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10.5インチiPad Proレビュー。120Hzディスプレイで“道具”として進化

 6月13日に製品発売を控えた、10.5インチiPad Proの製品レビューをお届けする。WWDCにおいて発表されたiOS11によって、iPadの位置付けは変化した。より本格的に、PCと交差する「個人向けコンピュータ」(いや、英訳すればPersonal Computerだから当然なのだが)の地位を狙うことになる。新iPad Proはそのための製品と言える。

iPad Pro 10.5インチ。ディスプレイが20%大型化し、表示が見やすくなった。それだけでなはない内部の変化が多数ある。今回試用したのはスペースグレーのモデルだ

 では、2015年・16年に出たものとはどこが変わったのだろうか? そこを確かめてみた。

 残念ながら、現在のiOS11はデベロッパー向けで、レビュー目的で使うことは許諾されていない。また当然ながら、新iPad ProもiOS10がインストールされた形で出荷される。今回の試用についても、iOS10で行なっている。ただ、WWDCでの取材で得られた、iOS11と新iPad Proを組み合わせた時の変化点についても解説する。

20%大型化もピクセル密度は維持

 10.5インチiPad Pro最大の変化は、名前で分かる通り、ディスプレイが「10.5インチ」のに変化したことだ。サイズ的には9.7インチモデルとさほど変わっていないが、ディスプレイサイズは20%大きくなっている。それに合わせてディスプレイの解像度も、2,048×1,536ドットから2,224×1,668ドットへと、一回り多くなっている。これまでタブレットは、ディスプレイサイズが変わるとピクセル密度も変わるものが多かったが、iPadはそうではなく、現状すべてのモデルが「264ppi」に統一されている。12.9インチもこれは同じで、ディスプレイサイズだけが変わっている……と思えばいい。

大きい方が10.5インチiPad Pro、小さい方が9.7インチiPad Pro。左右の幅はそこまで違わないものの、縦方向には若干伸びている
10.5インチ iPad Pro。カラーバリエーションはスペースグレーの他、この写真にあるシルバー・ゴールド・ローズゴールドの4色
本体背面。基本的なイメージは9.7インチiPad Proから変わっていない
上部。試用したのはWi-Fi+セルラーモデルなので、アンテナ部がある。12.9インチもこのデザインに統一される
コネクタ部。他のiPadと変わるところはなく、Lightning端子が採用されている
12.9インチiPad Pro(2017年モデル)。カラーバリエーションはスペースグレイ、ゴールド、シルバーの3色

 9.7インチから10.5インチへの拡大は、もちろん12.9インチへの拡大に比べればインパクトは小さい。だが、印象として確かに「9.7インチよりかなり大きくなった」ように思える。9.7インチ版は、ちょうど文庫本を見開きで持ったようなサイズ感だったのだが、それが一回り大きくなったような感じだ。重量にして30g、サイズにしても並べて比べないとわかりにくいくらいの変化で得られる効果としては十分高い、と感じる。

10.5インチiPad Pro(2017年モデル、左)と、12.9インチiPad Pro(2015年モデル、右)。やはりサイズ感にはけっこうな違いが

 ディスプレイサイズが変わったといっても、どうやらアップルは、10.5インチ・9.7インチと12.9インチの間に一線を引いているらしい。10.5インチiPad Proにおけるソフトウエアキーボードの実装は9.7インチのそれと同じであり、12.9インチのものとは異なる。筆者は12.9インチでのソフトウエアキーボードの実装は良くない、と思っているので、ここはむしろ好ましい。

10.5インチiPad Proのソフトウエアキーボード。画面解像度・サイズは上がったが、基本的なレイアウトは9.7インチのものを踏襲している

120Hz駆動でサクサクヌルヌルなUIに

 ディスプレイの変化は、もちろんサイズだけに留まらない。輝度は500nits(9.7インチiPad Pro)から600nitsに上がった。そして、もっとも大きな変化が、フレームレートが最大120Hzに上がったことだ。要は、UIがさらに「サクサクでヌルヌルな快適さ」になったのである。

 とはいえ、60Hzが120Hzになったからといって、それを見た目だけで判断できる人は多くはない。特にテレビのような製品では。だが、ことタブレットにおいては、その差はけっこうわかりやすい。なぜなら、操作そのものの快適さにつながるからだ。

 例えば、画面をはじいてスクロールし、タップして止める……という動作をするとしよう。止める時に思った通りにピタッと来ることが操作の快適さにつながる。120Hzと60HzのiPad Proを比べてみると、操作に対する応答性がさらに上がっている、と感じられるのだ。

 この点については、プロセッサーパワーが上がったことなどの効用ももちろんあるだろう。だが、120Hz駆動になって操作と表示の間でのレスポンスが短くなったことが、「ピタッと来る感覚」につながっている。

 もちろん、120Hz化すると消費電力は大きくなる。しかし新しいiPad Proでは、常に120Hzで動かすのではなく、操作していない時には自動で24Hz・30Hzといった値までリフレッシュレートを落とすため、トータルでの消費電力は上がらない。カタログ上は前モデルと変わらず「ビデオ再生で10時間」(Wi-Fiモデル)となっている。

 また、AV的には2つの進化点があるのも見逃せない。

 ひとつめは、24Hzモードで駆動することで、映画のような秒24コマで製作されたコンテンツが、そのまま24コマで表示されるようになることだ。いままでは60Hz固定だったので、24pの映像も3:2プルダウンを行なってから表示していたが、新iPad Proでは24pのまま表示される。例えば、iTunes Storeで購入した映画の場合、ソースが24pであれば24pで再生されているようだ。数値で確認できないので体感的なものなのだが。大きな効果だ……とは言えないが、望ましい形ではあるだろう。

 また、WWDCでの発表によれば、新iPad ProはHDRビデオにも対応しているという。ただし、こちらはコンテンツもアプリも対応のものを用意できていないので、効果や詳細を実機で確認できていない。しかし、配信系アプリなどでHDR対応のものが出てくれば、今まで以上に美しい映像を楽しむことができるだろう。

WWDCの基調講演より。新iPad Proのディスプレイの特徴として「HDR Video」が挙げられているが、その実力のほどはまだわからない

 どちらにしろ、120Hz・60nitsの高輝度・P3準拠の高色域が相まって、10.5インチiPadのディスプレイは非常に美しいものになっている……ということは間違いない。

ペンの遅延が大幅改善、絵描きだけでなく「メモ」派にも

 新iPad Proは、リフレッシュレートを可変とするため、ディスプレイ周りに大きく手を加えている。同時に、ペンの検出のためのリフレッシュレートも向上したようだ。結果、ペンを検知してから描画されるまでの遅延が短くなっている。アップルは描画遅延を「20ms」としているが、これは従来の半分にあたる。

WWDCの基調講演より。アップルは新iPad Proでの描画遅延を「20ms」と公表している

 ではそれがどのくらいのものなのか? iPhoneのスロー撮影(毎秒240コマ)で撮影した映像で比べて見ると、非常に大きな差があるのが分かる。旧型のiPad Proではペンが動いてから描かれるようなイメージだが、新iPad Proではあまり差がない。

文字を手書き。新型では、毎秒240フレームのスローでも、ストロークにペンがついてくるように見える。利用しているアプリは「Note Always」
イラスト作成を想定した実験。利用しているのはiOS標準の「メモ」。単なる線画よりも差は減ったが、それでも新型と既存モデルの差は歴然

 誤解のないように言っておくが、正直筆者には、いままでのiPad Proでも十分に遅延は小さい、と感じられていたのだ。先日マイクロソフトが「新しいSurface Pro」を発表するまで、iPad ProとApple Pencilの描画遅延は業界最短クラスであり、筆者も満足していた。プロのイラストレーターなど、多くの人に感想を聞いたが、悪い印象を持っている人は少なかったように思う。だがそれでも「紙とペン」よりは絶対に遅い。遅延はゼロにならないが、ゼロに近づけていくことが重要である。

 そこでアップルは、ディスプレイの見直しに合わせて検知する速度を上げ、遅延をぐっと短くしてきたわけである。別にスローで見なくても、その差は使ってみるだけではっきりわかる。イラストや絵を描く人はもちろんだが、手書きメモを大量に取る人にもありがたい変更だ。

「ファイル管理」導入で化けるiPad、新型は特に強力

 WWDC関連記事で解説したように、秋に公開されるiOS11では、iPad向けに大きな改変が加えられる。ファイル管理を快適にするために、アプリケーションの切り換えやマルチタスクの挙動の変更、ドラッグ&ドロップの実装などが行われるわけだが、新iPad Proは、当然そのことを想定して作られている。

iOS11で動作しているiPad Pro。ファイルの管理やアプリ間の移動などが変化するため、よりPC的に使える

 CPUやGPUの演算能力が上がったのはもちろんなのだが、特に筆者が重要と考えるのは、10.5インチiPad Proのメインメモリが4GBになっていることだ。アップルはiOS製品について、実装しているメインメモリの量を公開しない方針を採っている。だが筆者がソフトを利用して調べたところ、今回の新製品は4GBに増量していることがわかった。従来の9.7インチiPad Proのメインメモリは2GBだったから、倍になったわけだ。ちなみに、12.9インチiPad Proは、初代モデルから4GBのメモリを搭載しており、今回の新製品でも同じとみられる。だから、iPad Proのラインでは、メインメモリ搭載量を4GBに揃えてきた……と言えるだろう。

 そうしたこともあってか、iOS11においては、新iPad Proだけが使える機能がいくつか存在するようだ。そのうちのひとつが、「同時動作アプリ数が3になる」という点である。これはちょっと説明が必要になるだろう。

 iOSには、画面を2つに分割した上でアプリを同時に出す「Sprit Screen」という機能と、画面の上に別のアプリを横から出して重ねる「Slide Over」という機能がある。どちらも、複数のアプリの情報を1画面で同時に見るためのものだ。iOS11では、Split Screenはそのまま残るが、Slide Overは「画面の上に細長いウインドウが浮く」感じに変わる。

 iOS10までは、Split ScreenとSlide Overは同居できなかった。あくまで「同時に1画面で動くアプリは2つ」とされていたからだ。しかし、新iPad ProとiOS11の組み合わせでは、Sprit Screenで2つのアプリを同時に使っている最中に、もう一つアプリを「浮かす」ことができるようになった。これは、2つのアプリの情報を見つつ、別のアプリ(例えば「写真」など)からデータを見つけてドラッグ&ドロップする……といった使い方をする。要は「同時に1画面で動くアプリが3つ」に増えるわけだ。

 ちなみに、動画は「Picture in Picture」機能で各アプリの上に重ねられる。だから現状でも、「Sprit Screenで表示された2つのアプリの上に動画を載せて、実質3つのアプリを同時に見る」こともできた。しかし新iPad Pro+iOS11では、Picture in Pictureも含めれば「画面上に4つのアプリの情報を同時表示する」ことが可能になる。

 こうしたことから、同じiOS11であっても、既存のiPadと新iPad Proでは、使い勝手に差が出る可能性が高いのである。

 なお、ストレージに関しても、新iPad Proでは「倍増」している。従来は32GB・128GB・256GBだったものが、それぞれ64GB・256GB・512GBになった。iPad Proでは128GBくらいがちょうどいい……と思っていたので少し大きくなりすぎたような気もするが、PC並みの使い勝手になるのであれば、これくらいになっても悪くはなかろう。少なくとも、最低容量の32GBは少なすぎたので、64GB化は歓迎すべき変化といえる。

待望の日本語キーボード登場、旧機種への対応も望む

 アクセサリーも一新された。

 中でもやはり重要なのは、日本語配列のキーボードが用意されたことだろう。従来のiPadは英語配列が基本で、一部のBluetoothキーボード(主にアップル製)を接続した時のみ、日本語配列に対応していた。カバーと一体になるSmart Keyboardは英語キーのみだったので、そこが使いこなしのハードルになっていた人も多いのではないだろうか。10.5インチiPad Proと新キーボードを組み合わせて使うと、確かに快適だった。

iPad Pro用の日本語キーボードが登場。日本語での入力効率はこれでかなり改善する
パッケージ

 一方、ちょっと残念なこともある。

 Smart Keyboardのコネクターに変化はなく、2015年・2016年のiPad Proにも、新しい日本語キーボードをつなぐことは可能だ。だが、記号などの入力は英語キーボードのままであり、刻印の通り打てるわけではない。この点については、アップル側でアップデートなどの対応をぜひ検討してほしい。

 ケース系はサイズが変わった関係もあり、デザインを一新している。特に注目はレザースリーブだ。10.5インチiPadにピッタリのサイズで、Apple Pencilを一緒に収納して持ち運べる。個人的には、Smart KeyboardにApple Pencilを収納する場所を作って欲しかったのだが、現実的にはレザースリーブとSmart Keyboardを使い分けるのが良さそうだ。

ケース類はカラーリング・デザインともにリニューアルされた
iPad Pro本体とApple Pencilを収納できるレザースリーブ。アップル純正としてはようやく「ペンを搭載できるカバー」が登場した

旧機種に比べ小幅だが着実な進化、iOS11とセットで本領を発揮

 10.5インチiPad Proは、なかなか魅力的なアップデートである。すでにiPad Proを持っている人には、費用対効果の面で実に悩ましい。ペンの反応の素早さを求める人には間違いなくお勧めだが、そうでない場合は、価格が二の足を踏ませる。Apple Store価格は、10.5型の64GBが69,800円、256GBが80,800円、512GBが102,800円。12.9型は64GBが86,800円、256GBが97,800円、512GBが119,800円。

 とはいうものの、同じiPad Proでも、9.7インチモデルと12.9インチモデルでは状況が異なる。9.7インチモデルと10.5インチモデルは、ディスプレイとプロセッサーパワーの進化をのぞくと個性が似通っているが、12.9型については、9.7型との差分も非常に多いため、今回の新製品との差も自然と大きくなっている。カメラはiPhone 7と同等になって品質が格段に増した。

 Wi-Fi+セルラーモデルの場合には、SIMカードを挿さなくても世界各地で値頃な通信プランに契約して使える「エンベデットApple SIM」も備えている。9.7インチモデルのユーザー以上に12.9インチモデルのユーザーに魅力的な製品といえる。

カメラ部。iPhone 7とほぼ同等のモジュールが、10.5インチ・12.9インチの両方に搭載された
10.5インチiPad Proでの撮影写真。iPhone 7と同じカメラモジュールを使っているで、かなり画質はいい。解像度は4,032×3,024ドット

 また、過去にiPadを買っているものの、「iPadの使い方はこの程度だから、買い換える必要はない」もしくは「望んだ使い方はできないからもういい」と思った人には、新iPad Proは非常にお買い得な製品かと思う。

 ただしどちらにしろ、新iPad Proの進化は、OSが「iOS11」になってから本当の価値を発揮する。今のiOS10のままでは、より既存モデルとの差が出づらい。そういう意味では、急いで今日買うのではなく、秋にiOS11が出るまで待つ……という判断もありだろう。

 どちらにしろ、今後のiPadビジネスの浮沈はiOS11が担っており、その旗頭となるのが今回の新iPad Proだ……ということに間違いはない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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