小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第818回
中国の放送機材はどうなっている? 整然と混沌が入り混じるBIRTVに初潜入!
2017年8月30日 08:00
侮れない中国製造機器
去る8月23日から26日までの4日間、中国で映像機材展「BIRTV」が開催された。BIRTVは、“Beijing International Radio, TV & Film Exhibition”というのが正式名称だ。テレビ・ラジオの放送機器から映画用機材までを幅広く展示するショーで、今年で26回目を迎える。
1990年代からすでに中国でも放送機材展があるという話は知っていたが、日本と中国では放送方式が異なり、またその当時の中国は現在のように経済的にも技術的にも注目を集める存在ではなかったこともあって、わざわざ取材に行くという発想もなかった。
さらにBITRVは例年8月に行なわれるが、9月にはヨーロッパで最大の機材展「IBC」が開催される。多くのメーカーは、このIBCか4月のNABのタイミングで新製品を発表するので、BIRTVは丁度時期的にも見るものがないと言われていたものである。
しかしプロの映像業界でも、中国製の撮影機材のレベルは年々上がってきている。撮影用LEDライトなどは、もはや中国メーカー抜きには語れなくなってきており、また国内メーカーの製品でも中国製造の機器も多くなってきている。そろそろBIRTVもどんなものか見ておいても良かろうというわけで、23日から25日までの3日間、取材のため北京入りした。
今回は、日本ではほとんど報じられたことがないBIRTVの模様をお伝えしたい。
まさに未体験ゾーン
BIRTVの会場となったChina International Exhibition Centerは、北京空港から直通で行ける地下鉄10号線「三元橋」駅から徒歩20分ぐらいのところにある。空港から直接行けば、1時間以内で行ける距離である。
China International Exhibition Centerは、1つの敷地内に10棟からなる建物で構成されており、雰囲気的には映画の撮影所のような感じだ。ただ建物自体はかなり老朽化が進んでおり、一部の建屋はすでに取り壊されていた。
メイン会場とも言える1号館は2階建てとなっており、そこ以外は平屋だ。1ホールから9ホールまでを全て使って、展示が行なわれている。
ショーの登録は非常に簡単で、スマホで公式サイトから無料チケットの2次元バーコードをゲットしておけば、受付でそれを読み取り、10秒足らずでパスが発行される。ただし多くの展示会のように、顧客やメディア関係者、バイヤーなどの区別はなく、せいぜい出展者か来場者かといった区別しかされていない。
当然、プレスセンターのようなものもないので、会場で取材してその場で記事を書くといったことは想定されていないようだ。基本的にショー自体を報道するという需要がないのか、筆者ら以外に取材クルーは2~3チームしか見かけなかった。
今年はまだ終わったばかりでデータが出ていないが、イベントとしての昨年の実績は、来場者は51,800人、出展者数は510社と、出展者数に比べると来場者はかなり多い。規模からすれば、NABの半分ぐらいだろう。ちなみに日本国内の放送機材展「InterBEE」の昨年度実績は、来場者38,047人、出展者数1,090社である。
これだけの動員数があれば、インターナショナルなショーとしても通用するはずだが、来場者・出展者ともに外国人の姿はほとんど見かけない。もっともアジア圏の場合、欧米人のようにわかりやすくはないので、日本人や韓国人が混じっていてもよくわからないのだが、話す言語を聞く限りでは、圧倒的に中国人ばかりである。
会場入り口ゲートを入ると、左右から撮影用クレーンがニョキニョキと生えている。来場者を上から舐めるようにクレーンが動いているのが、なかなかスリリングである。
というのも、日本の撮影の常識では、撮影スタッフでもなんでもない人の上をクレーンのアームが通るなどということは、安全のために厳しく制限される。スタッフでもうっかりアームの下に入れば、特機さんから怒られるものである。何もなかったからよかったものの、こうした撮影時の安全性に関わるルールもかなり違うのを肌で感じた。
整然と混沌が入り混じる会場
まず最初は大手メーカーのブースが集中している8号館から足を踏み入れた。前段でも述べたところだが、来月にはヨーロッパで大きなショーを控えているため、BIRTVで新製品が発表されることはほとんどない。それでもソニーを始め、富士フイルム、キヤノン、JVCといった日本メーカーのブースがずらりと並ぶ。
ブース面積はNABやInterBEEよりも控えめだが、ワールドワイドですでに発売されている製品もきちんと紹介されており、中国独自の製品展開というわけでもない。世界的には4K + HDRがトレンドとなっているところだが、中国国内では、まだテレビ放送4K化の具体的な計画はない。
ただドラマなどの制作プロセスでは、高画質化のために4K以上の収録が行なわれている。なまじ放送フォーマットとして決まってないので、規格にこだわったところもなく、高画質化の延長線上として4Kカメラに留まらず、5Kや6Kといった解像度のカメラも出展されている。
真ん中の1号館1階は、輸入代理店がブースを出している。中国国内市場向けには、海外企業は直接機材を販売できない。必ず中国企業の販社を経由しないといけないのだ。
したがって販売代理店の力が非常に大きく、有名メーカーの製品はあっちでもこっちでも展示されているという事になる。30年ぐらい前の日本も、代理店経由でないと海外製品が買えない時期があったが、経済的理由でそうなっているのと、国の法律でそうなっているのとでは状況が違う。
中国の映像トレンドを探る
我々にも馴染み深い中国メーカーといえば、DJIだろう。ドローンの世界ではナンバーワン企業といっても過言ではない。
そのDJIもブースを出していたが、ドローンの展示は少なく、メインの展示はカメラスタビライザー(ジンバル)だった。会場全体を見回してもドローン関係の展示はDJIしかなく、中国では撮影機材としてのドローンはそれほど注目されていないようだ。
DJI最大のジンバルは「Ronin2」というモデルだが、ジンバルとカメラ、モニターなどの周辺機器をくっつけると、総重量が15kgぐらいになる。これぐらいになると、カメラマンが2本の腕だけで持つのは無理で、専用の背負子のようなサポート治具を使わないと持ち上がらないのだが、これをロボットアームに付けて自動制御するというデモを行なっていた。15kgぐらいのカメラセットがブンブン振り回される様は圧巻である。
JVCが現地のクラウド開発企業である「奥点云(http://www.aodianyun.com/)」とコラボレーションした、テレビ局向けクラウド映像配信システムはなかなか面白かった。JVCのカメラに独自ファームウェアを入れることで、奥点云のクラウドに1ボタンでつながり、映像の中継ができる。
マルチカメラでの中継の場合は、それぞれのカメラがバラバラに映像を送ってくるので、ディレイもバラバラである。これは自分でネット中継などしたことがあれば、数秒間から数十秒の遅れがあることはよくご存じだろう。
そこでこのシステムでは、各カメラ間でタイムコードを同期しておくことで、映像とともにクラウドに上がってくるタイムコードデータを読み取り、一番遅い映像に対して他の映像をバッファし、タイミングを合わせる。
そしてクラウド上に上がってきたソースを見ながら、クラウド上でスイッチングしてストリーミング送出できる。秒単位のリアルタイム性までは確保できないが、元々中国では国による検閲が行なわれるため、20秒弱のディレイは必ず起こる。したがって中国の放送は、リアルタイム性にはまったくこだわっていないため、このような発想もアリなのだろう。
中国最大のネット流通企業「アリババ」のイベントもこのシステムで配信されたという。テレビ放送とネット技術の融合という意味では、米国よりも先に進んでいる部分がある。
撮影器具においては、布に縫い込まれたロール型LEDライトがブームを向かえているようだ。昨今は店舗ディスプレイなどで、帯状のLEDライトを見かけることも多くなったが、あれを布に張りめぐらせて面光源にするという発想である。
ライト自体が軽量で、丸めることができるために持ち運びもしやすく、さらには光源を筒状にしてアクセントにしたりと、光の方向性の自由度が高い。また防水加工されているため、水回りでも安心して使えるほか、半分水中に浸けて水中と水面両方をライティングするなど、これまで難しかった照明が可能だ。
すでに日本国内でもAmazonなどからFalconEyesの製品が買えるが、まだ2万円~6万円とかなり割高だ。だが製造は1社だけでなく、複数のメーカーが手がけており、今後は競争による価格下落も見込めそうだ。
総論
会期4日間のうち、フルで取材できたのは2日だけだったため、すべてのブースをくまなく見て回ったわけではないが、それでも日米とは全然違った独自進化を遂げつつある中国の映像技術をみることができたのは、収穫であった。
中国全土だけで、大小合わせれば3,200もの放送局がある。日本の128局に比べると、25倍の規模だ。しかも、それほどお金に困ってない。わざわざ世界に出て行かなくても、国内だけで十分に経済が回るという中で開発されている機材は、世界のトレンドからは外れるが、クオリティが低いわけではない。
日本から見れば、中国製品のイメージは“安いがすぐ壊れる“、“安全性に問題がある”という印象だ。しかし放送・撮影機器に関しては、現地価格としてもそれほど安いわけではなく、品質も低くはない。いわゆる粗悪なニセブランド商品のようなものは、マトモな製品に押されて出展がなくなってきているようだ。数年続けて出展している日本メーカーさんに聞くと、ここ2~3年で急速に「マトモになってきている」という。
もちろん、会場内をもっと丹念に探せば、コピー商品の類もあるだろう。しかし最初はそうしたニセモノづくりからスタートしたメーカーが、いつの間にか実力を付け、オリジナルメーカーからOEM受注するといった、「ホンモノ化」していく様子も見て取れる。
筆者が中国語がわからないため、取材は日本語か英語が通じるところに限られたが、香港・台湾あたりに拠点を置くメーカーであれば、英語を話せる出展者も多い。欧米のショーに比べれば滞在費も安いので、チャンスがあればまた訪れてみたい。