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チーフエンジニア井谷氏に聞く、Technics復活までの道のりと思想

 復活が大きな話題となっているテクニクス。国内でも、10月に開催されたCEATECやオーディオ&ホームシアター展でリスニングルームが設けられ、既に体験した方も多いのではないだろうか?

 上位でフラッグシップの「R1シリーズ」と「C700シリーズ」は、全て受注生産ながら、パナソニックセンター大阪では10月1日から、パナソニックセンター東京では10月25日からテクニクスサロンがオープンし、予約制で試聴できる体制も整った。12月には受注を開始し、2015年2月の出荷も近づいてきた。

 そこで今回は、盛り上がりを見せる新生テクニクスについて、より詳しく知るべく、改めて復活までの経緯と搭載されている技術内容について、「R1シリーズ」を中心に、チーフエンジニアのパナソニック アプライアンス社 ホームエンターテインメント事業部 Technics事業推進室の井谷哲也氏にインタービューを行なった。また、テクニクスサロン大阪での試聴インプレッションもお届けする。

テクニクス復活までの道のり

Technics事業推進室 チーフエンジニアの井谷氏

 テクニクス復活のニュースで筆者が最も驚いたのは、500万円という豪快な値付けだ。「R1シリーズ」を構成するパワーアンプ「SE-R1」、ネットワークオーディオコントロールプレーヤー「SU-R1」、スピーカー「SB-R1」2本の価格を合計すると、確かに511万4千円になる。ここ数年、日本のエレクトロニクスメーカーは、赤字部門を切り離す傾向があり、実売に繋がって収益に寄与すると見込める製品に注力してきた。言い換えると、面白いモノや、イメージリーダー的な商品は、製品化され難い状況が続いていた。パナソニックも例外ではなく、テクニクスを復活させた背景と、500万円という値付けは興味深い。

 井谷氏によると、まず、製品共通の考え方として、高付加価値化が根底にあるという。オーディオにおいては、ヨーロッパを中心にパナソニックブランドでミニコンポを展開し、音質で好評を得てきた。日本でも、高品位なミニコンポとしてSC-PMX5を2012年に投入し、2013年のSC-PMX9は人気ランキング上位に食い込むなど、頭角を現した。さらに同年末には、SC-PMX9LTDと、振り返れば売価は、2.5万円、5万円、10万円と倍々になりながらも、評価はますます高まってきた。

そんな中、井谷氏を中心に、パナソニックのエンジニア達が想いを馳せたのが、テクニクスの復活だ。倍々で考えると、SC-PMX9LTDの次として、20万円〜40万円クラスのシステムが思い浮かんだという。そう、プレミアムシステムの「C700シリーズ」がそれにあたる。しかし、上層部と話し合いを進めるうちに、1コンポーネント100万円の構想が浮かびあがり、最終的にはトップの判断で、「R1シリーズ」の製品化に向けて動き出す。

総額約500万円のR1シリーズ
C700シリーズ
2013年発売の「SC-PMX9」

 しかし、ここで解せないのは、開発スケジュールである。筆者はSC-PMX9が発売された2013年6月に、同製品の音の良さに惚れ、インタービューしたことがある。その際、テクニクス復活についての想いは伺ったが、具体的には何も決まっていなかった様子だった。

 過去、オーディオメーカーで商品企画を担当していた筆者にとっては、僅か1年で全くの新製品、しかもフラッグシップ機を作り上げるのは、並大抵のことではないと思ったからだ。今回の取材では、井谷氏より、本邦初公開で、スケジュールの詳細も聞き出す事ができた。

テクニクスの内部資料

 発端は2012年。オーディオ好きのエンジニアが、パナソニックが製造しているデジタルアンプICの「LinksD-Amp」を用い、電源を強化するなどして、内々に高級オーディオの検討を始め、試作機を開発したのがきっかけだ。2013年に企画や営業メンバーと議論をはじめ、同年10月に「R1シリーズ」と「C700シリーズ」正式プロジェクトして発足したそうだ。筆者の個人的な見解だが、僅か1年で開発したと聞いていたので、音質の練り込みについては懐疑的だったが、デジタルアンプの基本部分については、2012年から動き出していたとのことで納得かつ安心した。

初代試作アンプ外観
初代試作アンプ内部。2012年頃に、エンジニアが内々で作っていた初代試作機の内部。基板はサウンドバー製品のものを利用し、電源を強化。シャーシはアルミ削り出し
SE-R1原型機

受け継がれた思想、新しい思想

 新生テクニクスの発表内容で印象的だったのは、技術の一点張りではなく、「Rediscover music」を掲げた、音楽の再発見、音楽を楽しもうという感性面での訴求だ。テクニクスの元祖とも言える阪本楢次氏は、「特性の良くないものは、音が良くない……」という言葉を残しており、「テクニクス」のネーミングからも、技術を第一に考えていたように思う。新生テクニクスは方向転換したのだろうか?

 井谷氏によると、時代の変化も大きいという。元祖テクニクスが発足した約50年前は、電子技術自体が発展途上で、特性を改善すれば音質の向上に繋がっていた。現在ではデジタル化を含め、電子技術が成熟し、測定できる特性を満足するのは当たり前で、さらにその先の「感性」に関わる音作りが重要だと言う。事実、デジタル化で音質の差は縮まったが、測定上は同じでも、異なるコンデンサーを用いれば音は変わる。特性では未だ解明できない、感性で受け取る「楽しさ」を、熟練のエンジニアがパーツ選定の領域で表現して行く。こうした部分で、同社のオーディオ成長戦略担当を担当し、ジャズピアニストでもある小川理子氏の存在が欠かせないという。

 新生テクニクスは、長年蓄積したノウハウと技術力をベースに、感性を加えた新時代の表現力に注目だ。

デザイン

 筆者が新生テクニクスに惹かれたポイントの一つが、デザインである。テクニクスのパワーアンプと一目で分かる針メーターがあしらわれ、シンプルで清々しい。

R1シリーズのパワーアンプ「SE-R1」。テクニクスならではの針メーター
ネットワークオーディオプレーヤー「ST-C700」

 井谷氏によると、デザインのテーマは「ノイズレス」と「先進と伝統の融合」で、ツマミやボタン類は極力少なくし、スッキリと仕立てたとのことだ。アンプには付きものの、トレブルやバスなどのトーンコントロールツマミまで排除するなど、その拘りは徹底的だ。

 特にST-C700では、再生、停止、スキップボタンが静電式で、パネル表面はフラットな部分の面積が大きい。また、デザイナーの拘りは、針メーターに加え、上下に動かすメカニカルな電源スイッチなど、かつてのテクニクス製品を彷彿させるものである。センターに配され、天面にもアーチ形状を連続させた、存在感を放つボリュームツマミは前代未聞のユニークさだが、筆者は個性的で良いアクセントになっていると思う。

 デザインには、かつてのテクニクスへの憧憬と、新しい発想が詰め込まれているのだ。

R1シリーズのネットワークオーディオコントロールプレーヤー「SU-R1」
C700シリーズのプリメインアンプ「SU-C700」

井谷氏に聞く、技術詳細

 「R1シリーズ」と「C700シリーズ」は、WEBやカタログで情報が公開されているが、新しい技術の採用もあり、読み解くには難易度が高い。そこで、井谷氏に解説をお願いした。

1. JENOエンジン

 まず、JENOエンジンは、パナソニックブランドのミニコンポSC-PMX9などに採用されているフルデジタルアンプ「LincsD-Amp」と異なるものであるという。概念的には、LincsD-Ampは、出口付近で後処理的にノイズ低減や補正などの処理を行なうのに対し、JENOエンジンは、より前の処理工程でクリーンに整える。素材が良ければ後段の処理が有利で結果も良くなることは容易に想像できる。

 カタログに記載されている「低周波帯域のジッターを抑制するノイズシェーピング方式のクロック再生回路」の部分で、「ノイズシェーピング方式のクロック再生回路」が気になったが、これは、クロックの前後に現れるノイズ成分を下図のように変形させ、ノイズを分離することで、クロックの揺らぎが低減されるという仕組みだ。

ノイズシェーピングとは、ノイズの総量は同じでも、ノイズの形を変えて、必要な信号をピュアに取り出すという技術。

 次に、カタログに記載されている「高周波帯域のジッターを抑制する高精度サンプリングコンバーター」は、オーバーサンプリングの次数が高く、かつ、高精度であるとの事。そもそもオーバーサンプリングとは、より高い周波数でサンプリングを行うことにより、ノイズ成分を広い帯域に分散させて、可聴帯域におけるノイズ量を低減する技術。理論的には、オーバーサンプリングの周波数が高くほど、より高いノイズ低減効果が得られる。ミニコンポSC-PMX9で採用されている「LincsD-Amp」では、384kHzでPWM駆動されていて、音源が192kHzなら2倍に相当する。SU-C700のJENOエンジンではその2倍の768kHz、SE-R1では、更にその倍の1,536kHz(1.5MHz)でPWM駆動が行なわれている。因みに、JENOエンジンを処理するLSIはSU-C700では専用LSIを、SE-R1ではFPGAを使用しているとのことだ。

2. SE-R1に採用の「GaN-FETドライバー」

 デジタルアンプは、最終的に、電源をオンとオフの二値で、スピーカーを駆動する。PWM方式では、一定のクロックに従って、パルス幅を変化させることで音の波形を表現する。駆動周波数が高ければ良いというものではないが、SE-R1では、JENOエンジンで生成された1,536kHz(1.5MHz)のPWM信号をそのまま受け止めるため、高速スイッチングが可能なGaN-FET(ギャン−フェット)ドライバーが採用されたのだ。そもそもGaN(窒化ガリウム)のパワーデバイスとは、低損失と高効率を実現できる最先端の素子である。現時点では、未だ非常に高価であるため、電車や自動車、電気系統のパワーコンディショナーなど、大きな省エネ効果が得られる用途で採用され始めたばかりである。筆者の知る限りでは、オーディオ用途で採用された前例は無い。しかし、SE-R1では、GaN-FET の優れた特性に注目し、さらにアンプで必要とする60V程度の駆動に適したドライバー素子を捜し出し、アンプに仕上げられた。恐らく、世界初の試みだろう。

 因みにSU-C700ではMOS-FETドライバーが採用されており、MOS-FETドライバーで1.5MHz駆動は困難と言う。SE-R1とSU-C700を聞き比べる上でも、「GaN-FETドライバー」は、一つの注目ポイントとなりそうだ

3. LAPC

 デジタルアンプは出力段にローパスフィルターを配置するという仕組み上、スピーカーのインピーダンス特性の影響を受けやすい。また、スピーカーのインピーダンスは一定ではなく、周波数毎に変化するもので、従来の一般的なアンプでは、負帰還を用いて特性の改善を行なっていた。しかし、負帰還を用いると、高域の位相乱れや低域に遅れが生じるという副作用から逃れられない。LAPCは、負帰還を用いず、使用するスピーカーを実際に接続し、テストトーンを鳴らしてアンプの周波数振幅特性を測定し、DSPで補正を行なう。

 難解だが、言い換えると、アンプの裸特性を向上させたのと似た効果が得られるという訳だ。ただし、接続しているスピーカー対してのみ有効という条件があり、実際に裸特性が改善される訳ではない。しかし、LAPCは、どのようなスピーカーでも、接続して補正を実行できるので、実質、裸特性の良いアンプと見なすことができる。スピーカー左右のバラツキにも対応できるといい、今後は、温度や経時によるインピーダンスの変化が起こるのか、また、LAPCがその補正にも効果を発揮するのか、筆者から井谷氏へ検討をお願いした。

 因みに、LAPCの精度は、「SE-R1」も「SU-C700」も同一で、信号処理には、アナログデバイセズ社の「SHARC」プロセッサーを使用しているとの事だ。

4. テクニクス デジタル リンク

 R1シリーズでは、ネットワークオーディオコントロールプレーヤーの「SU-R1」とパワーアンプの「SE-R1」を、「テクニクス デジタル リンク」と呼ぶ専用のインターフェイスで接続する。「SU-R1」はネットワークオーディオプレーヤーとしての機能に加え、「SE-R1」のボリュームコントローラーとして働く。プリアンプでは無いので注意が必要だ。

テクニクス デジタル リンク

 「テクニクス デジタル リンク」は、デジタル音楽データの伝送に、左チャンネルと右チャンネルそれぞれ1本、合計2本のLANケーブルを用いるが、「SU-R1」や「SE-R1」にLANケーブルは付属しない。筆者はどのようなLANケーブルが適しているのか疑問に思った。そこで、グレードや長さなど、目安を訊ねた。

 井谷氏によると、特に制限はなく、パソコン用の安価なものから、オーディオ用を謳う高級品まで、ありとあらゆるケーブルを試しているが、CAT7であれば基本的に問題なく動作するという。因みに、パナソニックセンター大阪内にあるテクニクスサロンの試聴室では、エイム電子の「NAC-075」(7.5m)品が採用されており、これは、数十種類のLANケーブルを試聴した結果、最も音質が優れていると判断したからだという。ほか、海外の試聴会では、ドイツinakustik社の「Referenz Network Cable CAT7」が好評だったそうだ。R1シリーズを狙っているユーザーも、そうでないユーザーも、参考にしてはいかがだろうか。

5. 平板同軸スピーカー

 「SB-R1」、「SB-C700」ともに、同軸平板2Wayユニットが印象的である。これには、先んじて、元祖テクニクスで、同構造のユニットを使用したSB-RX50の開発に携わったエンジニアの強い拘りがあったという。仮想同軸やリニアフェイズといった点音源という考え方を採用するドライバーはいくつか現存するが、一般的なコーン(三角錐)の頂点にツイーターが位置すると、放たれた音がコーンの内側で反射を起こすという。平板では進行方向に障害物が無いので、ツイーターから放たれる高域の波面に乱れが無く、原理面で理想的なのだ。

平板同軸スピーカー

 因みに「SB-R1」と「SB-C700」で採用される同軸ユニットは、口径が同じながら、ツイーターに使用される材質、マグネットの大きさに違いがある旨、カタログに記載されている通りである。なお、今回の取材では、クロスオーバー周波数が明らかになった。「SB-R1」のツイーターとミッドレンジは3kHz、ミッドレンジとウーファーは300Hz。「SB-C700」ツイーターとウーファー間は2.5kHzである。

スピーカー「SB-R1」
SB-C700

テクニクスサロン大阪でR1シリーズを聴いた

テクニクスサロン大阪の視聴室。筆者の実測で、幅4.2m、長さ5m、高さ3.2mだった。パナソニックセンター東京内のテクニクスサロン試聴室(同、5m×6m×4m)に比べると一回り小さいが、遮音と調音が施された空間で、ゆったりと試聴できる

 今回は「R1シリーズ」を試聴した。機材はまだ最終状態でなく、特にパワーアンプの「SU-R1」はさらなる追い込み中で、完成度は8割程度との事だ。現時点では低域の押し出しが弱く、CEATECやオーディオ&ホームシアター展でも同様の印象を受けた読者も多いかもしれないが、厳密な評価は、量産機を待ちたい。

 試聴は、クラシック系のハイレゾ音源で潜在能力を確認した。バイオリンは弦が振動を始めてから胴鳴りへの移行がスムース。ディテールの表情が豊かで、音程だけで無く弦の材質や太さも明瞭に描き分ける。1音1音が独立し、倍音に混濁が無く余韻も透明感を伴って美しい響きを奏でる。透き通った余韻からはホールトーンもありありと掴み取れ、コンサートホールに赴いた高揚感に興奮を覚える。ハイレゾ音源を使用し、徹底的にジッターやノイズを取り除き、フルデジタルのままスピーカーをドライブするという意義の一端を感じ取った。LAPCの効用も大きそうだ。

 パナソニックセンター内のテクニクスサロンは、予約さえすれば一般ユーザーも試聴可能なので、この機会に是非訪れてみて欲しい。テクニクスサロンの予約状況は、週末だけでなく、平日もほぼ満杯なので、試聴を希望するユーザーは早めの予約をおすすめしたい。

 メディアを通じて「復活」が話題のテクニクスだが、ハイレゾ時代を見据えた製品コンセプトや、フルデジタルに拘った新技術の投入など、業界やマニアも注目すべき点が多い。

 また、現在まで、10月1日にオープンしたテクニクスサロン大阪の来訪者は600組超、10月25日にオープンしたテクニクスサロン東京の来訪者は200組超と盛況とのことで、話題だけに終始せず、実際に人を動かしている点にも注目したい。12月の受注開始で、消費者の審判が下される。

井谷哲也氏 プロフィール

パナソニック株式会社、アプライアンス社、ホームエンターテインメント事業部Technics事業推進室所属。
1980年、現パナソニックに入社し、CDプレーヤー、LDプレーヤー、DVDプレーヤー、BDレコーダおよびプレーヤーの開発に携わる。

〈井谷氏 ミニインタビュー〉
Q.手がけたテクニクスブランド製品は?

A.テクニクス初代のCDプレーヤー「SL-P10」、「SL-P7」 「SL-P/8」などの据え置き型CDプレーヤー、ポータブル型CDプレーヤー「SL-XP7」、「SL-XP5」までのテクニクスCDプレーヤー、その後、パナソニックブランドのビデオ機器を手がけたので、テクニクスではCDプレーヤーのみです。
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Q.思い入れのあるテクニクス製品、パナソニック製品は?

A.
(1)「SL-P10」
入社して初めての仕事で、かつTechnics初のCDプレーヤーでした。大変苦労しましたが、その後の民生光ディスクプレーヤの原型となったモデルです。

(2)「SP-10/SL-10」:学生時代の憧れ。近年SP-10MK3を入手しレストア、今でも現役使用中です。

(3)「DVD-H1000」
自分が担当した中では、一番思い入れがある製品です。世界初のプログレッシブ対応DVDで、評論家からも高い評価を頂きました。
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Q.趣味は?
A.オーディオ・ビジュアルですが、最近はオーディオの比率が上がっています。海外出張時に、コンサートに出かけるのが楽しみです。

鴻池賢三

オーディオ・ビジュアル評論家。 AV機器メーカーの商品企画職、シリコンバレ ーの半導体ベンチャー企業を経て独立。 THX認定ホームシアターデザイナー。ISF認定ビデオエンジニア。日本オーディオ協会諮問委員。