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アジアトップの音楽サービス「KKBOX」CEOに聞く、ストリーミングの未来

日本展開の現状は? Spotifyとの違いとは?

KKBOXの共同出資者兼CEOのクリス・リン氏。4月9日・10日に開かれた「新経済サミット2014」に参加するために来日した。

 世界的な潮流として、音楽をストリーミング形式で聴く「ストリーミング・ミュージック」が広がっているのは、みなさんもご存じだと思う。日本でもソニーが「Music Unlimited」を展開している他、ミュージック・レーベルが共同参加する形で運営されているレコチョクの「レコチョク Best」や、同社がNTTドコモと共同で運営している「dミュージック」などが、サービス展開中だ。

 今回紹介する「KKBOX」も、日本でサービス中のストリーミング・ミュージックの一つである。2011年6月、「LISMO unlimited powered by レコチョク」としてKDDIブランドでサービスを開始したが、2013年6月、オープンプラットフォーム・ビジネスとして、「KKBOX」名義に変わった。

 KKBOXは元々、台湾に本拠を持ち、アジアで強いシェアを持つストリーミング・ミュージック・サービスだ。日本での知名度は大きくないが、アジアでは1,000万ユーザーを抱え、このジャンルでは圧倒的なシェアを持つ。

 アジアから見た「ストリーミング・ミュージック」市場とはなにか、そして、日本でのビジネスはどういう状況にあるのだろうか? KKBOXのCEOであるクリス・リン氏に話を聞いた。彼の言葉からは、アジアから見た日本の音楽ビジネスの姿が見えてくる。

日本が「ストリーミング・ミュージック」で遅れている理由とは

 まず最初に、KKBOXについて知るところからはじめてみたい。すでに述べたように、KKBOXは日本でもビジネスを展開している。現在は月額980円で聴き放題型のサービスが主軸。「LISMO unlimited powered by レコチョク」の時代は、auの携帯電話向けのサービスとして展開していたが、KKBOXブランドになる段階で、完全にオープンなサービスとなった。現在はPC(WindowsとMacの両方に対応)の他、iOSとAndroidに対応している。有料プランで利用している場合、ストリーミングで聴けるのはもちろん、良く聴くものはキャッシュに記録されるため、ネットワークが途切れても音楽再生は継続する。

KKBOXのPC用クライアント。音楽の検索やプレイリストの作成、共有といった、今時のストリーミング・ミュージックで必要な機能は網羅している

リンCEO(以下敬称略):現在、マカオを含め6つのマーケットでビジネスをしています。日本・台湾・シンガポール・マレーシア・香港・タイです。現在全体で1,000万ユーザーを抱えていて、そのうち課金ユーザーが200万人です。この2年間で非常に素早く成長しています。2010年12月からKDDIがステークホルダーとして参加しました。それ以降、日本でのサービスを進めています。日本市場については非常に真剣に取り組んでおり、日本市場専門のチームを持ち、日本のミュージック・レーベルとの契約も含め、サービス構築を行っています。

 とはいうものの、日本でのビジネスで少々苦戦している……という状況であるのは否めない。そもそもストリーミング・ミュージック自身、「聴きたい楽曲がない」と言われることが多い。

 日本でのビジネスの状況について、リン氏は驚くほど率直に答えてくれた。

リン:現在、日本以外のアジアはとても素早い成長を遂げています。

 日本は……そうですね、大きな市場になると期待しているのですが、現在はまだ、日本の音楽レーベルが、我々のような事業者により多くのコンテンツを提供することについて、躊躇している状況だと感じます。それは我々に対してだけでなく、すべての同様なサービスプロバイダーに対して、です。どこも我々と同じ問題に直面しています。これは業界全体を含めた問題です。我々としてはミュージック・レーベルへの働きかけを続けています。

 音楽業界は、新しいビジネスモデルへの対応を進めながら、コンテンツの調達も進めなければなりません。そうした条件が揃えば、ミュージック・ストリーミングビジネスは急速に立ち上がるだろうと考えています。

 すなわち、困難を抱えているのはKKBOXだけでなく「すべてのストリーミング・ミュージックだ」という指摘だ。個々のブランド認知の問題は後ほど議論するが、日本の音楽ビジネスにおいて、いまもCDを中心とした「ディスクビジネス」の領域が他国に比べ多く、オンライン配信が伸びきれずにいる、というリン氏の指摘は、筆者も同意する。

 そうした点については、KKBOXが堅調なビジネスを展開しているアジアの諸外国との差を知るのが近道だろう。

リン:まずコンテンツサイドについてお話しましょう。

 他の地域では、物理的なディスクのリリースより先に、オンライン配信で新しい楽曲がリリースされます。ですから多くの人々は、まず我々のサービスに来て、新しい音楽を探します。(ディスクが先行する)日本とは逆です。他の地域では、ディスクと同じタイミング、もしくは2週間早くKKBOXでリリースされます。時には1カ月早いこともあるくらいです。これは我々のサービスにやってくる消費者にとって、とてもとても大きな魅力になります。リミックスやエクスクルーシブ・コンテンツの存在も大きいですね。

 ビジネスモデルの点でいえば、我々は非常にフレキシブルに富んだ支払い方法を採用している点が挙げられます。月額課金もあれば、年間払いもあれば、1日・一週間単位の支払いもありますし、使った分だけの支払い(pay as you go)もあります。香港・マレーシア・タイの3つのマーケットでこうした支払い方法を展開中です。

 KKBOXを利用しているユーザーは、音楽を「水」のような、より身近な存在だと感じるようになっています。オンにすれば聞こえてきて、欲しいと思う分、お金を支払えば聞くことができます。

 私は、日本の音楽業界の人々は、音楽を「とても価値のある宝物」のように感じているではないか、と思っています。だからそれを厳格に守り、高い料金タグをつけて販売しています。

 しかし、我々がビジネスを広げている台湾・香港などを含め、今、日本の外で広がっている現象というのは、「音楽に対してアクセスする方法を増やせば、もっともっと多くの人々が音楽を聴くようになる」という変化です。どうバリューを作り上げるのか、という考え方が変化しつつあります。

 これはある意味、音楽業界がどう考えるべきなのか、という、哲学的な現象です。

 ストリーミング・ミュージックに日本のミュージック・レーベルがまだ積極的でなく、それがKKBOXだけでなく、多くの事業者にとって問題になっているのは事実だ。では、それはどうやって、いつ解決されるのだろうか? リン氏は意外なほど楽観的な視点を提示した。

リン:日本国内のビジネスとしては、まずもっとユーザーが必要ですね(笑) 我々はいくつもの問題を解決せねばならないと考えています。

 産業構造的な問題もあります。日本の音楽業界は、ストリーミング・ミュージックを完全に受け入れているわけではありません。そうした理解は、どのサービスにとっても必要なものだと思います。音楽業界に対し、ストリーミング・ミュージックが快適なものである、ということを示さねばなりません。

 日本の音楽業界の難しさですか? うーん、結局は「時間」が解決してくれる問題だと思いますね。日本の音楽業界は、他国ほど急速に売上げが低下していません。アメリカも含め、他の国々はCDの売上げが恐ろしく短期間で落ちていきました。だからそうした国々の音楽業界の人々は「急いで他のボート(ストリーミング・ミュージック)に乗り換えなきゃ!」と感じたわけです。

 しかし日本の音楽業界のボートは、沈んでいるわけではない。いまはまだ、ちょっとした水漏れがある程度です。なので中の人々は、一生懸命パッチあてをしている。しかし、水漏れが止まるわけではなく、いつかは沈むんです。遅かれ早かれ、ストリーミング・ミュージックサービスがなければ、音楽の売上げは落ち続けるだけだ、と理解するでしょう。だからいつかは「わかった。どれでもいい。KKBOXでもSpotifyでもレコチョクでもいいから、ストリーミング・ミュージックへと楽曲を提供しよう」ということになる。

 そうしたことは結局、時間が解決してくれるものです。新しいモデルが浸透し、ボートの沈没を把握するまで、どのくらいの時間がかかるか、という違いにすぎないのです。多分、1年・2年経てば、多くの人々がセールスの状況を見て、最終的にはストリーミング・ミュージックを完全に受け入れてくれるようになるでしょう。その時のために、我々はもっとマーケティングやサービス構築に投資し、ユーザーベースを構築しなくてはなりません。

 その事実を認識するために、誰かが「パンチ」を当てる必要があるかどうか、ですか? それはわからないですね。どこがやるべきだと思います?(笑)

「空軍的攻め方」「インポートブランド」に対抗するには

 現在、欧米のストリーミング・ミュージックの分野では、「Spotify」や「Pandra」といったサービスに注目が集まる傾向にある。特にSpotifyについては、日本でも近々サービスが始まるのでは……と言う観測があり、注目が集まっている。リン氏も認める通り、日本ではまだKKBOXはブランド力もユーザー認知も弱い。アジアの国々でも、Spotifyのように影響力があるサービスが本格的に進出してくると、彼らに基盤を奪われるのでは……と考える人もいる。

 だがリン氏は、Spotifyに代表される欧米のサービスを強く意識しつつも、彼らに「負ける」とは思っていないようだ。その背景にあるのは、アジア市場で彼らが成功している理由とビジネスモデルの存在だ。

リン:現在、Spotifyは日本のネットユーザーから、我々よりも注目されている存在です。しかし私は、心配してはいません。

 確実なこととして言えるのは、コンテンツの問題ではない、ということです。コンテンツの問題については、我々も欧米の大手も、まったく同じ問題に直面しているからです。日本のローカルなコンテンツ調達には、Spotifyであろうが我々であろうが、努力が必要であることにかわりはありません。他方で、ディストリビューションやマーケティングの考え方は、日本とアジアでは異なっています。それぞれの国に合わせ、慎重なローカライズ作業が必須です。

 これは私のコンセプトでもあるのですが、「インポートブランド」にはなりたくないんです。Spotifyにしろ他のサービスにしろ、「西洋からのインポートブランド」という感じがしませんか? 確かに彼らは今、支配的で巨大なものに感じられます。

 でも、我々は反対から入ります。「ローカル」な存在になりたいんです。非常に優れたローカライズチームを持っていますし、日本のチームにも優れたリーダーがいます。彼らは日本の音楽シーンを理解しています。KKBOXを「日本のブランド」として定着させてくれるものと信じています。決して「インポートブランド」になりたくはないです。フレンドリーな存在になりたいのであり、なにかをオーソリティのように押しつける存在になりたくはありません。アーティストとユーザーの間を近くする存在になりたいと考えています。

「インポートブランドでない音楽サービス」とはどんな存在だろう? リン氏はKKBOXの目指すところを「360度の音楽サービス」だという。それはすなわち、オンラインでの配信だけでなく、その国での「音楽を巡るビジネス全体への目配り」を指している。その一例が、「コンサート」との関係だ。

リン:我々は、台湾でコンサートのプロモーション及びプロダクションと、それらの放送も手がけています。KKBOXは今年のうちにはおそらく、台湾・香港において、最大のコンサート・ディストリビューター兼プロモーターになります。

 昨年我々は、50億件のミュージック・ストリーミングを手がけました。今年は100億件に到達するだろうと考えています。これからは「ビッグデータ」が生まれます。誰が・いつ・どんな状況で、どんなアーティストのどの曲を聴いているのか、ということがわかります。そうした情報は、コンサートビジネスにおいて、「その利用者がどんなアーティストを好きなのか」という形で生かされます。コンサートのプロモーターとしては、「どんなコンサートがあって、どうやってチケットを入手すればいいのか」を、適切な消費者側に知ってもらうか、という手段が重要です。結果我々は、最大のコンサートプロモーターになりつつあるのです。

 コンサート展開を含めたビジネス領域の広さや展開のあり方について、リン氏は少々強い言葉で、次のように続ける。

リン:なぜSpotifyは、いまだ広汎な投資を続けているのでしょうか? 私はとても奇妙に思うのです。

 エアラインのチケット手配サービスは、エアラインよりも多くのお金を生み出しています。ホテルのブッキングは、ホテルそのものよりも多くのお金を生み出しています。顧客に近くてデータを持つ企業が、価値あるアセットを得る構造なのです。

 私はアジアにおいては、アメリカなどとは、ビジネスのメンタリティがとても異なっていると考えています。彼ら(欧米)は自然なこととして「1つのビジネスモデル」に固執し、それを世界中に広げていくことに力を尽くします。

 台湾は小さな島ですし、アジアのマーケットは複雑に分断されています。それぞれの国々にはそれぞれのカルチャーがあり、それぞれの国に深く根ざし、市場を理解したビジネスでなければうまくいきません。そのためにも、ビッグデータを活用して深く市場性を理解することが重要なのです。

 我々は「いくつの国に参入したか」という観点で競争をしようとは思っていません。例えば、なぜタイを選んだかといえば、タイではオンライン・オフライン両方で、ベストな音楽体験を提供する事業者になれる、と確信できたからです。

 それに対し、欧米の会社は違います。メジャーなレーベルからライセンスを受けて、100カ国で一気にサービスを展開します。まるで巨大なエアフォースのように、です。我々はエアフォース的な存在ではありません。どちらかといえば小さな陸上部隊ですね(笑)。

 我々は参入する国々でベストな体験を提供できることを狙っています。KKBOXで音楽を配信し、そこでプロモーターと協力してコンサートチケットを売ったりという、音楽全体での体験・環境を重視しています。

 台湾では、コンサートに訪れた際、KKBOXをインストールしたスマートフォンをもっていれば、「いまあなたがコンサートで聴いた曲のセットリストを、プレイリストの形で用意しましたよ」と通知する仕組みが採用されています。そうすることで、オンラインとオフライン、両方の体験を高めているのです。

「サブスクリプションでなにができるか」「ストリーミングでなにができるか」という観点での工夫は、まだ始まりの段階に過ぎないと考えています。音楽には、もっと容易にアクセスできるようになるはずです。もっとビジネス上、できることはたくさんあるはずです。

日本のコンテンツをアジアへ広げる窓口に

 では、そうしたあり方が、日本の音楽ビジネスにとってどうプラスに働く、とリン氏は考えているのだろうか? 日本への「ローカルフィット」は、どう考えているだろうか?

リン:我々は、日本のミュージック・レーベルとも密接なコンタクトをとっています。

 日本の音楽業界の方々には、KKBOXは「音楽を他のアジアの国々へ紹介するためのゲートウエイになりたい」と説明しています。彼らは、我々のネットワークを使い、台湾・香港・マレーシア・タイなどで、日本の音楽をプロモートできるようになります。日本のアーティストをアジアの国々に紹介し、進出してもらうために助力できると考えています。

 これから我々は、もっともっと多くのコンサートをアジアで展開していきます。今、我々の手で、年間100を越えるコンサートが開かれています。我々のコンサートに日本のアーティストを招待し、ライブショーを行ないます。同様に、ライブショーのブロードキャスト・ビジネスも展開中です。香港・台湾では、トップの音楽雑誌パブリシャーと提携し、そちらで情報を出すこともできます。非常に広く、音楽全体をカバーできることになります。毎年記念のコンサートを開いているのですが、今年は台湾に、日本からPerfumeを招待しました。そしてその様子は、多くの国に配信されています。

 我々は日本のアーティストをアジアに紹介することを重要な使命だと考えていますし、日本のミュージック・レーベルも、KKBOXがアジアで彼らのコンテンツをプロモーションする上で、有益な存在だと認めてくれているようです。

 繰り返しになりますが、日本人にとっての「インポートブランド」では意味がありません。もっとローカライズされた存在になりたいのです。

 すなわち、アジア各国への浸透度を生かし、日本の楽曲・アーティストをアジアへ広げられる、という他社にないメリットを生かした上で、日本のミュージック・レーベルとの関係を強化し、その結果として、日本ローカルで魅力のあるサービスにしたい……という発想なのだろう。そうした戦略の背景にあるのは、日本の楽曲・アーティストがアジアに持つ「魅力」「影響力」にもありそうだ。

リン:率直に言って、タイの音楽を、日本の人がたくさん聴くようになるとは思っていません。インドの音楽をたくさん聴く人も少数でしょう。また、アメリカの人が、日本の音楽を大量に聴くようになるとも思っていません。

 これは「文化の拡散」の問題なのです。音楽の流通における「文化的なアドバンテージ」として、台湾の人々はもっと多くの日本の音楽を聴くようになるでしょうし、他の国々もそうです。日本の音楽業界にとっては、きわめて大きな市場が広がっている、ということです。ただし、アメリカ市場に対してはそうではない。ヨーロッパ市場に対しても、そうではないです。

 これが、我々がアジア市場にフォーカスする理由です。KDDIがステークホルダー(利害関係者)として我々を評価する理由でもあります。日本の音楽業界にとっては、デジタル・ミュージックだけではなく、市場全体の価値として「いかに日本のエンターテインメント・カルチャーを、アジアの国々に、もっと浸透させるか」という課題が存在します。

 我々はその一翼を担えます。私の考えとして、Spotifyはそうした役割を担えない。KKBOXに関して言うならば、楽曲提供に関する契約を交わす際、「ライブハウスやスタジオのネットワークがありますから、一緒に台湾やタイで売っていきましょう。音楽フェスに出て行きましょう」と提案できます。多くのことができますよ。配信は音楽ビジネスの一部でしかありません。我々は「トータルプラットフォーム」になりたいのです。

「水のように」使うには支払いの自由度が必要

 もうひとつ、KKBOXが目指していることがある。それは「支払い」も含めた自由度だ。冒頭でリン氏は、「台湾などでKKBOXは、音楽を水のような存在にした」と語っているが、その発言の真意は、支払い自由度の問題と強い関連性がある。

リン:我々は日本で、1カ月単位より短いプランを提供していません。それは現在、ユーザーの動向を見定めている段階だからです。

 人々が課金を止めてしまう最大の理由は、「あんまりこのサービスは使わないな」と感じることです。顧客のデータを見てみると、確かにそういった方はKKBOXを一月に5、6日しか使っていなかったりします。「価値が価格に合わない」と感じるのもしょうがないでしょう。

 そうした人々には、止める前に「『一週間プラン』もあるのですがどうですか? 一月なら980円ですが、一週間だけなら三百数十円で大丈夫ですよ」と聞いてみることができれば、結果は変わってくると思うのです。「それでも不満なら『1日単位のプラン』もありますよ」と提示していくことで、ニーズを満たすポイントを見つけられるのではないか、と考えます。

 料金プランのあり方に厳密であることは、顧客を音楽から遠ざけてしまう、と考えています。ですから、顧客から学んだ上で、どういうプランが必要かを考えていきたいです。

 マレーシアでは、まず「一カ月プラン」を展開しました。非常にたくさんの無料お試し会員を集められたのですが、誰も課金してはくれませんでした。

 我々は、とても間抜けなミスを発見したんですよ。マレーシアでは、多くの人々が「週給」で働いています。毎週支払いがあるので、サブスクリプションについても、月毎でなく「週毎」であるべきだったんです。なので、マレーシアでは週毎課金もしくは日単位課金が主流です。

 ですから我々は、「これが私たちの支払いビジネスモデルです。これを受け入れてください」というやり方はしません。フィードバックを受けて、ベストな形へとフィットさせていくのです。

「月額課金で支払ってくれる人がいるなら、無理に都度課金や週課金にする必要はない。その分余計に支払ってくれるのだから」という意見があります。それはよく分かる。

 でも、月額課金で利用者の引き留め率を上げるというのは、ちょっと「IT業界」的過ぎる。我々はあくまで、KKBOXを「音楽業界の一員」にしたいんです。

 KKBOXの理想としては、インターネットでの音楽を「水」にしたい。水が飲みたい時は、好きなだけ飲めるようにしたいんです。ただし、その分の料金を支払えば、という形で。どれだけ水を使ったのか、メーターを見ればわかりますよね? そこから料金は算出できる。それと同じように、音楽を楽しんだ分だけ支払ってもらう形態になるのが理想です。それがベストな方法だと信じており、そのための方法を顧客から学んでいる最中です。その一つの方法が「フレキシブルなレート設定」です。

 そうした思想は、日本でのビジネスが「KKBOX」独自のブランドに変化していったことにも影響している。

リン:KDDIの「Lismo Unlimited」がKKBOXに合流する前、価格は1,480円でした。いかにも「携帯電話のサービス」という値付けです。

 なのに音楽業界のイメージとしては、「これでも安すぎる」と思ったようです。逆に「モバイル系サービスの価格」として見れば、1,480円というのはいかにも高い。私の感覚から言っても、ちょっと高いです。

 こうした価格に対する意見の相違やアンバランスというものは、よくあることです。そこで、なぜ顧客から学ばないのでしょうか。1,480円というプライスタグは、どうも「ギークのアナロジー」だな、と感じるのです。

 とってもステキな女の子がいたとします。「ああ、お近づきになりたいな」と思いますよね? 仲良くなれれば結婚だってできるかもしれない(笑) でも、高嶺の花では友だちにもなれないでしょう?

 中間的な価格のプランを一緒に提示することで、サービスに対する敷居はもっと低く感じられるはずです。もっと多くのユーザーが課金し、サービスを使い続けてくれます。月額にこだわるのでなく、その時々に応じて使っていただく形でもいいじゃないですか。

 日本はとても特殊な国です。多くの人が、携帯電話事業者に同じように、同じだけの通信料金を支払っている。でも香港や台湾では、通信料金について、それぞれの人々が、利用する通信速度や通信量に応じて料金を支払っています。要は、それと同じことだと思うんですよ。そんなにたくさん使わない人は少なく支払う、という形が自然です。そういう変化は、ありとあらゆるところで広がると思いますけどね。

 ただし、音楽業界がそうした事情を理解するには、まだ少々難しい面があります。なので、ある程度時間は必要でしょう。

「いかに見つけてもらうか」が最大の課題

 サービス的な側面での問題はなんなのだろうか? リン氏は「技術面での喫緊の課題は感じない」というものの、充実させねばならないポイントは明確である、という。それは「音楽発見」の道筋だ。

リン:我々のデータベースには1,000万曲が登録されています。1曲あたり6〜7MBくらいの容量です。では、我々のサービスで、1人あたり、一カ月にどのくらいのデータを使っていると思いますか?

 多くの人がけっこうな量を想像するのですが、答えは「一月90MB以下」です。

 今、何曲のタイトルを思い出せますか? 過去三カ月に何曲を聞いたか、思い出せますか? いいところ、累計で100曲以下じゃないでしょうか。

 人々は1,000万曲にアクセスできて「これで聴き放題だ!」と思っても、実際にプレイリストを構築して聞き始めると、それを繰り返し聞きます。好きな曲はみなプレイリストに含まれてしまうんです。システム的にはローカルへのキャッシュが効くため、ネットワークからの転送量はさらに少なくなります。

 本質は「人々は限られた楽曲を繰り返し聞いている」ということです。そうなると「本当に1,000万曲もの巨大なカタログは必要なの?」という話になってしまいます。どうやってサービス側で「曲の発見を助けて、新しい曲を聴いてもらうのか」が、サービスを使い続けてもらう上では、とても重要な要素になります。

 我々はこの問題を、いくつかの手法で解決しようと考えています。

 一つは、人の手を使うことです。エディター・グループを用意し、人の目と感覚で楽曲を提案することです。

 別の技術的な手法としては、「ビッグデータ」の活用です。あの人がなにを聞いているのか、あなたがなにを聞いているのか、という情報を生かすことです。背景で協調フィルタリング技術を使い、「このタイプのユーザーは、こうした曲を好む」という形で見つけ出し、レコメンドするわけです。Amazonはそれでうまくやっています。我々も同様のアプローチを採ります。

 単に「レコメンドすればいい」とは思っていないんです。クラブで、いいDJと悪いDJの違いはなんでしょう? それは楽曲の選び方ではなく、「選ぶ範囲」なんです。そのタイミングで適切な「範囲」を考え、その時に応じた曲を提示できるよう考えている。そうしたことを行うためのベストの手法を見つけることは、とてもチャレンジングなことです。

 例えば車の中にいて、「新しい曲を次々と聴きたい」という場合には、「ディスカバリーモード」にして、適切な範囲から楽曲を見つけ出して再生していくような形を考えています。5月に提供する新しいクライアントでは、楽曲発見についてのパーソナライズに関する機能を強化し、そうしたニーズに応えていきたいと思います。

 ただし、音楽のレコメンデーションについての考え方は、我々の中でもリサーチ段階のものになります。非常に複雑であり、人々は時には「余計な事はして欲しくない」と感じるものですから。生活にはその場合に応じたムードがあり、シチュエーションがあります。朝に聞きたいアーティストを夕方に聞きたいとは限らない。人々が「どこにいるのか」によっても違いますよね。

 そうしたユーザーの行動があることも我々は理解していますし、それを分析するのに必要なデータも持っています。人々の「振る舞い」を知ってサービスに活かせることが、ビッグデータの本質的な価値です。我々は「音楽の発見」について、まずは小さな一歩から始める予定です。

 アメリカで著名なストリーミング・ミュージックである「Pandra」は1,000万曲ものカタログをもっていません。たった100万曲にも満たないのです。しかし、鍵はどうやって「人々に楽曲があることを届けるか」です。

 とはいうものの「そうしたことよりも優先事項はある」というのも、厳然たる事実だ。それは、冒頭で出てきた「音楽のラインナップ」だ。

リン:重要なことは、日本で最大のプレイリストは「オリコントップ10」だってことです(笑) 人々は常に「ムードにあった曲」を聞きたいわけじゃなくて、単に「今ホットなものがなにか」を知りたい場合だってあります。レコメンドの問題に比べるとずっと浅い話ではありますが、まずはチャートにある楽曲がみな聴ける、カバーされていることが重要な点でもあります。

 それが満たせないことが、ある意味で「産業構造的な問題」です。まずはこの問題を解決しないといけない。その先に、もっともっとディープな楽曲を見つけ出す手法が必要になってくるでしょう。

 結局、鶏と卵の問題のようにループする話ではある。諸外国の流れを見る限り、音楽ビジネスの主軸がCDからオンライン、それもストリーミング・ミュージック中心に移行していくのは避けがたい。時が経ち、日本のミュージック・レーベルがストリーミングに積極的になっていくとすれば、KKBOXとしては、その時を待って、アジアでの力を武器に差別化を図っていくことになるのは間違いない。リン氏としては、準備をしながらその時を待つ段階……という心づもりなのではないだろうか。

 料金やサービスも含め、「水のように音楽を使う」コンセプトは、日本でも成功できるだろうか。他のストリーミング・ミュージックとの差をどうやってわかりやすく示すかが、求められていくことだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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