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シャープ・亀山工場は、デバイスである液晶パネルの生産から、最終完成品としての液晶テレビの生産に至るまでの「一貫生産」を行なっている、同社デジタル家電事業の中核的拠点だ。
だが、それだけ重要な施設だけに、内部の様子が公開されることは少ない。とくに、液晶パネルの生産棟は、同生産棟の従業員以外、一般社員は一切立ち入りができない厳しい監視体制のなかで運用されている。そこに、同社の液晶パネル生産を支える数多くのブラックボックス技術が蓄積されているからだ。 そして、その隣接地には、同様にパネル生産を担当する亀山第2工場が今年7月から着工の予定で、現在、それを前にした地盤改良工事が進められている。シャープの液晶事業を支えるシャープ・亀山工場を訪ねた。 ■ クリスタルトライアングルを形成
シャープの亀山工場は、三重県亀山市にある。名古屋市内から、東名阪自動車道を使い、車で約1時間の距離。江戸時代には東海道五十三次の宿場町として栄え、街のなかにはいまもその名残を見ることができる。 同社がこの地に、世界唯一となる、液晶パネルから液晶テレビ生産までの一貫生産工場を稼働させたのは、2004年1月のこと。2002年9月の着工からわずか1年4カ月という短期間での稼働だ。 敷地面積は、東京ドーム7個分にあたる約33万平方メートル(約10万坪)。三重県が推進する液晶関連企業の集積工業都市であるクリスタルバレー構想の中核施設となっている。
シャープにとっても、それまではパソコンなどの中小型パネルの利用に留まっていた液晶が、いよいよテレビへと採用する時代が到来するのにあわせて、大型液晶パネルの専門工場として建設した拠点である。 亀山の立地は、同社の液晶事業の中核拠点である天理工場と、中小型のパネル生産を担当する三重工場(三重県多気町)と、いずれも1時間程度の距離で結ばれ、「クリスタルトライアングル」を形成できることも、同社がこの地の立地にこだわった要素のひとつ。130億円にのぼる補助金もひとつの選択理由だったとされるが、液晶に関する同社の拠点が近くに集結し、研究開発、デバイス生産、セット生産が近い距離で連携を取れる体制とした点も大きな特徴といえる。 ■ 3期にわけてラインを稼働 亀山工場は、2004年1月の第1期稼働では、月間最大1万5,000枚(32型換算で約10万台)の生産体制でスタート。2004年8月の第2期には月2万7,000枚(同約20万台)、今年4月の第3期稼働によって月4万5,000枚(同約30万台)の生産を可能とした。生産枚数は一日に約1,500枚。ざっくりといって、一分間に1台が生産されているという状況だ。 「海外メーカーでは、一気に大量の生産枚数規模で立ち上げる例が多いが、当社の場合は、市場の動向にあわせて分割してラインを稼働させるのが特徴」と同社では説明する。第3期までの投資額は1,500億円に及ぶ。 一方、テレビの組み立てラインは、月最大10万台の生産体制。平均では、一日2,000台から3,000台程度を生産しているという。 ■ 液晶パネル生産ラインはブラックボックスの固まり
亀山工場で生産される液晶パネルは、第6世代と呼ばれる大きさのものだ。 1,800mm×1,500mmのサイズからは、32型で8枚、37型で6枚もパネルが切り出せる。いずれもパネルの利用効率は90%を超えており、32インチ、37インチのボリュームゾーンに対しての供給が可能だ。 この第6世代の製造装置は、1ユニットあたり約100トンという重量を持っており、それを支える工場の地盤技術も大きな鍵といえる。 「工場をどんな形で作り上げるかといった点もノウハウのひとつ。そのため、どんな工法が採用され、どれぐらいの重量の装置が導入されているのかといった点もすべてブラックボックス化している」と、同社では説明する。 また、装置についても、据え置き作業は装置メーカーに行なってもらうが、立ち上げ作業やメンテナンス、改良はすべてシャープ社内で行なっているという。 「装置によっては、据え置き時点とはまったく違うものになっているものすらある。装置の据え置き以降は、装置メーカーに工場内に立ち入ってもらうことは一切ない」というのだ。 また、装置の改良などで、新たな装置を独自に開発しなくてはならない場合も、図面を一括で下請けに投げるのではなく、複数の業者に細かく分散して図面を渡し、図面を見ただけではなんの装置を作っているのかわからないという手法まで採用している。図面が数枚流出しても、そのノウハウが他社には流出しないようにする仕掛けのひとつだ。 さらに、ガラスの搬送についても、ガラスメーカーと守秘義務契約を結び、独自の搬送方法を採用している。この点でも、傷をつけないなど、品質を維持したまま搬送するノウハウがあり、これを他社が採用できないようにしている。 実は、同社がここまでブラックボックス化にこだわっているのには理由がある。 それは、三重工場で稼働させた第4世代生産ラインまでの取り組みでは、シャープが先行して機器を導入。そこで改良されたノウハウを生かして、装置メーカーが新たに改良版装置を開発。より効率の高い製造装置を、競合他社に導入するという繰り返しが続いていたからだ。台湾や韓国のメーカーが、先行したシャープを短期間でキャッチアップできたのも、こうした背景が見逃せない。 亀山工場の建設に当たっては、過去の苦い経験を生かして、工場の建設段階からすべてをブラックボックス化し、他社への情報漏洩を防いでいるのである。 だからこそ、一般社員をはじめ、他の事業部の事業部長クラスでも亀山工場のパネル生産ラインにはおいそれと立ち入れないというほどの厳重な管理を行なっているのである。 ■ テレビ生産はライン方式を採用 生産されたパネルは、隣接する液晶テレビ工場に搬入される。ここは一般ユーザーに公開されているが、それでも最終検査工程だけで、組立ラインは公開していない。 「最近では、亀山工場を見学して、松坂でお昼ご飯を食べてから、お伊勢さんまわりというツアールートができている」ということもあって、地元の小中学生や商工会議所など以外にも、県外からの見学件数が増加しているようだが、見学対象としているのは、やはりこの検査工程だけである。 パネル生産は、800人のシャープ社員が担当するが、テレビ生産に関しては、提携協力会社の社員が行い、1,800人が勤務している。 バックライトなどを付属した液晶パネルモジュールとして、パネル工場からテレビ工場に運ばれた後、フレームなどが取り付けられ、テレビとして組み立てられる。 現在、同工場では、26インチ、32インチ、37インチ、45インチの4種類の液晶テレビを生産することが可能で、ライン方式を用いた異機種混在生産が可能なフレキシブルラインを採用している。 「もともと、栃木県の矢板工場で行っていたライン生産方式のノウハウを移管する形でスタートしたことに加え、短期間でラインを立ち上げる必要性に迫られており、ひとりひとりの高い習熟度が必要なセル生産方式よりも、ライン生産方式の方が早期に稼働すると判断したことなどが理由」という。 現行の生産ラインのまま、将来投入されるであろう、50インチや60インチの大型製品に対応することも可能だという。
組み立てられたテレビは、振動テスト、ホワイトバランス調整、RGB入力テスト、絶縁抵抗耐圧試験、最終電気試験を経て、梱包ラインへと送られる。梱包ラインからは隣接する配送センターへと送られ、そこから市場に出荷する形だ。 一部製品に関しては、丸一日の40度高温エージングテストを抜き取り方式で実施。取材時には、45型の液晶テレビが150台程度一斉に検査されていた。 「デバイスとセットが一緒の場所にいる一貫生産体制とすることで、物流、生産工程を簡素化し、リードタイムの短縮、輸送関連費用の削減効果が見込める。また、クリスタルトライアングルにより、製品設計部門との連携も行ないやすく、低消費電力化や軽量、薄型へのトータル設計が可能になること、製品の品質向上に常に取り組める体制が整っていることも大きな特徴となっている」と一貫生産のメリットを強調する。
■ 環境に配慮した工場目指す
亀山工場のもうひとつの見逃せないポイントが、環境に配慮した工場づくりとなっている点だ。 製造工程では、一日最大9,000トンもの水を利用するが、この工程排水はピートモスを利用した生物脱臭など、バイオ技術を利用した排水回収が行なえるプラントを敷地内に置き、100%循環する仕組みを採用。また、液化天然ガスを使用したコ・ジェネレーションシステムを導入することで、総使用電力の約3分の1に相当する1万2,000kWを自家発電でカバー、工場正面には、採光型太陽電池モジュールを設置し、省エネと創エネの双方を実現しているという。加えて、産業廃棄物ゼロのゼロ・エミッションも達成している。
テレビ用の大型液晶パネルの生産には、これまでとは比較にならないほどの大量の洗浄用水を必要とする。また、工場内をすべてクリーンルームとしていることから年間を通じて24度前後の室温に保つ空調設備の稼働、人間の手では持ち運べないような大型の液晶パネルや液晶テレビを生産するための各種機械設備など、電力の使用量も必然的に増加する。大量の水や電気がないと稼働しない工場ともいえる。 「海外では、夏場の給水制限や、不安定な電力事情にも苦労しているところもあるようだが、亀山工場の場合は、そうした可能性が少ない立地であるにも関わらず、自ら、水と電力を確保する努力をしている。大型液晶パネルの工場としては当然の取り組み」としている。 同社では、3万3,000トンのCO2の削減効果もあるとして、亀山工場を同社初の「スーパーグリーンファクトリー」と表現。経済性、社会性、環境保全性を同時に実現しているという。 ■ 7月に亀山第2工場が着工へ そして、亀山工場において、今年最大のトピックスとなるのが、今年7月に亀山第2工場が着工されることだ。 現在の第1工場に隣接する形で建設される第2工場は、1,500億円の設備投資が行われ、床面積は第1工場比2.4倍。最先端の第8世代の生産プロセスを導入し、2,160mm×2,400mmのサイズのパネルを生産する。32インチならば15枚、45インチならば8枚、今後投入が見込まれる50インチ台の製品であれば6枚のパネルを切り出すことができる。
「単に大型の液晶パネルを生産するのではなく、ボリュームゾーンにも対応できる体制を整えている」という。 亀山第2工場は、現在、地盤改良工事を進めている段階だが、着工すれば、2006年10月には生産ラインを稼働させ、第1工場同様に短期間稼働を目指す。 基本的には、亀山工場の稼働で培ったノウハウ、プロセスを利用するが、新たにフューチャービジョンのプロセスを導入するといった動きもある。この当たりの新技術を取り込みながら、予定通りに稼働させることができるかが、注目されるところだ。 計画では、2006年10月の第1期ラインの稼働では月1万5,000枚(32型換算で約20万台)を予定。その後、需要動向の変化を見て、2007年中には第2期ラインを稼働させ、月3万枚(同約40万台)の生産規模に引き上げる。
先頃、韓国サムスンとソニーが共同で、第7世代の生産プロセスを持ったS-LCDを立ち上げたが、「確かに脅威ではあるが、この分野は、液晶生産技術そのものだけの争いではなく、液晶パネルとテレビという双方の技術を持っている方が有利。また、当社には、液晶電卓の時代から30年に渡って蓄積してきたノウハウがある。十分、互していけると考えている」(シャープAVC液晶事業本部・水嶋繁光本部長)と自信を見せる。 また、「富士通の液晶事業の買収によって、拡大する液晶事業に優秀な技術者が加わることになり、プラス効果を大いに期待している。成長戦略のなかで、これまで以上に力を発揮してもらいたい。また、中小型液晶の生産増強という点でも米子の生産施設を活用できる点ではメリットがある」と今後のシナジー効果に期待している。 同社では、30インチ台でも1,080本の走査線を実現できる液晶の強みを生かして、今後普及が予想されるハイビジョンでの優位性を訴えるほか、液晶が弱いとされてきた高速応答性を大幅に改善したモデルの投入などを予定しているという。 「液晶は自らが発光しないため、光の演出が可能。用途に応じて、光を吸収する、反射させるといった数々の加工ができるといえる。つまり、アプリケーションにあわせた改良が可能であり、まだまだ技術的に進化させる余地があるともいえる。他のディスプレイ技術に比べて、これからどんな進化が起こるかわからない、という点でも期待できる技術である」と訴えた。 セットとデバイスが連動した最先端技術を持つ生産拠点の存在と、30年に渡る技術蓄積は、同社の液晶事業の肝だといえる。 □シャープのホームページ (2005年5月26日) [Reported by 大河原克行]
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