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フジテレビはなぜ自前映像配信「FOD」にこだわるのか

単月黒字化したFOD。「目玉マーク」より顧客重視で成長

 昨年以降在京テレビキー局は、テレビ放送をインターネット配信し、ビジネスに生かす動きを加速している。その中で、「独自プラットフォーム路線」を行くのがフジテレビだ。同社は「フジテレビオンデマンド(FOD)」の名称で、広告ベースの見逃し配信から会員制の映像配信、果てはコミックや雑誌の配信までをてがけている。

 しかも、FODはビジネスとしては上がり調子だ。2015年10月に有料会員が80万人、無料視聴を含めた月間利用者は200万人を大きく超える。収支は単月黒字に到達した。一方で、Netflixへのコンテンツ提供では、他社に先駆けてオリジナルコンテンツ製作に取り組んでいる。

 彼らはどういった戦略で、「ネットと放送」の関係を考えているのだろうか? フジテレビジョン コンテンツ事業センター室長の冨川八峰氏と、同コンテンツ事業局の枝根聡樹氏に話を聞いた。

フジテレビジョン コンテンツ事業センター室長の冨川八峰氏(左)と、同コンテンツ事業局の枝根聡樹氏(右)。

ビジネスの基本は「自社展開」

 まず、FODがどういうサービス形態になっているか、そこを確認しておきたい。

 もっとも身近なものは、広告型・無料の見逃し配信である「+7」。2016年3月現在、ドラマ5番組を含む16番組が、放送終了後7日間(次の回が放送されるまで)、無料で配信されている。配信には広告が挿入され、これは飛ばすことができない。

フジテレビの広告型・無料見逃し配信「+7」。民放キー5局が展開する「TVer」からも、最終的にはこのサービスへ誘導される

 そして、メイン収入となるのが、月額料金制の動画配信サービス。有料サービスには、サービス内で決済に使える「ポイント」を購入し、そのポイント分、動画やコミックを楽しめる「月額ポイントコース」と、月額料金を支払うと見放題になる「月額見放題コース」がある。後者は、FODの主要コンテンツが対象となる「FOD月額見放題パスポート」と、アニメが見放題になる「アニメ見放題」、「競馬予想TV!」が見放題になる月額コースの、主に3つがある。また、ライブ配信について、CSでも同種のチャンネルが放送されている「フジテレビNEXT smart」と、FODの会員になれば無料で見放題になるニュースチャンネル「ホウドウキョク24」がある。

 そして、これら月額コースに加入していれば、雑誌が読み放題になり、すでに述べたように、コンテンツ課金用のポイントで、コミックや小説などの電子書籍が購入できる。

 一見、少々複雑な建て付けなのだが、「広告ベースで無料」「ポイント制で直接課金よりお得感を演出」「シンプルな定額課金」の3パターンの組み合わせ、と考えればいい。

FODのサービス全体図。無料と有料、両方の組み合わせとなっている

 ビジネスのポートフォリオの考え方を、冨川氏は以下のように説明する。

フジテレビジョン コンテンツ事業センターの冨川室長

冨川氏(以下敬称略):まず、「コンテンツ提供」と「プラットフォーマー」の両方をやる、ということです。ざっくりいえば、地上波のテレビと同じような垂直統合型のモデルを目指しています。

 映像配信は、コンテンツ提供とプラットフォームが分かれる、いわゆる水平分業になりがちなのですが、そうなることで、かつての家電のように強いところと弱いところが分かれてしまいがちです。コンテンツ提供元としては「弱い立場にならないように」という意識が大きいです。1話あたりの価格、そして価格交渉力を持つ、ということが、実務上重要なところです。

 Netflixへのコンテンツ供給はどうなんだ? とも聞かれますが、彼らはひとつのパートナーですが、弊社の事業としては、あくまで自社プラットフォームの育成が中心と考えています。コンテンツを出していくにもそれなりに高い条件がありまして、「FODのブランド価値形成に資するもの」「収益に結びつくか」の2点を基準に、コンテンツの供給を決めています。まあざっくり言えば、ライセンス料を多くお支払いいただける、ということが重要なのですが(笑)。なので、Netflixさんとの関係が大きく見えてしまいますが、基本的にはどことも等距離外交、です。

FODはフジテレビの独自プラットフォームを軸とし、コンテンツ提供については「戦略的パートナーに提供する」形を採る

冨川:映像にはフロー型とストック型、両方があります。レンタルビデオは元々ストック型ですし、VODもストック型が多いですが、我々がやってきたテレビ放送は、どちらかといえばフロー型です。我々としては、フローとストックをつなぐようなポジションを取れれば、と考えているところです。

 そこで一番こだわっているのが「模倣困難性が高い」もの。「フジテレビならでは」がどういうものかを模索しているところです。

 映像配信というビジネスでいえば、どのサービスでも、日本の場合にはアニメの視聴比率が高くなっています。しかし、FODはドラマの比率が高い。現状、利用者の男女比は1:1です。男性は少々年齢層が高めで、女性はより若い、という傾向はあります。視聴デバイスは、スマートデバイスが7に対してPCが3、というところでしょうか。

 若い方の中には、そもそもテレビを持っていない方々が増えています。統計によれば、29歳以下の単身世帯で、テレビを持っている方は8割。昔はこれが100%だったわけで、10年で2割は減っているという現状もあります。そうした動向への対策、という部分もありますし、できれば見逃し配信をきっかけにテレビを買っていただきたい、とも思います。

 見逃し配信の「+7」では徐々に番組数を増やしていて、地上波だけでなくBSや系列局の番組も増やしています。

 これまでのテレビは、リアルタイムのCMではマネタイズできていたわけですが、違法配信動画や録画ではマネタイズできていませんでした。この領域をできるだけ減らそう、という狙いがあります。ネット配信が増えたといっても、録画で失っている領域をすべてカバーできるとは思えないのですが、チャレンジとしてやっている、ということです。

フジテレビとしては、ネットを使って非収益領域をゆるやかに「収益領域」へシフトさせることを狙っている

視聴データから「顧客の姿」が見えてくる

 冨川氏の説明にもあるように、フジテレビは自社コンテンツ提供について「自社ファースト」を基本としている。見逃し配信についても、自社の「+7」が優先で、GYAO!などには提供していない。

 在京民放キー五局は、共同で見逃しプラットフォーム「TVer」を運営しているが、放送局によって取り組み方は異なる。日本テレビ・TBS・テレビ朝日はTVerアプリ内で再生しているが、フジテレビとテレビ東京は、両社がそれぞれ作っている見逃し配信用アプリを呼び出し、その中で再生する仕組みを採っている。「わかりづらくて、ユーザーの方にはご迷惑をおかけしている」と冨川氏は言う。だがそれでも「こうしなければいけない」とも話す。

冨川:ネット企業の世界ではあたりまえのことですが、視聴履歴・行動履歴分析をするためです。これを今後の重要なエンジンとして活用していきます。従来は視聴率でしかわからなかったものが、かなり細かくわかるようになってきています。

 他社は見逃し視聴について属性をとっていないのですが、弊社では取得し、視聴全件について調査をしています。

 初回閲覧時、アンケート入力が必要であるため、ここで3割近くのお客様が脱落していることは承知しています。しかし、それを甘受してもやった方がいい、と我々は考えています。

 TVerとの関係はわかりづらいかもしれませんが、データを別々にとったり、広告営業や別々に配信システムを組むのも経済的ではないので、こうなっています。とはいえ、TVerから+7を見る方も増えており、相互にいい関係を与えているのではないか、と思っています。TVerについては、社内では「アンテナショップのようなもの」と呼んでいます。

 +7の視聴履歴から得られるデータは貴重なものだ。それは、以下に示すデータにはっきりと表れている。このグラフは、+7で特定の番組を視聴した人々の年齢と性別をグラフ化したものである。番組による年齢・性別の偏りと分布の様子がはっきり見えてくる。

+7による見逃し配信視聴者を、年齢・性別で分布図を作成。4番組で視聴者が明確に異なるのが分かる

冨川:現時点では、こうしたデータを使ったビジネスを「やるのかやらないのか」も決まっていません。しかし、できるような体制を組もうとしています。例えば、年齢と性別はわかっているので、その方に合わせた広告を出すような機能の実装を検討しています。そうした広告をどう広告主に売るかもわかっていないので、あくまで検討段階なのですが。そうやって、少しでも広告価値を上げようとしています。

 個人属性をとって広告を、というとプライバシー面を気にする方もいるだろう。そこは、一般的なネットサービスと同様のポリシーで収集されているし、冨川氏も言うように、現状では、そこまで密な使われ方はしていない。しかし、いつかはある程度「属性にあった広告を出す」時代がやってくる。

 そしてそもそも、「CMと番組視聴」の関係において、見逃し配信は、テレビ放送とは違った部分がある、とも言う。

冨川:今のところ、+7で番組を見た方が地上波に回帰している数は多いようです。ある種に精神論として「リアルタイム視聴への回帰を」としているのですが、むしろ全体を回遊していただくことで、テレビ局のコンテンツへの接触機会が増えれば、というところです。そうやって、非収益化領域を少なくしていきたい。便利さなどの観点で、ユーザーの選択によって「録画を選ばなくなる」ことが理想です。

 +7の視聴行動には面白いところがあって、CMが入っても、そこで視聴を止める方はほとんどいないんです。再生率は9割を超えます。コンテンツ自身も、途中で観るのを止める方は少なく、ほとんどの方が最後まで観ます。スポンサーからみれば、CMも番組も最後まで観ていただいた方がいいに決まっています。いまはそこまでいっていませんが、近い将来、ネット向けと放送向けでは、広告について、価格面も含め差別化されていくでしょう。

 ネット広告で動画が使われるようになって久しい。だが、ウェブ媒体の世界でも、動画広告は単価の面で苦戦している。一般に「CPM」という単位で取引されるが、日本ではCPM数百円が多い。正確な数字を出すのは控えるが、+7でのCPMはその一桁上で、テレビ局というプラットフォームとコンテンツの強さが感じられる。一方、そこから数が圧倒的に増えないと、テレビCMの収入には届かないのも、また事実である。

 気になるのは、そうした「見逃し配信」などはスマートデバイスとPC向けで、テレビ受像器で観る仕組みは、いまのところない。その辺は、テレビ放送の広告価値との兼ね合いと、配信システムの開発という、両方の問題を抱えている。「まだ現状、結論は出ておらず、展開できない」(冨川氏)という。

冨川:ビジネスは、採算分岐点を超えると利益が出ます。放送は採算分岐点が高いのですが、超えると非常に大きな利益が出る。一方ネットは採算分岐点は低いのですが、利用者数で大きく変わる。無理矢理利用者数を上げようとしても、利益率が下がってしまうのです。放送以外のニーズが出てきているのでネットの方で……という組み合わせになり、組み合わせ方で収益の最大化を目指す、ということになります。そこで、テレビのお客様を無理矢理ネットに持って行くのは間違いです。それでは、放送事業を好きになってもらうことができない。

 ですから、そこでの舵取りは難しいです。

 すでに述べたように、FODは単月黒字化を達成している。会員数は、テレビ局という「1億3,000万人を相手にする企業」としては小さなものだ。だが、そこで無理な拡大を目指さず、コスト構造も適切な管理をしているからこそ、今のような状況が描けている、という部分がありそうだ。

「目玉」マークを消してビジネス展開が加速?!

 FOD事業には、もうひとつ特徴的な点がある。それを象徴しているのが、「ビデリシャス」というサービスだ。料理系の動画を中心とした無料メディアで、フジテレビが持つ映像製作ノウハウを使い、自前のキッチンスタジオで製作した料理系のノウハウ動画を配信している。

 だが、これはどこにも「フジテレビ」の名前がない。それどころか、最近まで「フジテレビが運営している」、ということすらアナウンスしていなかった。利用者の大半は、今もフジテレビ運営とは知らないだろう。

料理動画サービス「ビデリシャス」。ここには「フジテレビブランド」はまったく出てこない

冨川:3分くらいのレシピ動画を毎日アップするサービスなのですが、利用者が毎年伸び、100万リーチに到達しました。でも、フジテレビがやっているとは全然わからないと思います。

 動画ビジネスには、投稿動画と地上波のコンテンツがあります。しかし、その間の「クオリティは担保されているが尺は短い」というものがあまりなかった。その中間領域にも参入しておかないと、誰かがエコシステムを作ってしまう。だからここは、マスメディアとは違う領域を目指しています。

 そして、冨川氏はこうも言う。

冨川:ネットビジネスでは、時に「フジテレビの名前を語らない」ことが重要です。10年もネットビジネスをやっていると、お客様が「テレビ局だから」といって集まるとは限らないのも、よく分かっているんです。だから「フジテレビ」という肩書きは必要ない。

 ここで、FODのロゴを見てみよう。「フジテレビオンデマンド」ではなく、あくまで「FOD」だ。フジテレビを象徴する目玉のロゴもない。

FODロゴ
コンテンツ事業局 枝根聡樹氏

枝根:コミックのビジネスはかなり好調です。理由は、ドラマ化作品・映画化作品の原作が多く、それらとの連動性がきわめて高いからです。

 最近の成功例は「信長協奏曲」。これは弊社での映画化例で、ドラマのライブラリ・原作・映画をまとめて紹介することで、コンテンツ購入のためのポイント消費量が、従来の7倍から10倍まで伸びました。

 とはいえ、そこで「フジテレビでのドラマ化作品」だけが売れているのか、というとそうではないのです。むしろ、他社で放送されるものでも、ドラマ化や映画化が決まれば、FODで原作コミックが顕著に売れます(笑)

 コミック販売が好調になったのは、ロゴを変えたあたりからですね。それまではフジテレビの「目玉」マークのあるものだったのですが、どうしても「フジテレビ関連作品の場所」という印象が強くなってしまったようです。

 そもそも、退会理由のトップが「見たいコンテンツがない」というものでした。見たいコンテンツはなんだろうと考えると、フジテレビ作品にこだわらずに用意した方がいい。それが、コミックであったり他社制作の動画であったりするわけです。みなさん、とにかく「映像とその関連作品」が楽しみたくていらっしゃるのであり、そこで「フジテレビ」という枠は、あまり意識していないようです。

冨川:電子書籍については、以前は別ブランドでやっていたんですが、これが全然使われなかった。やっていることは今と同じなのですが、再び挑戦する中で、こういう方法論を採ったわけです。

「自社にこだわらない」「FOD=フジテレビ色を薄める」戦略は、ここ1年くらい試みているものだという。現状、結果は良好だ。雑誌以外、コミックを中心とした電子書籍も映像も、自社プラットフォームで運営しているわけだが、結果的に「フジテレビ作品は軸になっているが、それにこだわらないプラットフォーム」を作ることができて、収益性を高めることができている。そうして、テレビ・VOD・コミックなどの間で顧客を回遊させることが、同社の大きな戦略の柱となっている。

コンテンツの流路よりも、その相互関係に着目、顧客の回遊を目指すのがフジテレビとしての戦略だ

 フジテレビ、というテレビ局の影響力は大きい。だが、人が意識しているのは、結局「テレビ局という映像コンテンツの供給元」というざっくりしたものだけなのかも知れない。すると、他局が絡むものであっても、人は引きつけられる。フジテレビの作品に興味があってやってきた人も、そこで他社作品の販売や配信に目がいき、結果的にはサービスの利用に結びつく。また、そうやって作ったノウハウと技術は、「ビデリシャス」のような、「ブランド外ブランド」にも広げて行く。

 結局、フジテレビのネットビジネスの収益性が高まったのは、テレビ局というイメージから生まれる強いブランド展開ではなく、「なんとなくテレビ局」という、ゆるい意識を、プラットフォーム展開で一網打尽にする、というやり方だったのだ。そして、それがうまくいくのも「無理に規模を取りにいかない」から、ということだったのだ。

西田 宗千佳