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Netflix本社訪問記。ヘイスティングスCEOに聞く「エンタメの革命」

 月額料金制映像配信のパイオニア、Netflixの本社は、アメリカ・カリフォルニア州のロスガトスにある。同社を訪ね、彼らが手がけるテクノロジーの背景と、オリジナルコンテンツ施策を取材した。

 Netflix本社レポートの1本目は、Netflix創業者でCEOのリード・ヘイスティングス氏と、日本法人社長のグレッグ・ピーターズ氏へのインタビューである。Netflixは6月2日(日本時間の6月3日)に、吉本興業と共同制作したオリジナル作品「火花」の配信開始を控えている。その価値や、同社のビジネスの狙いを聞いた。

Netflix本社のあるロスガトスは、アップルやGoogleなどのIT関連企業の多くが本社を構える場所の近くにある。この拠点ではテクノロジー系のスタッフを中心に1,500名が働いている

インターネットによる「エンタメの革命」は進行中

ヘイスティングス氏(以下敬称略):Netflix本社にようこそいらっしゃいました。5年くらい経ても、今回来たことを思い出していただけるのではないか、と思っています。なぜなら、今こそがインターネットでのエンタテインメントの革命の始まりだと思っているからです。インターネットは様々な産業、物流や新聞などを変えました。しかし、映画やテレビショーに対する変化は、いま始まったばかりなのです。

リード・ヘイスティングスCEO

 我々がプロデュースする「火花」は、10時間に及ぶ作品であり、すべて4K・HDRで撮影されています。HDRを中心としたより新しく、美しいビデオフォーマットの変化は、インターネットからスタートしている、と言えます。過去数年、我々はオリジナル作品に多くの投資を行なってきました。ここから数年の間に、他の日本の配信事業者、放送関係者、他の国の配信事業者も、「いまこそ始まりだったんだ」と気づくでしょう。(「火花」の主人公である)コメディアン 2人が、ビデオクオリティの革命に大きく貢献しているわけです(笑)。

 Netflixはオンデマンド配信により、時間の使い方を変えました。一方で、ライバルはサービスの中にライブ配信も組みこもうとしている。モバイル機器も増えていますが?

ヘイスティングス:確かに、Netflixはオンデマンドで見られるショーと映画に特化しています。いつでもどこでも見られるように、です。他のサービスは、確かにリアリタイムの情報、ニュースやスポーツに目を向けています。しかしどちらにしても、インターネットはすべてのエリアでものごとを変えてしまっているのです。

 すなわち、インターネットそのものがオンデマンドなサービスであることがすべての変化だ、と?

ヘイスティングス:マーケティングの観点から言えばそうなのですが、「オンデマンド」にはいろいろな意味があります。広い意味では、DVDだって「オンデマンド」ではありますからね。インターネットとオンデマンド、という意味では、あらゆる機器から使えるようになった、ということを指します。

 オリジナルコンテンツに力を入れてきました。その理由はなんですか? 世界中でオリジナルコンテンツを作るようになったことで、Netflixにどんな変化が生まれていますか?

ヘイスティングス:ディズニー映画のようなライセンスコンテンツは、それぞれの国にそれぞれのマーケットがあります。ある国では配信できても、ある国ではウインドウ戦略の違いから配信できない。世界中でコヒーレントかつコンシステント(まとまっていて一貫性のある)なカタログにはなり得ません。誰にとっても同じように見られるコンテンツを持ちたいのです。我々が作ったものは、フランスで作られたものも、南アメリカで作られたものも、日本で作られたものも北米で作られたものも、同じように世界中で同時に配信されます。それこそが、オリジナルコンテンツに力を入れる理由です。

Netflixオリジナルコンテンツである「ハウス・オブ・カード」は、ネット発のドラマとしては初めてエミー賞を受賞した作品ともなった。本社には、エミー賞のトロフィーも置かれていた

 「火花」はすでに見られましたか? ああいう日本独自のコンテンツを、どう感じられましたか

ヘイスティングス:まだエピソード1だけですが、見ました。先輩である師匠と、彼を追い抜いて成功していく後輩である弟子の物語ですが、悲しみと可笑しみが交互にやってきて、とても人間的な話だと感じました。

 既存のメディアは、新聞なら新聞同士、テレビ局ならテレビ局同士をライバルと思うものです。Netflixはどこがライバルだと考えていますか?

ヘイスティングス:我々はニュースやスポーツは配信しません。ドラマや映画が中心です。ドラマや映画がなにと争っているかといえば、結局は視聴者たちの「時間」を奪い合っているのです。Netflixを見ていない時、ある人はPlayStationで遊んでいるかもしれないし、NHKを見ているのかも知れない。DVDを見ているかもしれないし、あるいは飲み過ぎて寝ているかもしれない(笑)。

 我々は、時間を奪い合うという意味で、非常に広範なものをライバルとして争っているのです。

 ライバル企業の中でもAmazonは、純粋にビデオだけでビジネスしていません。様々なサービスとのセットで戦いを挑んでおり、大きくビジネスモデルが違います。その点をどう見ていますか?

ヘイスティングス:そこは簡単に説明できますよ。Amazonプライムに入っている人は、ほとんどがNetflixにも加入しています。ですから、正直なんの問題もありません。

 今年1月、新たに130カ国でサービスを開始しました。新しい市場を開拓するための戦略は、どのようなものなのでしょうか。

ヘイスティングス:トータルでは190カ国になりました。戦略は「ベストなコンテンツを世界中に届けること」であり、Netflixに加入した人々には、それを楽しんでもらいたいと思っています。

 CESでは基調講演を担当しました。あの場所は、これまでソニーやパナソニック、サムスンといった「家電メーカー」が占めてきた場所でした。そこでNetflixが基調講演を務めたことは、ある種象徴的な出来事だったと思います。あの壇上でなにを考えていたのでしょうか?

ヘイスティングス:Netflixにとって、最初の15年間は、郵送によるDVDサービスを行なっていました。毎日毎日DVDを郵送していたわけです。たくさんの封筒を舐めて(笑)、何百万枚ものDVDを発送するのが仕事だったんです。2005年には、アメリカには郵便局が235箇所あったのですが、私自身、少なくとも半分くらいは実際に行ったんじゃないですかね。ニューヨーク、アリゾナ、テキサスと、ほんとうにどこへでも……。

 CESの基調講演の壇上に立ちながら、私は神に感謝しました。

「おお、ありがとう。もう二度と封筒を舐めなくて済む」とね(笑)。

 今、我々はグローバルな会社になりました。「インターネットの力」によって、です。

「火花」はクオリティに注力

 ここからは、グレッグ・ピーターズ氏にバトンタッチしよう。彼とのインタビューは、日本でのコンテンツ施策が中心になった。

日本法人社長のグレッグ・ピーターズ氏

 すでに述べたように、6月2日(日本時間の6月3日 0:01)からは「火花」の配信がスタートするが、同社としても本作にはかなりの期待をかけている。筆者は一足先に全話を視聴したが、非常にクオリティの高い作品だ。ベストセラー小説のドラマ化であり、そこでイニシアチブをとるのは吉本興業である。だから、正直バラエティ色もあるものになってしまうのか……とも思ったのだが、むしろ逆である。原作小説は、ストーリーよりも「心の動き」に軸を置いた作品だが、それに忠実に、丹念なドラマ化が行われている。絵作りも、テレビドラマとは一線を画した味付けだ。4K・HDRでの映像はまだ見ていないが、いかにも「HDRが映えそう」な作品になっている。

 Netflixとしても、これまでの日本発オリジナルコンテンツとは、少々違う考え方で臨んだようだ。

「火花」についてうかがいます。非常に素晴らしい作品でした。「火花」はNetflixにどんな影響を与えると思いますか?

ピーターズ:我々にとっても、非常に強力なオリジナル作品になりました。又吉直樹さんの芥川賞受賞作は、とても強いストーリーを持つものです。

 私達は、フィルムの出来で語りたいと考えました。「火花」は非常に複雑な要素を持つ作品です。1~2時間の映画にしてしまっては、あのストーリーの本質を十分に語ることはできません。だから、「8~10時間の映画」のような形で構成したのです。廣木隆一監督、沖田修一監督、白石和彌監督といった、本編を担当していただいた方々は、才能あふれるみなさんです。フィルムのクオリティに強いこだわりがあります。

 ですから我々としても、高い技術レベルで臨む必要がありました。4KかつHDRで製作することで、非常に高いビジュアルクオリティを実現できました。

 同時に、これを世界中で同時に配信できることに興奮しています。190カ国以上の人々が同時に見ることができるのです。

 「火花」はとても日本的な作品です。漫才は日本独特の演芸で、他国の人々にはわかりづらいかもしれない。あれを世界中に配信すること、日本的な作品を世界中に配信することを、どのように考えていますか?

ピーターズ:おっしゃる通りです。漫才についてもそうですし、「先輩・後輩」という関係についてもそうです。漫才に、求道的かつ情熱的に取り組む姿は、平凡な生活では得られないものです。私はそれが、日本のカルチャーであり特質であるとも感じます。まさに日本的です。

 しかし同時に、これは普遍的なヒューマンストーリーである、とも思うのです。人生の困難に立ち向かう2人の関係を描くものです。そうした部分を、誰もが好ましく感じるでしょう。

 過去であれば、他国からは、そうした作品は映画祭やDVDなどで見つけなければ触れることができませんでした。しかし今は、ワンクリックで世界中から見られます。

 また、レコメンデーションシステムの存在により、こうしたストーリーを好む人々、コメディが好きな人もいるでしょうし、2人の関係の持つドラマ性を好む人もいるでしょうが、そうした人々にレコメンドし、提示できます。その中ににはきっと、日本のドラマを見たことがない人もいるはずです。しかし見てくれれば、気に入ってくれるでしょうし、多くの支持者を集められるでしょう。

 「火花」を選んだ理由、あそこまで丁寧な製作体制を選んだ理由はなんでしょう? フジテレビとの関係とは、また違ったものだろうと思います。

ピーターズ:そうですね。フジテレビとのコラボレーションについても、複数の良い結果を得ています。例えば「テラスハウス」については、熱心なファンを獲得することができました。実は、日本の外にも熱心なファンが増えているんですよ。台湾や南米、そしてNetflixの記事から見つけた北米の女性ファンなどです。ああいったコンテンツが国際的にヒットするという証明になりました。

 とはいえ、「火花」がテラスハウスともまた異なった製作体制であったのも、事実です。まったく異なる聴衆にアピールするものだからです。

「火花」がこのタイミングで配信されるのは、意図的なものなのか、製作のタイミングの問題かどちらですか? 日本でのローンチ時にあれば、より効果的だったと感じますが。

ピーターズ:我々はできる限り素早く日本でのオリジナル作品を立ち上げようとしました。日本の消費者にとって、日本のコンテンツがきわめて重要であると認識していたからです。しかし、すでに配信済みのオリジナル作品とは異なり、「火花」は、キャストや監督の決定、ストーリーの確定など、様々な理由から、少々準備に時間がかかりました。急ごうとは思ったのですが、「火花」のようなハイクオリティな作品を作るには、それだけの時間がかかったのです。

日本人は特にローカルコンテンツを好む特質があり、そこが、ライバルとNetflixを比較するポイントにもなっています。コンテンツの見られ方・増やし方などどう意識していますか?

ピーターズ:確かに、日本の利用者はローカルコンテンツにこだわりますが、一方で海外からの作品も視聴しています。我々のゴールは両方のユーザーを満足させることです。我々がスタートした時、ターゲットした顧客はアーリーアダプターであり、テクノロジーが好きで、かつドラマを愛している人たちでした。そこから利用者が広がるにつれ、よりローカルコンテンツを求めるようになりますから、ライセンスの取得は進めなくてはなりません。

 しかし同様にわかってきたのは、海外ドラマを見たことがなかった、という人でも、Netflixでいい海外ドラマを見つけると、それを容易に見るようになる、ということなのです。これは、海外の利用者が日本のドラマを発見して見るようになる、ということと同じ流れです。

 とはいえ、もちろん、皆様にご満足いただけるよう、ローカルコンテンツの獲得に努めます。

「火花」の海外配信の時には、英語やフランス語など、他言語への「吹き替え」も用意されるのですか?

ピーターズ:いえ、まずは字幕での対応になります。

 HDRと4Kは、Netflixにとってどのような意味を持ちますか?

ピーターズ:我々のコミットメントは、そうした部分でもリーディングエッジでい続けることです。重要なのは、数以上にドラマのクオリティです。ストーリーやプロダクションのクオリティが重要です。「火花」については、4K+HDRに関し、非常に初期段階での製作となりましたから、クリエイティブなものを作る上で4K+HDRがどれほど効果的なのか、ということを丹念に説明しながら進めました。

 モバイルデバイスに特化したサービスのチューニングはどうなっていますか?

ピーターズ:すべての国々で、モバイルデバイスへの移行は起きています。が、それ以上にPCベースから「テレビ」視聴への移行が大きい、というところです。一方、日本や韓国については、おっしゃる通りモバイルでの視聴が多くなっています。日本での利用率は、明確に他国より上です。モバイルネットワークでの利用も多くなっているのですが、同時にWi-Fiからの視聴も増えているのですよ。自宅でくつろいで見る時に、モバイル機器+Wi-Fiで、ということは当然多い。これは、同じモバイルデバイスでも振る舞いがまったく異なります。

 日本で「ネットでビデオを見る」という行為自身が、急速に一般化しようとしています。事業を進める上での手応えを教えてください。

ピーターズ:キャッチアップTVやストリーミングでの生配信も含め、ネット動画を見る行為が広がっている、ということは、大きな追い風です。オンラインストリーミングが放送とどう違うのかを、多くの人が学び始めている、ということだからです。日本の消費者は、まだ、そこまでオンラインストリーミングを利用しているわけではありません。学びつつある段階です。私たちの使命は、より多くの人々にこうした体験を知っていただくことであり、そこで最高のクオリティのものを提供し続けることです。技術的な部分はもちろん、素晴らしいストーリーで高いクオリティの作品を、すぐに見つけられる形で提供することが重要です。

 サービスをスタートして以降、ユーザーあたりの平均視聴時間はどんどん伸びています。これは価値を認めていただけた印であり、我々にとってとても良い兆候です。この勢いを維持し、さらなる成長を目指します。

Netflix社内にあった、オリジナルコンテンツを一覧できるパネル。もちろん、これまでに日本から配信された作品も含まれていた。今後「火花」もここに追加される。

 ストリーミングでは、特にいまはアニメが強い。アニメでのオリジナルコンテンツ展開はどうなりますか?

ピーターズ:おっしゃる通りです。アニメに関するオリジナルコンテンツ開発を加速します。ライセンス獲得も増やします。ポリゴンピクチュアズと「シドニアの騎士」「亜人」を展開してきましたが、もうすぐ、非常にビッグなタイトルの発表を控えています。まだお話できませんが。近日中に公開します。このジャンルは、もっともっと拡充していきます。

西田 宗千佳