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リコーが「THETA」で狙う新しい映像体験とは

人と空間を「ワンショット」で撮影

リコー・総合経営企画室新規事業開発センター VR事業室室長の生方秀直氏。手に持っているのがTHETA

 リコーが、非常に変わったカメラを発売する。IFA 2013にも出展し、デモを積極的に行なっている。カメラの名は「RICOH THETA(シータ)」。欧米では10月に399ドルで発売を開始し、日本でも発売を前向きに検討している段階だ。

 このカメラ、我々が思うような“カメラ”ではない。「全天球撮影」専門であり、スマートフォンとの連動を前提とした製品になる。リコーは現在、PENTAXブランドでデジカメ事業を展開中だが、この製品は、そうした軸とはまた異なるものだ。

RICOH THETA

 どうったカメラで、どういった狙いをもった製品なのだろうか? 製品企画とビジネスモデル構築を統括する、リコー・総合経営企画室新規事業開発センター VR事業室室長の生方秀直氏に話を聞いた。

切り取らずに「空間をまるっと」共有

 まずなにより、THETAで撮影できる写真がどういったものか、実際に見ていただこう。ウェブブラウザで、以下のアドレスにアクセスしてもらいたい。PCでもスマホでもいい。この場所は、IFAのリコーブースである。

https://theta360.com/spheres/180

パソコン用のブラウザからTHETAで撮影した写真を閲覧。特別なソフトなどを用意することもなく、誰でも見られる
iPhoneのブラウザから、THETAで撮影した写真を共有するサイトである「THETA360」にアクセスしたサンプル。タップすればスクロールも拡大も可能

 ご覧のように、撮影された映像は「THETAを中心に、上下を含めた360度全天の写真」になる。いわゆるワイド撮影よりも、さらに広い範囲が撮影される。見る位置は、自由に移動させられる。人々の表情が、特に大きくゆがむこともなく、しっかり確認できる。

 要は、こういう写真を撮影し、簡単にウェブで共有できるのがTHETAの特徴である。生方氏は、利用シーンなどを次のように説明する。

生方:いままでですと、食事のシーンを誰かと共有する場合にも、目の前の料理だけを「切り取って」送っていました。しかしこうすれば、その場にいる人の表情を含めて、まるっと切り取ることなく、どういうところで食べているかを、その空間の雰囲気まで伝えられます。

 パーティーなどもいいのですが、ナイアガラの滝やスカイツリーなどにも使えますね。普通のカメラではなかなか入りきりませんが、THETAは超広角なので、全体を1ショットで撮影することができます。

 我々も、このブースで撮影してみたわけですが、仲間と一緒に人間が輪になって写っていて、非常に面白いと感じました。「人間と空間が一つに映り込んでいる」ということに、すごく感銘をうけるんです。

 THETAで撮影された写真は、全天が1枚の画像として撮影されている。要は、写真のように丸い球状のイメージで撮影されるわけだ。そのため、撮影は「1回」。本体の左右に出っ張った半球状の全天球レンズを2つ使い、周囲と上下の様子を一度に撮影する。出来上がったデータそのものは、この種の全天球型写真では一般的な「正距円筒(Equirectangular)」で、JPG形式で保存されている。

 そうしたデータをアプリやクラウドで処理すると、前出のサンプルのような形になるのである。

実際にTHETAで撮影される写真のサンプル。「正距円筒(Equirectangular)」で記録されており、処理を行なうとパノラマ写真に変わる。

 広報用の製品写真ではサイズ感が分かりづらいが、THETAはかなりコンパクトだ。アップルファン以外には分かりづらい比喩で恐縮だが、Apple TV用のリモコンを一回り大きくし、厚みを2倍にしたような感じ……である。もうちょっと一般的なイメージでいえば人差し指と中指を重ねたより、ちょっと太くて長いくらいのもの。重量も約95gとかなり軽い。

THETA実機を持ってみた。実はかなり薄くてコンパクト。底には三脚穴もあるが、三脚穴に取り付けるストラップ・アタッチメントが別売オプションで用意される。5色の多色展開の予定

 なによりもうれしいのは、とにかく動作が快速であることだ。電源を一押し(長押し、ではない!)してLEDが付いたのを確認したら、シャッターボタンを押して撮影。ここまで2秒もかからない。写真はそのまま本体内に200枚まで蓄積できるし、スマートフォン用アプリ(当初はiOSのみ、Android用は後日公開)からWi-Fi経由で取得し、その場でTwitter・Facebook・Tumblrへの投稿が行なえる。

生方:こうした「VRフォト」を撮影できる機器はいくつもあります。Android 4.2のカメラでも対応しています。しかし、そうしたもののほとんどは写真をつなげて対応するため、撮影がかなり面倒なんですよ。一般向けならばやはり「1ショット」。THETAならば、ポケットから取り出し、サッと撮ってサッとしまい、必要ならばそこからシェアすることができます。

 カメラにつける「特殊レンズアダプター」や、写真をつなげて作るVRフォト機能とは違い、「とにかく気軽に撮影できる」「でも全天球を、本格的に撮影する」ことを目的に作られたのがTHETAなのだ。

狙いは「革新的な映像体験」、レンズは自社でTHETA向けに独自開発

 そもそも、リコーはなぜTHETAを作ろうとしたのだろうか? 冒頭で述べたように、THETAは新規事業として展開されていて、同社の「PENTAX」ブランドデジカメとは別の展開になっている。

生方:会社としても、一眼レフやコンパクトデジカメは「PENTAX」ブランドで伸ばす取り組みをしています。

 しかしそれとは別に、「映像技術を使った新しい事業が創造できないだろうか」ということで始まったのがこのプロジェクトです。

 いまや、写真を共有するのは当たり前の時代になりました。カジュアルに「撮る」ものが圧倒的に増えているます。確かにそうした写真の多くは、写真として見ると下手です。でも、それは分かった上で、仲間うちで共有して楽しむものが増えています。

 そうした中で、場の雰囲気を共有できるカメラとして開発したのがこれです。新規事業開発にあたり、社内の技術を色々と精査したところ、この技術につながるものがあったため、そこから独自開発を進めました。

 THETAの特徴となっているのは、左右に飛び出した超広角・全天球撮影用レンズである。写真で見ると、かなりユニークな飛び出し方をしているのがわかる。

THETAのレンズ部。全天球撮影用レンズが左右に丸く飛び出している。だがさほど邪魔にならない、絶妙な大きさにまとめられているのがわかる
CP+で展示された、THETAの試作機。レンズ部がまったく異なる形状であるのが分かる(撮影:デジカメWatch)

 しかし実は、THETAのプロトタイプが、カメラ展示会の「CP+2013」や「フォトキナ2012」に展示されていた時には、レンズ部はもっと飛び出し、金魚の「出目金」のような形をしていた。だが実際に狙っていたのは、THETAのような本体に収まる、非常にスリムなものだ。

 ボディの小ささも、起動の速さも、「素早く気軽に撮影してもらう」という体験にこだわったためのものだ。

生方:気軽に撮れてシェアできる・特別な機材がなくても見られる、というところまで全部まとめて「エクスペリエンス」一式をデザインしています。撮影音も、普通のシャッター音ではなく、かわいい感じにしているんです。

 THETAの撮影データをアップするウェブサービス「THETA360」は、いわゆるフォトストレージサービスに近い。ユーザーはFacebookアカウントを使って認証し、データをアップしていくと、自分のアカウントの中にTHETAの写真が蓄積されていく。

 こうした技術は、リコー内でB2B向けの活用を含めて検討されてきたものだ。THETAの前身にあたる試作機を発表した際にも、「画像認識系も含め、B2Bに使えないか、という問い合わせがたくさんあった」(生方)という。

 だが、この製品はあくまで「コンシューマ」向け。空間をカジュアルにシェアしてもらうことを狙った製品だ。

 こういった全天球型の撮影の場合、一番問題になるのが「水平出し」だ。レンズの特性を考え、水平位置をしっかり決めないと、画像がゆがんでしまいやすい。

 しかしTHETAでは、内部にセンサーが入っていて方向を自動認識するため、カジュアルに「持って撮る」だけで、水平位置の修正なども自動的に行なわれている。

生方:THETAを上に向けたり、低いアングルから撮ったりしても、その傾きにあわせて撮影されます。ですから、「普段は見たこともない風景や画角」で楽しめるんです。

 この「楽しむ」という部分が、生方氏とTHETA開発チームの大切にした部分だ。「機能をちょっと試してみる」のではなく、日常的に面白い映像の撮影にチャレンジしてほしい……という狙いがある。

生方:やはり、最初のターゲット顧客は「ガジェッター」と呼ばれる方々になります。でも、その中でも表現指向の方々、我々は「クリエイティブな先進デジタルユーザー」と呼んでいるのですが、そうした方々に楽しんでいただきたいんです。

 クリエイターの方々とお話していると、「自転車につけて撮影したらどうだろう」「店の陳列棚において撮ったら面白そう」「撮影した映像をHMDで見たら凄そうだ」といった、色々なアイデアが出てきます。

 彼らが楽しんで、様々な風景を投稿してくれるようになれば、そこから「面白いものが撮れるんだ、私もやってみたい」と思う方が増えるはずです。

 そうしたユーザーは、アメリカやヨーロッパに数多くいる。欧米での販売からスタートするのはそのためだ。

 もちろん、日本にだってそういうユーザーはいるだろう。だから、リコーとしても、日本での早期販売を目指し、準備を進めている。今日の段階では、まだ日本での時期や価格は未定だが、楽しみに待ちたい。

 そもそもリコーとしても、こうした商品はTHETAだけで終わるつもりはない。「写真で楽しむ製品第一弾」が、このTHETA、ということのようだ。

生方:もちろん、THETAに対する改善のご要望なども出てくるでしょうから、こちらの深掘りもすすめます。しかし、我々の事業ユニットの目的は「革新的な映像体験の入り口を生み出す」こと。

 THETAを第一弾として、二の矢・三の矢を次々打っていければ、と思います。

 美しいだけでも、貯めるだけでもない「写真」で、リコーがなにをしようとしているのか。THETAの写真を見ながら、色々想像してみるのも面白そうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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