ああ、ラスト・ワン・インチって言うとしっくり来るな」と思って、ミーティング中に「ラスト・ワン・インチなら皆カバーできるんじゃない?」と提案したんです。

 ワンインチ、ということになると「でもテレビはずっと離れて見るじゃないか」とか「ゲームもテレビでやるじゃないか」という話になるんですが……、でも、テレビって「リモコン」を使って操作しますよね? プレイステーションはコントローラーを使いますよね? また、コンテンツは脳を刺激するわけですから、ワンインチどころかマイナス何インチといえばいいのか……(笑)。

 さらに広げれば、ソニー生命でいえばライフプランナー。一対一で資料を出してお話するじゃないですか。これもそうです。直接の「関係」があります。

--顧客と非常に近い位置にいる商品群・サービス群を「ラスト・ワン・インチ」と定義するわけですね。

平井:ラスト・ワン・インチのパスを使い、感動を伝えて好奇心を刺激し続ける、というミッションやビジョンをお届けできれば……ということです。コンシューマエレクトロニクスは、ラストワインインチの一番わかりやすい例ですね。コンテンツを楽しむ時は人間の五感に触れるわけですから。

 もちろんそれだけでいい、ということではありません。「触れる」だけでは売りっぱなしの商品になってしまいます。よってそれをネットワークにつなぐであるとか、コンテンツを買っていただく、という形にして、リカーリング(循環型)のビジネスモデルにもっていかなければいけません。

--リカーリングという言葉を平井さんは多用されます。業界全体を見回しても、会員制もしくは月額料金制のようなビジネスモデル、長期的に顧客との関係を維持するモデルが成功しています。ソニーとしては、プレイステーション・ネットワークやカメラと交換レンズなどが挙げられますが、これから重要になる要素はどこだと考えていますか?

感動とリカーリング型ビジネスの追求

平井:ソニー生命もまさにリカーリング型ですよね。一度御加入いただいて関係を構築し、生涯のお付き合いをする。おっしゃるとおり、プレイステーションやレンズはリカーリングです。

 ソフト・コンテンツもリカーリングです。色々なソフト会社はありますが、コンテンツに対する人間の思い入れは、必ずリカーリングになりますから、ここも大事です。プレイステーションの中のネットワークサービスそのものもリカーリングです。

 説明会ではロボットの話をさせていただきましたが、今後、単体のロボットをお届けするということではなく、そこにリカーリング型のビジネスモデルを入れることによって、お客様にもバリューを提供し続けられる上に、ソニーとしてもお客様との関係を常にリフレッシュできる、というWin-Winの関係を作れることがポイントです。モノを作るだけでなく、それをどうやってビジネスモデルで支え、リカーリングに持っていくのか、ということも重要です。事業部の皆さんには、「そこをどうするのですか?」と常に宿題を出しています。

「ロボットビジネス」再参入発言の意味とは「AIへの本気度」に

--ロボットの件が出たので、その話に行きましょう。昨日の説明会をうけた報道の多くが、「ロボット事業への再参入」に関するものでした。

平井:みたいですね。やはりロボットはみなさんの琴線に触れる部分が多いのだな、と私も感心しているところです。

AI×ロボティクスで次なる成長を

-- 一方で「またロボットをやるなら、AIBOを止めなければ良かったのでは」という声も多く聞こえます。もちろん、ソニーの中にいまだ残る技術もあるでしょうが、ソニーのこれまでのやり方と、これからやろうとしている「AIとロボティクス」の関係を、整理して教えていただけますか?

平井:一番重要なのは、「ソニーはこの先 どこに向かうのですか? 改革の先はどうなるのですか? 」ということです。

 改革をする時は目先のことを考えなくてはいけませんから、焦点もそこになります。それがここまでギアシフトできましたから、「ではこれからどうするのか」を社内でも議論しましたし、取締役会のみなさんとも議論を重ねました。

 まずはコンシューマおよびプロフェッショナルの「エレクトロニクス」「エンタテインメント」「金融」の3つはこれからも柱ですね、ということ。

ソニーの3つの柱は不動

 しかしそこでエレクトロニクスにおいて、いままで通りのものを売っていればいい、ということではありません。それに加え、AI・センシングといった技術を加えて、まさしく「ラスト・ワン・インチ」に応えられるような新しいエレクトロニクスを作っていかなくてはいけません。

 そこで出てきたキーワードの一つが「ロボティクス」です。方向性を定めて、この4月に小さなセクションを作りました。「では具体的にどういうものをやるべきか」という議論をしていく中で、「外になにを求めなければならないか」ということを考え、Cogitaiという企業に資本参加することに決めたのです。アメリカで7月に行なわれる「国際人工知能会議」へのスポンサードを決めましたが、これは「ソニーが真剣に考えている」ことのアピールになりますし、人材獲得のためのメッセージにもなります。

 ここで若干の補足を入れておきたい。ソニーは5月18日、米カリフォルニアにあるAI関連のスタートアップ企業「Cogitai」に資本参加した。この企業は、いわゆる機械学習の中でもDeep Reinforcement Learningという手法で高い知見を持っている、とされており、その研究成果を製品へと生かすことを目的としている。

Cogitaiの技術や成果を新たなソニー製品へ

平井:とはいえ、「いま動き出した」というところです。みなさんなにか「来月には商品が出るのでは」というイメージをお持ちのようなのですが、そうではなく、方向性が決まったのでこれから布石を打っていきましょう、という段階です。まだセクションが発足して2カ月ですからね。スタートに立った、ということです。

--ずっと気になっていたことがあります。ソニーには「ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)」があり、世界的にもレベルの高いAIや認識の研究を行なっています。しかし、CSLでの成果は、顔認識やARなど一部の例を除くと、あまりソニー製品に反映してきたように見えない。この部分は変わるのでしょうか。どう融合するのですか?

平井:その方向性はもう見えています。なぜかというと、CSL、もっといえば北野さん(ソニーCSL所長・北野宏明博士)に、積極的にこのディスッカッションに参加していただいています。北野さんなりの、CSL的なビジョンも反映していただいています。北野さんはソニーらしくない、外部の方々とのコネクションも強くお持ちですので、「こういう人が面白いから紹介したい」とか「あの人は僕が直接行って話をしてくる」といった動きをしていただいています。この新しいソニーの方向づけの中での北野さんの関与度は、かなり高いです。

 それが厚木(R&D拠点の厚木テクノロジーセンター)の技術とどうつながるか、そこは、それこそ「ワンソニー」で当たらなければならない。いろんなところでソニーの持っている資産を組み合わせることで、ロボティクスやAIの技術が生かせる、と思っています。

VRは「まずゲーム特化」、コンテンツなどでの連携は1年以内に

--VRについて。ソニーのビジネスの中でも大きくなると私も期待しています。まずはPlayStation VR(PS VR)として、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)の中でやるものだ、とは了解しています。しかし、それがソニー全体でどう生きるのか。どう支援するのか。そこを短期と中長期的視点、両方で教えていただけますか。

PlayStation VRとPS4

平井:ソニーのVRのアプローチは「ゲーム」から入ろう、とずいぶん前から決まっていました。ですから、まずは「ゲーム」に集中し、リソースを割いて、そこでVRの市場を開拓してもらうことに、ソニーグループとしてウェイトをかけたんです。

 そしていよいよ10月に発売されるわけですが、そこからはコンテンツの製作であるとか撮影、編集などのバリューチェーンの中でソニーがなにをできるのか……ということになります。

 でもこれは「中長期」という話でもないですね。2、3年のスパンでどういうステージになっていくか、を計画しています。特にコンテンツは、ピクチャーズやミュージックも含め、すでにスタートしています。アメリカ ビジネスミーティングにも、ソニー・ピクチャーズやソニー・ミュージックの担当者も参加し、議論してきました。

 私がそこでポイントとして言ったのは、「VRが業界としていい形で発展したならば、すべてのバリューチェーンで、ソニーが持っている各セグメントのリンクにVRに対して価値を出せるようにすることで、ソニー全体で大きなビジネスになる」ということです。

 コンテンツでいえば、1年を待たずに色々出てくると思います。ソニー・ピクチャーズやソニー・ミュージックはコンテンツを提供する側ですから、もちろんPS VRエクスクルーシブもあるでしょうが、他社も含め「VR」全般へ、ということもあるでしょう。それがソフトメーカーとしての使命です。

 あとは、製作面でのツールとして、SIEからももちろんですが、ソニーからも色々出てくることになると思います。

「スタートアップ並のスピード」+「ソニー品質」を目指す

--エレクトロニクスを考えた時に、いまソニーがうまくいっているのは、「付加価値が高くてその分のバリューを払っていただける」領域かと思います。そうでない、新しい領域として期待している部分はどこになりますか?

平井:「Lifespace UX」のような、住空間を変えていくものですね。そこはすでに製品でご覧になった通りです。(スマート腕時計wena wristやスマートリモコンのHUISを産んだ)SAPでやっているような、ひとつひとつの規模は小さいけれど、これまでとはちょっと違った価値・感性を提供するような商品が、ソニーらしさを追求できるようなポイントかと思います。例えば「FES Watch」は機能的には腕時計ですけれど、デザインがどんどん変えられる捻りある商品です。新しいことにどんどん挑戦するソニーの象徴になっていきます。

FES Watch

 結局はこれも「ラスト・ワン・インチの体験をもっと面白くしようよ」ということに戻ってくるんですよね。感動をお届けして、商品をお届けして「これって面白いよね」と思っていただける。コンテンツもそうですけれど、エレクトロニクスもそうだ、ということですよね。

--昔はソニーのライバルといえば大手でした。しかしいまは、小さなメーカーもライバルになりうる。彼らはスピードを武器に勝負してきます。そうした様々なライバルとの競争には、やはりスピードも必要です。今回、「Sony Innovation Fund」という100億円規模のコーポレートベンチャーキャピタルを作りますが、それもその一環と理解しています。スピード感を重視するためにソニー内部で行なっていることはなんですか?

平井:結局SAPのもうひとつの目的は、社内のオペレーション改革であり意識改革なんです。SAPは商品をかなり速く出します。でも、それはソニーの「中」でやっているんです。やれば素早くできるんですよ。社内では「速く出せた」で終わりではなく、ノウハウ化した上で、いかにこれまでの事業部のものづくりに反映するか、を目的としています。

 スタートアップには動きの速い会社もありますが、ソニーの製造ノウハウや技術力が「速く回す」ところに追加できれば、小さくやっているところに比べても有利になります。だからこちらの商品の方がおもしろくなるね……という形になれば、と思っています。「いいとこどり」にしたい。実際、SAPではできていると思っていて、次はこれを大きいところへと広げる番です。

--今年の後半に向けて、「ラスト・ワン・インチ」を感じられるような製品は出てくる、と期待していいのでしょうか?

平井:それは商品の発表を待って評価していただきたい、とは思いますが(笑)。

 でも、VRはラスト・ワン・インチの典型ですよね。ものすごい没入感で。ラスト・ワン・インチの象徴的な商品です。この言葉が出てきたから急に、ということではなく、ずっと前から申し上げている「お客様に感動をお届けして好奇心を刺激する」ことが大事で、私が4年間やってきたソニーでも出していますし、これからもご期待いただければ、と思います。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41