鳥居一豊の「良作×良品」

96kHz/24bit対応アクティブスピーカー KEF「X300A」

ギター一本でビートルズを。「the Beatles 10」を聴く

KEF X300A

 PCオーディオやUSB DACといったアイテムの人気が堅調だ。今や音楽ソースの購入や管理はPCを使って行なう人が大半で、音源もCDのリッピングではなく音楽配信を利用するという人も多い。この世界でも高音質を求めるならば、USB DACから良質なアナログ信号を出力し、オーディオシステムに接続すれば、その優れた音質を存分に味わえる。

 だが、そこまでする人はあまり多くはないだろうし、ノートPCを置いた机の上で完結できるシンプルさもPCオーディオの魅力だ。そこで気になるのが、アンプを内蔵したアクティブスピーカーの品揃え。アクティブスピーカーというと、PC用のカジュアルなものが中心で、音質にこだわるとプロ用や音楽制作用のアクティブモニタースピーカーになる。

 こうしたPCを中心とした再生スタイルの普及にオーディオメーカーも興味を示し始めたのか、Hi-Fiオーディオのスピーカーブランドからもアクティブスピーカーが登場するようになってきた。数あるスピーカーメーカーのより個性豊かな音が選択肢に加わるのはやはりうれしい。

 今回の良品は、そんなHi-Fi志向のアクティブスピーカーを取り上げる。イギリスのスピーカーメーカー、KEFの「X300A」だ。価格は68,250円(ペア)。輸入ブランドのスピーカーでも安価なモデルは少なくないが、96kHz/24bit対応のUSB DACを内蔵したアクティブスピーカーとなると、かなりお買い得感のある価格だ。もちろん、安価だから取り上げたわけではなく、ポイントはその音の良さだ。

ブックシェルフサイズで、机に置くにはちょっと大きめか

KEF X300A

 さっそく製品を自宅にお借りして、リビングにセットした。サイズは18×21.5×28cm(幅×奥行き×高さ)と、一般的なブックシェルフ型スピーカーの大きさ。きちんとしたスタンドに置いてステレオ装置のメインスピーカーとして使ってもいいくらいで、PCを置いたテーブルに置くにはちょっと大げさと感じる人もいるだろう。

 そして、重い。片方だけで7.5kgもあり、アンプ内蔵とはいえ普通のスピーカーと比べても重めだ。よくよく調べてみると、2ウェイ構成の高音域と低音域のそれぞれにアンプを備えるバイアンプ構成のパワーアンプは、左右独立。USB DACも左右独立という徹底した高音質仕様だ。だから、一般的なアクティブスピーカーのようにアンプを内蔵した片側だけが重いのではなく、両方とも重い。

 このあたりは、さすがはHi-Fiスピーカーブランドの製品だなと感心させられる。というのも、ステレオペアのスピーカーは左右がまったく同じ(対称)であることが求められるわけだが、普通はコストや利便性を考えて片側にアンプをまとめてしまう。ところが、KEFは真面目に左右独立(対称)搭載としている。こういう愚直とも言える理想主義は趣味の世界ではなくなってはいけないと思う。

 ということで、俄然背面側に興味がいってしまい、後ろ側をしげしげと眺めた。ヒートシンクや電源が左右の両方に備わっている。やっぱりHi-Fiオーディオのアクティブスピーカーはこうでないと。実際には、左右のスピーカーで合計2つのコンセントを必要とするので、使い勝手が良いと言えないが、この方が精神的に落ち着くという人は僕だけではないだろう。また、左右のスピーカーの接続もUSBケーブルだ。おそらくはPCからの信号をデジタル伝送するほか、電源オンなどの制御も行なっているのだろう。

左側スピーカーの背面。主電源スイッチや入力端子(USBミニ タイプB、ステレオミニ)、EQ切り換えスイッチとゲイン調整などを備える。コントロール系はこちらに集中している
右側スピーカーの背面。こちらにもヒートシンクや電源端子があるのが左右独立アンプ内蔵の証。こちらには左右のバランス調整と、左側スピーカーと接続するUSBミニ端子(タイプB)がある
左側スピーカーの端子群のアップ。右側スピーカーへの接続はUSB端子を使用する。EQはスタンド設置とデスクトップ設置を切り換えられる

KEF独自の同軸ユニット「Uni-Qドライバ」。気合いの入った作り

X300Aの正面。控えめなロゴマークと独自のUni-Qドライバを配置。電源ON時のLEDは小さく視覚的に邪魔にならない

 接続を済ませてから、ようやくご尊顔をじっくりと見る。顔つきはシンプルで、ユニットは一見するとフルレンジに見えるUni-Qドライバを装備している。この同軸型2ウェイユニットはKEFのアイデンティティとも言える技術で、130mmの低音用ドライバの中心に25mmのドームトゥイータを内蔵したもの。同軸配置は2つのユニットの音源位置を合わせられるメリットがあり、Uni-Qドライバでは、さらに位相特性の整合まで実現している。2つのユニットがあたかも1つのユニットのように動作するわけで、広い周波数帯域の確保と、音の定位の良さを両立できるのだ。

 しかも、低音の振動板はマグネシウムとアルミニウムの合金、高音の振動板はアルミニウムと、同社の上級モデルであるLS50(50周年記念モデル)と同様の構成になっている。このあたりもなかなか気合いの入った作りであることに感心する。

 面白いのはエンクロージャだ。資料などでは詳しい説明がないのだが、感触からすると樹脂製のようだ。Hi-Fiスピーカーで樹脂製のエンクロージャというとちょっとがっかりしてしまうのだが、背面の写真でわかるように、木製エンクロージャのように厚みがある。叩いてみても、コツコツと気持ちのよい音でペシペシとした安っぽい音はしない。こちらはやや柔らかめの感触で、樹脂の素材の配合などで適度な内部損失を持たせていると思われる。また、仕上げは粗めのヘアライン仕上げをほどこしたガンメタルで、一見すると樹脂製とは思えない質感があり、見た目は決して悪くない。

 そして、バッフル面もおそらくは樹脂製だ。表面の仕上げは石を磨いたようなヌメっとした仕上がりになっている。こちらはより硬い感触で、同じ樹脂でも素材そのものが違うようだ。バッフル面はシックなマットブラックだ。

上方からエンクロージャを見る。厚みのあるバッフル板とエンクロージャの質感の違いがよくわかる。材質も分厚く作りは堅牢そのものだ
エンクロージャを真横から見ると、背面のヒートシンクが飛び出していることがわかる

ビートルズをギター一本で再現した「the Beatlues 10」

サージェント・ツゲイズ・オンリー・ワン・クラブ・バンド/the Beatlues 10
(e-onkyo.com)

 さて、良作の方は試聴して一発で惚れ込んでしまった「サージェント・ツゲイズ・オンリー・ワン・クラブ・バンド/the Beatlues 10」を選んだ。センチメンタル・シティ・ロマンスのリーダーである告井延隆によるソロ・プロジェクトで、もともとは自分の原点でもあるビートルズのナンバーをギター1本で弾いているうちに、原曲通りの完全再現にハマり、次々と曲目が増えていったという。iTunes Storeでも配信されているが、ここでは、e-onkyo musicで配信されている96kHz/24bitの高音質盤を使っている。

 ギター1本の演奏を聴くだけで、X300Aの魅力を伝えるには物足りないという気もしたのだが、実際に聴いてみるとX300Aが選んだと思ってしまえるほど相性が良く、両者が互いの持ち味を引き出した絶妙なサウンドが楽しめた。ちなみに再生環境は、Windows 7のノートPCを使用し、再生ソフトは「foober2000」でWASAPI排他モードとしている。

 まずは1曲目の「イン・マイ・ライフ」。ジョンの歌が聞こえると錯覚するようなメロディの再現やチェンバロ風のピアノの音の再現性にも驚かされるが、なんと言っても目の前にギターが現れたかのような定位の良さと音の実体感にびっくりする。弦を弾く音、弦の共振、胴の鳴り、ひとつのギターから出てくるさまざまな音が溶け合って複雑に再現される。本当にこれを1本のギターで演奏しているのかと疑いたくなるが、粒立ちの良い再現を聴いていると、たしかにダビングで音を重ねているわけではないこともよくわかる。なんという描写力の高さだろう。

 続いて、「アクロス・ザ・ユニバース」。英語の苦手な僕が珍しく原詩を覚えている曲というせいもあるが、まさに歌声が聞こえてきた。そのくらいメロディのニュアンスが歌の調子を見事に再現している。音色の厚みがあり表情が豊かなのは、X300Aの実力がよく現れている部分だ。また、強く弾いた音の勢いや、余韻の消えていく様子がきれいで、テクニックの上手さというより、愛情を持って丁寧にギターを弾いている気持ちがよく伝わってくる。

どんどん音に引き寄せられる。比較的近めの距離がベストマッチ

 最初はスピーカーをおよそ2mほどの距離に置き、視聴位置もほぼ正三角形の頂点とする一般的なオーディオリスニングの位置で聴いていたのだが、5曲目の「アンド・アイ・ラブ・ハー」になる頃には、スピーカーの距離を1mほどに狭め、自分もぐっと距離を近づけて聴くようになっていた。ちょうど、大きめの机にスピーカーを置いて、中央にPCを置いて聞くような位置関係だが、これが実にハマる。音色の実体感と生々しさがよりはっきりと感じられ、等身大サイズのギターが手の届くすぐ近くで演奏されているような気分になる。

 フルレンジ構成やUni-Qドライバのような同軸配置は、ニアフィールドでのリスニングではその効果が十全に味わえる。広い間隔の配置で聴くのも、ギターのアコースティックな響きの気持ちよさや、メロディの美しさを心地良く味わうには適しているが、立体的というよりも、「そこに居る」という感じの写実性は近い距離の方がより出てくると思う。サイズとしては少々大きめとも思うが、PCを置いたデスクトップでの再生が抜群に楽しいスピーカーと言えそうだ。

 なお、視聴距離を変更するにあたり、背面のEQスイッチを試してみたが、デスクトップを選ぶと、ほんのわずかだが低音がタイトになる。これは机の上にベタ置きしたときの低音のカブりを抑えるためのものだろう。解像感は増すが、音色の厚みもやや細身になるので、置き方や好みで選びたい。

 「Blackbird」は、やさしい音色でしっとりと聴かせる演奏が心地良い。メロディの合間にバックの伴奏を巧みに織り込み、音色の響きの溶け合いでビートルズの美しいハーモニーまでも再現される。僕は子供の頃から何度も楽器に憧れて、そのたびに挫折してきた飽きっぽい性格だが、こういう演奏を聴いているとまたギターを演奏したくなる。同時に、この巧みな指の動きがわかって、このレベルの演奏ができるようになるには何十年かかるんだ!?とも思うが……。ともあれ、X300Aのギター教本ビデオのように指の動きが見える再現は、ギターテクニックの上達を目指す人には最適かもしれない。もちろん、ギターの音やビートルズの曲が好きという人にも。

 「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」は、自分が年老いても変わらず愛していてくれるかと問うラブソングを、楽しげなメロディに乗せて奏でる。曲の途中でメロディがもの悲しいものに転じ、再び愛らしいメロディーに戻っていく。そのリズム感や音色の変化がよく伝わってくる。

 ギター演奏に限らず、インストゥルメンタルを退屈に感じる人は少なくないと思うが、この作品は誰もが一度は聴いたことのあるメロディだし、原曲と同じように楽しめるだろう。そして、X300Aによる再現は実に雄弁で、歌詞こそないけれども、その曲の雰囲気や気持ちを凄い勢いで語りかけてくる。単純に情報量が豊かとは言いたくない。高音域が繊細で鋭い高解像度な再現ではなく、むしろしっとりと柔らかな穏やかな再現だから。同時に低音もギターのボディ感をしっかりと出すなどなかなかの低音再生能力だが、帯域を欲張らず聴感上バランスのよい低音感にとどめている。本機の魅力はそうした再生周波数の広さというよりは、中音域の密度の高さ、みっちりと詰まった濃厚な表情であることが、この雄弁さにつながるのだろう。

本機の持ち味はダイレクトなUSB入力でこそ現れる

 「ヒア・カムズ・ザ・サン」では、念のためではあるが、アナログ入力とUSB入力の音質差を聴き比べてみた。結果は予想通りで、アナログ入力となると、ややもやがかかったような印象になり、目の前にギターが現れたようなダイレクト感のある描写が薄れてしまった。これは、使用したノートPCのアナログ出力の貧弱さも原因だろう。ハイサンプリング音源の持ち味を活かすという意味でも、USB入力を前提として使う方が正しいだろう。

 しかし、本機の定位感の良さや中音域の再現性の豊かさはアナログ入力でも十分に味わえるので、PC専用としてだけ使うのももったいない話だ。その意味では、テレビのアナログ音声を接続するとか、スマートフォンなどのプレーヤーの音楽を再生するといった使い方でも十分に高音質スピーカーとして活用できるだろう。

音色の細やかな表情、一音一音を気持ち良く聴きたい人にオススメの個性豊かなスピーカー

 e-onkyoでの全曲購入特典では、ピーター・バラカンとの対談を収録したブックレットのダウンロードができるが、それによると、このアルバムの選曲はヒットチャートの1位にはならなかった、だけれどもいい曲を集めているという。だが、意外に僕の好みと合う。また、ギター1本の演奏との相性の良い曲が多いとも思える。アコースティック・ギターの温かみのある音色と、ビートルズの美しいメロディがマッチして、ぐっと胸に迫る音になっている。

 X300Aもそうした情感をよく伝えてくれる。楽器が見えるような定位の良さ、音像やステレオイメージの見通しの良さは、オーディオの魅力のひとつだと実感できる。KEFらしい音の個性をしっかりと持っていると感じる。これで6万円ちょっとという価格は破格だと思う。

 本格的なアクティブスピーカーというとモニタースピーカーが多く、音の正確さや忠実度は優れるものの、味わいや表情の豊かさという点では物足りなさも感じていただけに、KEFが投入したアクティブスピーカーは、Hi-Fiオーディオらしい音の個性があり、聴いて楽しい音がする。さきほどは決してワイドレンジではないという言い方をしているが、従来のPCとの組み合わせを意識したコンパクトなモデルに比べれば、エンクロージャの容積もユニットの口径も大きいため、そのぶん再生能力も優れていることは間違いない。映画のように低音のパワーを求められるようなソースも不満なく楽しめた。

 今やPCで再生ができないコンテンツはほとんどなく、BDやDVDなどの映画、テレビ番組や音楽と幅広く楽しめる。PCを音の入り口としてこうした多彩なコンテンツを楽しみ尽くせるスピーカーだと思う。

 最後に、音量を控えめにしてBGM的に鳴らしたときでも、定位の良さは失われず、音が痩せることもなく気持ち良く鳴っていたことも特筆しておきたい。PCに向かって原稿を書く時間が、映画や音楽を楽しんでいるよりも長い仕事だけに、こんな音を聴きながら原稿を書けたらとても幸せだと思った。

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KEF X300ATHE BEATLES 10
(CD)

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。