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言うまでもなく、家電のマーケット状況は国によって異なるものだ。特にアメリカと日本では、そのサイズも、売れ方も異なる。だが、世界最大の市場であり、景気減退の震源地であるアメリカの状況を知ることで、いろいろなものが見えてくるのは間違いない。ソニー米国法人で、テレビとBlu-ray、それぞれのマーケティング担当者に、アメリカ市場の状況を聞いた。
■ 価格変更は「リーマンショック」の影響にあらず
Sony Electronics Inc. Home Products Division Product Plannning Group-Home Auido/Video Directorの長尾和芳氏は、Blu-rayをとりまく状況が「1年で、とにかくびっくりするくらい変わった」と話す。それはなにも、単純に「売れた」という話ではない。 「まず、2月の東芝の“撤退宣言”を受けて、市場のデマンドが急激に高まりました。結果、撤退宣言の直後から夏前まで、BDプレーヤーは供給不足に陥り、欠品も発生していました。7月には年末に向けた新製品を発表したのですが、9月末の“リーマンショック”で、市場が一気に冷え込みました。10月あたりには、先行きがまったく見えなかった。9月末に、主力商品であるBDP-S350価格を、399ドルから299ドルに価格変更しました。ただそれでも、(販売数量が)我々の期待値に届かなかったのはのは事実です」 このことを指して、「ソニーのBDプレーヤーは売れなかった。だから価格を下げた」と言われることが多い。しかし長尾氏は、「売れなくなったから価格改定したわけではない」と否定する。「価格改定は、元々のプランにあったものです。2007年にも、年末商戦に向けて価格改定を行なっていますし。規格戦争が終わったからといって、Blu-rayが普及するとは限りません。マーケットを牽引する目的もありました」 販売数量が予想通りとは行かなかった、とはいうものの、BDの普及が進まなかったわけではない。Blu-ray Disc Asossiation(BDA)は1月8日(現地時間)に開いた会見にて、2006年の発売以来、アメリカでのBD対応機器の出荷台数が、2008年末の段階で1,070万台になった、と発表した。「1,000万台を超えたというのはすごいこと。明らかに、消費者のマインドセットがBlu-rayに向かい始めている」と長尾氏も評価する。
景気減退の影響を受け、9月・10月と大きく落ち込んだBDの勢いが急激に回復したのは、「Black Fridayの後」(長尾氏)だ。Black Fridayとは、11月第四週の木曜日にある「Thanksgiving Day(感謝祭)」の翌日の金曜日のこと。アメリカ年末商戦最大の山場である。 「経済状況が不透明だと、将来の不安のために、多少(消費を)セーブしよう、という気持ちになりますよね。10月の状況だと、どうしてもそういう気持ちになってしまう。でもみなさん、Black Fridayになれば価格が下がるのはわかっている。だから、『本当は今すぐ欲しいけれど、ちょっとでもセーブしたいのでBlack Fridayまで待とう』と考えられたのではないでしょうか」と長尾氏は予想する。 だがもちろん、ハードがあったから売れた、というだけではない。特に2008年は、この時期に有力タイトルが揃っていたのが大きい。特に注目すべきなのは、「ダークナイト」の牽引効果だ。12月9日に発売されると、急速な勢いで販売数量を伸ばし、BDタイトル初のミリオンセラーとなった。 「今夏のBOX Officeはヒット作に恵まれていました。ダークナイトが圧倒的な支持を受けていたのですが、その他にも“アイアンマン”、“ハンコック”、”WALL-E”などがあり、多くの人が待っていた。ヒット映画があり、プレーヤーがあり、という両方が揃っていたことが大きかったのでしょう」(長尾氏)。 事実、アメリカでの10月のBDソフト販売本数は200万本程度であったのに対し、12月には4倍の800万本を超えたという。結果的に、2008年全体では2,409万枚と、「規格統一前」の2007年に比べ、約4.5倍にまで伸びている。 「我々も、SPEだけでなく、他のスタジオともコラボレーションし、広告スペースの確保などを行ない、盛り上げていきました。結果、販売店の売り場も非常に大きなものになりました。もう、みなさん普通に“Blu-ray”を買う、と言われるんですよ。CMでも、”DVD and Blu-ray”ではなく”Blu-ray and DVD”と言ってくれる場合があるくらいです。Blu-rayは、意識として確実に”Next to Buy”のリストに入っているといっていいでしょう」(長尾氏)。 現地の販売店をのぞいてみたところ、BDの棚は、1年前に比べ3倍近い広さに増えていた。チェックした2つの店舗を平均すると、棚の広さはDVD2にBD1、といった感じだろうか。ざっくりいって、日本の倍から三倍の陳列量、といった感触だ。空港にある、小さな販売スタンドにまで、けっこうな量のBDタイトルが並ぶようになっていたのには驚かされた。とはいえ、現地在住のライターの話では、「レンタルなどではほとんどBDはみかけない」ということなので、やはり、ある程度購買力があってソフトが好きな層を中心とした動きに限定されている、といえそうだ。 そんな中で、ソニーのBDプレーヤーは「シェアトップを維持している」(長尾氏)状態だ。ソニーの価格改定に合わせて、SamsungなどもBDプレーヤーの価格を下げた。現在は、BestBuyのプライベートブランド「Insginia」のBDプレーヤーならば、なんと199ドルで販売されている。店員からも、ソニーのプレーヤーの売れ行きは「価格差があってもソニーを選ぶ客が多い」との言葉が返ってきた。 「そういった、Tier2、Tier3(二番手、三番手)のメーカーも下げてきたことから、我々との間で競争が生まれましたが、なんとかプレミアム・ブランドとしての位置づけを確保できたと思っています」(長尾氏)。
■ 「ハイデフだけでは弱い」? IPTVやBD-Liveが「拡大の武器」に 2008年は、BDにとってまさに「アーリアダプター開拓」の年だった。エンジンがかかるのが遅くなった印象はあるが、販売結果を見ると、決して悲観したものではない、と思う。だが問題は今年だ。市場環境はさらに悪くなる可能性があり、先行きの見通しは明るくない。長尾氏も「現在分析を行なっていますが、どのくらいの数になるかをはっきり予測するのはむずかしい」と話す。 では、BDの販売数量は伸びないのか? というと、そんなことはなさそうだ。 「伸びることだけは間違いでしょう。昨年年末の場合には、前年比で300%くらいの結果を達成しています。それがそのまま今年にも適用できる、というわけではないですが、それなりに大きな伸びを期待できると思っています。ただし、(販売予測の)振れ幅が大きいので、どのくらいの数、というのは言いづらいです。ただそんな市場にも、フレキシブルに対応していきたい、とは考えています」。 すでに述べたように、2008年のBDは「アーリアダプター」ステージにあったといえる。では今年は? 長尾氏は「そろそろマスへと広げていく段階に入っている」と見る。「ノーマルな競争が加速する年になるでしょう。その中で、マーケットを拡大する役目を果たしていかねばならないと思っています。エントリーモデルだけだと数は出ますが、ビジネスとしての展開が難しくなりますので、今年のテーマは、いかにうまく(上位機種へと)ステップアップするストラテジーに明確にもっていくか、ということだと思っています」と展望する。 さらに、「昨年以上にラインナップを拡充していくことになると思いますし、ホームシアター商品も、昨年はハイエンド2モデルだけだったのですが、拡充し、BDのチェンジャーも用意します。本体も、数を出す低価格商品から、階段状にラインナップを並べていきます。例えばCESにて、BDプレーヤーでIPTV系のサービスを受信する機能をもったものを公開しています。これらの機能も取り込むことで、“コンテンツのゲートウエイ”になれば、と思います」と話す。
ただし他方で、DVDビジネスをスローダウンさせるわけではないようだ。日本の場合、ソニーは完全にBDシフトを敷いており、DVD製品にはほとんど力を入れていない。だがアメリカでは違うようだ。 「DVDもいいビジネスです。落ち込んではいますが、安定したビジネスが行えており、需要としてはたくさんあります。現在は、リビングがBDのステージなのです。アメリカの場合はいくつも部屋があって、テレビの数も多いですから、そちらへの普及はこれからです」(長尾氏)。 より広く普及させていくには、「BDとはなにが魅力的なのか」を周知する必要がある。「現在はまだ、エデュケーション・フェーズ(周知期間)」というが、そこで広く伝えていくべきは「ハイデフ」ではないという。 「ハイデフは、確かにBlu-rayの魅力の中心です。ですが、それだけではトリガーには薄い。インタラクティビティやネットワークを訴求していく必要があります」(長尾氏)。 その中で、ソニーも含め、スタジオなど多くの関係企業が武器として考えているのが「BD-Live」だ。そのため今回のCESでも、BD-Liveには広いスペースを取って解説と展示が行われていた。自社規格でなく、しかもすでに広く使われている技術としては、かなり破格な扱いという印象を受けた。 「BD-Liveは、次のトリガーにしていきたいと考えています。SPEはもちろんですが、様々なスタジオから、すでに20タイトル以上のBD-Liveタイトルが出ています。しかもそれが、タイトルを重ねるごとに凝った、面白いアプリケーションになっている。中には、映像を見ながらチャットし、それを映像の上に重ねて表示する、といったものもあります。そういったところから、様々な人の琴線に触れる部分を増やしていき、マインドセットを高めていきたいです」(長尾氏)。 すでに、2008年以降に、BDを牽引する立場の企業から発売されたBDプレーヤーは、ほぼすべてがBD-Live対応になっている。当然ながらソニーもそうだ。長尾氏も「今後も、すべての製品でBD-Live対応を、強い意志をもってやっていきます」とコメントしている。短期的にはそのあたりが、中国メーカーの低価格商品との差別化ポイントになるだろう。
■ ポータブル機は「議論中」。 急速に広がるデジタルコピー搭載
今回のCESで、ライバルであるパナソニックは、世界初のポータブルBDプレーヤーを発表した。規格を普及させる、という意味では、ポータブル機器も重要な要素である。ソニーはこの種の機器を手がけないのだろうか? 「もちろん興味はあります。アメリカでは、ポータブルDVDプレーヤーの市場が非常に大きいんです。率直にいえば、“旅行中などに子供を黙らせておくアイテム”として、ものすごく売れています。ですから、社内では大きな議論のテーマとなっています」。市場投入に前向きな発言をしつつも、長尾氏は、次のように続ける。 「ただし問題は、iPodやウォークマン、PSPといったポータブルデバイスとの関係をどうするか、ということ。特に最近は、大人がそういった機器で映像を見る、というスタイルが定着しつつあります。また、BDでポータブル機器を作った場合、チップの消費電力や発熱をどうするのか、という問題も残っています。仮にポータブルデバイス(での映像視聴)が定着するなら、そういった機器の方がいいのではないか、という議論になっているわけです」。 昨年7月にコラムで紹介したように、アメリカでは、DVDやBDに、ポータブルデバイス用の映像を添付して販売する「デジタルコピー」という形態が広がり始めている。BDAのカンファレンスでも、2009年のテーマとして、「BD-Live」、「3D」とともに「デジタルコピー」が挙げられている。 「ただ問題は、現在はDRMが統一されていないので、PCを介して利用する必要があります。BDプレーヤーから直接転送できるようになれば、より市場は広がると思うのですが」と長尾氏は言う。ポータブルを巡る動きは、これから2年程度、規格や市場の動向を注視する必要がある、ということのようである。
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■ Staycationから「買い時需要」へ。2009年は「52型」に注目 BDに続き、テレビについてもみていこう。ハイエンドAVをのぞけば、テレビは家電の中でも最も高価な製品といえる。それだけに、景気減速の影響も受けやすく、販売的にも厳しいのでは……。そんな事が、2008年の「サブプライムローン崩壊」以後は語られることが多かった。
「(昨秋以降)住宅関連が厳しくなり、ホームシアターが厳しくなり、結果テレビが苦しくなるのでは、という懸念は非常に広くもたれていました。ですが、実際にふたをあけてみると、2008年は年明けから6月まで、非常に良い勢いでのびました。8月、9月くらいまでは、“Staycation”(Stay+Vacationの造語)と呼ばれ、節約のために、家の中で長く過ごす時間を快適にするものへの投資として、テレビの購買につながりました」という。 さらに、「ところがその後、10月になってさらに景気が減速しました。そこで、『こんどこそ厳しいのでは』と考え、年末商戦に向けた販売や生産の計画の調整をしよう、という話があったんです。そこで慎重に検討していたのですが、結果的に、Black Fridayが終わってみると、前年に比べて販売実績は伸びていた、という形です。計画の調整をした以上の結果が得られた、といっていいでしょう。ですから、結果的には強くブレーキを踏む必要がなかった、ということです」と語った。 市況が悪いのに、なぜテレビは売れたのだろうか? 松尾氏は、「現在分析中で、あくまで感触だが」と前置きした上で、こう説明した。 「2009年2月に、アメリカではアナログ放送が終わる予定です。そのため、コマーシャルなどが大量に流されているんですが、そこでは、単に“デジタルになる”ということだけではなく、”テレビを買うタイミング”を訴求してくれたんです。例えば、フラットなテレビがたくさん出ていること、その価格が非常に下がっていること、そして、サイズが大きくなっていることなどです。必要がものが買い時になっているから売れた、ということで、いわゆるStaycationではないでしょう」。 面白いのは、売れた商品の形態が「2つに分かれていた」(松尾氏)ということである。「小インチ商品は、もう完全に価格重視です。例えば32インチでは、1080pと720pの両方がありますが、1080pでなく安い720pの方が圧倒的にボリュームが多くなっています。おそらく、セカンダリー・ルームでの需要を見込んでの低価格商品でしょう」。 「ところが大型を見ると、画質重視の付加価値モデルの方が売れています。52インチが良い例なのですが、60Hzといわゆる“120Hz駆動”、両方に対応した商品がありますよね? 現在は、120Hzの52インチがどんどん売れて、60Hzモデルがどんどん縮小しています。大型になればなるほど、“長期の投資”として、品質の良いステップアップモデルが売れるようになっている、と見ています。実際エントリー価格の製品よりも、200ドル、300ドル高くてもいいものを、お声を良く聞きますね。そういった傾向は、ソニーにとってチャンスだと思っています」。 中でも、各社が注目しているのは「52インチ」だ。日本の場合、50インチオーバーというと超大型、という印象があるが、アメリカでは非常に巨大な市場がある。 「これほど50インチ以上が重要視される市場は、アメリカだけかもしれませんね。50型以上は、数だけをみれば少ないのですが、32、40、46、52という主要な4つの画面サイズの中で、52インチが、インチ単価での価格の下げが圧倒的に大きいんです。そのため、非常に購買意欲が高い。今年は、金額ベースでいえば、40、46と変わらないレベルになるのでは、と考えています。昨年リアプロから撤退しましたが、現在、ちょうどその部分、すなわち、大型で比較的安価である、という市場がぽっかり空いているんです。3年前にリアプロを買われたお客様が、そろそろ買い換え時期に突入しはじめています。ですから我々は、52インチのラインナップを厚くし、チャンスと考えて取り組んでいます。大型だけが市場ではありませんが、やはり単価が高い。“大型を制するものはテレビを制する”といっていいでしょう」。
■ 「本当の240Hz」を訴求。アメリカでも「エコ替え」はすすむか? では、同じ「大型・高付加価値」のモデルの中で、「ソニーを選んでもらう」ための武器はどことなるのだろうか? 松尾氏は、「三本の柱がある」と説明する。 一つ目の柱は240Hz駆動。ソニーが世界で最初に商品化したものであるだけに、こだわりも大きいようだ。「CESで他社も“240Hz”を謳う商品を出してきましたが、本当に240Hzで書き換えるのではなく、バックライトブリンキングで“240Hz相当”とするメーカーが多い。本当の240Hzとそうでないものの違いを、しっかりと訴求していきたいと考えています」と話す。 また、「すでにディーラー側が気がつきはじめているんですよ。120Hzが登場したばかりの時も、バックライトブリンキングなどだけで“120Hz”と謳ったメーカーがありました。ですが、本物の120Hzとの差が大きかったため、販売の現場ではクレームが多かった、といいます。ディーラーの方から、『偽物の240Hzの製品は扱わず、ほんものだけを扱う』といっていただけたのはうれしかったですね」という。
二つ目の柱はインターネット対応。といってもウェブブラウザを搭載する、といった原始的な話ではなく、映像配信(IPTV)やガジェット/ウィジェットなどを取り込むことである。ソニーは2007年より、「BRAVIA Internet Video Link」という機能を展開している。今年のモデルでは、多くのテレビにこの機能を内蔵し、「IPTV」をウリにする。
そして三つ目が「環境」だ。「率直に言って、BRAVIAはすべて環境に配慮した商品です。ですが、リサイクル率を高めたり、箱のサイズを小さくして配送時のCO2を削減したりすることには、お客様に対する直接的なメリットがない。『環境のためといって、会社の利益のためなんじゃないの』と言われてしまうこともありました。ですが、この製品は違います」。
おもしろいのは、このデモで使われているのが「昨年の同等モデル」ではなく、「同じ2009年発売の同等モデル」との比較になっている、ということだ。日本では過去のモデルと比較することが多いのだが、「弁護士から強く、『過去のモデルとの比較では、だました、と訴訟を受ける可能性がある』と指摘されました。省エネのための機能以外の部分は同等の技術を使ったもので比較しないといけない、ということです」と松尾氏は説明する。 アメリカは、日本に比べ環境意識の浸透度が低い。特に、ラスベガスという街を歩いていると、「アメリカはやはりまだまだだ」という意識を感じずにはいられない。そんな中で、エコにこだわった商品が売れるのだろうか? そんな問いに、松尾氏は「プリウスがそれを証明してくれた」と答える。 「燃費のように、はっきりと形として帰ってくるものならば、アメリカでもきちんと評価されるんです。VE5の場合、プリウスほど経済的なメリットが返ってくる……とは断言できませんが、それでも、電気代という形で見えるのは大きいと思います」。 HCFLの採用だけでなく、VE5は人の存在をチェックして画面を自動的にオン・オフする「人感センサー」が搭載されている。これも、「子供がテレビをつけっぱなしで出かけても、電気代が節約できる」と評判がいいのだそうだ。
もし、松尾氏のいう通り、「エコ」がキーワードが、アメリカのような市場でも、240Hz駆動と同様の価値を認められるようになったとするならば、非常に面白いことである。
□2009 International CESのホームページ(英文)
(2009年1月11日) [Reported by 西田宗千佳]
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