西田宗千佳のRandomTracking

Apple Music 2.0が変える音楽体験。iOS 10、macOS Sierra世代の“ミュージック”

 先日のWWDCでも発表されたように、アップルは現在、秋の正式公開・7月のベータ版公開を目標に、iOSおよびmacOSの新バージョンを開発中だ。これらでは、特にiTunesをベースとした音楽関連機能が大幅に刷新される。ベータ版前の時期ではあるが、詳しい情報が得られたので、今回改めて解説したいと思う。

 ただし、現状iOS 10、tvOS、macOS Sierraについては「開発者向け公開」の段階で、画面などは一般に公開できない。そのため、写真はアップルから提供された1点を除き、すべてWWDCの基調講演である点をご了承いただきたい。

 なお、本記事ではアップル製品における「ミュージック」機能の変化を解説するが、iTunesはWindowsにも提供されているし、Apple MusicはAndroidにも提供されている。これらでの具体的な変化は不明だが、これまでの経緯から考えると、さほどタイムラグをおかず、アップル製品以外のプラットフォームにも、同様の思想での改良が加えられると予想される。なので、アップル製品以外を使っている方にもお読みいただければ幸いだ。

基本機能の「構成」を変更、使いやすさをアップ

 まず、以下の画像を比べていただきたい。現在のアップル製品の「ミュージック」機能と、秋以降での「ミュージック」である。色合いが違うのは「For You」でお勧めされている曲によるものだが、それよりも、画面下部の各機能の並びがまったく違うことに注目していただきたい。

現在の「ミュージック」機能。Apple Musicのお勧めが一番左にあり、「Connect」が目立つ位置にある
秋以降の新OS、iOS 10での「ミュージック」。シンプルなカラーになり、一番左は「ライブラリ」に。よく使う検索機能は下のバーへ。iPad版では再生コントローラーの「二段化」がなくなっていることにも注目
左から、macOS・iPad・iPhoneでのミュージック機能。どれも同じテイストに変更になる

 アップルは定額制音楽配信「Apple Music」のスタートに伴い、iOS 9、iTunes 12から、ミュージック機能を大幅に刷新している。だが、今年再び大幅刷新をすることになる。この理由についてアップル関係者は次のように説明している。

「人々のライブラリーの価値はさらに大きくなっているが、サブスクリプションサービスの体験は、もっともっと洗練されなければならない。『Apple Music 2.0』では、利用者がどこにいるのかをもっと明確にし、コンテンツの発見を促せるように改善・調整を加えた」

 そう。iOS 10世代でのミュージック機能は、実質的に「Apple Music 2.0」なのだ。Apple Musicは、1年目のサブスクリプションサービスとしては順調な成功を収めている。すでに全世界で1,500万人の有料会員がいて、その半分がアメリカ以外のユーザーだ。日本でも当初の想定以上の顧客を集められている、と聞いている。(もっともそれは、海外で強いサービスが日本市場参入を果たせておらず、ゼロベースでのスタートだったから、という側面はありそうだが)

 アップルの配信事業は、過去は「ハードウェアを魅力的にするためのもの」という側面が大きかった。しかし今や、アップルのサービス事業は1四半期で60億ドルを安定的に稼ぎ出し、年率20%との成長となっている。ハードウェアの販売数量が右肩上がりの青天井でない以上、この部分に期待するのも当然。そしてそのためには、「Apple Musicの統合で見通しが効かなくなった」とも言われるミュージック機能の改善が急務だった、ということだ。

「どの曲がダウンロード済み」か一目瞭然に

 さて、どう変わったかを細かく見ていこう。ここからはiPhone向けをベースに解説していくが、基本的な考え方は他プラットフォームでも変わらないはずだ。

 ミュージック機能では、基本的に機能を画面下部の「アイコン」から切り替えて使う。現在は「For You」「Now」「Radio」「Connect」「My Music」という並びだが、これは「Library」「For You」「Browse」「Radio」「Search」となる。ボタン数は同じだが、考え方がよりシンプルになる、といったところだろうか。

新しい「ミュージック」の機能を一覧。左から「Library」「For You」「Browse」「Radio」、そして再生中の画面

 まず「Library」。まさに「音楽ライブラリー」であり、今は「My Music」となっている部分だが、一番使うことが多い機能なので、(ある意味当然なのだが)一番左側へ移動する。

新しい「ミュージック」の機能を一覧。左から「Library」「For You」「Browse」「Radio」、そして再生中の画面

 そしてもっとも大きな変化は、ローカルストレージ内にある曲は「Downloaded Music」という項目からアクセスできるようになった、ということだ。現在は小さなアイコンでしか判別できず、ダウンロード済みの曲だけを再生するのも難しかったが、秋以降はより明確にわかるようになる。この点はアップルとしても最優先項目として対処した部分であるらしい。

iOS 9での「ダウンロード済み音楽」の印。これのある・なしだけでしか判別できず、ダウンロードした曲だけを見ることもできなかった
「Downloaded Music」からは、iPhoneのローカルストレージにある曲だけにアクセスできる。これなら迷わない
音楽再生中の歌詞表示はよりわかりやすく、見やすくなる

 また、これはミュージック機能全体にかかわるものだが、音楽再生中、「歌詞」を見たい場合には、そちらももちろん見れる。再生中の曲を引き上げるようにスワイプすればいい。これまでも歌詞には対応していたが、楽曲アートワークをタップすると、「歌詞がある場合には表示される」という感じであり、わかりにくい上に目立たなかった。ここで「カラオケ的な歌詞表示」にも対応してくれると面白いし、それがプレミアムになると思うが(実際、ウォークマンはそういう訴求をしている)、ワールドワイドで見れば、そこまで優先度は高くないのかも知れない。

発見機能の構成を変更、日常的な使いやすさを向上

Apple Musicの根幹である「大量のオンラインライブラリーからのお勧めによる楽曲発見」の軸は、現在と同様に「For You」が受け持つ。For Youは左端から隣に移るが、重要であることに変わりはない。

 For Youはアップルが作ったプレイリストを軸に楽曲をレコメンドしていく機能。これまではSNSのタイムラインのように、いまのお勧めのプレイリストが上から順に並んでいく構造だった。いつ見てもなにか新しいプレイリストがある、という観点ではこれも良かったのだが、逆に「この間聞いたあれが面白かった」という部分が生かせなかった。新しいFor Youでは、「最近再生中したもの」を提示するようになった他、曜日に応じて「月曜日のプレイリスト」といった風に、再発見を促すような構造に変わった。

新しいFor You。最近再生中したプレイリストを再度聞いたり、曜日ごとに「お勧めのプレイリスト」を提示したりと、ナビゲーションが大きく変わっている。

 「Browse」は、これまででいう「New」にあたり、新着楽曲を提示するものである。ただし、これまではあくまで「新着」にこだわっていたように見えたが、新しいBrowseでは、「店舗をぶらつきながら楽曲を発見する」ような流れに近い。トップチャートなどもより見やすくなった。

Newは「Browse」に変化。持つ役割そのものは変わらないが、より楽曲の発見を重視した構成になっている

 大きな変化として、これまでは独立していた「Connect」が、Browseの一要素になったことが挙げられる。Connectとは、アップルがApple Music・iTunes Musicストアを利用するアーティストに公開しているSNSのようなもので、ここからリスナーとコミュニケーションをとる、ということを狙っている。

 だが筆者の見る限り、この試みはあまり成功していないようだ。情報を更新するアーティストは非常に少なく、正直筆者もほとんど見ていない。不評であるため「新しいバージョンではなくなる」との噂もあったが、実際には無くなるのではなく、Browseの中にお引っ越しする形となっていた。楽曲発見機能、という意味では正しいし、ニーズが高い機能へ一等地を譲る、という意味でも正しい判断だ。今後Connectがどうなるかはわからないが、アーティストからの情報発信手段として価値を高めたいなら、なにか根本的な改善が必要だろう、と筆者は考える。

ConnectはBrowseの中へお引越し。ある意味一歩後退だ

 Connectの代わりに「一等地入り」したのがSearch、すなわち検索だ。やまほど楽曲があるサブスクリプションサービスの場合、レコメンドもいいが、やっぱり検索は利用頻度が高い。現在は画面右上に小さな「虫眼鏡」マークがあり、これが検索を意味していたが、毎日のように使う割に呼び出しづらい場所にあったし、わかりにくかったと筆者は考える。

 なお、ちょっとしたテクニックだが、検索機能では「楽曲名」「アルバム名」「アーティスト名」などを検索するもの、と思い込みがちだ。筆者はそう思っていた。だが、サブスクリプションでは「プレイリスト名」も検索対象になるので、「ワークアウト」「通勤」「ハッピー」など、シチュエーションや気分を表す単語でも検索できる。そういう使い方を促進する意味でも、Searchがわかりやすい位置に来るのはプラスだ。

「人力コンテンツキュレーション」がアップルの美点

 このように、全体の構成がよりシンプルでわかりやすい方向に変わる「Apple Music 2.0」だが、まったく変わらないところもある。

 それは「コンテンツを勧めるための方法論」だ。以前記事でお伝えしたように、Apple Musicにおけるプレイリストは、すべて音楽の目利きが手作りしている。これだけでなく、iTunes Storeの陳列やコーナーの構成、バナーによるプロモーションなどは、音楽も映画も電子書籍もアプリも、すべて、アップル社内 キュレーターによる「手作業」である。それだけの人材を雇用するコストも、日々の作業にかかるコストもかなり大きなものになるが、そうすることがコンテンツの発見を促し、ひいてはアップルの売り上げにつながる、と考えているからだ。

 オンラインコンテンツストアは、OSや機器と紐づく部分が大きいため、どうしても「どのプラットフォームを選ぶか」という議論になりがちだ。だが一方、コンテンツストアの本質は「安い」「買うのが楽」ということだけではなく、やはり「コンテンツが見つかるか」「そこで買って楽しいか」にもある、と筆者は考えている。iTunes Storeはプラットフォーム依存性で改善の余地がある、と筆者は思うが、一方で、「見ていて発見がある」という点では、他よりも有利な部分がある。そこは再評価されていい部分だ。

Apple TVはダークモードや家電連携も「音声操作」へ

 最後に、Apple TVについていくつか新情報も得られたのでお伝えしておこう。

 Apple TVも秋にOSが「tvOS 3」にバージョンアップし、機能改善が行なわれる。他のiOSプラットフォームではSiriを中心とした機能が行われている。しかしtvOSは、サードパーティアプリへの公開も含め、大きな改善は少ないようだ。テレビの音と音声が混ざり、誤動作するのを防ぐ目的から、いわゆる「ヘイ、Siri」機能も搭載されず、リモコンのボタンを押して使う点も変化はない。

 ただし、tvOS 3での変化点もある。例えば、家庭内機器をコントロールするHomeKitに対応するため、Siriで家電をコントロールできる。ホームシアターで空調や照明を連動制御するには良さそうだ。また、tvOS 3ではホームシアター向けに「ダークモードUI」が用意されるのだが、これも秋の正式版ではSiriからコントロールできるようになるという。(ただし、現状のベータ版では設定から 変更が必要)

 日本ではアメリカに比べVOD系アプリが少ない上で、サービスを横断的にまたぐコンテンツ検索への対応が弱く、Apple TVの本質的な良さが見えてきていない印象を受ける。だが、ぜひその辺も改善を続けてほしい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41