“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第425回:こちらも手ブレ補正強化。キヤノン HF S11・HF21

~ スペック据え置きながら、使い勝手を改善 ~



■ さっそくマイナーチェンジモデルが登場

 ビデオカメラ各社とも、そろそろ夏秋モデルの発表・発売のシーズンである。先週のソニーに引き続き、今週はキヤノンの新作2モデルを一挙まとめてお送りする。

 今年の春に新ラインナップとしてデビューしたHF S10だが、早くも次期モデル「iVIS HF S11」が登場、また小型モデルHF20にも新型「iVIS HF21」が登場した。型番が1しか上がっていないことから、今回は前作のマイナーチェンジという格好だ。

iVIS HF S11iVIS HF21

 両モデル共通の大きなポイントとしては、内蔵メモリ容量が倍の64GBになったこと、ワイド端の手ぶれ補正を強化した「ダイナミックモード」を搭載したことが挙げられる。また前回はAGCのリミッタを付けたことがポイントだったが、今回は夜景専用の「夜景モード」を搭載した。

 もうお気づきかと思うが、キヤノンもパナソニック「HDC-TM350」同様、ソニー「HDR-XR520」での強化ポイントに追従する形で新機能を搭載した格好である。ある意味このムーブメントはもう、「520チルドレン」と言っても過言ではないような状況になってきている。

 やはりそれだけ、ワイド端手ブレ補正、夜景、虹彩絞りは、新しい競争軸になったということである。虹彩絞りだけはハードウェア設計から全部やり直さないと入らないので、同じボディでは無理なのだが、いま光学メーカーのプライドをかけて今下丸子のキヤノンのエンジニアが「寄らば斬る!」ぐらいの血走った目でコメカミをピクピクさせながら取り組んでいるはず、と信じたい。

 ではHF S11、HF21を、早速試してみよう。


■ 2台同時撮影比較を敢行

 まずはデザインだが、基本的にボディは同じで、外装が多少変わったのみである。HF S11は、前作が全体的に光沢のある黒だったのに対し、今回は艶消しのシボ加工が施された天板となっている。鏡筒部先端も完全な黒だ。

新HF S11。ボディの変更はカラーリングのみ新HF21。ボディが真っ黒になったという印象だ

 HF21も、前作はグレーのボディ、ダークメタリックシルバーの先端だったのが、今回はマット地のボディで、先端部もヘアライン仕上げのブラックとなっている。

 レンズ、撮像素子は前作と同様、画質モードも同じなので、今回の比較は割愛する。さっそく動画サンプルを見ていただくが、今回は2台揃ったので、同時撮影してみた。HF S11はシネマモードの30p、HF21はプログラムモードの60iである。シネマライクの柔らかいトーンと、プログラムモードかっちりしたナマっぽいビデオらしい絵との比較ができると思う。なおHF21でも、シネマモード30pの撮影は可能だ。


sam_11.mpg(399MB)

sam_21.mpg(399MB)

HF S11のサンプル。シネマモード/30pで撮影

HF21のサンプル。プログラムモード/60iで撮影
編集部注:Canopus HQ Codecで編集後、MPEG-2の50Mbpsで出力したファイルです。再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

表現力は高いが、菱形のボケが惜しい

 やはりこれだけの絵を作りながら、菱形のボケが惜しい。絞りを開放にすれば回避できるにしても、シネマモードと絞り優先モードは共有できないので、やはりハードウェアとしての菱形絞りの存在自体をなんとかしないと、せっかくのシネマモードも残念なことになってしまう。

 今回のポイントの一つ、従来比で14倍になったいう、ワイド端で拡張された手ぶれ補正を試してみよう。今回は右手がHF21で従来の手ぶれ補正、左手がHF S11でダイナミックモードである。これは双方とも、プログラムモード/60iで撮影している。

 新しいダイナミックモードが、従来モードよりも遙かになめらかにフォローできるのが確認できた。ちなみにダイナミックモードはHF21にも搭載されているので、同程度の補正が可能と思っていただいて間違いないだろう。

 ではもう一つの強化点、夜景モードを見ておこう。今回はHF S11で、プログラムモード、シネマモード、夜景モードで撮り比べてみた。前作のHF S10から、手動でAGCリミットが設定できるようになっているが、シネマモード、夜景モードの時はこの設定がグレーアウトする。各モードで独自の設定を持っているようだ。


stab.mpg(187MB)

night.mpg(187MB)

スタンダードモードとダイナミックモードの手ぶれ補正比較

夜景のモード別サンプル。HF S11で撮影
編集部注:Canopus HQ Codecで編集後、MPEG-2の50Mbpsで出力したファイルです。再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

室内撮影でのモード比較

シネマモード

夜景モード

 シネマモードでもかなりいい結果を出しているが、通常のAFアルゴリズムでは、点光源を測定してのフォーカス決めが難しく、ふらつく場合があるという。夜景モードではそのあたりを軽減するアルゴリズムになっている。発色も、夜景モードは暖色系で色濃く出す。さらにガンマカーブも少し違うようだ。明かりを落とした部屋で撮るときにはもちろん、通常の室内でも効果が認められる。

 なお夜景モードも、HF21に搭載されている。同時期に出るキヤノンのビデオカメラは、ハードウェア的な違いがある部分を除き、ソフトウェアと画像処理エンジンは全部同じである。


■ 標準搭載された水中・水上モード

標準で水中・水上モードを装備

 HF21独自の機能として、水中・水上モードが標準で搭載された。前モデルのときは、HF20専用の水中撮影用ケースを購入すると、水中モードが使えるようになっていたが、今回は特にケースを購入しなくても、水中モード、水上モードが選択できる。HF21はボディがHF20と全く同じなので、同じケースがそのまま使える。

 普通に陸上で使うモードで水中撮影した場合、全体的に映像が青くなってしまうものだが、水中モードではそれを補正し、イメージ通りの映像を撮ることができる。また前モデルの水中モードでは、最短AF距離が30cmまでだったが、今回はユーザーからのリクエストにより、最短5cmまで寄れるように改良されている。

 水上モードは、新しく新設されたモードである。これはビーチや船上など、光量が強い状況専用のモードとなっている。また実際の使用に合わせて、防水ケースに入れたまま、水中モードと水上モードの切り替えができるようになった。やり方は、

  1. 水中もしくは水上モードにしておいてから、防水ケースに入れる
  2. モードを切り替えたいときはいったん電源を切り、PHOTOボタンを押しながら電源を入れる

 これで水中モードと水上モードが、ケースに入れたままでもトグルで切り替わる。従来はいったんケースに入れてしまうと、リモコンを使わなければモード変更ができなかった。しかしケースに入れたまま、水中も船上も撮りたいというニーズがあったそうである。

 Zooma!でもずいぶん前にもクルージングで水中撮影したことがある。この時の経験では、船上に上がっても自分は髪までびしょびしょだし、周りには水をしたたらせた人がうろうろしているしで、ケースからわざわざ出して船上を撮影するというというのは、確かに難しい。

 水中モードのままで水上に上がると、画面が真っ赤になっているのですぐにわかる。これは極端なホワイトバランスの違いを追従しないことで、水中モードのままであるということをユーザーにわからせるためであるという。


■ 再生機能も微妙に改善

 撮影機能だけでなく、再生系の機能も若干リニューアルされている。まずベーシックな部分として、ついにキヤノン機も、動画再生モード時にACアダプタを接続せず、USBの転送ができるようになった。従来は静止画再生モードのみACアダプタなしで転送できたが、動画を転送するときはACアダプタの接続が必要であった。

 この仕様は、出先でノートPCにバックアップするといったときに、困ることになる。この機能はソニーが始め、徐々に他のメーカーに広まっていったが、キヤノンが対応したことで、一応国内大手ビデオカメラ全メーカーが対応したことになる。ACなしではカメラへの書き戻しができないが、これは他社も同様なのでそれほどデメリットでもないだろう。

撮影後でもビデオスナップとして切り出しが可能

 もう一つの新機能は、以前から撮影時に4秒間だけ撮影して、連続再生時に音楽が乗せられる「ビデオスナップ」という機能があったが、これが録画後にも使えるようになった。動画再生モードで映像の再生中に録画ボタンを押すと、そこから4秒間の映像を別ファイルに切り出し、ビデオスナップ専用リストに加えてくれる、という機能である。

 元々ビデオスナップは、撮影時に4秒間だけ頑張る、そして撮影が上手くなる、というコンセプトで生まれた機能ではあるが、まずは撮るだけ撮ってみて、あとでどこを使うかを決めるという、編集を意識した使い方ができることになる。こうしてカットを繋いでいくという感覚をマスターすれば、今度は撮影時に「使えるカットを撮る」という意識が生まれるので、撮影も上達するわけである。

 ビデオスナップの並び順は、ビデオスナップ画面の中では変更することができないが、プレイリストの編集画面に行けば並び替えができる。編集する感覚を覚えるという機能として、広く活用していただきたいところだ。

【お詫びと訂正】
 初出時にはビデオスナップの並び替えができないとしておりましたが、プレイリスト画面では並び替えができます。お詫びして、訂正させていただきます。(2009年8月7日)


■ 総論

 パナソニック、キヤノンが“ソニー 520対抗”を打ち出してくることはある程度予想できたことだが、半年という時間で可能な限りの機能を盛り込むのは、なかなかキツイ仕事だったことだろう。ただ他社からイノベーションを借りてくるうちは、残念ながら各企業それぞれの個性や強みを出しているとは言えない。どうせ真似をするならオリジナルを越えなければ、発展はないわけである。

 しかしこれら国内での競争というのは、実に日本らしい企業文化ではある。これが米国ならば即訴訟沙汰だが、ある意味「オープン」などという思想を輸入するまでもなく、日本では当たり前に育っていた文化なのだなぁと思う。そしてこれが、日本の強みであったし、これからもそうあり続けるのだろう。

 ビデオカメラ市場は、ここ3年ばかり多少出生率が上向いているのが救いではあるものの、まだまだデジタルカメラのまんべんない行き渡り方に比べれば、子供依存型の特殊市場である。そこから脱却せよとは言わないが、オールマイティ化するほど争点がぼけてしまって、消費者はどんどん選べなくなっていく。

 それよりもわかりやすく尖った専門性のほうが、消費者にとってもメリットが高い。その点では、HF20・21の水中撮影などは、個人的にいい評価軸だと思う。単にウォータープルーフ程度ではなく、水深40mまでということで、かなり本格的なダイビングでも対応できるようだ。

 「ソニー 520」の新しい評価軸にどよめいた今年のビデオカメラ業界であるが、今後ももっといろいろな強み、評価軸が生まれ、より個性的なカメラが登場することを期待したい。

(2009年 8月 5日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]