西田宗千佳の
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パナソニックの考える「これからのテレビ」とは

~「VIERA Connect」へ、ネイティブアプリゲームも対応~


パナソニック AVCネットワークス社 技術統括センター 技術企画グループ サービスアライアンス室の池田浩幸室長

 2011年、パナソニックは北米にて、ネット対応テレビのブランドを変更した。

 2008年以降使ってきた「VIERA Cast」から「VIERA Connect」へ。この変化は、なにを意味しているのだろうか?

  ブランドと機能の刷新に込められた狙いを、パナソニック・AVCネットワークス社 技術統括センター 技術企画グループ サービスアライアンス室の池田浩幸室長に聞いた。



■ 「オープンプラットフォーム」でのアプリ追加ビジネスをスタート

 「VIERA Cast」は、その名の通り、同社のテレビ「VIERA」のネット機能として搭載されてきたものだ。2008年のCESで発表され、YouTubeやPicasaなどとの連携を皮切りに、現在はNetflixやHuluなど、様々なネットコンテンツに対応している。映像配信系をテレビで利用する機能としては草分け的なものであるが、現時点では、他社もすでに同様の機能をテレビに搭載してきているため、「独自のもの」とは言い難い部分もある。

 今回、1月5日の記者会見で発表された「VIERA Connect」への切り替えは、より新しい機能への進化を象徴するものである。

 池田氏は、VIERA Castがスタートした時から、一貫してこの種のサービスの技術開発を担当しているという。

「自分としては、極端に変わったつもりはないんですが」。そう笑いながらも池田氏は、「Cast」から「Connect」への変化を次のように説明する。

池田氏(以下敬称略):「Cast」という言葉は「Broadcast」のように、どちらかといえば情報提供する側が一方的に「投げる」印象があり、言葉としてよろしくないのでは、ということはありました。また消費者調査の結果、VIERA Castという名称が「ネット接続に使われるサービスである」という認知度が低かった。そのため、ブランド変更する必要があるという結論に至ったのです。

 もちろん、理由はそれだけではない。名称変更を行なう最大のきっかけは、機能面での進化にある。中でも大きいのは「アプリの追加」を全面に押し出したことだ。iPhoneやAndroid携帯などのスマートフォンでは、「アプリ追加」による機能の追加、改善による進化が大きな魅力だ。技術的には大きな違いもあるのだが、ユーザーの目からは、VIERA Connectでのアプリ追加も似たような印象を受けるだろう。アプリは「VIERA Connect Market」(以下マーケット)という画面から呼び出し、自由に追加していける。中には無料のものもあれば、有料のものもある。

 VIERA Castの時代にも、後からダウンロードでサービスの追加が行なわれることはあった。例えば、新たなネット配信に対応した場合などだ。だが、そのラインナップはあくまで「パナソニックが選んだパートナー」のものであり、自分で追加する機能を選べるわけではなかった。

 VIERA Connectでは、スマートフォン用のアプリストアと同様、「安定性や、最低限の公序良俗などの審査はある」(池田氏)ものの、どんな人々でも自由に「VIERA用のアプリ市場」に参入し、ビジネスを展開できる。このあたりも、スマートフォン用のアプリストアと同等である。

池田:テレビの上でなにをするのかは、まだまだ議論があります。ですから、我々が思いつかないような部分を見つけてほしいんです。若干の審査はさせていただきますが、そういった部分で自由な発想を妨げるようなことはしません。

 マーケットを用意して、そこを経由してアプリを販売する理由は、中小のデベロッパーを支援するためです。大手の事業者であれば、自らのサービス内に課金機能を持たせ、自ら決済することができます。実際、現在の有料映像配信系サービスはそうなっています。ですが、規模の小さな企業の場合、自ら課金システムを持つのは難しい。それにユーザーの目線で見ても、いろんなサービスにクレジットカードの情報が分散するのはあまり気持ちの良いものではありません。パナソニックがその役割を代行するなら、登録は一度で済みますし。

 また、自分で好きなものだけを追加していく、という考え方になったのは、操作性向上の目的もあります。VIERA Connectでは、画面上にアイコンを並べていく形をとっています。ですが、今後アプリの数が増えていくと、ページ切り替えの回数も多くなり、操作が煩雑になりますから、それを防ぎたい、という意味合いもあるんです。

VIERA Connect Marketの画面。iPhoneなどのアプリ配信と同じく、気になるアプリを選んで「有料」で買える。もちろん無料のものもある。左上には、現在放送中の番組が表示されているVIERA Connectの操作画面。追加したアプリが「レイヤー」のように並んで表示される。大量に最初から追加しておくとわかりにくくなりやすいため、自分で好きなものを配置していくことを考えたという

■ ネイティブアプリで「ゲーム」にも対応! 健康機器との連携を主軸に

 ここで重要なのは「アプリ」をどのような手法で開発するのか、という点だ。スマートフォン用のアプリはほぼすべてが、パソコン用アプリと同じく、いわゆる「プログラム」、要はネイティブコードと、ハードウエアを活用するAPIを使って記述されている。

 だが、テレビのような「家電」では、ネイティブコードでアプリを書く方法は公開されないのが一般的である。「テレビ向けアプリストア」をスタートしている、サムスン電子とLG電子の場合も、HTMLやJava Script、もしくはFlashを使ったいわゆる「ウェブアプリ」的な手法を採用している。特にサムスン電子は、今回のCESにて、はじめてAdobe AIRをテレビ向けとして採用することを発表している。

 VIERA Connectの場合にも、アプリ開発の基本は「ウェブアプリ」的アプローチである点に変わりはない。だが、それだけではないのがユニークな点だ。

池田:VIERA Connectでは、2つのアプローチを採ります。

 基本は、HTMLとJava Scriptを使った手法です。こちらは仕様を広く公開し、誰もが利用できます。マーケット・アプリの中心はこちらになります。

 デベロッパー向けのサイトはこの春から公開することになります。そこでデベロッパー登録をしていただき、我々が審査を行なった上で公開していきます。

 もうひとつは、「ユニフィエ」のAPIをネイティブに利用するアプリです。こちらは弊社と提携した、特定のデベロッパーの方々にのみ公開することになります。

 ネイティブアプリの代表が、プレスカンファレンスでも発表された「ゲーム」だ。iPhoneなどスマートフォン向けゲームで活躍するGameloftが、iPhone向けに提供しているものとほぼ同じものをVIERA向けにも開発、提供していく。

Gameloftが開発したレースゲームを、VIERA上でプレイ。VIERAに繋いだUSBパッドで普通に遊べる。画質的には、iPhone用ゲームを拡大表示したような印象だ

池田:VIERAで利用しているプロセッサーである「ユニフィエ」には、意外と高度な3DCGを扱う機能があります。これまではAPIが用意されておらず、うまく利用するのが難しかったのですが、VIERA Connect向けに整備を行ないました。Gameloftさんのゲームは、その一例です。

 テレビでゲームができる、というと、「パナソニックがふたたび家庭用ゲーム市場に参入」という風にも感じそうだ。だが池田氏は「そういった意図はまったくない」と話す。

池田:ゲームは(ネイティブAPIを使ったアプリとしては)中心ではない、と考えています。むしろ期待しているのは「ヘルスケア」などの用途です。センサーと連携したサービスなどが有望でしょう。

 テレビ向けとしてはそれなりに強力、とはいうものの、ユニフィエが持つ3DCGの能力は、現役のゲーム機ほど高いものではない。また、マーケットで販売されるアプリの規模も、現在のスマートフォン用と同様に、あまり大きなものにはならないようだ。現在スマートフォンで遊ばれているような「ちょっとしたゲーム」を提供する、というレベルと考えて良さそうだ。ちょっと暇つぶしにゲームでも、といったカジュアルな用途向けという点でも、スマートフォンのそれとかなり近い。

 むしろヘルスケア向けアプリならば、規模の点でも能力の点でも問題は出にくい。会見でも、血圧計と連動したBODYMEDIAのアプリが紹介された他、展示会場では、体重計やトレッドミルとの連動デモも行なわれた。会見ではBODYMEDIA社の名前だけが挙げられたが、実機デモの中には、体重計でおなじみのタニタの名もあり、様々なパートナーとの連携が想定されているようだ。

 テレビで健康機器連携、というとWiiが思い出されるが、VIERAの場合には「テレビそのもの」であるため、いろいろとユニークな工夫が考えられる。展示会場でのデモでも、好きなテレビ番組を見ながら健康管理をする、という用途が示されていた。

BODYMEDIAの健康管理サービス。体重計や血圧計と連動、継続的な体調変化をチェックできるWithingのWifi対応体重計。VIERA Connectで提供されるサービスと連携、テレビ上で毎日の体重がチェックできる

 ネイティブアプリに対応するということは、それだけ用途と可能性を広げられる、ということでもある。

 だが他方で問題となるのが「開発の難易度」である。ウェブアプリはオープンスタンダードな技術を利用するため、機器による差が出にくく、その分開発のハードルが低い。だがネイティブアプリは当然、機器によって差が出るため、「VIERAに向けた専用の開発」が必要になる。テレビにおいてネイティブアプリ開発を第三者企業に公開してこなかったのは、開発難易度と継続的なサポートが難しいためでもある。

池田:その点はおっしゃる通りです。我々も、ユニフィエを含む、テレビ向けの開発プラットフォームを2年程度で更新していきますから、ずっと同じ環境をサポートしていくのは難しいと思います。マーケット内でも「この時期のVIERAまで対応」といった表記をして、サポートしていくことになると思います。しかし、その点はiOSなどでも似たことが起きているので、同様のイメージで考えていただければいいかと思います。

 また、開発難易度の問題があるからこそ、特定のパートナーにだけ公開する、という形を採っているのです。

 あくまで中心はウェブアプリであり、ネイティブアプリは補完的な役割でいい、という考え方の裏には、「テレビ」という機器でのアプリの用途に対する、パナソニックのポリシーが存在する。

池田:テレビはやはり、家族で使うものです。議論はあると思いますが、一人だけが「前のめり」で使う、パソコン的な機械ではないと考えています。2008年のCESにて、弊社の坂本(筆者注:当時AVCネットワークス社社長であった、坂本俊弘氏)が基調講演で解説させていただきました「デジタル囲炉裏端」構想に基づくものです。

 現状でも、アプリとしてご提案いただくものは、圧倒的に「情報系」「映像配信系」ですね。もちろんツール系のものも出てくるでしょうし、そこから広がる可能性を否定するものではありませんが、「見る」ものの方が向いているのは事実でしょう。

 色々議論はあると思いますが、我々は、テレビは「リラックス」と「日常を忘れる」ために使うものだと考えています。情報系や映像配信は前者です。ゲームは比較的「前のめり」になるものですが、ツールと違い、日常を忘れて熱中するためのものですからね。

 他方で、単純なウェブブラウズ機能はやりません。テレビの用途とは違うと考えているからです。

 今回発表された「新サービス」の中でも注目なのが、Ustreamへの対応だ。Ustreamは個人が発信する番組も多い一方で、ライブ配信やテレビ番組の「舞台裏公開」などの、プロフェッショナルによる映像配信の場としても使われることが増えている。「テレビで見たい」と感じることも少なくない。

池田:Ustreamは、ソーシャルなメディアの中でもテレビと相性の良いものの一つです。Ustream側でもそういったビジョンを共有できましたので、積極的に対応をすすめていただきました。

VIERA Conectで、新たに対応したUstream。ライブ中継などはこの機能で見ると楽しそうだ

 Ustream対応も他の映像配信も、その仕組みはウェブアプリベースだ。天気予報やスポーツ情報といった「情報系」のサービスも、もちろんウェブベースのものが多い。これらの用途では、そもそもクラウド側に依存する部分が多く、テレビ側で複雑な処理を必要としない。とすれば、ネイティブアプリとして開発する必然性は薄くなる。

 そしてもう1点、池田氏は重要なことを指摘する。

池田:残念ながら現状では、テレビ向けアプリ市場というのは、スマートフォン向けの数百分の1といったところ。実際のところ、ほとんどの企業は他のテレビ向けにも同じアプリ・サービスの提供を検討しているはずです。となれば、できるだけ効率的に、同じように開発していただけるようにすることが重要です。

 VIERA Connect向けアプリも、HTML5とJavasciptをベースにしていますから、テレビだけでなく、パソコンや携帯電話からの転用も容易です。

 すなわち、多数派となるウェブアプリは開発効率重視で、ネイティブアプリは少数精鋭で差別化のために、という戦略なのである。


■ VIERA tabletは「テレビとの連携用」か。日本では「テレビ向け配信」が条件に

 これからのテレビについて、アプリの追加に加え、間違いなくトレンドとなるのが、スマートフォンやタブレットなどの端末との連携だ。サムスン電子やLG電子が、アプリ対応テレビを「Smart TV」としてアピールするのも、多分にスマートフォンとの関係が大きい。リモコンとして使えるのはもちろんだが、サムスン電子の基調講演では、タイムワーナーやComcastなどのケーブルTV事業者との連携を通し、タブレット内から映像配信を見たり、EPGをチェックしてテレビ側に「視聴予約」をしたり、といったサービスのデモが行なわれた。

 パナソニックも「VIERA Tablet」を発表、テレビとの連携を打ち出している。

今回公開された「VIERA Tablet」。OSがアンドロイド系であること、複数のサイズがあることは判明しているが、その詳細はまだ不明。本年中の販売を予定

池田:まだ詳しくは公開できませんが、VIERA Tabletは、当然VIERAとの連携を前提とした製品です。VIERA Tabletの映像をテレビで見たり、VIERAを操作したり、といったことを行ないます。

 ただし、スマートフォンやタブレットとの連携は「自社製品同士」に閉じたもの、と考えているわけではないようである。

池田:例えば、VIERA Connect向けのeBayのサービスでは、iPhone上でチェックしているeBayの商品を、ワンタッチでVIERA Connect側に送って大きな画面で確かめる、といった機能が搭載されています。VIERA Tablet以外の端末とも連携しますが、VIERA Tabletではより密な連携が行なわれる、と考えていただければいいでしょう。

eBayアプリのコンセプト画面。iPhone用アプリでチェックした商品を「VIERA Connect」に転送してチェックできる

 最後に気になる部分がある。VIERA Connectは魅力的なものだが、日本向けのVIERAではいつ利用できるようになるのだろうか?

 残念ながら、すぐに米国版と同じものが利用できるようになる、というわけではなさそうである。

池田:やはり順番が重要なんです。情報系サービスが多い、と言いましたが、やはり実際にネット接続を利用してもらうには、魅力が大きい「映像配信」が存在することが前提となるんです。

 実際我々もVIERAのネット接続率・利用率を調査していますが、Netflixのように強いサービスが登場した時になって、ぐっと接続率が高まる、という結果が出ています。日本においても「アクトビラ」はあるのですが、番組の「見逃し配信」や映画配信などの魅力的な映像配信のスタートにあわせ、サービスの拡充を行なうのがいいだろう、と考えています。

 映像配信の利用でも、日本はアメリカに比べ遅れている。この上、テレビでのアプリ利用でも遅れるのは、ちょっと情けない。そろそろ各権利者・サービス運用元も、日本における「テレビのネット利用」を真剣に考えるべきだ。光回線の普及率が高い日本は、アメリカ以上に映像配信を使える「素地」がある。

 家電の競争力を保つためにも、日本のテレビをもっと魅力的にするためにも、パナソニックには、できる限り早く「アメリカと同じ水準」のサービス展開を考えていただきたいところである。

(2011年 1月 12日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「iPad VS. キンドル日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)、「iPhone仕事術!ビジネスで役立つ74の方法」(朝日新聞出版)、「クラウドの象徴 セールスフォース」(インプレスジャパン)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]