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パイオニア株式会社は、東京・目黒にある本社内1階に、同社のハイエンドオーディオ/シアターシステムを視聴するためのスタジオを開設。報道陣に公開した。予約制となるが、一般ユーザーが無料で利用できる。予約は11月15日から電話でのみ受け付ける。 同社の目黒ショールーム(地図)は、目黒駅から見て雅叙園側に入口がある。新たに作られた視聴スタジオは、その逆の目黒通り側の本社入り口から入ってすぐの場所に作られた。'74年の目黒本社建設の際に、レコーディングスタジオとして作られた「第1スタジオ」をベースに、オーディオの試聴に適した部屋へと“リフォーム”したというイメージだ。
FMラジオがピュアオーディオの重要なソースの1つだった時代、第1スタジオでは、パイオニアが一社提供するラジオ番組「小室等の音楽夜話」の収録や、デモ用音源の収録などに活用されていた。 一方で、同社が販売するコンシューマ用のAV機器は高性能化を続け、10ch合計1,400Wの同時出力が可能な超弩級AVアンプ「SC-LX90」(88万円)や、プロスタジオ用スピーカーブランドから生まれた子会社TAD(テクニカル オーディオ デバイセズ ラボラトリーズ)からもコンシューマ向けのスピーカー「TAD Reference One」(1本315万円)が登場。再生環境も重要になるこうしたハイエンド機器を、ユーザーが気軽に体験できる場所が求められていた。 そこで、第1スタジオをハイエンドなオーディオ/シアター試聴室に生まれ変わらせようという改修プロジェクトが2008年5月に発足。スピーカーやアンプのエンジニアが参加し、音響特性の調査や改修内容の検討などを行ない、先頃試聴室として完成したという。
■ レコーディングスタジオから試聴室へ
もともとレコーディングスタジオなので、地下鉄からの影響に備えて床にゴムのダンパーを入れているなど、防音処理は完璧に行なわれている。壁の内装には無垢の檜が使われており、34年を経た現在では水分や樹脂分が抜け、全体的に枯れた、良い響きを実現していた。しかし、来客が心地よく音楽を楽しめる試聴室としての理想も両立しているかというと、方向性は当然異なる。 試聴室が目指す音として、宣伝部メディア統括室の金澤健夫メディアグループマネージャーは、「前方はしっかりとした音の返りを得るためにライブ、後方はデッドという“ライブフロント、デッドエンド”を掲げ、様々なアイデアを投入した」という。例えば、前方の壁は垂直ではなく、0.5度後方に傾斜している。前壁に反射した音が、床に反射し、硬い音に聴こえることを防ぐためで、ベニヤ板を何度も角度を変えながら試聴し、追い込んだ結果、0.5度に決定したという。
壁の裏には、天井までの距離の半分程度までレンガが積み上げられており、強度を確保。表面には旧スタジオの側面に使っていた檜材を再利用しており、新しい木材を入れることで響きの調和が崩れることを防いでいる。左右の壁にはもともと音響拡散板(通称亀の子)が取り付けられていたが、試聴室化にあたり、その数を増量。追加分に古く見えるような着色を施すなど、音質や外観の統一に工夫がこらされている。
ほかにも、電源ラインの引き回しルートを照明とオーディオで別の経路に分けたり、コンセントもホスピタルグレードに変更。前面を覆うプレートを非磁性体のものに取り替えるなど、細かい部分にも手が加えられている。一般ユーザーのリスニングルームでも使えるアイデアも含まれていそうだ。
■ 常用システムと試聴予約詳細 常用システムは基本的に、ピュア用と5.2chのシアター用で、以下の2システムが日替わりでセッティングされる。 【2chシステム】
【5.2chシステム】
【予約受付電話番号】
■ ドラマチックな音を好きな音量で
今回の取材では、TAD「Reference One」を中心とした2chシステムを聴くことができた。再生前、試聴室に入って感じるのは、メーカーの開発用無響室やスタジオのような、響きがまったく無く、耳鳴りがしてくるような環境ではなく、かといって体育館のようにライブ過ぎることもない……“適度な響きのある”こと。「異様な空間に入ってしまった」という居心地の悪さは感じず、リラックスして音楽を聴くことができる。試聴室としては何より重要なことだろう。 ジャズヴォーカルのジェーン・モンハイト「Come Dream with Me」から、「Somewhere Over The Rainbow」を再生する。ゆったりとした伴奏を下地に、空中に浮かぶ音像が非常に自然。伴奏が控えめな部分では無音部分から立ち上がるヴォーカルのかすかな唇の震えも感じ取ることができ、コンデンサ型ヘッドフォンを連想させる繊細な描写が楽しめる。
歌い出しの低い声と、後半に伸びる高音との繋がりも非常にスムーズだ。「Reference One」の特徴は、金属材料の中でも軽量かつ剛性の高いベリリウム振動板を使ったミッドレンジとツイータを、独自のCST(Coherent Source Transducer)同軸ユニットとして組み合わせていることだが、同ユニットの再生帯域は250Hz~100kHzと広く、約8.5オクターブをカバーしている。そのため、彼女のヴォーカルはCSTユニット1本で再生されており、定位の良さに繋がっているようだ。
低域の分解能の高さは、コントラバス奏者ゲリー・カーのアルバム「EN ARANJUEZ CON TU AMOR」(恋のアランフェス)から、ハーモン・ルイスのパイプオルガンと共演した「アランフェス協奏曲」で確認できる。パイプオルガンの圧倒的な中低域が胸を圧迫するほどの量感で押し寄せるが、鍵盤を押す硬い音は埋もれず、スピーカー間の上部(写真で言うところのTADのロゴマークのあたり)にキッチリと定位。高音はその遥か上空へと立ち上る。本物のパイプオルガンを前にした時と同様、聞いていると思わず上を見上げてしまう。 圧巻はオーケストラ。「Tutti! orchestral sampler」から、「展覧会の絵 ~バーバ・ヤーガの小屋」を聴くと、前方に広がるスケール感の大きな音場に圧倒される。2基の25cmウーファやエンクロージャは、大振幅にもビリつかず、剛性の高さを感じる。前方の空気の壁がこちらに倒れてきたような音圧を感じるほど大きなボリュームでも、音場に破綻は感じられず、むしろドラマチックで心地良いと感じる。試聴と言うよりも“体感”に近い。これこそハイエンドのフロア型スピーカーの醍醐味とも言えるだろう。
音量も含め、専用ルームを作らない限り、一般家庭ではなかなか味わえないサウンドが体験できる。ハイエンドオーディオの中でも間違いなく“最終コーナー”に位置する機器群だが、“ピュアオーディオの最新の音”を聴くという意味でも、一聴の価値がある。体感後「いつかはこのクラスを」と思ったり、「家の機器が聴けなくなった」と思ってしまうかもしれないが……。
TADの宮川務社長は、今回の試聴楽曲について、「Somewhere Over The Rainbow」に「いつか行けたらいいなと思う到達点への想い」を、「アランフェス協奏曲」のコントラバスとパイプオルガンの共演に「良質な音楽を受け止めるオーディオを匠の技で作り出す創造性」を、「展覧会の絵」には「社会の様々な問題や閉塞感に対し、良いもの作り、胸を張って立ち向かう姿勢」という意味を込めて選んだという。今後もAV機器に真摯に取り組むというパイオニアの姿勢を“聴く”ことができる試聴室とも言えそうだ。
□パイオニアのホームページ
(2008年11月14日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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