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ソニーの若手が作る電子ペーパー学習リモコン「HUIS」

理想のリモコンをこだわりの人に届ける

 7月1日、ソニーは「FirstFlight」という新事業を発表した。これは、社内の新規事業創出活動から生まれた製品のクラウドファンディングと、その後の物販・コミュニケーションを組み合わせたものである。

ソニーが立ち上げた「FirstFlight」にて、HUIS REMOTE CONTROLLERのクラウドファンディングがスタートしている

 そのラインナップの中に「HUIS(ハウス) REMOTE CONTROLLER」という製品がある。一言で言えば「学習リモコン」なのだが、狙いがちょっと面白い。開発チームは全員、ソニー入社3年目までの若手で構成されているのだ。HUISの開発チームに、その特徴と「製品化の経緯」を聞いた。

HUIS REMOTE CONTROLLERの開発スタッフ。皆入社3年目までの若いチームだ。取材は、ソニー社内にある新規事業創出向けオフィス「Sony Creative Lounge」で行なわれた

電子ペーパーなど「いまどきのデバイス」で学習リモコンを!

 まず、HUISの特徴を見ていこう。

 HUISは、赤外線を使うリモコンを「ひとつにまとめる」機器だ。その狙いは昔からあるもので、珍しいものではない。ボディは薄く小型のスマートフォンのようで、全面をディスプレイで覆っている。そこにボタンを表示して、カスタマイズしたリモコンを作る。これも、決して珍しい発想ではない。

HUIS REMOTE CONTROLLER。写真はデザイン検討用のモックアップ。スマホより一回り小さく、卓上に立てられる

 今までと違うのは、今時のデバイスをうまく活用していることだ。

 ディスプレイに使われているのは、電子書籍端末にも使われている電子ペーパー。低消費電力と明るい場所での見やすい表示の両立には向いたデバイスだ。

HUISの試作機。デザインは異なるが、機能はほぼ製品と同じものが実装されている

 過去のこうしたリモコンでは、タッチパネルのセンサーは感圧式だった。だがHUISはスマートフォンと同じ静電容量式センサーを使っている。だから、操作感が良い。現在のリモコンには十字キーの重要度が増している。物理ボタンでないと連打は操作しづらく、使い勝手が悪くなるものだが、HUISでは十字キーの操作を「スワイプ」でエミュレーションする仕組みも搭載されていて、タッチセンサーを連打する必要がなくなる。

 リモコンにタッチパネルを使う欠点は、「押したかどうか分かりにくい」ことにある。物理ボタンはカスタマイズしづらいが、パーツコストは安いし「押した感覚」がある。だからタッチパネル・リモコンはマイナーなのだが、HUISでは、「押した感覚」を振動と音でわかるようにしている。

 スマホの振動を思い出してもらえばいい。画面をタッチしてボタン操作をした時にはブルッと震えるため、操作感がきちんと理解できる。実際筆者も試作機を使ってみたが、これなら、フルタッチでも快適に使えるリモコンになりそうな印象を受けた。特に、ボタンを細々と配置したものではなく、必要なものだけを厳選したリモコンを作るには向いていそうだ。

 この種の学習リモコンの問題点は、各ボタンへの機能割り振りがとにかく面倒なことだ。筆者も学習リモコンを使っていた時期があるが、どのボタンにどの機器の機能が割り振られているかを決めるため、エクセルで巨大な表を作って管理していた。工程管理じゃないんだから、普通の人にそんなことはさせられない。HUISの場合、基本は「メーカー名と機器種別を選ぶ」パターン。これは他の製品も同じなのだが、画面のタッチでできるので、より簡単である。

 また、リモコンの「ミックス」ができるのも、HUISの特徴といっていい。テレビのリモコンでは音量とチャンネルと電源だけ、エアコンはオンオフだけ、BDレコーダでは十字キーと番組表ボタンも欲しい……といった感じで、各リモコンから欲しいボタンをチョイスしてまとめ、自分の好きなリモコンを作れる。

 また、リモコン画面は複数用意することができて、リモコン面の端から端へスワイプすることで切り換えて使える。「寝室用」「出かける前用」「普段使い」「特にシンプルなもの」など、使い分けも可能だ。

 こうした要素を全部盛り込みつつ、さらに快適な動作を実現しようとすると、それなりのマシンパワーも必要になる。リモコンはリモコンであるため、過去の学習リモコンには、高度なプロセッサーを搭載したものは少なかったが、HUISは、詳細は未公表ながら、いままでのリモコンよりもはるかに性能の高いプロセッサーが使われている。今時手に入るリーズナブルなプロセッサーはスマートフォン向けのものだから、だいたいそんなところを想像するといいだろう。

 本体下部には、クレードルへの接続端子の他、microUSB端子がある。これが、HUISの充電とデータ連係に使われる。バッテリ動作時間は一カ月程度とリモコンにしては短めだが、microUSBにつないだままでも使えるし、映画を見ている時につないでおけば充電が終わる程度だという。電池切れでコンビニへ走るのと、microUSBでの充電、どちらが今日的かといえば、後者だと感じる。

入社3年目の若手がチームを結成

HUISのチームリーダーである、ソニー・新規事業創出部 EPR事業準備室の八木隆典氏

 冒頭で述べたように、HUISは、ソニーの若手社員のチームで開発されている。そのほとんどが同期入社だ。

 チームリーダーである、ソニー・新規事業創出部 EPR事業準備室の八木隆典氏は次のように経緯を説明する。

八木氏(以下敬称略):私は入社3年目です。入社前から家電のなにが不満なのかをずっと考えていました。リモコンは、もうずっと変化していません。ここではいい改善が出来るのではないか、と思ったんです。リモコンで使いたいボタン、必要なボタンは限られているのに、それがなにかは、人によって違います。

 私は、家具などを選び、部屋を作り込むのが好きなんです。でも、リモコンを選ぶことはできません。現在の学習リモコンが本当に自分の理想か? というと、かなり難しいです。

 HUISを見ると、そのハードウエア構造はスマートフォンに似ている。ならば、スマートフォンのアプリをリモコンにすれば? という発想も出てくる。事実、ソニーを含め、多くのメーカーが「スマホで使うリモコンアプリ」を出している。だが、それらでは単純にリモコンの代替にはならない、と八木氏は言う。

八木:番組表を見ながら使う、といったリッチな表現であれば、スマホのアプリは有効です。しかし、スマホのロックを外してアプリを探して起動して……となると、普通のリモコンに比べ、ワンステップ・ツーステップ増えます。それで使い続けられないんです。

「もってすぐ使える」というリモコンの良さを置き換えるものでなくてはいけないのだ。

 そこで八木氏が目をつけたのが「電子ペーパー」だ。電子ペーパーは、一度表示すれば、書き換えない限り電力を消費しない。リモコンのリモコン面を出しっぱなしにしても問題ないわけだ。これなら、「もってすぐ使える」「カスタマイズ性が高い」という2つの要件を満たすことができる。

 そこで、社内でヒヤリングし、自分にあったボタンだけをピックアップしてリモコンを作る「HUIS」のコンセプトが出来てきた。チームは同期を中心に構成し、ビジネスに向けた環境作りが始まった。

八木:製品化に向けた検討は、入社してすぐに始めました。幸い、社内にそうしたプロジェクトを公開する場があったため、今に至ります。いちばん最初は当然、デバイスもないですから、電子書籍端末に画像を表示してイメージをつかんでもらい、ニーズを検討するところからスタートしています。

 八木氏のいう「社内での公開の場」とは、平井一夫社長直下のプロジェクトとして準備された「Seed Acceleration Program(SAP)」のことである。これは、社内から新規事業の種を公募し、フラットな組織で検討を行ない、素早く製品化を目指す仕組みだ。HUISはSAPの第一期プロジェクトの一つだという。

 今回、HUISが「First Flight」というサービスを経由して販売されるのは、この商品についてのニーズを確認しつつ、興味を持った人々に効率的にプロモーションし、さらに継続的な関係を構築する、という狙いがある。HUISのプロジェクトチームは慎重にニーズの検討をしていた。これまでの市場を見ても、学習リモコンはあくまで「底堅い需要」であり、高価な商品がどんどん売れていくものではない。HUISはハードウエアの内容からいって、開発初期から、それなりの価格になることがわかっていた。そうしたものを誰が、どのくらい求めるのか、逆に誰にどう売り込めばいいのか、といった部分を明確にする必要があるのだ。もちろん、ソニーにはそれなりの勝算があり、製品もほぼ完成に近づいている。しかし、クラウドファンディングの場で方向性を検討することは、現在の「商品と消費者の関係」を考えると、無駄なことではない。

八木:まずは視聴環境を大切にする人、レコーダーとテレビとAVアンプを同時に操作し、さらに映画を見る時はエアコンを弱くしたい……といったこだわりのある人に訴求したいです。つまり、一つのリモコンで複数の機器を次々と操作したい方です。

 あとは、家電やデザインに拘りのある人々。私が「リモコンを選べない」ことに不満を持っていたような人々が中心になります。

継続的に改善、顧客との関係を継続

 AVファン向けということになると、比較的暗いホームシアターでの利用もある。そこで気になったのが、電子ペーパーを使っているということだ。電子ペーパーは反射型ディスプレイであり、だからこそ消費電力が低い。一方、暗いところでは見えづらいため、ホームシアターではつらいのでは、と感じる。HUISにはバックライトやフロントライトがなく、暗い場所ではけっして見やすくはない、と開発チームも認める。一方で、「ボタンが少なく、大まかな場所さえわかれば操作できること」や「多少でも明かりがあれば、リモコン面の確認はできること」などを挙げて、そうした問題は致命的なものではない、ともいう。さらにはこうも続ける。

八木:「このモデルでは解決が難しいのですが、できる限りの使いやすさを目指したいです。振動のフィードバック活用や、なんとなく見える程度の環境でも使いやすい表示のあり方など、改善を続けていきたいです」

 HUISはアップグレートによる改善を前提とした構造になっており、顧客とは継続した関係を築くことが重要である。

 例えば、販売初期にはリモコンの設定はリモコン内で行なうが、後々はウェブアプリのような形でリモコンをPC内で設定するアプリを開発し、「HUISを買う前に試せる」(八木氏)状況を作る。また、ここで作ったデータは保存しておき、microUSBケーブルを介してHUISに流し込み、設定することも考えているという。逆に、設定のバックアップも可能だ。

カスタマイズしたリモコン面の例。画像などを自由に組み合わせることも可能になるという

 さらには、背景画像を読み込んでその上にボタンを配置してオリジナルリモコンを作ったり、そのリモコンデータを交換するサイトを作ったりする計画もある。現状ではリモコン本体上でカスタマイズする関係上、シンプルに「決まった場所にボタンを配置する」くらいのものだが、PC上のツールが提供された場合には、サイズや組み合わせ、並べ方の自由度はもっと高くなる予定だという。

将来的に、作ったリモコンデータを交換するサイトも作る計画も

 こうしたツールは来春までに準備することを目標に開発が進められている。また、HUISの使い勝手についてもフィードバックを受けて、改善につなげていく予定だ。

 そしてその先には、赤外線通信以外でのコントロールも視野に入っている。

八木:メインは赤外線ですが、今後はクレードル経由で、BluetoothやWi-Fi機器との連携も検討していきます。まずは基本から進め、さらに進化させていくつもりです。

 現在はまだ赤外線リモコンが多いが、今後はBluetooth連携の家電も増えていく。そうした時の対応も想定されており、だからリッチなハードウエアで動いている、という部分もあるわけだ。

 HUISは現在、クラウドファンディングを募っている最中だ。先着50台限定の23,000円のコースはすでに終了しているが、25,000円/台や48,000円/2台などのコースが用意されている。目標金額は500万円。商品の内容からいえば、決して高いハードルではない。

 製品の特徴以上に筆者としては、「顧客と関係を築いて販売する小規模ビジネスを、大企業が手がける」形がどう推移するかにも興味がある。ソニーの狙い通り「ヒットの種」になるのか、それとも「底堅いビジネス」で終わるのか。動いているお金以上に、野心的な試みだと感じる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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