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“これからのオーディオ”に必要な機能とカタチ。ヤマハの野心作「WXA-50/C-50」とは何か

 ヤマハが10月に発売した2つのオーディオ「WXA-50」と「WXC-50」。一見すると“薄くて小さいコンポ”だ。なんだミニコンポかと思われるかもしれないが、持ち上げると「おっ!」と驚くほど重く、金属の質感も重厚。値段も5~6万円と、ピュアオーディオから見れば安いがミニコンポの価格ではない。開発陣に話を聞くと、今までのオーディオカテゴリにとらわれない、かなり挑戦的なオーディオ機器である事がわかってきた。

ネットワーク再生機能を備えたプリメインアンプ「WXA-50」

 「WXA-50」と「WXC-50」。筐体サイズは同じで型番も似ているが、型番に“A”が入ったモデルはスピーカードライブ用アンプを搭載。再生機能としては、どちらの製品もDLNAやヤマハ独自のネットワーク再生機能「MusicCast」に対応。USBメモリ再生、Bluetooth受信機能も備え、光デジタルやアナログ入力も搭載している。

 WXA-50はスピーカーだけ用意すれば、手軽なネットワーク再生システムが完成。アンプ非搭載のWXC-50は、ユーザーが既に持っているオーディオシステムに、ネットワークプレーヤーとして追加するモデルだが、音量調整が可能なプリアンプ機能も備えているので、パワーアンプやアクティブスピーカーと連携する事も可能だ。

左が「WXC-50」、右が「WXA-50」

 製品のコンセプトは「シンプル & フレキシブル」。生み出したのは、ヤマハのAVアンプのエンジニアを中心としたチーム。音響開発統括部 AV開発部ホームシアターグループ加納真弥氏、臼井篤志氏、関口康平氏に話を聞いた。3人の話から、ネットワーク時代の新たなオーディオのカタチが浮かび上がってきた。

左から関口康平氏、臼井篤志氏、加納真弥氏

変化するリスニング環境に対応する新しいオーディオ

 開発スタートは2年ほど前。ヤマハが世界各国の市場向けに推進し、自社製品の多くが対応している「MusicCast」機能がキッカケだという。MusicCastはDLNA対応のNASなどに保存されている音楽ファイルやインターネットラジオなどをネットワーク経由で再生したり、複数のMusicCast対応機と連携し、再生している音楽を複数の部屋で同時に流すといった使い方を可能にする、統合的なネットワーク再生機能。iOS/Android用アプリ「MusicCast CONTROLLER」で一括した操作もできる。

MusicCastのイメージ

加納氏(以下敬称略):この製品の企画は、MusicCastを手軽に体験できるオーディオシステムを検討しはじめたのがキッカケです。ヤマハには、ハイファイコンポやAVアンプなど、1つ1つ作り込まれた製品が存在しますが、それらすべての製品を1つのアプリで管理し、統合的に使えるのがMusicCastの魅力です。その価値をシンプルに具体化した製品を作ろうという話になりました。

加納真弥氏

 日本ではネットワーク音楽再生というとDLNAがメインですが、海外ではPandoraやSpotifyなど、ネットワーク経由で流れてくる音楽をラジオ的に、またはインタラクティブに楽しむ配信サービスが一般的になっています。そうしたサービスを、普段は個人がそれぞれの部屋で楽しめるが、別の場所でも自分の音楽を聴いたり、家でパーティーを開催する時には全ての部屋で同じ音楽を流す……といった楽しみ方が広がってきています。日本でも今後、ネットワーク音楽配信サービスの拡大を通じて、新しい視聴スタイルは増えていくでしょう。

 その際、高いお金を出さないと手に入らない製品ではなく、気軽に購入でき、簡単に使え、でもあらゆるシチュエーションで良い音を楽しめる製品が作れないかと考えました。機能が豊富だけれど奥さんや子供たちが使い切れない……という製品ではなく、ボタンを押せば音が出る、アプリでわかりやすく利用できる、どんな音量・スピーカー・コンテンツでもいい音で。そうした要素をシンプルに突き詰めた製品です。

 製品のコンセプトは、様々なアイディアを出して吟味した結果、あらゆるコンポやスピーカーに組み合わせられるサイズ感と質感を持ったデザインでありながらも、“ライフスタイルの中に溶け込むようなオーディオを狙おう”という結論に至りました。それが“机の上や本棚にも置けるサイズ”と“シンプル&フレキシブル”というキーワードです。

 確かに、日本でもApple MusicやLINE MUSICなどのネットワークサービスは広まりつつある。radiko.jpを聴いたり、スマホ内の音楽をBluetooth経由でスピーカーなどから再生するといったスタイルも当たり前のものになった。DLNA経由でハイレゾ楽曲を真剣に楽しむという“ピュアオーディオのネットワーク再生”だけではない、カジュアルな音楽の楽しみ方。そうした用途に適した製品を、“既存のコンポに後付け”するのではなく、ゼロベースから必要な要素を抽出し、考えて生み出された製品というわけだ。

加納:小型のオーディオなのにUSB DACを搭載していないのを不思議に思われるかもしれませんが、今回の製品ではハイレゾ特化の製品にするよりも、Bluetoothやストリーミングの楽曲も含め、どんな音源も良い音で楽しめるという部分を大事にしました。もちろん、テンションを上げて真正面から音楽を聴くという使い方に応える音質も備えていますが、その実力がある製品で、朝から晩まで音楽を楽しむような使い方をして欲しいと考えています。

 両モデルとも、光デジタルとアナログ(AUX)の音声入力を備えていますので、お客さまがお持ちの別コンポーネントやテレビ、USB DACなどをつなぎ、ネットワークコンテンツだけでなく他の音楽ソースもお楽しみいただけるようにしました。開発としては、限られたサイズの中に「お客さまに必要なのはこれだ」というものを厳選して作り上げてきました。

 “シンプル&フレキシブル”は、外観でも体現されている。外形寸法は214×251.4×51.5mm(幅×奥行き×高さ)と薄型で横幅も小さく、縦置きも可能で本棚の隙間にも設置できる。一方、ボリュームノブが前面にあったりと“オーディオっぽさ”を感じさせるデザインでもある。

「WXA-50」
「WXA-50」とブックシェルフスピーカーを組み合わせたところ

加納:デザインは大変こだわったポイントです。ボリュームノブをつけるか否かの議論も何度も行ないましたね。最終的には、この製品を使ってほしいお客さまに立ち返り、従来の価値観を大切にしつつも新時代のオーディオを感じてもらえるものとして「レトロモダン」をキーワードに落とし込みました。

 パワーアンプ内蔵のWXA-50は、大掛かりなオーディオシステムを買う気はないが「オーディオらしく、気に入ったスピーカーでいい音は聴きたい」という人。WXC-50は既にオーディオシステムを持っているけれど「ネットワークを使った新しい楽しみ方を追加したい」という人。この両方のお客さまがオーディオ機器としての存在感を感じながらも、部屋に溶け込むようなデザインとしました。

 カラーと重さもこだわったポイントです。色目は一見グレーに見えますが、明るい蛍光灯の下ではやや青みがかって現代的に、電球色の下ではぐっと落ち着いたグレーに見えるように、調色を繰り返しました。重さに関しては一緒に企画した営業の人間も“見た目と重さは絶対に譲らない”というこだわりを持っており、「初めて箱から取り出した時の重厚感」を感じる重さを共に検討しました。

 その結果、重量はWXA-50が1.94kg。WXC-50が1.44kgとなっている。

加納:デザインも音も大切ですが、持ち上げた時に“おっ!(これは凄いぞ)”と思っていただくことって大事じゃないですか(笑)。“反応してくれる人が反応すればいい”というライフスタイルを限定したデザインではなく、お客さまが“これを使って自分なりのライフスタイルを作ってみたい”と思って頂ける、多様性に満ちたデザインが実現できたと考えています。

エンジニア達が欲しいと思う新しいオーディオをカタチに

 開発を担当したチームは、加納氏ら、普段はAVアンプを手掛けている技術者が中心となり、この製品に適したスキルを持つエンジニアが集結したという。

関口康平氏

加納:AVアンプは多くの技術要素とノウハウが詰まった製品で、開発にあたるエンジニアには、アナログ的な高音質設計からデジタル音声信号処理まで多くの知見と技術をまとめる力が求められます。そのエンジニア達の技術力とこだわりを「小さなサイズ」に結集して生まれたのが今回の製品です。

 よい製品を設計するには、ただ持てる技術や機能を全部積み上げればいいというものではありません。あれもこれもと入れるとグシャグシャになってしまう。我々はよく“闇鍋になるか、懐石料理になるかの違い”と言うのですが、“闇鍋にしないぞ”という点が開発チーム全員でこだわったポイントです。

関口:我々は普段AVアンプを作っていますが、実は「小さくて音の良いものを作りたい」という想いは以前から抱いていました。自分たちが欲しい、新しいオーディオをカタチにしてみたら、今回の製品になったという印象です。

 AVアンプの開発チームは、サイズが小さくて難易度の高い設計でも「こうすれば出来る、よりよくなる」という解を沢山もっていますから、今回の製品が出来たといっていいと思います。

臼井:AVアンプは機能が多く、接続端子も多いので、初心者の方からはとっつきにくい印象を持たれます。それを、どうやって手軽に楽しんでいただくかを常に考えています。今回の製品ではその考え方をベースに、AV機器に詳しくない方々にも使ってもらえるように、機能はあえて必要なものだけに削ぎ落とし、UIもシンプルなものに落とし込んでいきました。

加納:日本のエンジニアが本気で、“自分たちがほしい”と思ったからこそ生まれた製品と言えるかもしれません。完全に製品を隠すのではなく、かといって派手に見せるものでもない空間の“間”を上手く使うデザインや、音や操作のひとつひとつにも配慮をした、ある意味で日本人の美学が現れた“しつらえ感”のある製品になったと思います。

「WXA-50」の背面。もう端子が追加できないほどミッチリ。このスペースを極限まで活用しているのがわかる

「デジタルボリュームは音が悪い」という定説にとらわれない

 加納氏は、このサイズを実現するために、「本当に必要な技術を、定説にとらわれずに選んだ」と説明する。

加納:いろいろな回路を入れれば、様々な“売り文句”は作れます。しかし、経路はグチャグチャ、先程申し上げた“闇鍋”になってしまいます。作る前に要素を整理し、それぞれの役割を洗い出し、本当に必要なものだけを選びました。

 その代表的な部分がボリューム部分だ。オーディオ界には、デジタルボリュームよりもアナログボリュームの方が音が良いという定説がある。ハイエンドアンプでも、大型のアナログボリュームパーツを採用している事をアピールする製品は多い。

加納:そうしたオーディオの定説の中で、今回、我々は「今の技術やデバイスを使えばどうなのか?」を改めて問い、検証を行ないました。デジタルオーディオではbitが音の細かさを表現しますが、デジタルボリュームではそのbitを削る事になるので、波形がガタガタになり、歪みが増えるというのが課題です

 しかし、入力信号のbit数を超える48bit以上の精度で演算すると、演算誤差を限りなくゼロに近づけることができ、波形の正確な滑らかさを維持したボリュームの調整できる事がわかりました。その結果、デジタルボリュームであっても、測定上も一切の音の劣化が生じない音量制御を実現することができました。

 加納氏によれば、デジタルボリューム採用のキッカケは、AVプリアンプのフラッグシップ「CX-A5100」に採用された「YPAO High Precision EQ」にあるという。A5100では、音場を補正するYPAOの処理を、初めて64bit精度で演算する事で、非常に高い音質を実現。筆者も試聴したが、“ストレートで音を出すより、YPAOの処理を通した方がむしろ音が良い”という驚きの体験をした。加納氏は、「演算誤差を最小化する事が“音に効く”というA5100の気付きが、WXA-50とWXC-50には生きています」と明かす。

 さらに、デジタルボリュームは音質面で有利な部分もある。

関口:アナログ回路ICが不要になり、スペースに余裕が出ます。さらに大きいのはクロストークの低減ですね。搭載するデバイスが増えると(左右チャンネルの)クロストークが起きやすくなり、特に高い周波数では音が微妙に混ざり合ってしまいます。これは回路原理的に必ず起こる現象で、チャンネルセパレーションの悪化を引き起こします。今回の製品ではその相互干渉を小さくすることができ、高級機器に匹敵するチャンネルセパレーションを達成できました。

臼井:一方で、デジタルボリュームでは、それを構成するソフトウェア開発を慎重に行なう必要があります。一歩間違うと最大音量が出てしまう場合があるためです。開発は私が担当しましたが、絶対にそうならないという作りをしなければならないというプレッシャーはありました(笑)。

 ただ、これまでもDSPの信号処理と連携して音量レベルを調整する仕組みのソフトウェアは開発してきたので、技術的な下地はありました。今回はそれを応用したカタチです。

 スペースも削減でき、チャンネルセパレーションも良いデジタルボリューム。“良いことづくめ”だが、音作りでは困難もあったという。

関口:セパレーションが良ければ必ず聴いた音が良くなるかというと、実はそうではありません。セパレーションが良すぎることで、聴いていて“スカッとし過ぎる”と言いますか、広すぎて密度感が無く、どこか冷たく、聴いていて楽しくない音になってしまうことがあります。

加納:高い周波数までピシッとセパレーションの良いスペックが出ているがゆえに、頭の位置を数cm動かしたら音が崩れて聴いていられないという凄く神経質な音に感じたり、細かいノイズの干渉が聴感上顕著に感じられる事もあります。

 こうした音を、チューニングしていくのが関口氏だ。

関口:自然に空間に馴染む音になるように調整していきます。“性能の良さを生かしながら、実際に聴いた音の良さが両立するポイントを探す”という感覚です。部品の配置、基板パターンの書き方、電源の配置も音は大きく変化します。この製品は音の入口から出口までの経路が短いので、まずは基本的な設計段階で不要ノイズの干渉を徹底的におさえた上で、部品の交換などで微調整しました。ヤマハは以前から“ナチュラルサウンド”を掲げていますが、コンテンツが持つ音楽性を素直に引き出しながらも、長時間音楽を楽しめる自然な音にまとめあげるのがチューニングの最終目的です。

デジタルアンプでアナログライクな音を

加納:ネットワークモジュールはヤマハ独自開発で、現在の全MusicCast対応機種に採用されたモジュールです。作り込まれた、非常に音の良いモジュールで、その良さを引き出す事が重要です。

 DACはESS製のSABRE 9006ASです。製品の価格帯を考えるとやや贅沢な選択ですが、デジタルボリュームの精度を追求するなど随所で音質にこだわっても、安くて性能が悪いDACを搭載しては意味がなくなってしまいます。

 ただ、良いDACを搭載すれば終わりではありません。DACを動かすための電流そのものが音質に悪影響を与えるという事がありえます。グランドを太くするといった対策手法もありますが、そもそもの電流経路を把握し、正しいレイアウト設計をおこなうことで、シンプルに良い特性が得られます。

 この考えが、ヤマハ独自の電源グランド構成「DAC on Pure Ground」だ。デジタル回路やDACの動作電流によって発生するグランドノイズとアナログ回路を切り離した構成にする事で、電源起因の音質劣化を排除するというものだ。

加納:最近のヤマハのAVアンプの音質が向上し、2ch視聴でも高い音質評価をいただくことも増えましたが、それを支えるコア技術の1つで、「DSP-Z11」の時代から他社に先駆けて作り上げてきた高音質技術です。

 この他にも、ウルトラロージッターPLLや、ルビコンとヤマハのハイファイチームが共同開発したものを元に、カスタマイズしたPMLコンデンサも使われている。

 また、アンプ内蔵の「WXA-50」には、高性能なデジタルアンプが搭載されている。

加納:多数のデジタルアンプを選定しましたが、その中で最も性能が高いものを採用しました。小型で電力効率が高く、ハイレゾ帯域まで特性が良好でドライブ力もある、優れたデジタルアンプです。最初はもっとリーズナブルなものをと考えましたが、ターゲット顧客を考えるとやはり現時点で我々が選べる最高特性のものを選ぼうということになりました。DACや様々な高音質設計を工夫しても、その後のアンプがダメだと意味がないですからね。

関口:WXA-50とWXC-50で音傾向は少し変えています。WXA-50は、直接スピーカーを接続することを見越して、アンプとして気持ちよく聴ける音を狙いました。デジタルアンプの駆動力を生かしながらも、冷たく硬く煩い音に感じさせないような、アナログライクな音を意識したチューニングです。デジタルの音源を手軽に楽しむのがコンセプトの製品ですが、デジタル音源を「いかにもデジタルっぽい音」で聴かせるのではなく、アナログ感を大事にして自然な再生する事にこだわりました。

「WXC-50」

 WXC-50は、どのようなパワーアンプに接続してもコンテンツの情報量が出し切れるように、ニュートラルな方向を追求しています。より開放的で、上から下まで情報量を出し切るような音に仕上げました。明瞭さや解像度をよりキッチリ・くっきりと出す方向です。アナログ的なテイストは、お客さまが所有するパワーアンプの傾向で楽しんで頂こうという考え方ですね。

既存のコンポにネットワーク再生機能を追加する「WXC-50」の使用イメージ

デジタル信号処理をかける事をデフォルトとして生み出された製品

 「様々なソースを手軽に高音質で」というコンセプトを実現するため、スマートフォンからBluetooth伝送した音楽や、MP3、ネットラジオなど、ソースを問わずにヤマハオリジナルの高音質化技術が適用される。

 具体的には、圧縮音楽で失われた低域や高域を補正する「ミュージック エンハンサー」、視聴音量毎に変化する人間の耳の特性に合わせて低音と高音のバランスをフラットにコントロールし、深夜やニアフィールドでのリスニングでもリッチな音が楽しめる「ボリュームアダプティブEQ」、小さなスピーカーの低域を補う「バス・エクステンション」だ。

臼井篤志氏

臼井:この製品は、「どんな音量・スピーカー・コンテンツでもいい音」を達成するために、DSPによるデジタル音声信号処理をかける事を前提に設計しています。もちろん、ハイレゾ音源も良い音で楽しめますが、“圧縮音源で、この音量でもけっこう良い音だな”と感じていただけるはずです。箱から出してすぐに良い音を楽しんで欲しいので、デフォルトで「ミュージック エンハンサー」はONに、「ボリュームアダプティブEQ」は「オート」になっています。「バス・エクステンション」はお客さまのスピーカー次第で好みがありますので、これだけ初期状態ではOFFになっています。

 これらを適用した音をデフォルトとして仕上げています。DSPを通さない方が音が良いというイメージを多くの人が持っていると思いますが、演算誤差が非常に少ないDSPを使っており、音質への影響は最小限になっています。

 「ミュージックエンハンサー」は、MP3などの圧縮音楽再生向けとBluetooth向けで処理のパラメータを最適にチューニングしています。MP3などとBluetoothでは圧縮方式の違いにより失われている帯域の程度が異なるためです。このパラメータは、Bluetooth入力を選べば自動的に最適な値が適用されますので、操作をする必要もありません。インターネットラジオや音楽ストリーミングサービスでも圧縮信号が主流ですので、エンハンサーは非常に効果的です。この処理は、非圧縮音源やハイレゾ音源の再生時にもかかりますが、音が破綻しないように作っています。

関口:「バス・エクステンション」は、バスブースト的なイメージを持たれがちですが、実際は違います。増幅するのではなく、低音域の帯域を“のばす”イメージですね。聴覚特性を使ったヤマハ独自の帯域伸長技術「アドバンスド・バス・エクステンション技術」を用いることで、自然な再生帯域の拡大が実現されています。

臼井:小さなスピーカーは低音がカットされているので、それを補佐する役割ですね。また、全てのスピーカーに同じパラメータを適用すると低音がボワッとしすぎる事もあるので、接続するスピーカーに合わせて「コンパクト」、「ブックシェル」、「フロアスタンディング」などから最適な設定を選べるようにしました。この設定により、ボリュームアダプティブEQのパラメータも最適になるようにしています。

スピーカー選択画面

使い勝手も「シンプル&フレキシブル」に

 ここまでの話を聞くと、“AV機器に詳しくない人も、手軽に良い音を楽しめる”機能が実装され、デフォルトでONになっているという印象を受ける。だが、そこで終わりではないという。

臼井:コンセプトのひとつ「フレキシブル」に向けて、更にもう一歩、自分の好みや使い方に合わせて細かく設定してもらえる機能も搭載しています。例えば、ジッタを除去するウルトラロージッターPLLを搭載していますが、除去レベル調整をお客さまに開放し、レベル選択ができるようにしました。デフォルトは“レベル2”ですが、よりクリアな音質を求める方はレベル3、ゆったりとした音が好みの方はレベル1と選択できます。

ジッタ除去レベルも調整できる

 そのほかにも、ペアリングしたBluetooth機器以外からはペアリング先として見えないようにするプライベートモード、子供のいたずら防止にフロントパネルのボリューム操作などを無効化する機能、電源を入れると前回再生していたものを再生するオートプレイ機能の設定など、お客さまが自分の生活スタイルにあった使い方をアレンジできる設定を備えています。

 オートプレイは、「ハイレゾ音楽再生がいきなりスタートすると興がそがれる」とか、「ネットラジオはすぐに音が流れてほしい」など、お客さまによって感じ方が違いますので、ソース毎にオートプレイのON/OFFを細かく設定できるようにしました。

Bluetoothのプライベートモード設定
オートプレイのON/OFFをソース毎に細く設定できる

 ボタンが少ない、初心者向けのデザイン。しかし、アプリから細かな設定に入ると、とことんマニアックに使いこなせる。外観は爽やかだが、中身はかなーり“濃い”製品だ。

臼井:一眼レフカメラのようなイメージですね。オートモードにすれば、シャッターを押すだけで撮れる。しかし、こだわれば全部のパラメータをお客さまがいじれる。こだわる人にも応えられる製品にしました。

 ちなみに、プリアンプ搭載「WXC-50」の背面には「プリアンプ/プレーヤー」というスイッチがある。「プレーヤー」を選択すると、DSPがバイパスされるダイレクトモードとなり、ボリューム操作も効かなくなる。「プリアンプ」を選ぶと、ボリューム調整ができ、DSP処理をかけた状態がデフォルトとなる。どちらの使い方をするかは、配線時にユーザーが既に決めていると考え、後からメニューで細く設定するのではなく、背面に切り替えスイッチを備えたというのだ。これも一つの“シンプル&フレキシブル”ポイントだ。

「WXC-50」の背面。右の方に「プリアンプ/プレーヤー」というスイッチ

加納:こだわりと言えば、完全新規で開発した筐体構造は間違いなく一番苦労したところです。初めは、形状の工夫がしやすいプラスチックシャーシでも考えましたが、持った時の重さにこだわると比重が重い金属材料を使う必要があります。製品が小さいので、より重い素材でなければならない。そうなると、“鉄”しかないなと。

 鉄は加工しやすいイメージがありますが、厚さ2mmの鉄パネル曲げ加工や、この大きさに必要回路を収めるために、最小ネジ本数で高い剛性を持つ4面曲げ加工のボトムシャーシなど、多くの挑戦がありました。また放熱を兼ねた天面にアルミ材を使って普通とは違うマットな仕上げにしたりと、素材の特徴と機能性の両面を追求していった結果、アシンメトリーな意外性と機能性、高い質感が調和する筐体に仕上げることができました。

天面はアルミだ

関口:縦置きできるので本棚などにも設置できます。内部の構造がシンプルでシャーシ剛性も高いので、縦置きしても音への悪影響は少ないです。コンセプト的にも、“縦置きしたらいい音質じゃなくなった”というのはダメですよね。セッティングにそんなに気を使わなくても、手軽に楽しめる事が重要です。

聴いてみる

 試聴室で、ヤマハのブックシェルフスピーカー「NS-B330」と、アンプ内蔵の「WXA-50」を組み合わせて聴いてみる。スピーカーはペア43,000円なので、価格のバランスもバッチリだ。

 “素の音”を聴くため、DSP処理などを外した状態でハイレゾの「SHANTI/LULLABY」をネットワーク経由で再生すると、スピーカーの周囲に広大な音場が現れる。ブックシェルフで再生しているというのもあるが、広がりだけでなく、奥行きも非常に深く、立体的な音場が現れて驚く。ピアノの響きが広がり、消え去る間際の描写も精密で丁寧だ。

 ヴォーカルは生々しく、情報量も多い。音圧もキチンと出ており、ぐっと胸に迫る、いわゆる「美味しいところ」がキッチリ再生できている。デジタルアンプかつ、デジタルボリュームだからといって冷たい音ではなく、アナログライクな熱っぽい中低域もグイグイと前に出てきて心地が良い。デジタルらしい精緻な描写でありながら、アナログっぽい馬力も感じさせるサウンドだ。

 低域を補う「バス・エクステンション」をONにすると、低音の沈み込みが深くなる。決して低音が膨らむのではなく、ズンと沈む場所が数段深くなるという印象だ。芯のある低域が下支えしてくれるので、音楽の安定感がアップ。ブックシェルフの弱い部分を補ってくれる感覚だ。

右がブックシェルフスピーカー「NS-B330」

 音がもれない試聴室で、かなりの音量で聴いているが、実際にこの製品が使われるのはリビングや書斎などだろう。音量も小さめのハズだ。そうした環境をイメージして、音量を下げていくと、DSP処理の感じ方が変わってくる。

 例えば、128MbpsのMP3音源「手嶌葵/The Rose」を控えめな音で再生すると、やはり先程の大音量ハイレゾと比べ、音が痩せて聴こえてしまう。そこに、エンハンサーやアダプティブボリュームEQなど、デフォルトのDSP処理をかけると、音像にしっかりと厚みが出て、中低域も豊かになるので満足度がアップ。サビのグワーッと盛り上がる部分も、しっかり感動的に聴ける。この音量でならば間違いなく、DSP処理をONにした方が良い。

 フロア型スピーカーをドライブできる能力があるかどうか、ハイエンドスピーカーの「NS-5000」とも接続してみた。相手はペアで150万円で30cm径ウーファ搭載。価格もサイズもまるで違う、ありえない組み合わせで、WXA-50が気の毒になるレベルだが、音を出すとしっかりドライブ出来ていて驚く。

 NS-5000は、色付けのない、トランジェントの良いハイスピードなサウンドが持ち味だが、デジタルアンプのWXA-50と相性が良いのか、その特徴がキッチリ出ている。低域のスピード感、描写の細かさも目が覚めるようだ。開発陣も「この組み合わせで試聴されるとは」と驚いていたが、キチンとドライブできて誇らしげな様子だった。

ハイエンドスピーカーの「NS-5000」もドライブできている!

ヤマハが描く「これからのオーディオ」をカタチにした意欲作

 AVアンプのエンジニア達が中心となって生まれた、小型オーディオ。どちらの製品が作りやすかったのだろうか?

加納:ダイレクトに、最短経路でコンパクトに作れるという面では小さな製品に利点があります。しかし、小さいと“ノイズ源から距離を離せない”という欠点もあります。

関口:AVアンプと小型製品ではノイズの性質も異なり、対策方法も変わります。しかし、AVアンプで培ってきたセパレーションの稼ぎ方などのノウハウは活かせました。また、ここを変更すれば良くなるだろうという“勘どころ”も、わかってくるようになるのです。

加納:今回の開発でも、試作の最終段階で測定器では確認できないが、視聴すると高音に妙な付帯音がつくという現象が起きました。経験則と“カン”で電源部のパターンと音声信号が干渉しているのではと閃き、先輩エンジニアに“ここだけ変えさせて”とお願いしましたね(笑)。もう何回も基板を試作できない段階で、開発リスクがありながらも先輩が実施してくれた結果、ドンピシャで付帯音が消えたという事もありました。

 そういった意味でも、開発に携わった仲間が、同じ目標を目指して団結したから開発できた製品です。誰一人欠けても、この製品にはなりませんでした。全員が力を発揮してくれたから出来た製品。“製品は出会いモノ”でもあるというのを痛感しました。

 考えてみると、今のAVアンプは機能が大量にある“オーディオの総合デパート”のようだ。マルチチャンネルアンプという基本的な役割だけでなく、ネットワークプレーヤーであり、デコーダであり、エンハンサーであり、補正プロセッサでもある。ハイレゾから4K映像まで、様々な信号がその中を通り、それらのセレクターでもある。手がけるエンジニアにも、幅広いスキルが求められるのは当然といえるだろう。

 インタビューを通じて感じるのは、どんな音源が入力され、どんな部屋であっても、それを良い音で再生できる独自の技術を持っているのに、なかなかそれを多くの人に使ってもらえないというエンジニア達の“ジレンマ”だ。世間の誰もがAVアンプを買うわけではなく、また買ったとしても機能が多すぎて、自分にマッチした機能を上手く使いこなしていないというケースも多々ある。

 誰もが気軽に楽しめる、MusicCastを軸にしたコンパクトなオーディオ開発にあたり、そうしたスキルや独自技術と“想い”も投入された。決して“小さなAVアンプ”を作るのではなく、“シンプル&フレキシブル”なオーディオに必要なものだけを厳選して搭載。マニアでなくても買える値段やサイズに収めたところにWXA-50、WXC-50の新しさがある。単なる“小さなオーディオ”ではなく、“これからの新しいオーディオ”をカタチにした意欲作だ。

 (協力:ヤマハ)

山崎健太郎