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西田宗千佳の
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テレビに「タグ」を打つエム・データの秘密

スマートテレビの隠れたキープレイヤー


エム・データ 取締役 ストラテジックプランニングディレクターの薄井氏

 みなさんは「エム・データ」という会社をご存じだろうか。おそらく、放送業界関係者でなければ、まずご存じないだろう。

 この会社、近頃急速に注目度が増しているのだ。今秋のソニーの新BDレコーダや、東芝のREGZA Z7、J7シリーズなどでも、同社が中核機能の一つとして関わり、テレビ局などが提供するスマートフォン用アプリでも使われている。実は「スマートテレビ時代のキービジネス」とまで言われているのだ。

 彼らはなにをやっているのか。そしてそれがどのように使われているのか。そこを見ていくことで、我々とテレビの関係、そしてテレビ局との関係が見えてくる。影響力が落ちているように見えるテレビが、いまだいかに大きな力を持っているのか。そして、その情報とどうつきあい、どう生かしていけばいいのか。そんな姿も見えてくる。

 今回は、同社取締役・ストラテジックプランニングディレクターの薄井司氏に話を聞いた。



■ テレビ番組に「もくじ」がつく。裏方は番組メタデータを提供する企業

 エム・データという会社がなにをしているかを説明する前に、まずは同社が関わった製品を紹介するのが良いだろう。

ソニー「BDZ-ET2000」

 もっとも特徴的なのは、今期ソニーが発売したBDレコーダだ。BDZ-EX3000、BDZ-ET2000/1000、BDZ-EW2000/EW1000、BDZ-EW500には、「もくじでジャンプ」という機能が搭載されている。これは、録画番組を楽に見るためのものだ。

 これまで存在した「オートチャプター」機能は、主に映像や音声の大きな変化に着目し、本編とCMを分けることに使われてきた。それに対し「もくじでジャンプ」は、番組の「内容」で区切りを付け、そこへ移動するために使う機能、といっていい。番組には様々な部分がある。本編とCMの違いはもちろんだが、「誰が出ているのか」「どんな話題を話しているのか」「どこをテーマにしているのか」といった内容に関する分類も出来る。「もくじでジャンプ」では、それを実現している。

 画面を見ていただくのがわかりやすいだろう。本のもくじのように、番組内のコーナーとCMが一覧表示される。これはいわゆるチャプターではなく、そのコーナーへの「頭出し」情報であり、番組内の該当位置へジャンプするための手がかり情報が表示されている、と思えば良い。番組内情報は、そこが番組内のどういうコーナーなのか、そこに誰が出ているか、という情報が中心だが、もちろんそれだけではない。情報番組のグルメコーナーなどでは、たくさんのお店が紹介される。

 これらの情報は、これまで手でメモしておくなどする必要があったが、「もくじでジャンプ」では、こうした付加情報も送られてくるため、もくじでジャンプで今みた部分へと移動し、その部分で言及されている製品・店舗などの情報を見る、という使い方ができるわけだ。

ソニーが今年のBDレコーダに搭載した「もくじでジャンプ」。録画番組に「もくじ」が付き、内容のリストから再生したい場所を選んで再生できる 店舗情報も確認できる

 同様の機能は、東芝の新テレビ「REGZA Z7」「J7」シリーズにも「気になる!シーンリスト」として搭載される。こちらは、11月上旬に予定されているソフトウエア・アップデート後の提供となるが、REGZA内蔵のチューナーで録画したいわゆる「全録」番組に対して、「もくじでジャンプ」と同じように、各番組内の詳細情報を付加し、見たいシーンだけをリストから選んで再生する、という形になる。

東芝REGZA「55Z7」 みどころシーン再生 気になるシーンリスト

 これらの機能は、すべてネットでの連動で実現されている。現在のテレビ番組にはEPGデータがついており、そちらである程度の情報を知ることはできるし、実際録画予約にも使われている。だが、ここまで詳細な情報はなく、ネットから新たに情報を取得し、それを録画番組にひもづける形で提供される。この種の情報は、「メタタグ」「メタデータ」などと呼ばれており、テレビ番組により詳細な情報を付記し、活用の幅を広げるためのものとして使われている。ソニーや東芝の活用例は、メタデータを「テレビを楽に、短時間に見る」「テレビ番組から新しい情報を見つける」ための方法論、だと考えれば良い。

 また同様に、日本テレビが提供しているスマートフォン用アプリ「wiz tv」でも、この種のタグ情報が使われている。このアプリは、各テレビ局の各番組(日本テレビ系に限らず)の「盛り上がり度」を表示するもの。指針としては、wiz tv内での独自集計の他、Twitterでの言及量などが総合的に使われている。その中で、各番組の詳細データとして使われている。

「テレビ番組を見なくなった」という人は多い。それにはもちろん、テレビ番組が一時ほど面白くなくなった、という事情はあるだろう。だが実際には、これだけ大量の番組が放映されているのだから、面白い番組は「ある」のだ。ただし、あなたが面白い番組と出会えていない可能性は高いし、見る時間も足りない。また、盛り上げのための「一手間」でもっと面白くなる可能性もある。この種の「スマートテレビ的」と言われる機能・サービスは、テレビ番組との出会いを演出し、より可能性を広げるためのものである、といっていい。

 前置きが長くなったが、こうした情報を提供しているのが「エム・データ」という会社の役割だ。

 同社は、テレビ番組の内容を解析し、共に使うためのデータを作成、各企業に提供しているのである。テレビやスマートフォン用アプリでのサービスを行うには、テレビ番組に関する詳細な情報が必要。EPGでは得られない部分をエム・データが作成したメタデータ情報でカバーしている、ということになる。


■ 24時間365日「人の手で」番組情報を入力。「ヤバい」の文脈まで情報として組み込む

 エム・データは、元々どのような会社なのだろうか? 薄井氏は次のように沿革を語る。

薄井氏(以下敬称略):会社としては7年目になります。元々は、現在も弊社大株主である「株式会社プロジェクト」が前身です。

 ここは、大手広告代理店の後ろに入って、クライアントさんのメディア露出があった映像を全部録画して編集し、広告代理店へとお届けする、という仕事をしています。ですから膨大な量の映像を持っているわけです。そのために、どの映像になにが映っているかということに「タグ付け」しないと整理できません。そのタグテキストも膨大なものになったので、これでビジネスができないか、と考えて分社化した、という次第です。

 こういった業態は、広告の使われ方、商品の扱われ方をリサーチする目的から、底堅い需要がある。テレビとレコーダを何台も用意しているのは当然だが、アナログ時代の全録型レコーダも、こういった業種で導入される例が多かったと聞いている。エム・データはその業種から派生したビジネス、というわけだ。だが、その背景には「データ化」そのものに大きな手間がかかっており、そこに価値が生まれていることも大きい。

薄井:実は、やっていることは至ってアナログなんですよ。コストの関係もあるのですが、人の「情緒性」というのは、なかなかテクノロジーでカバーできません。なので、基本的に人海戦術です。

 水戸にデータセンターを作りまして、ここに100人単位のオペレーターを配置し、 4交代制で24時間365日、全チャンネルの番組をチェックし、手で入力しています。音声認識も含め、色々技術も試したのですが、結局精度が高まらないので、むしろコスト効率は悪い、という結論に達しています。訓練されたオペレーターがやった方が、レベルも質も格段に高いのです。

エム・データホームページより抜粋。データセンターは水戸にあり、24時間365日体制での入力作業が行なわれている

 右の画像は、同社がウェブで公開しているデータセンターの様子だ。テレビを実際に「人」が視聴し、そこで放送されている内容を確認してから入力しているわけで、非常に大変な手間であることがわかる。

 なぜそのような手間をかけるのか? 薄井氏は「情緒性」という言葉を使っているが、要は「いかに正しいベクトルの情報としてまとめるか」ということであるようだ。単に誰が出たかを入力するなら「情緒性」は不要だが、実際にエム・データの情報が活用されているシーンを考えると、それだけのデータでは足りない。

薄井:レコーダなどでの活用の場合、人名や固有名詞などのキーワード単位で許されているのですが、我々の生業は元々「調査会社」です。テレビの露出によって、視聴者の心理がどうなったかを分析する部分がメインです。

「情緒性」というのはですね……。データには、どの番組のどの部分のコーナーに誰が出演し、どう報じられて、何分・何秒だったのか、という細かな情報が記載されています。我々は「メモ欄」と呼んでいるのですが、この部分が価値をもってくるのです。

 コーナータイトルくらいならテクノロジーで抜いてこれるのですが、メモ欄のような詳細情報だと、人間が関わらないとできません。

 同じ言葉、例えば「ヤバい」という言葉を使った時、それがポジティブな「ヤバい」なのか、ネガティブな「ヤバい」なのかを判別する必要があります。単なる検索や認識では混ざってしまう「ネガティブ情報」をとって、情報としての価値を上げる。そこまでをやるのが、EPGとの最大の違いです。

 また、EPGは番組の広報データであり、あくまで「予告」です。我々の場合には放送「実績」に基づいたデータになっています。

 エム・データが入力している情報は、非常に詳細なものだ。その内容は機密なので、すべてを明かすことはできない。筆者は一部の番組のソースを見せていただいたが、正直そのデータをみただけで、番組全体の構成と情報がわかってしまうほどのものだった。特別に許可を得て、そのごく一部を、スクリーンショットの形でご紹介する。番組名・テレビ局などの情報はマスクさせていただいているが、ご了承を。これは、ある局の朝の情報番組のデータだが、ニュースの内容からCMの情報、スポーツコーナーでの登場人物まで、細かく記載されているのがわかるだろう。公開していない部分では、「誰が出たか」だけでなく「それに誰がどうコメントしたか」といった情報まで入っている。

エム・データが提供するデータの一部。テキストとして、番組の内容が細かに入力されていることがわかる

薄井:こういう精緻なデータの場合、オペレータとして投入できるようになるまでのトレーニングに3カ月かかり、戦力投入できるまでには4カ月が必要になります。その情報をマネージャークラスがさらに3次チェックしています。情報に間違いは許されませんし、中立かつフラットな表現でサマリーをとっています。

 手間はかかっているのですが、現在のリードタイムは、オンエア後1、2時間というところでしょうか。可能な限り入力を省力化・高速化しています。現在は、各テレビ局とも連携し、よりリッチな情報コンテンツとして、データ拡充を企画中です。

 ただし、それだけ時間がかかるのは、主にB2Bのものです。家電機器向けにご提供しているコンシューマー向けのデータならば、オンエア後5分から10分でできあがっています。wiz tv向けであれば、リードタイムは1、2分ですね。

 現状では、東名阪(東京、名古屋、大阪圏)の地上波をカバーしていますが、スマートテレビが注目される現状では、もちろんそれだけでは不足です。現状、キー局の番組だけでも、全放送番組の60数パーセントはカバーできています。こういった番組であれば、地方局の場合でも、放送時間帯が違っていても対応可能です。これを人口構成比に直すと、だいたい80数%の方々をカバーしている、という形になっています。これだけカバーできればサービスとして成立する、と家電メーカーさんにもご評価いただいています。

 今後は全国カバーももちろんですが、BSやCSの対応も検討しているところです。


■ 通販ビジネスの裏で動く「番組で紹介された商品」の情報。TVの見方・使われ方に影響

 薄井氏のコメントにあるように、エム・データのビジネスは、企業向けに詳細な番組放送実績を提供する「B2B」向けのものと、家電機器向けに提供し、最終的には「B2B2C」の形で消費者に提供されるものの2パターンがある。薄井氏によれば、B2B2C向けは「2年ほど前にスタートした」ところだと言うが、すでに同社の業績の中では3割を占めるほどになっている。

 冒頭で、番組の「目次化」について、ソニーと東芝の例をご紹介したが、同じようなことはパナソニックも行なっている。ただし、全番組情報にアクセスし、映像のインデックスとして使うには、同社のネットサービス「ディモーラ」「ミモーラ」の有料会員である「プレミアム会員」になる必要がある(シーン一覧までは無料だが、そこからの再生は有料)また、パナソニックへのデータ提供はエム・データでなく、他の企業が担当している。

 ソニーや東芝、wiz tvの例では、運営元がエム・データからデータを買い、消費者側には費用負担や会員登録を課していない。このあたりのビジネスモデルが、パナソニックのやり方の違いといえる。

薄井:我々が提供するデータは、大きく4つに区分されています。

 内部呼称なのですが、「一次メタデータ」と呼ぶものは、番組のサマリーとCMのログデータを保有しています。CMについては、出演者情報だけでなくCMのクリエイティブがどこなのか、という情報も入っています。例えば、タレントパワーによってTwitterの言及が増えたとか、クリエイティブの違いによって反響がどう違うのか、といった分析も行なえます。これらはB2B向けですから、番組のサマリーについてはオンエアから1、2時間で更新します。

 コンシューマ向けの情報というのは、番組内で言及された商品・出演者・お店・宿泊地などを短く書き込むもので、これを放送後数分で更新します。

 例えば、この種の商品情報は、「楽天」や「ヤフーショッピング」に展開すると、ものすごく商品の売り上げに結びつくんです。番組で紹介されたお店の情報だったら「ぐるなび」などです。この場合には、単に商品情報が入るのではなく、どこで誰がどのように紹介したか、購入できるURL情報なども入ります。

 そういう情報が、テレビパソコンであるとかスマートテレビなどで活用されているわけです。

 ここまでの簡易な情報であれば、さほど負担なく提供できます。楽天さんやヤフーさんに情報を提供する場合には、「その商品の販売ページは楽天さん・ヤフーさんのどこにあたるのか」といったことが、システム上ですぐに入力できるよう、手配されています。

 以下の画像は、ヤフージャパン上で提供されている「番組連動での店舗情報」だ。エム・データのデータを元にウェブページが作られ、検索するとすぐに出てくるようになっている。楽天の場合には「テレビで紹介された商品情報」というコーナーまで作られている。

ヤフージャパン上での、エム・データの情報を使った情報提供 東急ハンズのハンズネットは、「テレビで紹介された注目アイテム」というコーナーを作り、顧客をわかりやすく誘導している

 熱心なネットユーザーの場合、「そんなことが」と思うかも知れない。だが、この種のことによる商品告知能力はきわめて高く、ネット通販による販売の大きな原動力になっている。Amazonで検索する層でなく、主に楽天やヤフーを利用する層は、テレビとひも付き、こういった形で商品の情報を得て、購買に結びついているのである。これがオンエア後数分で更新され、「みたものをすぐに買える」体制に繋がっているのだ。入力に伴う「判断」は人の力が必要だが、そこから先はシステムの力を最大限に使うことで省力化し、すばやいデータ提供につなげている。

 ちなみに薄井氏によれば、東京エリアだけでも、こうして紹介される製品は「日に300件」を超えるという。大阪・名古屋を含めれば「700件を超える」といい、そこへリーチする手段を提供することは、各企業によってきわめて重要なことになりつつある。

 ヤフーはさらにすごい工夫をしている。同社の強みは検索。消費者は製品の細かい名前を覚えていられない。だから、番組名や出演者名で検索すると、商品が一番トップにヒットするように、組み合わせているのである。

 こうして紹介された商品のすべてがネットにあるわけではないが、楽天やヤフーなどの場合、紹介商品の7割から8割が販売されている。だからその分、すごい売り上げになる……というしかけだ。その月間売り上げをここで明かすことはできないが、通販売り上げとしてはかなり破格に大きなものであることは間違いない。

 エム・データは、こういうデータを企業に提供することで利益を得ている。別の言い方をすれば、人が「テレビを起点に活動するための情報」を、放送の中から掘り出して各種サービスや端末に提供することで、利益を最大化しているのである。

 番組にインデックスをつけて短時間で見る、テレビ番組の情報がこまかくデータで出てしまう、という方向性は、一見テレビにとってマイナスに見える。しかし、テレビが「広告のメディア」であると考えれば、実は価値を最大化する方策のひとつであり、「テレビをスキップする」ものではない。

 こうした情報はスマートフォンやタブレットの普及で、より重要になっていくだろう。これらの機器をテレビとともに使う「セカンドスクリーン」では、テレビの関連情報が重要になってくるからだ。

 おそらく今後は、テレビ局自身もより多くのデータを出し、エム・データのような企業のデータと組み合わせて使われていくことだろう。

 テレビとデータの時代、という話は、もう十年以上前から出ている。しかし、そこで使われるのは「テレビにつけて使うデータ」であり、リアルタイム性が欠けていた。エム・データの情報も、最終的にはネット検索データやSNSの情報などと掛け合わせる「元データ」として使われる側面が大きい。テレビの見方が変わると同時に、こうしたデータの存在によって、テレビ番組の作りも変わっていくだろう。その形はまだわからない。

 しかし、テレビの情報が「流れて消えていくもの」でなくなり、そこに様々なサービスとの連携がくっついてくることは、テレビ局やネット通販のビジネスに大きな影響があるはずだ。

 そうした時に、エム・データのような「分析とデータ提供」を行う企業は、一つのキープレイヤーになり得る。地味な裏方ではあるが、注目しておきたい存在だ。

(2012年 10月 18日)


= 西田宗千佳 =  1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)などがある。

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[Reported by 西田宗千佳]