技研公開2012。スーパーハイビジョン用PDPなど
-SHVを120Hzで撮影/表示。22.2chをヘッドフォンで
東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所 |
日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2012」を5月24日から27日まで実施する。入場は無料。公開に先立って22日、マスコミ向けの先行公開が行なわれた。
今回の目玉となるのが、4月に発表されたスーパーハイビジョン(SHV)表示用の145型プラズマディスプレイパネル。パナソニックとNHKが共同開発したもので、自発光、直視型のSHV(7,680×4,320ドット)ディスプレイの開発は世界初。この他にも、単板式のSHV撮影用カメラや、地上波でのSHV映像伝送実験の紹介、120fpsのSHVを表示できるプロジェクタなどが用意されている。
ここではSHV関連の展示をまとめてレポートする
■表示デバイス。SHVも120Hzで表示
スーパーハイビジョンは、2020年の試験放送を目指し、NHKが研究開発を進めているもの。SHVの規格を国際標準化するための取り組みも行なわれており、7,680×4,230ドット、アスペクト比16:9、フレームレート120Hz、走査方式プログレッシブ、ビット深度12/10bit、音響24ch(22ch+2ch LFE)という規格で、ITU-Rにも提案されている。
SHV対応プラズマディスプレイパネル |
その最新表示デバイスとして会場に展示されているのは、SHV対応プラズマディスプレイパネル。4月に発表されたもので、サイズは145型(横約3.2m×縦約1.8m)、解像度は7,680×4,320ドット。大型のパネルだが、画素ピッチは0.417×0.417mm(横×縦)で、セルのサイズはフルHDテレビなど、従来のものより1割程度小さい。フレームレートは秒間60フレーム。蛍光体配列はRGB縦ストライプ。アスペクト比は16:9。
PDPは大画面化が比較的容易で、早い動きにも追従できる動画表示性能、高コントラスト、高視野角などの特徴がある。一方、走査線数が増大すると画面がちらつくなど、不安定になりやすい課題があった。
画面に近づくと、視界が全てパネルに覆われ、高い解像度から、映像の中に入ってしまったような感覚を覚える |
これは、セルに封入した希ガスに高い電圧をかけて発光させているPDPの原理上、秒間60フレームの映像を表示する際の走査線数が増えると、1本のラインが光るための時間が減少。発光も高速で行なう必要があり、そのために電圧を高めるなどすると、別のラインが発光してしまったり、上手く光らないなどの問題が起こり、チラつきなどの問題になっていた。NHKとパナソニックでは、これを解決する新たな駆動法を共同で開発。走査線が4,000本級のパネルにおいても、ちらつきのない、安定した映像表示を可能にしている。
なお、このSHV用PDPは60Hz表示だが、SHVの規格として目指しているのは120Hzであり、SHVを120Hzで表示するデバイスが“最終目標”となる。その第1弾の試作機として、120Hz対応のSHVプロジェクタが展示された。
NHKがJVCケンウッドが共同開発したもので、800万画素の表示素子3枚とe-shiftデバイスを用いた小型SHVプロジェクタとして1月に発表したモデルをベースに、e-shiftデバイスと表示素子の倍速駆動を実現。120Hz対応の入力回路と駆動回路を新規開発して、60Hzの映像信号を並列処理。液晶素子に映像信号をパラレル-シリアル変換して入力することで120Hz表示を実現したもの。
120Hz表示で、動きの激しい被写体でも解像感が落ちずに表示できる | 120Hz SHVプロジェクタの概要 |
デバイスは1.3型のLCOS(反射型液晶)を使用し、800万画素(4K2K)だが、e-shiftの画素ずらしにより解像度は7,680×4,320ドット相当としている。明るさは3,000 ANSIルーメン、コントラスト比は1万:1、ビット数は12bit。液晶動作速度が最適になるよう表示素子の温度管理も行なっているという。
「素子を120Hzで動かす事と、その駆動回路の開発が困難だった」とのことで、試作機は駆動回路が別筐体になっている。将来的には通常のプロジェクタのように一体型にする事と、画素ずらしを使わないSHVリアル解像度パネルを使った120Hzプロジェクタの開発を目指しているという。
なお、プロジェクション方式のSHV表示としては、技研の中に作られたシアタールームにて、SHVの映像を300インチ/22.2chサラウンドで表示するデモも行なわれている(こちらは60Hz映像)。今年の映像内容は、スペースシャトル・アトランティス号最後の打ち上げ。何度も宇宙を往復してきた機体の細かな傷や汚れなども見える圧倒的な解像度と、打ち上げの際、シャトルが飛び立った空に響く、カミナリが連続して落ちているような「バリバリ」という音の迫力など、見所の多い内容となっている。
120Hz表示で、動きの激しい被写体でも解像感が落ちずに表示できる | 120Hz SHVプロジェクタの概要 | シアターには22.2chサラウンドも |
■撮影カメラ。撮像素子も120Hz化へ
SHV映像を撮影するカメラ側も進化。小型ながらSHV撮影に対応した単板式タイプが展示されている。従来のSHVカメラは複数の撮像素子を組み合わせていたが、3原色に色を分離するプリズムが必要となるため、カメラヘッドの小型化が困難だった。
新開発のカメラでは、新たにカラーフィルタを搭載した3,300万画素/7,680×4,320ドット撮像素子を試作。単板カラー撮像方式のSHV用小型カメラヘッドを開発した。プリズムが不要となるため、大幅な小型/軽量化が実現できたという。なお、ベイヤー配列の単板カラー撮像素子では、1画素あたり1色の情報しか取得できないが、残りの2色を推定してフル解像度映像に変換するアップコンバータも開発された。
従来のカメラヘッド | 単板式のカメラヘッド。小型化し、一眼レフ用のレンズが使用できる |
フレームレートは60フレーム/秒。限界解像度は3,400TV本以上。カメラヘッドの重量は約4kgで、これまでのSHV用カメラヘッドに比べて、1/5以下に軽量化。また、一眼レフ用の様々なレンズも使用できる。今後はこのカメラヘッド専用の信号処理を行なうカメラコントロールユニットを開発し、画質や機能の改善を図るという。
さらに、SHVの目標である120Hzの映像を撮影するため、120Hz対応の撮像素子(CMOS)も静岡大学と共同で開発。120Hz実現のため、アナログ信号をより高速にデジタル信号に変換する回路や、デジタル信号を32並列で出力する回路などを新たに開発。約3,300万画素、階調12bitの映像が得られる、1.5型のセンサーが開発された。しかし、超高解像度/高速読み出しを行なうため、感度が低下。今後は高感度化に取り組むという。
1.5型、3,300万画素の120Hz撮像素子 | 奥にあるのが120Hzセンサーを使った3板カラー撮像装置 | 60Hzとの残像比較。中央のフォトフレーム内の町並みの映像が横スクロールしているため、60Hzではブレて撮影されている |
■地上波やCATVでもSHVを伝送
SHVを地上波で屋外伝送する実験も世界で初めて成功している。UHF帯の2つのチャンネル(UHF31、34)を使用して、NHK技研の屋上から圧縮符号化したSHV映像信号を送信し、約4.2km離れた地点で受信。誤りの無い映像が復元されることを確認したという。
従来よりも伝送容量を拡大した地上伝送技術を開発したことにより実現したもの。これまで研究開発を進めてきた超多値OFDM技術と偏波MIMO技術に加え、2つのチャンネルを用いて信号を伝送する「バルク伝送技術」を組み合わせる事で、184Mbpsの伝送容量を実現(現行の地デジハイビジョン放送の情報ビットレートは1ch/12セグメントを使用し16.9Mbps)。
地上デジタル放送では設けられている、山岳や建物などによる反射波の影響を軽減するための、ガードインターバルと呼ばれる信号期間を、OFDM信号のFFT(Fast Fourier Transform/高速フーリエ変換)サイズを大きくし、信号全体に占めるガードインターバルの時間比率を小さくし、伝送容量を拡大させるなどの工夫もされている。
会場では、NHK技研の屋上から試験放送した信号を、約4.2km先の施設で受信。その信号を光ファイバーでそのまま技研に戻し、2つのチャンネルの信号をTS合成装置で1つに戻し、SHVデコーダでデコードし、モニタに表示するという展示が行なわれている。
受信装置の展示。左が受信用アンテナ | SHV用デコーダ。受信施設から光ファイバーで送られた信号を、技研でデコードしている | デコードしたSHV映像を表示しているところ |
伝送方法として、21GHz帯の衛星放送も研究。21GHz帯における300MHz級広帯域伝送の性能改善を目指し、位相基準バースト信号を導入した変復調器を開発。復調器には衛星中継器などの伝送路の周波数特性を補償する適応等化器も実装。受信C/Nの低い場所の同期安定性を確保するとともに、衛星中継器で発生する信号歪みを低減することで、広帯域衛星伝送における伝送特性を改善したという。
さらに、21GHz帯衛星中継器と、アンテナの宇宙環境における性能を地上で検証するエンジニアリングモデルも開発。送受信共用の鏡面修整アンテナと、130W出力の広帯域中継器の熱真空試験における電気特性を検証する事で、宇宙環境における性能を確認したという。
21GHz帯衛星中継器のエンジニアリングモデル | 概要 |
ケーブルテレビで伝送するための研究も進んでいる。ケーブルテレビ伝送路の雑音や歪みなどの特性に応じて、64QAMあるいは256QAMで変調された搬送波を複数使用して、SHVを分割伝送するもので、実用化されているケーブルテレビの伝送方式を拡張することで、伝送容量が異なる信号を効率よく多重化できるのが特徴。今後、実際のケーブルテレビ施設でSHVの伝送実験を行なう予定だという。
また、世界各地で複数同時にSHVのパブリックビューイングなどを可能にするため、SHVをグローバルIPで伝送する研究も行なわれている。まず、SHV高効率圧縮装置で映像信号を空間分割し、8式の符号化ユニットで並列処理し、SHV信号をリアルタイムに符号化。各符号化ユニットは、MPEG-4 AVC/H.264 High Profile方式を採用している。
IP伝送するとパケットロスが発生するが、大規模なパケットロスを補償できる誤り訂正を導入。リアルタイム暗号化、マルチパス伝送なども組み合わせ、高信頼な高速IP伝送を実現するという。今後、大規模なスポーツイベントやコンサートなど、実際のパブリックビューイングでシステムを活用していく予定。
ケーブルテレビでSHVを伝送するための研究も進んでいる | SHVをグローバルIPで伝送する研究 |
■SHVの編集や、HEVC圧縮技術など
放送局内のスタジオや映像サーバー、編集室などの間でSHVを伝送するための、超高速光ネットワークも研究。72Gbpsの非圧縮SHV信号を、1本の光ファイバーで2ch伝送可能なシステムが試作されている。
さらに、SHVからハイビジョン解像度の映像を切り出すも開発。アストロデザインとNHKが共同開発したもので、タッチパネルのインターフェイスを使い、マルチタッチ/ピンチ/ドラッグなどの直感的な操作で切り出し操作ができるのが特徴。
タブレット端末の操作感覚を取り入れた事で、専門スタッフだけでなく、番組の出演者や解説者による利用も可能になり、演出手法が広がるとしている。
SHVを放送局内で伝送するための超高速光ネットワークも研究 | SHV映像からハイビジョン映像を切り出す装置。切り出し範囲指定にタブレットの操作を取り入れている |
また、高精細映像を効率的に圧縮・伝送するための映像符号化も研究。「HEVCリアルタイムデコーダ」が展示されている。HEVC方式とは、MPEG-4 AVC/H.264方式の2倍の圧縮性能を目指して標準化が行なわれている次世代映像符号化方式で、四分木による画像領域分割、拡張された予測・変換サイズ、高精度な予測技術、復元フィルタなどを使い、高い圧縮性能を実現している。
今回展示されたデコーダは、このHEVCをデコードできるソフトウェアで、市販のPCでデコードできるのが特徴。4K2K/30Hz、15Mbpsの映像をリアルタイムにデコードできるほか、将来的には100Mbps程度のSHVにも対応できるようになるという。
ソフトウェアで動作する「HEVCリアルタイムデコーダ」 | HEVCに採用予定の新技術 |
■音響
SHVの音響は、22.2chのマルチチャンネル音声が予定されている。この音響を制作するための機器も展示された。複数の音源の音像を同時に移動できる「3次元音像制御」や、自由な3次元的残響を付与できる「3次元残響付加装置」などを組み合わせたもので、会場では22.2chサラウンドのブース内で、音が360度、自由な場所に定位するデモが体験できる。
22.2ch音響の体験部屋 | 天井にもスピーカーが |
また、実際に家庭内に設置するイメージとして、22.2chの音源を信号処理し、テレビの左右に設置した6chの小型スピーカーで、仮想的に22.2chサラウンドを再現するシステムや、2chヘッドフォンで再現するためのヘッドフォンプロセッサなども参考展示されている。
さらに、22方向の音をワンポイントで収録できる小型マイクロホンも開発。多数のマイクを設置できない場所でも、容易に収録ができるという。
左から「3次元音像制御」、「3次元ミキシングコンソール」 | プロセッサで処理し、2chヘッドフォンで再現 | 22方向の音をワンポイントで収録できる小型マイクロホン |
(2012年 5月 22日)
[AV Watch編集部 山崎健太郎]