匠のサウンド百景

“高忠実度再生オーディオ”その魅力を伝える6曲 by エミライ/OPPO 島氏

 匠のサウンド百景とは?

オーディオ/ビジュアル機器を手がけるメーカーや業界の人達も、1人の音楽ファン! そんな“中の人達”に、個人的に気に入っている音楽、試聴などで業務にも活用しているソフトを紹介してもらいます。

 今回の匠のサウンド百景を担当いたします、株式会社エミライ/OPPO Digital Japanの島と申します。エミライでは主に音響部門全般を担当し、OPPO Digitalでは広報を担当しております。私どもは輸入商社、特に専門商社に分類される業態で、海外メーカーの映像・音響機器を日本向けにローカライズし、販売およびサポート業務を行なうのが主な仕事になります。

 加えて、私どもが主に扱うのは、映像・音響機器の中でもニッチ・マーケットを志向した商品ですので、オーディオ・ビジュアルファンの方、オーディオファンの方に取扱製品の魅力をお伝えすることもまた、メーカーから託されている重要な役割の一つになります。

OPPO Digital 「Sonica DAC」で「Daft Punk/Random Access Memories」を再生。PCM系のハイレゾ音源はネットワークでもUSBでも気軽に楽しめる環境が徐々に広がってきています

 仕事柄、国内外の数多くのオーディオショウ(展示会)に足を運ぶのですが、私自身が製品のプロモーションイベントの司会を拝命することもあります。試聴会などでは、各メーカーの製品に対する設計思想を具体的に理解しやすい音源であることはもちろんのこと、製品の音作りが短時間で比較しやすいような音源を選んでご紹介するよう心がけています。担当するイベントの直前は当日再生する曲の選定や順番決めなどにかなり頭を悩ませるのですが、今回はそうしたイベントでお聴きいただいた音源やイベントで人気を博している音源をご紹介いたします。

今回取り上げる楽曲(e-onkyo music)

・Give Life Back to Music(Daft Punk/Random Access Memoriesより)

・Right Now(Jeff Beck/Loud Hailerより)

・Spark(上原ひろみ/Sparkより)

・Dvorak Symphony no.9 - Largo(Budapest Festival Orchestra Ivan Fischer/DVORAK SYMPHONY NO. 8,9より)

・Et misericordia(Nidarosdomens jentekor/MAGNIFICATより)

・Friends are Comin’(丈青/I See You While Playing The Pianoより)

Daft Punk/Give Life Back to Music(88.2kHz/24bit)

 統計的なデータを取ったことはないのですが、国内外含めありとあらゆるオーディオショウとブースで再生されているのがDaft Punkのアルバム「Random Access Memories」ではないでしょうか。ハウス・ミュージックのアーティストとしての著名さという意味でオーディオファンでない方でもご存じで、ハイレゾ音源もリリースされており、なおかつ音質的な意味での聴きどころもあるという、まさに「基準」となっている作品の一つです。

 アルバム全体を通じてドラムの歯切れの良さを表現することが再生品位という意味でのキー・ポイントになっていて、特にこの曲はギターのメロディとのリズム的なグルーヴ感が出せるかどうかが肝心で、過渡特性のチェックとしても使えます。現代的なオーディオ再生のテーマの一つである空間表現という点でも、このアルバムはやや難しい部分があり、システム全体のS/N感を高めていかないとなかなか透明感を感じにくい傾向にあります。

 同アルバムでの個人的なお勧めは「Doin' It Right (featuring Panda Bear)」で、イントロが非常に長いのでイベント向けではないのですが、低域方向のレンジの広さを確認するのに大変重宝する音源です。信号としてはおおよそ35Hzから65Hzまでにピークがあり、この帯域をきっちりならせると、雄大なスケール感を再現することができます。膨らませず、早くて重い低域再生を目指す方には是非聴いていただきたい楽曲です。

Jeff Beck/Right Now(44.1kHz/24bit)

 世界三大ロック・ギタリストとされるジェフ・ベック、若いオーディオファンの方のなかには、アニメ「けいおん!」で知ったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 今年73歳になる彼ですが、最近のアルバムはハイレゾ音源も続々リリースされており、このアルバムも2016年のリリースになります。そのバイタリティーには感服するばかりです(といってもこの曲はハイレゾ音源として配信されているものの、サンプリング周波数が44.1kHzのため20kHz以上の信号成分は入っていません)。

 もともとこの楽曲は、はちみつぱいのベーシストでありオーディオ評論家としても大変人気の和田博已先生が製品評価の際にお使いになっていたもので、弊社取扱製品のレビューに立ち会った際に拝聴して感銘を受けて以来、良く聴いています。日本のオーディオショウではあまり再生するチャンスが少ないのが残念ですが、最近の海外オーディオブランドは製品の評価用音源にジャズやクラシックを使うことが少なくなってきているそうで、ロックやポップス、場合によっては電子音楽をリファレンスとすることも多いようです。これは音楽リスナー人口の分布からすると自然なことかもしれません。

 この曲も40Hz付近にピークのある帯域バランスで、低域がきちんと表現できるシステムでは特に安定感のあるベースに乗るギターの響きが大変カッコよく鳴ると思います。ギタリストのアルバムではありますが、ドラムのキックがきちんと入っているあたりも好感です。マキシマイズやコンプレッションがやや強めに入っていますので、ダイナミックレンジを期待する楽曲ではありませんが、音場の広さは確保されており、定位感も良好です。

上原ひろみ/Spark(96kHz/24bit)

 女性ジャズ・ピアニスト上原ひろみが2016年にリリースした作品です。グラミー賞受賞エンジニアとしても知られるマイケル・ビショップによる録音ですが、この音源は鳴らすのが難しい楽曲です。音像があいまいなわけではないのですが、ピアノの音が籠って聴こえやすく、全体に余韻が柔らかく拡散する傾向にあるので、オーディオ的な再生品位という観点での難易度が高いといえます。また、40Hzから200Hzまでにかけてピークがあり、低域のリニアリティが求められます。

SONOMA Acoustics「Model One」。上原ひろみの全てのアルバムの録音を担当しているマイケル・ビショップは、これまで彼が所有してきた静電型ヘッドホンのなかでModel Oneが最も気に入っているそうです

 個人的にこの曲を再生する際に重視するのはグルーヴ感です。上原ひろみの近年のアルバムは、システム全体の分解能と特に低域から中域にかけての立ち上がり・立ち下がり(過渡応答)の速さを求める印象があります。

 また、ピアノとドラムの定位と相対的な位置関係やハイハットの金属的な鳴きなどがスピーカーのセッティングでかなり変化します。冒頭のピアノのソロ・パートでの音場の広さ・深さなども確認することができるので、セッティングの時間が十分とれないときに重宝する楽曲です。

 同アルバムに収録されている「Dilemma」もオーディオ的に取り組み甲斐のある楽曲で、「Spark」以上に低域の階調表現と分解能が求められます。トリオのパートごとに聴きどころが分散しているので複数製品の音質傾向比較には使いにくいのですが、2分20秒以降に始まるベースで低域の分解能の確認ができますし、圧巻は6分30秒以降に始まるドラムで、うまく調整できるとアタック音がきちんと定位して叩いている位置が“視覚的に見える”かのようです。まとまった時間が取れるようでしたら、この曲を使って調整されるとセッティングが捗ると思います。

Budapest Festival Orchestra Ivan Fischer/Dvorak Symphony no. 9 -Largo(2.8MHz/1bit)

 本作品は2001年にSACDとしてリリースされた音源で、途中にPCM系の変換・編集プロセスを挟まない真の意味での1bit DSD音源です。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」といえば大変有名ですから、どの楽章も皆さん一度は耳にされたことがあるのではないかと思います。それゆえに、様々な意味で“わかりやすい”音源です。

Bricasti Design「M12」。本製品は世界的にも珍しいDSDネイティブ再生専用のアナログ回路を搭載し、DSD再生の原理原則に最も忠実にD/A変換してくれます。今後のハイエンド系DACは、DSDもPCMも専用回路を搭載したものになっていくのかもしれません

 話が少しそれますが、昨今のD/AコンバーターはDSD対応が必須条件となっており、オーディオファン向けの製品を標ぼうするのであればDSD対応が必要不可欠、という状況になっています。特に、肝心のDSD音源の制作プロセスのなかには、PCM(DXD)変換を経るものが多く存在しています。今回の企画はDSDデータの再生プロセスを解説するものではありませんので詳細は割愛しますが、近時に開発されたA/DコンバーターおよびD/Aコンバーターは特性を向上させるために複雑な変換プロセスを経ているものがほとんどで、「DSDのネイティブ再生」と一言にいっても録音から再生に至るまでの経路を一貫して1bitで実現するには少しばかり工夫が必要になります。

 アナログレコーディング+アナログ編集(またはいわゆる“一発録り”)を経て1bitレコーディングした新録音源が少なくなる傾向にある昨今では、ますます聴くのが難しくなるかもしれません。

 本作品は今回の寄稿のなかでも特に古い録音で、リリース当時はSACDとして発売されましたが、現在ではダウンロード配信で購入することができます。入手困難なSACDを買わずとも配信で音源が入手できるハイレゾ音源配信サービスの存在は大変ありがたいことです。本作品は、左右への広がりについては最新録音ほど意識的に広がる印象はないものの、しなやかでありながら明瞭な定位を持つ音像が綺麗な倍音のバランスを保ちつつ奥行方向に深く展開します。また、音場の混濁感が大変少ないので、システムの分解能が試されます。クラシック系の曲は全般的にそうですが、特に静かな環境で試聴いただくと良さがより伝わりやすいと思います。

Nidarosdomens jentekor/Et misericordia(352.8kHz/24bit)

 いわゆるDXDフォーマットを含むハイレゾ音源としてノルウェーの「2L」レーベルから2014年にリリースされ、非常に話題となった音源です。DXDフォーマットとは、一般に352.8kHz/24bit、または384kHz/24bitのPCM音源のことで、従来はDSD録音を行なった音源を編集するための中間フォーマットとして使われていました。

 近年こうしたハイサンプリング&ハイビットレートのPCM音源を録音できる機材が登場しただけでなく、マスター音源に限りなく近いものをそのまま購入できるということも大変興味深いことです。

OPPO Digital「UDP-205」。最近はアナログマルチチャンネル出力を持つプレーヤーも少なくなり、パッケージメディアから配信へ海外レーベルが軸足を移すなか、ベルリン・フィルや2LのようにマルチチャンネルSACDやBlu-rayをパッケージすることで徹底的に「所有する歓び」に訴求する取り組みもあります

 もともと2Lは録音に大変拘りのあるレーベルだけに、このアルバムは多彩なフォーマットで販売されています。録音そのものはDXDフォーマットで録音されており、マスター音源の雰囲気を味わいたい方はDXD音源を購入されるのをお勧めします。また、11.2MHz DSD音源も配信されていますので、DXDとDSDの聞き比べてみるのも一興でしょう。PCM音源は力感のあるダイナミックな音像表現に、DSD音源は繊細でニュアンス豊かな空間表現に、それぞれ長けたフォーマットですが、ハイビットレートになるにつれて両者の音質傾向の違いは少なくなっていく印象があります。

 この音源で最も重要なのは音場のスケール感と奥行表現でしょう。メインの女性ボーカルが中央に、インストゥルメンタルがその背後に、バックコーラスがこれに加わりますが、収録が行なわれたニーダロス大聖堂の豊かな残響成分とともに、左右、奥行きともに三次元的で広大な音場が広がります。優秀なハイビットレート音源の特長に、音像のフォーカスと豊かな音場感の両立が挙げられますが、この音源ではまさに各パートの明瞭な配置と豊かなホールトーンを楽しむことができます。

 個人的に機会があれば是非聴いていただきたいのは、「9.1 Auro-3D」フォーマットをベースとしたマルチチャンネルのBlu-ray Disc音源でしょう。元HiVi誌編集長で現在はオーディオ評論家としてご活躍の山本浩司先生がお使いになっていましたが、ホーム・シアター環境をお持ちでマルチチャンネル再生が可能な方、この音源は圧巻です!

 圧倒的なホールトーンとステレオ再生以上の明瞭な音像定位、奥行の表現はまさに優れたマルチチャンネル録音の真骨頂です。この作品は収録の一部の様子が動画としても公開されており、どういう配置で録音されたのかがある程度わかるようになっていますので、マニアックにはなりますが、配置を確認しつつ楽しむのも良いでしょう。

丈青/Friends are Comin’(11.2MHz/1bit)

 日本のジャズ・ピアニストとして注目を浴びる丈青が2014年にリリースした初のソロ作となるアルバムで、録音エンジニアは奥田泰次氏です。Merging Technologies社の最新ADコンバータであるHapiとHorusを使用して11.2MHz DSDフォーマットで収録されており、国内の11.2MHz収録音源としてはかなり初期の部類になりますが、その圧倒的な音質で話題となりました。

exaSound Audio Design「PlayPoint」と「e32」。同社製DACは11.2MHz DSD再生にいち早く対応し、その外見からは想像もつかないワイドレンジかつ緻密なサウンドで多くの評論家の方々を虜にしてきました

 この作品はソロ・ピアノの音源なのですが、従来のピアノ作品ではなかなか難しかった、ピアノの打鍵音の力強さや音色の柔らかさと南青山のスパイラル・ホールのホールトーンの響きのきめ細やかさを両立している点に特長があります。多くのオーディオファンに、当時まだ珍しかった11.2MHz DSDが非常に優れた音質的ポテンシャルを持っていると感銘を与えたエポック・メイキングな作品といえるでしょう。

 この作品の聴きどころは、ピアノの打鍵音の定位、力感がPCM的な鳴り方をする一方で、ホールトーンがDSD特有の高分解能で豊かなニュアンスを持つ余韻として表現されている点です。

 この作品の白眉は、ホールトーンを含めた空気感の圧倒的な情報量にあります。これまでの私の経験では、2.8MHz DSD音源の場合、マイクから遠い音や残響音の音色の再現は得意なのですが、音像定位としても遠くに感じさせるのはやや不得意なところがありました。ところが、11.2MHz DSD音源の場合、近い音は近い定位で力強く、遠い音は音場の深さをもって遠くに定位させることができます。三次元的なステレオフォニック再生はまさに現代オーディオの主要なテーマで、11.2MHz DSD音源はその意味で高いポテンシャルを秘めていると言えそうです。この曲の使い方としては、ある程度他の曲で調整ができてきた後に、システムの空間再現性と音像定位の良好さがどの程度達成できたかのベンチマークとするのがお薦めです。

おわりに

 いかがでしたでしょうか。音楽ジャンルとしてのバリエーションは様々ですが、各音源で共通していえるのは、三次元的な音場を再現することが可能なこと、エッジを強調せずに自然な定位感が得ることが可能なこと、特に中低域から低域にかけての分解能と立ち上がり・立ち下がりの速さが重要なこと、です。これらはすべて現代的な高忠実度再生システムにおいての目標とされ、音質的に優れた評価を獲得しているメーカーは着実にこれらのポイントをクリアしてきます。

 今回はハイレゾ音源のみをご紹介しましたが、もちろんCD音源にも優れた録音はたくさんあります。むしろ30年以上の積み重ねにより成熟した録音・編集技術の賜物というべきか、CD音源のほうが優れた録音の絶対数は多いように思います。本当は、優れたCD音源もご紹介したかったのですが、今回はあえて、近年ハイレゾが普及していく過程で話題となった音源を中心に、特にハイレゾ音源をこれから色々聴いてみたいという方向けに、是非試聴していただきたい音源をセレクトしてみました。

 まだまだハイレゾ録音はようやく本格化しつつある、というのが実際の音楽市場でのポジションと思います。今後、商品企画としてオーディオファンを明確なターゲットとした、徹底的な拘りによる作品が「ハイレゾ」という名前の浸透に伴って増えてくることを期待しています。

島 幸太郎
OPPO Digital Japanマーケティング・ディレクター。コンシューマー向け音響機器、特にPCオーディオ、ネットワークオーディオ、デジタルオーディオ分野が趣味であり得意分野。各種媒体でのPCオーディオ関連、ハイレゾ関連企画の監修や原稿執筆も行う。「新版PCオーディオガイドブック」(インプレス刊)著者。一般社団法人日本オーディオ協会にてネットワークオーディオ委員会およびヘッドホン委員会の委員を担当

島 幸太郎