“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第454回:キヤノンの虹彩絞りフラッグシップ「HF S21」

~ 24pネイティブ記録モードで本格シネマライク撮影 ~



■ キヤノンの新フラッグシップ

 すでにミドルレンジHF M31のレビューでもお伝えした通り、この春からキヤノンのビデオカメララインナップは3レンジ展開となった。以前のダブルフラッグシップではなくなったわけだから、HF Sシリーズは真のフラッグシップらしい性能が求められることとなる。

HF S21

 この春のフラッグシップモデル、「HF S21」(以下S21)は、タッチスクリーン搭載、オート関連の機能はM31と同等だが、マニュアル撮影のバリエーション、画質、操作性など、前モデルに対してどれぐらいの差があるのか。すでにCESで発表された通り、虹彩絞りが搭載されたことはわかっているが、実際にどれぐらいの絵を出すのかが、気になるところである。

 前モデルと言えば、HF S11になるわけだが、この時は初代HF S10からのマイナーチェンジであり、正直な話、同時発売されたHF21に対してアドバンテージがあったようにはあまり感じなかった。確かに大型レンズ採用による高画質化はあるが、そのボディサイズ故のハンドリングの悪さを差し引くと、無理してSシリーズを買うメリットを訴求しづらかった。

 今回のS21は、その点を払拭できるのだろうか。さっそくテストしてみよう。


■ ほぼ同サイズながら細かい仕様変更

 まずデザインだが、前作のHF11とテイストは同じである。鏡筒部のボディカラーがシルバーとなり、前作の黒々とした感じはなくなった。ある調査によれば、ビデオカメラで真っ黒なボディは女性に受けないそうで、昨今はビビッドなカラーが流行りつつある。その中でささやかな抵抗というか迎合というか、フルブラックから若干明るくなったわけだ。ただキヤノンは型番が進むたびにどんどん色が黒くなっていくという傾向があるので、次期モデルはまた黒くなる可能性もある。

ボディはシルバーの面積を増やし、ライトなイメージに長さはほぼ前モデルと同じ。ただしHF S21のほうが少し背が高い(左はHF S11)

 レンズ、撮像素子のスペックは前作と変わりなく、35mm判換算で動画約43.5~435mm、静止画約39.9~399mmの光学10倍ズーム。1.7倍のデジタルテレコンも引き続き搭載し、その場合は73.9~739.5mmの10倍ズームとなる。この春はソニーとパナソニックが広角へシフトしたわけだが、画角に関してはもう丸1年変化なしなので、そろそろ新設計の広角レンズが欲しいところだ。

撮影モードと画角サンプル(35mm判換算)

撮影モード

ワイド端

テレ端

動画(16:9)


43.5mm


435mm

静止画(4:3)


39.9mm


399mm

撮影モード

デジタルテレコン
/ワイド端

デジタルテレコン
/テレ端

動画(16:9)


73.95mm


739.5mm

レンズ脇のダイヤルが出っ張って使いやすくなった

 レンズ脇のマニュアルダイヤルも健在だが、前モデルが半分ぐらい鏡筒部に埋まっていたのに対し、だいぶ外側に出っ張って、回しやすくなった。またカスタムボタンもダイヤルの後ろ側ではなく、ダイヤル中央部を押すスタイルとなった。このあたりはソニー機と同じ操作性である。

 大きな変化と言えば液晶モニターで、ボディサイズを変えずに2.7型から3.5型に大型化した。タッチパネルとなったことでボタン類が少なくなったこともあるが、液晶のヒンジ部分を前モデルよりも前にして、スペースを稼いだようだ。100%視野率で、92.2万画素という高精細タイプである。


ヒンジの位置が前に来ている液晶モニターは高精細で100%視野率

 また液晶面もフルフラットで、汚れが拭き取りやすい点は下位モデルのM31と同じである。液晶脇にはこの春モデルの特徴であるPOWERD ISボタンがある。POWERD ISに関しては、M31のレビューで検証しているので、参考にして欲しい。

 画質モードは従来通りだが、今回はフレームレートにも新機能がある。これまで60i、30PF、24PFモードを備えていたが、実質24PFは2-3プルダウンによる60i記録だった。しかし今回は、本当に秒間24コマで撮影する24Fモードを搭載した。ただし24F撮影の映像は、SDへのダウンコンバート機能が使えなくなる。

 内蔵メモリは64GBで、さらにSDカードスロットもデュアルとなっている。今はやりのリレー記録に対応しており、内蔵→Aスロット→Bスロットの順に記録する。記録メモリの順番は、ユーザーの設定ミスを避けるために、敢えて固定にしたという。ただしメディアをまたいだ間は、2フレームほどの欠落ができるのは残念だ。

新たに24Fモードを搭載内蔵64GBメモリの他、デュアルSDカードスロットを持つ

 液晶パネル内側には、アナログAV端子とヘッドホン、リモート(LANC互換)端子がある。今回はビューファインダも付いたのだが、ヘッドホンやリモート端子が液晶内側にあるので、液晶と閉じた状態でこれらが使えないのが残念だ。ただビューファインダは液晶モニターと同時に点灯するので、液晶部を開けておけば使える。またケーブルが折れ曲がるのがいやでなけらば(まあ大抵はいやだろうが)液晶モニターを残り30度ぐらいまで閉じれば消灯するので、ビューファインダのみでも使えなくもない。液晶モニターを一発で消灯するボタンがあると良かったかもしれない。

 さて、そのビューファインダは、0.27型(約12.3万ドット)で、視野率は非公開としているが、実際に見ると液晶モニタより狭いので、100%ではない。画角は液晶モニターで確認した方がいいだろう。

 背面には電源端子がある程度で、シンプルだ。オートとマニュアル切り替えスイッチは、グリップ側の後ろ、目立たない位置にある。グリップ部にはHDMIとUSB端子があるほか、前方には外部マイク端子がある。

ビューファインダは引っ張り出すとONになるグリップ部にデジタル系端子。手前の赤いのは外部マイク端子

■ 虹彩絞りによる圧倒的なボケ

 では実際に撮影してみよう。今回もどういうわけか、人物撮影は曇天だったが、風景撮りは晴天だったので、本来の実力が発揮できたように思う。M31はオートモードを中心に撮影したが、今回はマニュアルモードの絞り優先、24Fでテスト撮影を行なった。

 ハイビジョンになって以来キヤノンの民生機初となる虹彩絞りによるぼけ味は、レンズの良さも手伝ってかなり満足いくものとなっている。さすがにEOS 5DMark IIのような深いぼけ足にはならないが、ようやく光学メーカーらしい絵を出すビデオカメラと言えるようになった。

こういうボケがようやくキヤノンでも撮れるようになった後ろの花弁も自然なボケ味

sample.mpg(372MB)

room.mpg(117.3MB)
動画サンプル。光量も十分で、いいサンプルが撮れた室内サンプル。AGCを6dBにリミットして撮影
編集部注:動画はCanopus HQ Codecで編集後、MPEG-2の50Mbpsで出力したファイルです。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 絞りの具体的な構造は教えて貰えなかったが、6枚羽根ではないということなので、おそらく「くの字」型の羽根を3枚組み合わせて動かしているのではないかと推測する。あとはこれをコンパクトモデルにも載せられるよう、サイズとコスト両面での課題が待っている。

 また今回虹彩絞りになったことで、静止画のレベルも上がった。静止画で菱形絞りになるのは昔のフィルム時代のコンパクトカメラぐらいしかないので、相当違和感があったが、本機ではまさしくデジカメ並みの絵が撮れるようになった。

虹彩絞りでレベルが上がった静止画等倍で見ても解像感も高い

 発色に関しては、今回の撮影では光量も十分あるし、かなりいい色が出ている。昨今は紫の発色が青に転ぶ傾向のカメラが多いが、本機の紫はかなり正確だ。ただ緑の透過光のような強い発色に関しては、x.v.ColorがONの時にものすごくエメラルドグリーンに転ぶ傾向がある。人間の目は緑に対して一番感度が高いので、もう少し正確な色相であったほうが良かっただろう。

微妙な紫の発色も正確緑の強い発色は、x.v.Color ONだとわざとらしいx.v.Color OFFのほうが、目視での色に近い


00075.mts(45.6MB)
激しい動きの映像だが、エンコードの破綻は見られない
編集部注:再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 エンコーディングは24Fで24Mbpsとなると、ビットレートがかなり潤沢に使えるので、グチャッとした動きの激しい映像でも、破綻が少ない。動きのコマ数は減るが、画質としては評価できる。24Fでシネマモードを使えば映画っぽい雰囲気になるが、このモードでは絞り優先といったマニュアル露出操作ができなくなる。純粋にコンシューマ機ではあまり需要はないかもしれないが、もしシネマライクのガンマカーブとマニュアル露出が併用できるようであれば、映像クリエイターも使いたいと思うのではないだろうか。

 液晶モニターは高精細にはなったが、タッチパネルとなり表面に指紋が付くと、晴天時にはかなり見づらくなる。一応液晶の明るさ調整はできるが、バックライトがさらにもうちょっと上げられると良かった。

 AFに関しては、かなり使いやすい。外測センサーでセンシングするので、以前からAFの合焦は速かったが、今回は特にモードに入ることなく、画面上をタッチするだけで自動追尾機能が使えるので、狙ったところへ簡単にフォーカスが合わせられるようになった。撮影しながらフォーカスポイントを変更することで、フォーカス送りのようなこともできる。ただ、液晶をタッチするので、その瞬間画面が揺れてしまうのが難点である。


af.mpg(43.8MB)

focus.mpg(37.1MB)
顔認識と組み合わせで瞬時にフォーカスが合う自動追尾ポイントを変えてフォーカス送りも可能
編集部注:動画はCanopus HQ Codecで編集後、MPEG-2の50Mbpsで出力したファイルです。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

1.7倍のデジタルテレコンは、タッチズームと同じ画面内にある

 1.7倍のデジタルテレコンは、新GUIの中ではタッチズーム機能の中にある。確かに意味合い的にはここしかないのだが、そもそもタッチパネルを使ってズームしたいというニーズはほとんどないのではないか。デジタルテレコンは結構使い出のある機能だが、それがズームメニューの中にあることで、あまり使われなくなる可能性が高い。プロ機なら間違いなくハードウェアスイッチになる機能なだけに、勿体ない気がする。

 この春モデルは賢くなった「こだわりオート」が一つの目玉だが、マニュアルモードでも自動逆光補正は使える。急な撮影チャンスでも、マニュアルモードのままで行けるのは、心強い。


■ 大きく変わった編集系のGUI

 新GUIになったことで、再生機能も多少使い勝手が変わってきている。すでにSDダウンコンバート機能などはM31のレビューでテストしたが、本機にも同じ機能がある。ただし本機の場合はダビング先が、SDカードのBスロット固定となるようだ。

 撮影したクリップ全体をコピーしたり消去する操作は、画面下のチェックマークボタンをタッチする。そこでクリップをマルチ選択したのち、「編集」をタッチして、コピーや消去などの操作を行なう。

 以前のGUIでは、どれが一つのクリップが必ず選択されている状態が基本だったので、すぐにコピーや削除動作に移ることができた。しかし今回は、まずクリップを選択しないとコピーや削除といったメニューに到達できないので、初心者には少しわかりにくいだろう。

標準の再生画面。右下のチェックマークに注目マルチ選択したのち、編集機能を選ぶ

 一方、1つずつクリップを操作する場合は、「i」ボタンをタッチする。ここではマルチ選択ではなく、一つのクリップが選択できるのみだ。その後「編集」をタッチすると、そのクリップのコピーや消去となる。先ほどの機能との違いは、ここにのみクリップの分割機能があることだ。

「i」ボタンでクリップを選んだところ「編集」を選ぶと、似たようなメニューが…

 複数選択か1つ選択かの違いだけで、ほとんど同じメニューが存在するのは、UIとしてあまり洗練されているとは言えない。

再生画面と似たクリップの分割画面

 ここではクリップの分割とプレイリスト作成を試してみよう。クリップ分割は、「i」ボタンでクリップを選んだのち、「編集」の「分割」で作業を行なう。分割作業画面は、通常の再生中の表示とほとんど同じで、分割したいポイントで一時停止し、「分割」ボタンをタッチする。一時停止したあと、少し先に進むことがあるが、これはGOPの境目まで移動しているのだろう。クリップに対しては結合機能がないので、いったん分割すると、もう後戻りはできない。

 プレイリストへの追加は、マルチ選択でも可能だが、サムネイルだけでは必要なクリップなのかどうかは判別しづらい。特にクリップを分割すると、サムネイルが同じ絵柄になることもあるので、「i」ボタンで一つずつ追加することになるだろう。

プレイリストの並べ替え機能。タッチ操作でわかりやすくなった

 プレイリストは本体に1つだけ作成することができる。プレイリスト内でクリップの並び替えを行なうには、まず「i」ボタンをタッチしてクリップを一つだけ選択し、次に「編集」をタッチして「移動」を選択するという順番になる。移動したい場所はタッチスクリーンなので簡単に選択できるが、並び替えに至るまでの道のりが面倒である。

 とにかく「i」というアイコンが何をするものなのか、押してみないとわからないので、もう少しここは工夫の余地があるだろう。



■ 総論

 本機の魅力は、サンプル動画を見れば一発でわかるように、圧倒的な画質である。ワイド端が43.5mmなのが難点だが、余裕のあるレンズ設計で高い解像感と低歪みを実現している。画像処理プロセッサも、輪郭を強調しすぎることなく自然なキレの良さを表現している。虹彩絞りによるぼけ味は、「キヤノンのHDビデオレンズでちゃんとボカすとこんななんだー」という感激がある。

 ただ他社との比較を考えると、ウリのポイントに欠けるカメラでもある。画質がいいというのは、ユーザーアンケートには常にトップで出てくる条件ではあるが、それは基本性能として当然クリアされているべきものであり、実際にユーザーがカメラを選ぶときにそこだけが選択ポイントとなる人は、むしろ少数派ではないかという気がする。

 なんでも新設計がいいとは言わないが、やはり1年以上光学系のスペック据え置きというのは、動きの激しいビデオカメラ業界では厳しい。ワイド化の流れはそもそもデジタルスチルカメラから始まった動きであり、それをキヤノンが知らないはずはない。そう考えると、せめて30mm台になりませんか、と思わざるを得ない。

 新GUI、こだわりオートなどの成果はあるが、おそらくこれらが一番恩恵を受けるのは、M31やR10のようなラインアップだろう。フラッグシップとしては、マニュアル撮りに対して十分な機能の差別化が欲しかったところである。

(2010年 3月 10日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]