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Beyond 4Kへ。「他社がやらない」に挑むシャープの技術

“8K相当”に込めた狙い。水嶋副社長インタビュー

 シャープはCESにて「Beyond 4K」戦略の一環として、「8K相当」を謳う次世代AQUOSを発表した。また、日本ではお披露目済みの「フリーフォームディスプレイ」や「MEMS-IGZOタブレット」なども、アメリカ向けに公開した。同社が得意とする「ディスプレイパネル技術」を軸に、一気に差別化戦略を進めている印象が強い。

 シャープは「ディスプレイ技術開発戦略」と個人市場向けの「製品開発戦略」において、どのようなポリシーで臨んでいるのだろうか? 同社の技術担当・副社長執行役員である水嶋繁光氏に、現在の取り組みを聞いた。

シャープ 技術担当副社長執行役員の水嶋繁光氏。

クアトロンは「Beyond 4K」を目指して作られていた

 今回CESで発表された製品のうち、技術面でも画質面でも注目は、「8K相当」の次世代AQUOSだ。この製品では、4色画素液晶の「クアトロン」を使い、サブピクセル分割によって、縦方向の解像度を上げ、全体で6,600万サブピクセルとすることで、4Kよりも高く、8Kにより近い解像度を実現する。コストを抑えつつ画質を上げる方策として、かなりアグレッシブな方法だ。

「Beyond 4K」を謳う8K相当の次世代AQUOS

水嶋副社長(以下敬称略):テレビ用ディスプレイとしては、正直、ここ数年、「ローコスト」「低消費電力」がどちらかといえば軸でした。そこに、去年は4Kの提案が広がり、今年は世間の予想よりも速く、4Kのトレンドに乗ってきた気がします。コンテンツが後追いになるほどの勢いです。

 これはある種、メーカーサイドが、実のないコモデティでの競争から、少し付加価値をつけた提案への移行を目指したものかと思います。それが我々だけでなく、みなさんのトレンド・傾向になったということです。

 そこからさらに考えるならば、4Kも早晩コモデティの競争に落ち込みます。そこでどう我々の特徴を出していくか、競争軸を出していくかという時に、一つはより解像度を、将来の形に、他社よりも先に到達することだと思っています。

 そんな中、NHKさんと「8K」を、他社に先行して共同開発で進めることができています。この流れをはやく、将来のテレビへと結びつけていきたい。8Kが、当面は「解像度としてのゴール」だと理解しているわけです。国の戦略・NHKの戦略というところもありますが、4Kがゴールではなく過渡的なもの、という位置付けになります。

 とはいうものの、4Kのコンテンツを作るには時間がかかる。8Kを作るにはさらに時間がかかる。この現状で、どういうテレビがもっとも良い提案になるかというと、フルハイビジョンのコンテンツも見れるし、4Kについては他社さんよりもきれいな映像として見れる、そして将来の8Kについても「備えられている」というテレビが、結果的に求められている、ということだと、当然考えられますよね? 今回の提案はそういうことです。

 4Kのプライスゾーンの中で、クオリティとしては「8K」が提案できる、それが狙いです。

 シャープは2010年より、RGB+Y画素構造の「クアトロン」を商品化している。現在は、2Kパネルで「4K相当」を表示する「クアトロンプロ」を展開し、コストと付加価値の両立を目指している。「8K相当」次世代AQUOSは、8K世代でそれを狙うものだ。実はこの展開は、クアトロン開発の時点から「予定されていた」ものだったという。

水嶋:Beyond 4Kを想定していた、というよりは、フルハイビジョンの普通のクアトロンが「過渡的なものである」ということです。当時から「我々の狙いはここではないですよ、本当の狙いは4Kのクアトロンです」というお話はしていたんです。

 ただ、高画質化には解像度向上だけでは足りないので、この技術を「4Kクアトロン」と呼ぶのは止めよう、とは思っていますが。8Kのスーパーハイビジョンも、必ずしも解像度だけの技術ではなく、色再現性など付加的な要素も入れて、スーパーハイビジョンのスペックになっているんです。我々の技術もそれを狙っており、必ずしも「8K相当の解像度だけ」が目的ではありません。

 とはいえ、クアトロンという技術の狙いはフルハイビジョンのクアトロンではなく、4Kのクアトロンにあったのは間違いないです。

 ただ我々としては、そこまでにもうワンステップある、と思っていたんですよ。4Kの時代がここまで速くは来ない、普及にはもう少し時間がかかる、と思っていました。おそらくみなさんもそう考えていたのでは、と思うのですが、我々も同様です。そうすると、4K時代が来る前に、フルハイビジョンの究極の姿が必要だろう……と思い、フルハイビジョンのクアトロンを出したんです。しかし思ったよりも4Kが前に出てきたので、フルハイビジョンのクアトロンは訴求が弱くなってしまった……という点は否めないかな、とは思います。

 しかし8Kは、当分市場に出てきません。本当の、フルスペックの8K技術をものにしているのは、現状我々だけです。今回他社さんも展示はしておられますが、スペック的には不十分なものです。8Kは2020年までは放送も始まりません。

 とすると、我々の本当の狙いであった「4Kで8Kクオリティ」という流れを汲むテレビが、当面の本命と考えます。8Kクオリティの画像文化、スーパーハイビジョン映像文化普及のためには、こういうステップが非常に大事だと思います。みなさんの家庭に入る価格で「8K相当」がご提供できることで、「やっぱりスーパーハイビジョンは、フルハイビジョンや4Kとは違った価値がある」とご認識いただけると、結果的には、8K時代を早く、確実に実現する助けになります。

パネルだけでなく「画像処理」も重要、量子ドット訴求は「本質的ではない」?!

 他方で、美しい映像は「解像度」だけで生まれるわけではない。4K以上のハイクオリティな映像を美しく再現するには、適切に映像を処理し、パネルに反映するエンジンが重要になる。水嶋副社長も「もちろん、その組み合わせが必須だ」と頷く。

水嶋:もう3年前になりますかね、アイキューブド研究所との間で、4Kのパネルを使って色々やっていましたよね。(筆者注:2012年12月に「ICC PURIUS」として商品化)あれが、現在の画像処理技術のプロトタイプだったんです。その時に議論して経験したものが、今のものに生きています。なにもパネルの技術だけがクオリティを決めるわけではない。

 もちろん、パネル技術には、パネルメーカーとして絶対的な自信を持っています。しかしそれだけでテレビの自信にはならない。やはり映像のコア、信号のところが良くならないと、ということで、これまでやってきました。

「解像度を上げるということは細かいところの表現力が上がる」と思われがちです。見えないところの文字が見えるとか。でも、それだけが解像度を上げることの価値ではないです。

 ディテールの表現をできるということ、ディテールを表現するために画像の処理をするということが、結果的に「空間表現力」「立体表現力」を、2Dの映像であってもつける、ということにつながらなくてはいけません。

 他社の4Kテレビでも、本当に4K感のある映像が出ている製品は少ないです。一番代表的な画像処理に、エッジ強調があります。エッジとエッジの間のエリアが広ければ、基本的には、解像度上げても意味はないんです。エッジのところが解像度の本筋なのですが、下手な強調をすると、階調特性がダメになります。ほとんどのメーカーの絵を見ていると、エッジ強調の黒と白の間の線が太く見える。それでは、解像度は出ていないんです。解像度を上げると、線の間の領域は狭くなります。そこを使いこなさないと、本当の意味では解像度は上がりません。例えば、「黒」「白」「黒」「白」とライン毎に変えた場合、エッジ強調を入れると「灰色」になってしまいます。8Kではそれが倍になります。そうしたことを配慮にいれたエッジ強調のテクノロジーを入れないといけません。パネルと映像処理の両方を進めてきたからこそ、ここまでいいものができてきたのです。

 画質という面で、今年のCESでは「量子ドット」技術による色域拡大が注目を集めている。シャープは今回、量子ドットを製品に入れていない。水嶋副社長は、この傾向にかなり批判的だ。

水嶋:色域拡大、とはいうんですが、我々がコミュニケーションする映像や自然界にそんなに広い色域があるか、というと「ない」んですよ。テレビに映すときには画像処理の問題として、強調をかけています。テレビに映っている色は本当の色ではないです。そこで単純に色域拡大しただけでは、どんどん「ニセモノの色」になるだけです。今回、色域拡大したものが本当にきれいな映像になっているかというと、なっていないですよ。「コンピュータグラフィクスの絵」でしかなく、本当の意味で感性にひっかかるような絵になっていないんです。そんな色域拡大に本当に意味があるのか、と個人的には感じてます。

 色域拡大は「土俵の大きさ」です。土俵が大きい、舞台が大きい方がいい、ということは理解できます。ただ、広げた舞台・土俵をどう使うかが、本当の価値です。どういう色強調のやり方をするかが大事です。

 今回の展示でも各社は、「量子ドットできれいになる」ということを必要以上に訴求したいがために、色強調をかなりかけています。不自然で、とても鑑賞に堪えない絵になっています。実は、自然な彩度強調の絵にすると、そんなに差はないんですよ。

 そう言って水嶋副社長は、会場に展示されている「量子ドットと既存技術の比較展示」へと、筆者を連れていった。このデモにおいて、両者で使われているのは、まったく同じ画像処理技術であるという。

左が量子ドット採用での、右が通常のLEDでの表示。確かに赤は量子ドット採用のものの方が多少鮮やかだが、全体での差は大きくはない

水嶋:量子ドットでは赤が強くなりますが、それ以外は、こうして見るとさほど差がないんです。このデモの差が、本来の差であり、全体的な差は小さい。

 また、量子ドットは非常にコストが上がるんです。蛍光体を練り込んだシートを一枚入れているので。シートでカバーするのではなく、LEDに練り込む蛍光体の樹脂を改良していくのが本来の方向性です。また、画素を4色化することで色域も広がります。そうしたやり方が本来の方向性だ、と私は思うのです。4色画素なら、赤だけでなくシアンや黄色なども広がりますから。

 また、量子ドットは誰でもできる簡単な技術です。青色LEDを使い、フィルターを入れるだけなので、どこのメーカーでもできる。そこをがんばっても、差別化にはなりません。お客様にとっての価値のある色域拡大を伴ってこそだと思います。

 とはいうものの、マーケットがどういう反応をするのはこれからです。お客様の反応によっては、我々も量子ドットというものを品揃えの中に用意しなくてはいけなくなる可能性もあります。

Android TV採用の理由は「情報系」にあり

4K AQUOSの'15年モデル

 もうひとつ、CESでのトレンドとして、テレビへの「汎用OS」の採用が挙げられる。シャープも4K製品を中心に、Android TVを採用する。その狙いはどこにあるのだろうか? また、どういう評価の元に、Androidを採用したのだろうか?

水嶋:以前からネットTV・スマートTVと言われていた領域は、2つの意味があると思います。

 一つは「映像配信を受信する」意味でのテレビ。私はこの時には、どんなプラットフォームでもいいと思っていました。圧縮された映像をいかにきれいに表示するか、ということだったので。Linuxで十分、という世界観です。

 しかしもう一つは、テレビで「情報を仕入れる」「情報へのアクセス」という方向性があります。これは「感性」に訴える商品ではなく、情報という論理的なものを求める時代になります。そうなると、プラットフォームを他の情報系と揃えた方が、圧倒的にアクセスできるものの量が増えることになりますから、有利です。そういう意味で、我々だったらAndroidを狙います。

 日本にいると、映像は電波で降ってくるもの、というイメージがあります。しかし、アメリカの場合、ほとんの方はケーブルTVです。インドもそうです。中国も放送は面白くないので、ネットの映像を見たがります。そういう感覚から言えば、Androidを載せたテレビはきわめて好評です。むしろそれがベースになりかねない、と思います。

 Android採用による均質化の部分は、テレビの画質、「感性」の部分で差別化します。しかし、テレビとは本来そうしたものです。感性のものを求めないならば、なにもテレビで見る必要はないんです。テレビの感性価値を大事にしつつ、できるだけ多くのものにアクセスできるようにすることが大事かな、と思っています。

B2Bでもユニークな「他社がやらない」価値を追求

 今回シャープは、ブースの多くをB2B向けソリューションに振り分けている。そこでも中心になるのは液晶技術だ。

 例えば、円柱を取り巻くサイネージ向けの液晶。他社も展開しているが、「我々は単に巻いただけじゃない」と、水嶋副社長は自信を見せる。

サイネージ向けに開発された「ラップアラウンド」液晶。半径50cmの柱に巻き付けられるほど曲がってもOK、であるところが特徴。

水嶋:半径50cmまで曲げられます。単にガラスが曲がったらいい、ということではなく、バックライトの光源が問題なんです。カーブドTVくらいなら問題ないですが、普通にやると光が出る方向がバラバラになってしまう。詳しくはいえないですが、新しい技術を用意し、あまり曲率に関係なく光が出るようにしています。なので、「曲げろ」と言われればどこでも曲げますよ(笑)。

縦5Kのサイネージ向け液晶ディスプレイ。高解像度であるのはもちろんだが、床から直接置くと「空間に穴が開いた」ような、不思議な感覚になるという

 それに、これはやってみて気付いたんですが、柱に巻くと中身が奥に抜けるように見えるんですよ。柱の存在が消えてしまう。例えば水槽を表示すると、絵ではなく「円柱の水槽」のように感じるんですよね。同じものを壁にかけても壁は消えないんですが、柱にすると「柱が消えたように感じる」んだな、と気付きました。

 5Kの縦型液晶も似たところがあります。展示では床から少し上げて作っているのですが、堺工場での実験では、床に直接置いてしまっています。すると、中の映像との「継ぎ目」がなくなって、空間がつながってしまったような感覚になります。例えば、向こうにおじいちゃんの家の居間を映すと、実空間である「うち」と仮想空間である「おじいちゃんの家の居間」がつながったような感覚が出てくるんです。そういうことができてはじめて、この縦型の液晶が生きるな、と思っているんですよ。

水嶋:自由な形を作れる「フリーフォームディスプレイ」も、今回、新しいものをもってきました。いままでのものは、どこか一辺が直線だったでしょう? 今回は完全に丸いものを実現しました。これは、非常に大きなチャレンジでした。これができれば、もうどんな形でも作れます。一見地味なのですが、CESの目玉のつもりで展示しているんですよ。

CESで初公開された「完全円形」のフリーフォームディスプレイ。直線の辺がないので、製造はより難しくなる。「どんな形状でも作れる」ことをアピールする狙いで開発されたという

 筆者が面白いと思ったのは、シースルーのサイネージ向け液晶だ。液晶は光を透過するデバイスだが、完全な透明ではない。しかしこの液晶パネルは、透過度を高めた上で表示も両立できる。グラフィックで隠してしまうこともできれば、AR的に、ガラスの向こうの製品に映像を重ねることもできる。

サイネージ向けのシースルー液晶。ショーウインドウなどの高度化を狙って作られたものだ

水嶋:サイネージでは、ディスプレイに映っているものが「主」です。しかしショーウインドウでは中にある製品が「主」。このディスプレイでは、主と従を逆転させ、「製品が主、映像が従」という形が実現できます。

 こうしたディスプレイ群は、それぞれにユニークな技術が組み込まれている。そうした本質的な技術価値を追求し、「どこにでもある液晶パネル」との競争から脱することが、シャープの狙いだ。

「他がやらないことを目指す」という点では、B2Bでもコンシューマ向けのテレビでも、根本的な方向性は同じである、と感じた。

西田 宗千佳