“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”
第542回:ネット生放送に特化したAVミキサー、ローランド「VR-3」
~ニッチ市場にジャストフィットのオールインワンスタジオ~
■メディアとして定着したネットの生放送
ローランドの「VR-3」 |
2010年からブレイクの兆しを見せ始めたネットの生放送は、今年に入って新しい動画メディアとしての立ち位置を固めたように思う。テレビでもなくブログでもない、ライブで伝えるメディアとして、日本ではすでにジャーナリズムの一翼を担うまでになってきている。
昨年11月のInterBEEでお目見えしたローランド「VR-5」は、それまでソフトウェアに依存した寄せ集めシステムであったネットの生放送環境を、ハードウェアで実現するという点で、高く評価された。ただその一方で、本当にネットの生放送だけの用途で考えた場合、若干ちぐはぐなところがあったのは事実だ。というのも、VR-5はイベントでの映像送出や収録といった用途がメインで考えられていたからである。
例えば、マイク入力が2系統しかなく、AVのライン入力が充実しているのは、BDプレーヤーやビデオデッキなど、映像を出すための装置を沢山繋ぐことを想定しているからである。SDカードの映像を再生するためのプレーヤー機能が付いているのも同様だ。
Inter BEE 2010で展示されたVR-5 |
ネットの生放送を加速させるVR-3の実力を、早速見てみよう。
■コンパクトにまとまったボディ
まずサイズ感だが、フットプリントはほぼA4用紙と同じサイズで、VR-5に比べるとかなり小さい。モニターは1つに減ったが、VR-5のように画面が起き上がっていないので、高さも約8cmと低くなっている。クッション材にくるんで、ちょっと大きめのショルダーバッグにズボッと突っ込める大きさだ。オーディオ機能がパネルの半分以上を占めており、見た目にはDTMマシンのようである。
スイッチャーはまずコントロールパネルに目が行くところだが、どんな入出力があるかでシステムのグレードが決まる。したがって最初は背面パネルからチェックするのが通というものである。まず映像の機能から見ていこう。
入力はアナログコンポジットのみで、4入力ある。S映像にも対応しないという徹底ぶりだ。4つ目の入力は、PC接続用のVGA端子と排他になっており、いずれにしてもトータルで4入力ということになる。
A4サイズの面積があれば設置可能 | 入出力はアナログのみ |
もちろんこれらの入力はカメラを接続することになるが、最近はビデオカメラに限らずデジタル一眼でもアナログビデオが出せるものが増えている。出力映像中のメニューが全部消せるものはそれほど多くないが、アナログであればカメラの選択肢はかなり拡がることになる。
VGA入力はスルーが付いているのも重要なポイントだ。イベントなどでプロジェクタを使用する場合も、VR-3をスルーして会場と放送の両方で、PC画面を使用できる。
アウトプットはコンポジット2系統のほか、ネット放送用にUSB端子からUSBビデオクラス・オーディオクラスの出力が取り出せる。映像の解像度は720×480ピクセル/29.97fpsのMotionJPEG、音声は16bit/48kHzのリニアPCMだ。したがって別途エンコーダや入出力ボードが必要なく、PC直結で放送ができる。現在スイッチャー製品でこれができるのは、VR-5とVR-3のみである。
VR-5はUSB端子を使って画像取り込みもできたので、本体端子がType Aだった。したがってPCに接続して放送する際は、両端がType Aの付属ケーブルが必要で、うっかりこれを忘れると悲惨なことになる。一方VR-3は本体側への画像取り込み機能がないため、最初からType B端子となっている。したがって汎用のUSBケーブルが利用できる点はメリットがあるだろう。
またコンポジットでプレビュー出力も1系統備えており、本体パネルのモニターと同じように4分割された映像が出力される。中味の確認をするには小さすぎるという場合には、外部モニターを接続すればいい。
電源はACアダプタが付属するが、DC9V/1.5Aなので、エネループの9V用バッテリー「eneloop music booster」でも約2時間動作できる。
USBはType B端子になった | 9Vバッテリでも動作可能 |
次にオーディオを見ていこう。入力端子は本体左側にあり、XLRのほか標準プラグも挿せる端子が4つある。コンデンサーマイクを使用するためには電源供給が必要だが、横のスライドスイッチで電源が供給できるようになっている。ただし電源スイッチが2つずつのセットになっているので、コンデンサーマイクが1つしかない場合は、もう一つペアのチャンネルはあけておいた方がいい。
背面にはRCAステレオのライン入力が1組、PCのオーディオを接続するためのステレオミニ端子が1つある。また本体の手前にステレオマイクが内蔵されているのは珍しい仕様だ。オーディオ入力は合計10チャンネルあり、かなり豊富なソースを接続することができる。オーディオ出力の方は、RCAと標準プラグが1組となっている。
■映像はVR-5とほぼ同じ操作性
では映像のスイッチング操作を見ていこう。映像切り換えはコントロールパネルの右下にあるビデオセレクトボタンを押して切り換えるか、タッチパネルになっているモニターを直接指でタッチして切り換える。トランジションはカットのほか、ディゾルブ、ワイプが使用できる。
メニューは映像、音声、システムの3つに分かれており、パネル上のメニューボタンを押して横のVALUEノブと画面のタッチを併用しながら設定する。トランジションタイムはビデオメニュー内にあり、秒数で設定するスタイルだ。プロ用のスイッチャーはフレーム数で設定するのが標準だが、このあたりは一般の人の感覚に合わせてあるということだろう。
映像操作部はVR-5をシンプルにした格好 | トランジションタイムはメニュー内で設定する |
同メニューにある「CH SCAN」は、1から4までの入力を決まった時間で順次切り替える機能。監視カメラのマスター的な用途だろう。プロトタイプでは入力がないチャンネルをスキップする機能がなかったのだが、出荷段階でのファームウェアでは改善され、入力がないチャンネルはスキップされるようになった。
ワイプパターンは8つで、ソフトエッジにもできる。ただソフト幅を設定することはできない。PinP(子画面表示)はサイズ、ポジションともに数値でかなり細かく入力することができるが、位置はタッチスクリーン上を指でなぞって動かすことができるので、そっちで決めた方が早いだろう。ボーダーの幅や色も変更できる。
ワイプパターンは8つ | PinP設定画面。ポジションは指でなぞって設定することもできる |
また、PinPには「PREVIOUS SELECT」という機能がある。これは前回PinPの中味として使った映像が、どの入力ソースだったか記憶する機能だ。これをOFFにすると、PinPボタンを押す度にどの映像を中に入れるかを指定する必要がある。大抵の場合、中味に入れる映像はそんなに変わらないと思われるので、これはONの方が使いやすいだろう。
「SPLIT」は2つの映像ソースを半分ずつ使用するモードだ。1台のプロジェクタを使って2つの画面をいっぺんに出すといったことができる。この手の機能は上位モデルの「V-1600HD」にも搭載されており、それを一部引き継いだ格好である。
キーはキーレベルのつまみで操作する。右に回せばルミナンスキー、左に回せばクロマキーで、キーのモードをいちいち選ぶ必要がない点は簡単だ。ただパラメータが少ないので、実写映像でクロマキーをやってもそれほど綺麗には抜けないだろう。なにしろ入力がアナログコンポジットなので、その時点ですでにプロレベルのクロマキーとは比較できない。
V-1600HD譲りのSPLIT機能 | 1つのつまみで2つのキーを切り換えられる | ブルーバックにシャドウ付きの文字を作ってクロマキーしてみたが、シャドウの部分にブルーかぶりが見られる |
VR-3ではPinPとキーが切り換え式になったため、PinPとテロップ出しが同時にできなくなった点は、VR-5から後退した部分だ。ただネットの生放送では単に画面の上に文字が出るだけよりも、リンク付きのコメントを載せた方が有用なので、そちらとうまく使い分けしていけばいいだろう。
モニターは1つに減ったが、ソースの監視とプログラム出力確認を切り換えて使用する。ボタンを両方押すと、ソースモニターの真ん中にプログラム出力が出るという機能もある。プログラム出力の位置は、指で自由に動かすことができるなど、面白い作りだ。
最終出力の手前にブラックとホワイトのフェードつまみが付いているところは、VR-5と同じである。今回はさらに「FREEZE」ボタンが付いて、映像のフリーズができるようになった。番組最後の映像やテロップなどを出したあとフリーズさせておくことで、番組終了後、すぐに機材の撤収ができる。従来ならば最終の映像を出しているカメラやPCは、配信停止まで片付けられなかったところである。もちろん番組開始時にも決まったテロップを出しておくなどといった用途で使えるだろう。
出力画像の位置は自由に決められる | モニター上部。出力を静止できるFREEZE機能が付いた |
■充実の音声機能
一方音声機能はかなり充実している。本体左の4入力に対しては、ゲイン調整やハイ・ローのイコライザ、パンポットを備えている。一見するとアナログミキサーのように見えるが、内部的にはADコンバートしてデジタル処理を行なっている。メニュー内部にはさらにパラメータがあり、1~4chに関してはハイパスフィルターとノイズゲートが使える。
ミキサー機能はかなり充実 | ハイパスやノイズゲートも使える |
ライン入力の5~8chは表面につまみがないが、メニュー内部にハイ・ローのイコライザ設定がある。内蔵マイクはハイ・ローのイコライザに加えて、1~4chにあったようなハイパスフィルターとノイズゲートも備えている。基本的にマイク入力にはすべてハイパスフィルターとノイズゲートがある、というわけだ。
さらに面白いのは、内部にデジタルリバーブまで内蔵してることである。これは歌や楽器を上手く聴かせるためには重要な機能で、ローランド製品ではR-09のような録音機器にまでデジタルリバーブが搭載されている。このあたりはやはり電子楽器メーカーとして、人に気持ちよく音楽を聴かせる、あるいはプレイヤー自身が気持ちよく演奏できるといったところに気を配っていることの現われであろう。
5~8chのライン入力にもイコライザが使える | 内部にデジタルリバーブまで内蔵 |
内蔵リバーブはすべてのチャンネルにかかるのではなく、どのチャンネルの音を、どれぐらいリバーブに送り込むかという設定もできる。歌専用マイクを用意しておいて、それだけにリバーブをかけるという使い方が可能だ。
さらに最終段には、S/Nを稼ぐためのノイズサプレッサーや、音に張りを与えるエンハンサーなどの機能も装備しており、オーディオミキサーとしてもかなり能力が高い。またシステム設定では、映像に対しての音の遅延を調整する項目もある。これは本体のアナログアウトに対する遅延と、USBオーディオに対する遅延と別々に設定することができる。
オーディオのマスタリング機能も充実 | オーディオのディレイ量も設定可能 |
上部のつまみに注目。USBオーディオのレベル調整まで備えている |
面白いのは、マスターフェーダーのさらに後ろに、USBオーディオに対してのレベル調整機能が付いているところである。いざ放送を始めてから音が小さいというコメントを貰うことがあるが、そういうときにちょっとゲインを稼ぐことができる。センターが0で、最大で24dBまで上げることができる。
もちろん下げる方にも使える。放送前にUSB出力だけ絞っておき、マイクセッティングなどをモニタリングすることができるわけだ。これまで、ここまでのレベルでネット放送にジャストフィットするUSB接続のミキサーがなかなかなかっただけに、VR-3はオーディオミキサーとしても重宝しそうだ。
■総論
これまでネットの生放送の問題点は、カメラがどんどんデジタル化・ハイビジョン化していく中で、ネット放送にはそこまでのクオリティが必要ない、むしろオーバースペック過ぎるということだった。もちろんフルデジタル・ハイビジョンでシステムを組み、最後にダウンコンバートすれば高画質放送もできるが、そこまでコストをかけるべきかというのは、また別問題である。
そんな中でローランドのVRシリーズは、あえてアナログで全部取り回すという選択をした。デジタルはフォーマットが合わなければ全然受け付けないのに対し、アナログならばとりあえずなんでも入る、そういうところを狙っている。これは数年前にローランドが製品化した「V-440HD」からずっと一貫したコンセプトである。
ただ、アナログ出力が出るカメラがいつまでもあるかというと、そこはまた難しいところで、最近ではHDMIがメインストリームになっているし、USB接続のWebカメラも安くて高解像度のものが出てきている。ゆくゆくはそちらへ行くことになるだろう。しかしそれまではVR-3のような機材が、ネット放送の可能性を底上げしていくことになる。
さすがにこの1年間、ネット放送をよく研究しただけあって、価格を抑えながらも単なる廉価版ではない、過不足のない製品に仕上がっている。これまでソフトウェアを使って不安定な配信に悩まされてきた人達も、安定した放送ができるようになることだろう。技術の不安が解消されれば、もっと内容のほうに集中できる。放送コンテンツの質も、向上が期待できそうだ。
(2011年 12月 7日)