西田宗千佳の
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ハイビジョンが“ケータイ動画撮影”の世界を変える

~ケータイでHD「Mobile Hi-Vision CAM Wooo」の秘密~


左からカシオ日立モバイルコミュニケーションズ 光永氏、三村氏、佐藤氏、日立製作所 デザイン本部 野村氏

 ここ1年くらいの間、携帯電話やデジカメのメーカーの取材をしている中で、メーカー側に問われることの多い質問があった。それは、「携帯電話にハイビジョンムービーってどう思いますか?」と質問だ。

 携帯電話でのムービー撮影が一般化し、誰もが「次はハイビジョン」と思っていた。だが、一方で搭載を逡巡し続けていた機能でもあった、ということなのだろう。

 そんな「ハイビジョンムービー搭載携帯電話」がついに発売された。auが販売する日立の「Mobile Hi-Vision CAM Wooo」(以下Woooケータイ)がそれである。国内では初となる「ハイビジョン対応」を実現した意図と、そのための技術はどのようなものだったのだろうか? 同製品の開発と商品企画を担当した人々から、その秘密を聞いた。


 


■ 誰もが高画質に思う「ハイビジョン」。日常の動画撮影を携帯電話で満たす

 まず、商品の概要をおさらいしておこう。

Mobile Hi-Vision CAM Wooo

 携帯電話としては、現在の「ハイスペック製品」の特徴を網羅したもの、といっていい。キャリアーはau。LISMOやRun&Walk、じぶん銀行といった、同社の最新のサービスにすべて対応している。基本的には2つ折りタイプのボディだが、ウェブを見る時などのために、本体を閉じた状態で画面を「横向き」に開く(PCでいうところのクラムシェル状態)こともできる。

 ディスプレイのサイズは3.0型/フルワイドVGA(854×480ドット)のIPS液晶であり、画質・精細度ともに良好である。カメラ部が大きく厚みがあるため、サイズ的には一般的な携帯電話よりはやや大きくなっており、外形寸法は約118×50×19.9mm、重量は約152g。


黒(マイカブラック)、青(レイズブルー)、赤(カシスレッド)の3色を用意iPhone 3GSやSH-05Aとの比較。レンズの厚みのため、本体全体がかなり分厚くなっている

 だが、Woooケータイにとって特徴は「電話」の部分にあるのではない。やはり「ハイビジョン・ムービー対応」こそが最大の価値である。ボディの中でも目立つのは、光学3倍ズーム機能を内蔵したレンズ部だ。

 ヒンジの部分に巨大なレンズが組みこまれ、いかにも「ムービー重視」といったたたずまいである。詳しくは後述するが、この構造は見た目だけのものではなく、ハイビジョンムービーを実現するためには、技術的に必要なものである。携帯電話としての形を出来る限り維持しつつ、ハイビジョンで映像を記録する機能を搭載した、という印象である。

本体を横向きに使う「ワイドオープン・スタイル」。主に映像の視聴やウェブ閲覧時に威力を発揮する中央の四角いブロックがレンズ部。ヒンジの真ん中に挟まるような構造で固定されている。本体の厚みはほぼこのレンズ部の厚みで決まっており、非常に存在感がある撮影時はこのようなスタイルで使う。キーのある本体部を右手で持ち、液晶部をのぞき込むようにして使う。ただし、ビデオカメラと違い、液晶を上向きに大きくチルトさせることはできない。また、液晶を見ながらの自分撮りも難しい

 ビデオカメラとしての操作ボタンは側面に用意されており、液晶面を開き、レンズを相手に向ける形で使う。液晶面の回転方向には制限があるものの、一般的なカムコーダーに近い感覚で利用できる。

 最大撮影解像度は1,280×720ドット/30fpsの720p。映像はmicroSDカードへ記録し、フォーマットは3GPP2(映像コーデックはH.264、音声はAAC)となっている。HDの録画モードは高画質(HQ)/標準(HM)/長時間(HL)の3種類。また、640×480ドット(VGA)、320×240ドット(QVGA)、176×144ドット(QCIF)のSD録画モードも用意する。

 携帯電話にハイビジョンムービーを搭載する、という発想は珍しいものではない。だが、実際にやるとなると話は別だ。どのような狙いで作られたものなのだろうか?

 Woooの商品企画を担当した、カシオ日立モバイルコミュニケーションズ・第一事業部・戦略推進グループ・商品企画チームの佐藤恵理奈氏は、次のように語る。

カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 第一事業部 戦略推進グループ 商品企画チーム 佐藤氏

佐藤氏:元々Woooケータイでは動画を重視しようと考えていましたので、ハイビジョンムービーの検討は早い段階から行なっていました。その中で考えたのは、写真機能における「メガピクセル」の存在です。

 当初ケータイのデジカメ機能というのは、画質的にもさほどいいものではありませんでした。消費者も「ケータイの写真は画質が悪いもの」という意識が強かったと思います。

 しかし「メガピクセル」、100万画素クラスのCCDを搭載した携帯電話の登場により、変わりました。携帯でも、みんなで見て、紙に印刷して楽しめるレベルと、なったのが「メガピクセル」だったのではないでしょうか。

 では、動画の場合にはそれは何なのか? と考えた結果出てきたのが、「ハイビジョン」だったんです。多くの人にとって、聞いただけで「高画質」と分かるのがハイビジョン、ということです。

 同社が、Woooケータイの製品化に伴って行なった市場調査によると、「携帯電話でハイビジョンムービーを撮影したい」という人の割合は、「とても重視する」「やや重視する」という人を合わせると、全体の81%を超えたという。「どうせ動画を撮るならハイビジョンで撮りたい」という欲求が、それだけ大きいということなのだろう。

 動画をカジュアルに撮影する、というだけならば、ハイビジョンである必要はない。そもそも、携帯電話に内蔵されている液晶ディスプレイでは、ハイビジョンの映像など見れないし、携帯電話のネットワーク速度で転送できるものでもない。最近は、iPhoneやHT-03Aのように「YouTube連携」を謳う動画撮影機能を備えた携帯電話が増えているが、Woooケータイは動画をウリにする製品でありながら、動画のネットワーク連携については、従来の「動画メール」レベルであり、特別な機能を持ち合わせているわけではない。

 佐藤氏も「通信規格がLTE(注:携帯電話の次世代通信規格)にならないと、ハイビジョン動画の扱いは難しいのでは」と話し、今回の製品では重視しなかったことを認める。ただし、一旦ハイビジョンで撮影したものを、簡単に一部だけ切り出したり、端末内でQCIF(176×144ドット)に縮小することは出来るようになっている。そうした上でコミュニケーションに生かすことはできるわけだ。

佐藤氏:ビデオカメラというのは、どうしても「子育て」市場が中心です。しかし、常に持ち歩く携帯電話にビデオカメラが搭載されると、「ちょい撮り」といいますか、普段の生活や旅行などでの活用が多くなります。我々が狙ったのはそういう方向性なのです。

 すなわち、Woooケータイは「通信機器とビデオカメラの融合商品」ではなく、「携帯電話の持ち運びスタイルを生かしたビデオカメラ」である、といってもいいわけだ。

カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 日立営業グループ マーケティングチーム 光永氏

 同社がこのような分析をするには背景となるデータが存在する。その点について、マーケティングを担当する、光永博史氏は次のように説明する。

光永氏:背景となるのが、ビデオカメラの世帯普及率です。ここ数年、ビデオカメラの世帯普及率はほぼ横ばいですが、デジタルカメラは、少しずつ伸びています。他方で、YouTubeに代表される動画共有サイトの利用も2006年以降、急速に伸びています。それだけ、動画撮影のカジュアル化が広がっているのです。

 すでに述べたように、お客様の大多数が「携帯電話でハイビジョン撮影が出来るなら、ぜひ利用したい」とおっしゃっています。ならば、そこにフォーカスした商品が望まれるだろう、と考えたわけです。


レンズ部。F値や35mm換算の焦点距離などが記されている

「ハイビジョン=画質の良いムービー機能」という点をアピールするために、Woooケータイは外観や機能も工夫されている。

 レンズの周りには、「いかにもカメラ」っぽく、ズーム倍率やレンズのF値などが書き込まれ、各メニューの「初期位置」も、まずHD対応ビデオカメラ機能が選ばれるようになっている。

 また、撮影した映像をテレビで見るため、携帯電話としては初めてHDMI端子(ミニタイプ)が搭載されている。端子を隠すためのふたには「HDMI」と大きく書き込まれている。これはわかりやすくするため、という意味合いももちろんあるが、「HDMIがあるということで、高画質で楽しめる、という印象をわかりやすく演出する」(佐藤氏)という意図もある、という。

Woooケータイのメインメニュー。最初にフォーカスがあたる中央のアイコンが「HDムービー」になっているHD以外の動画撮影機能も用意している端子のふたには「HDMI」の文字

 


■ 完全新規開発のズームレンズを搭載。デザインも「レンズのサイズ」に依存

 通信との融合を指向するのでなく、わかりやすい「ハイビジョン」という切り口を目指した、とだけ聞くと、ITやAVに詳しい人の中には、「マーケティング先行の、底の浅い商品なのではないか」という印象を持つ人もいるかもしれない。

 実は、最初に製品の情報を聞いた時、筆者もそう思った。無理矢理ハイビジョン対応のデバイスを搭載しただけの商品なのではないか、と感じたのだ。

 だが、この商品の狙いは違う。佐藤氏や光永氏のいう通り、あえて「携帯電話という形」を利用したビデオカメラの新製品、という意味合いが強いのだ。

開発設計本部 ハード設計グループ リーダーの三村氏

 そのため、ビデオ撮影のクオリティを維持することを目的に、技術的な面では出来る限りの配慮がなされている。

 例えばレンズ部。すでに述べたように、Woooケータイのレンズは光学3倍。動画デジカメとして見ればそれほど目を見張るものではないが、携帯電話用と考えればトップクラスの性能を持つ。Woooケータイの技術開発を担当した開発設計本部 ハード設計グループ リーダーの三村将夫氏は、その特徴を次のように話す。

三村氏:今回搭載したカメラモジュールは、モーターからすべてカスタムで開発したものです。センサーは500万画素ですが、これは、720pの映像を30fpsで出す、という前提で選択しました。しかも、静止画もきれいに撮れる、というレンジですと、サイズ、特性ともにこのレベルが良いだろう、と思っています。元々は静止画用のセンサーなのですが、読み出し方式を変え、動画にも対応させて使っています。

Woooケータイのカメラモジュール。500万画素、1/3.2インチCMOSセンサーと、6枚レンズ、光学手ぶれ補正機能付き3倍ズームレンズが組みこまれ、携帯電話向けとしては破格に大きなモジュールだ

 センサーのサイズは1/3.2インチです。現在はさらに小さなサイズのものも登場していますが、今回はこのサイズを使いました。これよりも小さな面積のものですと、ズームした時の感度が落ちるため、その点も配慮して、このサイズでこの画素数を選んだ、というところがあります。

佐藤氏:実は、当初光学ズームは技術的に厳しいのでどうしようか、かなり迷いました。しかし、ムービーの場合、上下左右への動きに対応するために、どうしても手ぶれ補正が必要になりますし、前後の動きに追従しようとすると、ズームが必要になります。ユーザー調査をしてもズームを望む声が大きかったのです。

三村氏:「ビデオカメラ」と考えると、数分ではなく、1時間以上連続して撮影できなくてはなりません。そうなると、消費電力と発熱の問題が厳しくなります。発熱については、本体内で構造を支えるために使っているマグネシウムのフレームを使って逃がしています。消費電力についても、なんとかがんばって長時間の録画を実現しています。


日立製作所 デザイン本部 ホームソリューションデザイン部 野村氏

 他方、大きなズームレンズのために制約を受けたのがデザイン面だ。デザインを担当した、日立製作所 デザイン本部 ホームソリューションデザイン部の野村皓太郎氏は、「早期に、いままでの携帯電話と同じスタイルが採れないことは分かっていたので、色々と工夫が必要になった」と話す。

野村氏:普通の携帯電話ならばレンズが小さいので、ボディの中に埋め込んでしまえますが、この製品ではモジュールが大きいので、そのまま埋め込むと後ろにものすごく飛び出してしまいます。

 液晶側とキー側の間で高さが稼げるところはどこだろう、と考えた結果、現在のようなデザインになったんです。

 携帯電話というと縦に持って映像を撮影するものでしたが、ビデオカメラは横に持ちます。ビデオカメラという意味では、横に持つ形になじみもありますし、撮影時に疲れにくい、ということもあります。ビデオカメラのデザイン担当とも話し合い、このような形を考えました。

 それに、操作ボタンもビデオカメラに合わせました。撮影時のスタイルに持つと、テンキーの部分に操作用のダイレクトボタンができるようにしています。よく見ると、ボタン名称が印刷してあるのがおわかりだと思うのですが。ビデオ撮影時は、画面上でメニューを操作させるのが難しいですから、ダイレクトボタンが重要だと考えました。

本体右側面にある「録画」用ボタン。ズーム用のボタンは二段階動作になっており、長押しだと高速ズーム、軽く押すとゆっくりとしたズームになっているキー部を横に見ると、「顔ピタ」や「ホワイトバランス設定」といった機能を呼びだすためのダイレクトボタンが見えてくる。テンキーとの併用で実現された、うまい仕組みである

 Woooケータイは、多くの部分で日立のビデオカメラの機能を受け継いでいる。約1秒で録画スタートできる「秒撮」モードや顔検出機能「顔ピタ」などを搭載するためのノウハウは、ビデオカメラのWoooから得ている。また新たに、ズーム操作と連動させ、ズームした遠くの人物の声など音ににズームする「音声ズーム」機能を搭載している。

 他方で、携帯電話ならではの厳しさもあったようだ。

三村氏:特に厳しかったのが「落下」に対する強度保証です。携帯電話ですから、落としてしまう可能性も高い、ということで、ビデオカメラよりも厳しい基準で作られています。

野村氏:レンズ部が目立つのには、落下の衝撃からモジュールを守る、という意味合いもあるのです。

 


■ ハイビジョンで見るには「HDMI」と「PC」を利用

 すでに述べたように、Woooケータイは720pで映像を撮影できるものの、その液晶画面だけではハイビジョンのクオリティを楽しめない。また、メールなどで送ることもできない。「ビデオカメラとしての能力」を確実に生かすには、HDMIでテレビと接続するか、パソコンにデータを取り込む必要がある。

 HDMIで接続した場合、テレビには映像だけでなくUIも表示されるので、映像の選択などの操作も容易だ。そして、もうひとつ有効な機能がある。

HDMI接続に対応し、リンク機能の「Woooリンク」も備えている

佐藤氏:今回は、Woooリンクにも対応しました。これが思いのほか便利なんです。携帯電話を直接操作せず、テレビのリモコンで操作ができるため、みんなで映像を見る時に効果を発揮します。

 動作保証の関係から、カタログ上の表示では、あくまで日立のテレビと連携する「Woooリンク」機能、ということになっているが、その中身はHDMI CEC。そのため、HDMI CEC対応のテレビであれば、動作する可能性は高い。レコーダーなどのように元々リモコンがある機器でなく、小さなポータブルデバイスでHDMI CECが便利、というのは、ちょっとした盲点といえる。


HDMIリンク時の表示。携帯電話上でのUIもそのままテレビに表示され、映像の選択などが行える。HDMI CEC対応のテレビであれば、テレビのリモコンでそのまま操作できるのが大きなメリットとなる

 パソコンとの連携は、Woooケータイ側に特別な機能があるわけではない。公式にビデオ編集ソフトとして推奨されているのは、「CyberLink PowerDirector」。体験版が無償ダウンロードできる他、ユーザー向けには、優待販売も8月25日から行なわれる。

 PCの世界で見ると、3GPP2よりもAVIやQuickTime(mov)、MP4といったファイル形式(ファイルコンテナ)の方が一般的にも思えるが、同社が3GPP2を選んだのには理由がある。

佐藤氏:ほとんどのパソコンで、QuickTimeさえ入れれば再生できて、互換性が高い、という点で選択しました。また、携帯電話では標準的なフォーマットであるので、開発上都合が良い、という事情もあります。

 将来的な家電との連携を考えると、AVCHDやBlu-rayのフォーマットに合わせたおいた方がいいのでは、とも思うが、PCでの視聴を考えれば、特に問題ないのは確かだ。ちなみに3GPP2は、QuickTime 6.5以降の他、Windows 7でも標準サポート・フォーマットとなっている。

動画サンプル。撮影モードは最高画質モード(HQ、9Mbps)
再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 佐藤氏と光永氏は、Woooケータイの録画画質を「きちんと残しておけるクオリティ」と話す。今回は、それほど多くのシーンでの評価ができたわけではないが、スナップ感覚で撮影してみた限り、クオリティは最新のHDビデオカメラには及ばず、昨今のHD動画対応デジタルカメラの若干下、といったところだ。とはいえ、SD解像度の動画よりは当然高画質だし、携帯電話内蔵と考えれば十二分にハイクオリティだ。

 カメラにこだわりのある人から見れば、「携帯電話ですべてを済ます」のはナンセンスだろう。だが、イベントがある日以外はデジカメを持ち歩かず、普段は携帯電話で済ませているという人が多いのも事実。そこを狙う日立の作戦は、確かにアリかもしれない。

 また、“ビデオカメラ”という製品カテゴリも、アメリカではFlipVideoのような低価格製品に押され、日本ではデジタルカメラに押されている。一部の高付加価値製品以外は、それらの製品に飲み込まれていくかも知れない。Woooケータイの先にある「ハイビジョン対応ケータイ」も、それら「ビデオカメラを浸食するもの」の一つと考えて良さそうだ。

(2009年 8月 20日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]